◆あらすじ
昔、炭焼きがいた。女房もおらず貧乏をしていた。ある日いつものように炭焼きをしていると、やせた狐がやってきたので炭焼きはむすび飯の残りを与えた。それから四五日経って、美しい女房がやってきて嫁にして欲しいと頼んだ。炭焼きは貧乏だからと断ったが、女房が頼み込んだので嫁にした。女房はよく働き反物も織ったので暮らしも楽になり男児が生まれた。
男児が三歳になったある日、母親が昼寝をしているのを見ると、着物の裾から尻尾が覗いていた。母親は誤魔化した。びっくりした男児は父親にそのことを話した。母親は書き置きを残して逃げた。父親は書き置きを読んでびっくりして子供を連れてしの田の森へいった。書き置きにあった歌の返歌を読む。すると母狐の親の婆さんが出てきた。婆さん狐は人間の孫はお前一人だけだと懐かしがる。爺さん狐も母狐も出てきた。
孫に何かやりたいと婆さん狐が言ったので母狐が知恵と言えと子供に教えた。それで爺さん狐は耳とくをくれた。耳にかけると鳥や獣の言葉が分かる、三里先のことでも聞こえる便利なものだった。
子供はその耳とくを得たので世の中のことが何でも分かる様になると評判となった。
ある時天子が病気になったとき、この子供を召して病気を治させた。子供は大層なご褒美を得た。
◆モチーフ分析
・昔、炭焼きがいた。独身で貧乏だった
・いつものように炭焼きをしていると、やせた狐が寄ってきた
・狐にむすび飯の残りをやる。狐、喜んで去る
・四五日後、女房がやってきて嫁にして欲しいと頼む
・炭焼き、一旦は断るが、断りきれず嫁にする
・女房は働き者で反物を織った
・暮らしも楽になる
・男児が生まれた
・三歳になった子供がある日、昼寝していた母の尻尾を見てしまう
・母親、誤魔化す
・子供、そのことを炭焼きに話す
・母親、書き置きを残してしの田の森に逃げる
・炭焼き、子供を連れてしの田の森へ行く
・炭焼き、書き置きにあった歌の返歌を読む
・婆さん狐が出てくる。婆さん、人間の孫はお前だけだと懐かしがる
・爺さん狐、母狐も出てくる
・婆さん狐、孫に何かやりたいと言う
・母狐、子供に知恵と言えと教える
・子供、知恵が欲しいと答える
・子供、耳とくを得る
・耳とくを使うと動物の言葉が分かるようになった
・子供、世の中のことが何でも分かる様になり評判となる
・病気となった天子が子供を召した
・子供は耳とくを使って天子の病気を治した
・子供、褒美を得た
◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である
S(サブジェクト:主体)
S1:炭焼き
S2:狐
S3:女房
S4:男児
S5:婆さん狐
S6:天子
O(オブジェクト:対象)
O1:むすび飯
O2:機
O3:尻尾
O4:歌
O5:しの田の森
O6:知恵
O7:耳とく
O8:動物の言葉
O9:褒美
m(修飾語)
m1:貧乏
m2:暮らし向きが楽
m3:世間の評判
+:接
-:離
・昔、炭焼きがいた。独身で貧乏だった
(存在)S1炭焼き:S1炭焼き+m1貧乏
・いつものように炭焼きをしていると、やせた狐が寄ってきた
(遭遇)S1炭焼き:S1炭焼き+S2狐
・狐にむすび飯の残りをやる。狐、喜んで去る
(施し)S1炭焼き:S2狐+O1むすび飯
・四五日後、女房がやってきて嫁にして欲しいと頼む
(来訪)S3女房:S3女房+S1炭焼き
・炭焼き、一旦は断るが、断りきれず嫁にする
(結婚)S1炭焼き:S1炭焼き+S3女房
・女房は働き者で反物を織った
(勤勉)S3女房:S3女房+S1炭焼き
・暮らしも楽になる
(生活向上)S1炭焼き:S1炭焼き+m2暮らし向きが楽
・男児が生まれた
(誕生)S3女房:S1炭焼き+S4男児
・三歳になった子供がある日、昼寝していた母の尻尾を見てしまう
(黙劇)S4男児:S3女房+O3尻尾
・母親、誤魔化す
(誤魔化し)S3女房:S3女房-S4男児
・子供、そのことを炭焼きに話す
(露見)S4男児:S4男児+S1炭焼き
・母親、書き置きを残してしの田の森に逃げる
(逃走)S3女房:S3女房-O5しの田の森
