行為項分析――怪力尾車
◆あらすじ
福光川の下流に岩根屋敷というところがある。昔ここに岩根という大金持ちが住んでいた。その家に尾車(おぐるま)という相撲とりがいた。大男ではなかったが力が強く、近辺には尾車に勝つものはいなかった。
この話を聞いた上方の相撲とりが、ひとつ勝負をしてみようと思って、はるばる岩根屋敷へやってきた。尾車はその時下男の様な身なりで庭の掃除をしていた。尾車は不在だが、弟子の自分が力だめししましょうと言って大黒柱を一尺ばかり持ち上げた。これを見た上方の相撲とりは胆をつぶした。弟子でこれほどなら師匠の尾車とは勝負にならないと逃げ帰った。
ある日、尾車が波打ち際にいると、沖の方から牛鬼がやって来て尾車を海へ引き込もうとした。尾車は逆に陸に引き上げてやろうと思って波打ち際で大相撲になった。どちらも力が強くて勝負がつかない。一晩中相撲をとったので、尾車も段々疲れてきた。海の方に引かれそうになった尾車だが、そのとき、一番鶏が鳴いた。牛鬼は夜が明けると力がなくなるので、お前の様な力の強い人間に出会ったのは始めてた。この勝負はおあづけにしようと言って沖へ姿を隠してしまった。
◆モチーフ分析
・福光の岩根屋敷に大金持ちがいた。その家に尾車という相撲とりがいた
・尾車は大男ではなかったが力が強く、近所で敵う者はいなかった
・上方の相撲とりが噂を聞いて尾車と相撲を取りたいとやってくる
・下男の格好をしていた尾車は自身の弟子だと偽る
・尾車、大黒柱を一尺も持ち上げる
・上方の相撲とり、弟子でこれでは勝負にならないと逃げ出す
・ある日、尾車が波打ち際にいると牛鬼がやってきて海へ引き込もうとする
・尾車は逆に陸に引き上げようと牛鬼と相撲をとる
・勝負が中々つかない。尾車は次第に疲れてくる
・そのとき一番鶏が鳴き、夜明けを告げた
・夜が明けると力を失う牛鬼は尾車を賞賛して退散する
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:大金持ち
S2:尾車
S3:上方の相撲とり
S4:牛鬼
O(オブジェクト:対象)
O1:大黒柱
O2:海
O3:一番鶏
m(修飾語)
m1:怪力
+:接
-:離
・福光の岩根屋敷に大金持ちがいた。その家に尾車という相撲とりがいた
(存在)S1大金持ち:S1大金持ち+S2尾車
・尾車は大男ではなかったが力が強く、近所で敵う者はいなかった
(無敵)S2尾車:S2尾車+m1怪力
・上方の相撲とりが噂を聞いて尾車と相撲を取りたいとやってくる
(来訪)S3上方の相撲とり:S3上方の相撲とり+S2尾車
・下男の格好をしていた尾車は自身の弟子だと偽る
(偽装)S2尾車:S2尾車-S3上方の相撲とり
・尾車、大黒柱を一尺も持ち上げる
(怪力)S2尾車:S2尾車+O1大黒柱
・上方の相撲とり、弟子でこれでは勝負にならないと逃げ出す
(逃亡)S3上方の相撲とり:S3上方の相撲とり-S2尾車
・ある日、尾車が波打ち際にいると牛鬼がやってきて海へ引き込もうとする
(遭遇)S2尾車:S2尾車+S4牛鬼
・尾車は逆に陸に引き上げようと牛鬼と相撲をとる
(相撲)S2尾車:S2尾車+S4牛鬼
・勝負が中々つかない。尾車は次第に疲れてくる
(疲労)S2尾車:S2尾車-S4牛鬼
・そのとき一番鶏が鳴き、夜明けを告げた
(時間切れ)S2尾車:S2尾車+O3一番鶏
・夜が明けると力を失う牛鬼は尾車を賞賛して退散する
(退散)S4牛鬼:S4牛鬼-S2尾車
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(尾車は上手く上方の相撲とりを欺けるか)
↓
送り手(尾車)→ 大黒柱(客体)→受け手(上方の相撲とり)
↑
補助者 なし →尾車(主体)← 反対者(上方の相撲とり)
聴き手(尾車は牛鬼と決着をつけられるか)
↓
送り手(尾車)→ 大黒柱(客体)→受け手(牛鬼)
↑
補助者(一番鶏)→ 尾車(主体)← 反対者(牛鬼)
行為項モデルは二つ挙げられるでしょう。尾車は上方の相撲とりと牛鬼という力持ちと対峙することになります。上方の相撲とりは欺くことで戦いを回避しますが、牛鬼の場合は対決し容易に決着がつきません。いずれにせよ、尾車の知恵と怪力ぶりを示しています。
尾車―上方の相撲とり、尾車―牛鬼という対立軸が見出せます。ここから相撲とり―怪力という暗喩が同定できるでしょうか。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
1. 尾車♌☉☾(☉)―上方の相撲とり♂♎
2. 尾車♌☉―牛鬼♂♎―一番鶏☾(♌)
といった風に表記できるでしょうか。上方の相撲とりも牛鬼も尾車の力の強さを認めて退散しますので、ここでは審判者♎と解釈しました。また、尾車は怪力で名高いので価値☉としました。尾車は自身を弟子と偽りますので補助者☾(☉)ともしました。
◆発想の飛躍
発想の飛躍は尾車が自身を弟子と偽るところでしょうか。「尾車―大黒柱―上方の相撲とり」の図式です。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.39-40.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)
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