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2024年2月17日 (土)

行為項分析――浮布の池

◆あらすじ

 三瓶山の麓にある浮布の池はもとは浮沼池という。昔、池の原の長者の子ににえ姫という美しい姫がいた。古くから池に住む池の主がいつしか姫に思いを寄せるようになった。姫は池のほとりで美しい若者と出会った。姫は若者に心を惹かれた。姫は若者の誘いで池に行くと気を失ってしまう。そして空を飛ぶ夢を見る。気づくと一人で池のほとりに座っていた。着物は濡れていなかった。このようなことが度重なって、姫の顔に生気が無くなってきた。人々の心配を他所に姫は池のほとりを歩く。ある日、通りかかった武士が大蛇に巻き付かれた姫を見た。武士は弓で大蛇を射る。浮布の池はざわめいたが、池の主の姿はなかった。意識を取り戻した姫だったが、池に身を投げて死んでしまった。姫が着ていた衣の裾が白く帯のように池の中央に浮かんでいた。この日は六月一日で、それから毎年六月一日にはこの白い波の道が光って池の表に現れるところからこの池を浮布の池と呼ぶようになった。にえ姫を祀るにえ姫神社は池の東側の中ノ島にある。

◆モチーフ分析

・三瓶山のほとりに浮布の池がある
・昔、池の原の長者の子ににえ姫がいた
・池の主が姫に思いを寄せるようになった
・姫、若者と出会う
・姫、若者の誘いで池に行くと気を失ってしまう。空を飛ぶ夢を見る
・このような事が度重なって姫から生気が失われていく
・ある日、武士が大蛇に巻き付かれた姫を見つける
・武士は大蛇を射る。大蛇は姿を消してしまう
・気がついた姫は池に入水してしまう
・姫の着物の裾が池の真ん中に浮かんでくる
・それで浮き布の池と呼ぶようになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:にえ姫
S2:若者(蛇)
S3:武士
S4:長者

O(オブジェクト:対象)
O1:池
O2:着物
O3:浮き布の池

m(修飾語)
m1:憔悴

+:接
-:離

・三瓶山のほとりに浮布の池がある
(存在)X1三瓶山:X1三瓶山+O1池
・昔、池の原の長者の子ににえ姫がいた
(存在)S4長者:S4長者+S1にえ姫
・池の主が姫に思いを寄せるようになった
(恋慕)S2若者(蛇):S2若者(蛇)+S1にえ姫
・姫、若者と出会う
(邂逅)S1にえ姫:S1にえ姫+S2若者(蛇)
・姫、若者の誘いで池に行くと気を失ってしまう
(気絶)S1にえ姫:S1にえ姫-O1池
・このような事が度重なって姫から生気が失われていく
(消耗)S1にえ姫:S1にえ姫-m1(憔悴)
・ある日、武士が大蛇に巻き付かれた姫を見つける
(発見)S3武士:S2若者+S1にえ姫
・武士は大蛇を射る
(攻撃)S3武士:S3武士+S2若者(蛇)
・大蛇は姿を消してしまう
(消失)S2若者(蛇):S2若者(蛇)-O1池
・気がついた姫は池に入水してしまう
(入水)S1にえ姫:S1にえ姫+O1池
・姫の着物の裾が池の真ん中に浮かんでくる
(浮上)O2着物:O2着物+O1池
・それで浮き布の池と呼ぶようになった
(命名)O1池:O1池+O3浮き布の池

 池の主の蛇は若者に扮してにえ姫に接近、求愛するが武士に逢瀬の最中を見られてしまい射られてしまう。にえ姫はそのまま主を追って入水してしまったという内容です。蛇に魅入られた姫は正気を失い主の許へと去ってしまいます。つまり、蛇への本能的な恐怖心を語ったものと解釈できます。また、恋愛の成就は破滅的な結果をもたらします。

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築する。

 以下のように構成してみます。

送り手(姫)→ 恋愛の成就(客体) → 受け手(若者/蛇)
            ↑
補助者  なし   姫(主体) ← 反対者(武士)

 こう構成しますと、姫は若者との恋愛の成就を願うものの若者の正体は蛇であり武士に阻止されてしまうという風に読めます。しかし、この構図ですと説明不足になるのではないかという気がします。

 反対に若者を主体にしてもいいかもしれません。

送り手(若者/蛇)→ 姫への求愛(客体) →受け手(姫)
              ↑
補助者  なし   若者/蛇(主体) ← 反対者(武士)

 しかし、結末で入水するのは姫です。なので姫を主人公と考えた方がいいでしょう。この伝説は誰か主人公か少し分かりにくいかもしれません。にえ姫が入水以外は能動的に動かないからです。

 若者の正体が池の主の蛇であることが露見すると、そこで物語の焦点は「姫と若者の関係はどう進展するか」から「姫は蛇の呪縛から逃れられるか」に移るのではないでしょうか。この伝説を初めて聴く聴き手なら大半がそう考えるでしょう。姫の願いを叶えると姫は破滅してしまうのです。

 ここで主体(姫)の意思(恋愛の成就)と聴き手の願い(呪縛からの解放)とで齟齬をきたすことになります。筆者は行為項モデルではこの齟齬が上手く表現できていないと考えます。浮布池の伝説の魅力は行為項モデルに収まりきらないと言えます。

送り手(姫)→ 入水(客体) → 受け手(若者/蛇)
         ↑
補助者 なし  姫(主体) ← 反対者(武士)

 これでいいかもしれません。しかし、客体に入水するという行動を当てはめてしまうのもどうかという気がします。入水は手段であって客体におくべきなのは姫の究極的な願い(恋愛の成就)であるはずです。

 ここで一つの要素を付加してみます。これは筆者自身のアイデアです。

        聴き手(呪縛からの解放)
            ↓
送り手(姫)→ 恋愛の成就(客体) → 受け手(若者/蛇)
            ↑
補助者  なし   姫(主体) ← 反対者(武士)

 聴き手の存在は純粋なテキスト分析には含まれない要素で逸脱するものです。また、一度完成したモデルに余計なものを付け加えることになります。美しくありません。ただ、悲劇の場合はこうしないと上手く説明できないように思うのです。また、語り手/書き手は聴き手/読者の存在を織り込みつつ創作を行っているでしょう。なお、高田本では独自の分析を行うことを否定していません。

 姫の呪縛は解けるのか聴き手は関心をもって耳を傾けるでしょう。結局呪縛は解けることなく姫は入水してしまいます。衣が浮かんできて池の名の由来となったということで一応の納得はするでしょう。予想しない結末に感情を揺さぶられるでしょうが、却って心にいつまでも残るのです。

 行為項分析ですが、背景を説明する際に当たっては必ずしも行為者が主体となるとは限らないようです。背景の説明は大抵の場合、冒頭と結末で語られるのですが、これらを土台として登場人物の物語が繰り広げられる訳です。そういう意味では捨象してしまっていいのかなとは思います。

 蛇―姫、蛇―武士、着物―池といった対立軸が指摘できます。

 水―死という暗喩が見出せるでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

姫♌☉♎―蛇♂♁―武士☾(☉)

といった風に表記できるでしょうか。

◆発想の飛躍

 この伝説における発想の飛躍は「入水―着物―浮かぶ」といった概念の組み合わせによるでしょうか。池の名の由来を説明するものとなります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.21-23.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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