・炭焼き、子供を連れてしの田の森へ行く
(訪問)S1炭焼き:S4男児+O5しの田の森
・炭焼き、書き置きにあった歌の返歌を読む
(返歌)S1炭焼き:S1炭焼き+O4歌
・婆さん狐が出てくる
(登場)S5婆さん狐:S5婆さん狐+S1炭焼き
・婆さん、人間の孫はお前だけだと懐かしがる
(述懐)S5婆さん狐:S5婆さん狐+S4男児
・爺さん狐、母狐も出てくる
(出現)S2狐:S2狐+S1炭焼き
・婆さん狐、孫に何かやりたいと言う
(願望)S5婆さん狐:S5婆さん狐+S4男児
・母狐、子供に知恵と言えと教える
(教示)S2狐:S2狐+S4男児
・子供、知恵が欲しいと答える
(回答)S4男児:S4男児+O6知恵
・子供、耳とくを得る
(獲得)S5婆さん狐:S4男児+O7耳とく
・耳とくを使うと動物の言葉が分かるようになった
(能力)S4男児:S4男児+O8動物の言葉
・子供、世の中のことが何でも分かる様になり評判となる
(評判)S4男児:S4男児+m3世間の評判
・病気となった天子が子供を召した
(招集)S6天子:S6天子+S4男児
・子供は耳とくを使って天子の病気を治した
(治癒)S4男児:S6天子+O7耳とく
・子供、褒美を得た
(獲得)S6天子:S4男児+O9褒美
◆行為項モデル
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。
聴き手(関心)
↓
送り手→(客体)→受け手
↑
補助者→(主体)←反対者
この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。
聴き手(炭焼きは女房に再会できるか)
↓
送り手(炭焼き)→ 返歌(客体)→受け手(母狐)
↑
補助者(なし)→ 炭焼き(主体)← 反対者(なし)
聴き手(男児は母狐に再会できるか)
↓
送り手(婆さん狐)→ 耳とく(客体)→受け手(男児)
↑
補助者(炭焼き)→ 母狐(主体)← 反対者(なし)
といった二つの行為項モデルが作成できるでしょうか。母狐は尻尾を見られてしまったことで正体が露見し歌を残して逃げてしまいます。炭焼きは返歌することで母狐との再会を果たします。同時に男児も母狐と再会を果たします。男児は母狐の入れ知恵によって婆さん狐から知恵の元となる耳とくを得るといった内容です。これは遺産の贈与とも解釈できます。
炭焼き―狐、狐―女房、歌―返歌、婆さん狐―男児、知恵―耳とくといった対立軸が見出せます。遺産/知恵という暗喩が同定できます。
◆関係分析
スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。
♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者
という六つの機能が挙げられます。
☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。
これらを元に関係分析をすると、
1. 炭焼き♌♁―母狐☾(♌)―男児☉♎
2. 男児♌♁―母狐☾(♁)―婆さん狐☉♎
といった風に表記できるでしょうか。男児は母狐の正体を見破ってしまいますので審判者♎としました。男児は耳とくを得ることで知恵を身につけます。それは価値☉となり、父親である炭焼きにも返ってきます。
◆発想の飛躍
発想の飛躍は狐の女房と結婚するところと男児が知恵を得るところでしょうか。「炭焼き―狐―女房」「男児―知恵―耳とく」という図式です。むすび飯を与えたところが巡り巡って男児の誕生、そして耳とくを得るという点では「むすび飯―男児―耳とく」の図式でもあるでしょうか。
異類婚姻譚ですが禁忌を破ることによってではなく、うっかりしたところを見られてしまうといった筋立てになっています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.55-57.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)