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2024年2月18日 (日)

行為項分析――姫野の池

◆あらすじ

 三瓶山の麓に姫野の池という小さな池がある。ほとりにはカキツバタが生えている。池の近くに長者がいて、お雪という娘がいた。薪を牛に載せて長者の家の前を通る若者がいた。娘と若者は互いに恋をした。その頃、野伏原に山賊がいたが長者の屋敷は襲わなかった。山賊の頭はお雪に目をつけていたのである。山賊の頭はある日屋敷を訪れてお雪を嫁に所望した。相手は山賊の頭で、お雪は若者と恋をしていたので長者は苦しんだ。長者はしばらく待って欲しいと答える。返事がないのに苛立った頭は手下を引き連れてお雪を奪いに長者の屋敷を襲った。そのことを知った若者は山刀をふるって山賊の群れに飛び込んだ。多勢に無勢で追われた若者は姫野の池のほとりまで来て斬り合ったが遂に斬り殺されてしまった。それを見たお雪は若者一人だけ死なせまいと池に身を投げた。池の底は深い泥で埋もれていたので娘が浮かび上がってくることはなかった。雨が降って昼と夜の気温の差の激しい夜には霧が池の辺りに下りてくる。そのときはお雪のすすり泣く声が聞こえるという。六月になると咲くカキツバタはお雪の生まれ変わりという。

◆モチーフ分析

・三瓶山の麓に姫野の池がある。池のほとりにはカキツバタが生えている
・池の近くに長者の屋敷があり、娘がいた
・牛に薪を積んで長者の家の前を通る若者がいた
・若者と娘は互いに恋をした
・野伏原に山賊がいた。山賊の頭は娘に目をつけていた
・山賊の頭は長者を訪ね、娘を嫁に所望した
・長者は事情を知っていたので、しばらく待ってもらう
・返事がないのに苛立った山賊の頭は長者の屋敷を襲った
・若者が加勢にかけつけるが、多勢に無勢で池のほとりに逃げる
・若者は斬り殺されてしまう
・跡を追って娘も入水してしまう
・池のほとりのカキツバタは娘の生まれ変わりという

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:長者
S2:娘
S3:若者
S4:山賊の頭

O(オブジェクト:対象)
O1:三瓶山
O2:姫野の池
O3:長者の屋敷
O4:牛
O5:山賊
O6:カキツバタ

+:接
-:離

・三瓶山の麓に姫野の池がある
(存在)O1三瓶山:O1三瓶山+O2姫野の池
・池のほとりにはカキツバタが生えている
(存在)O2姫野の池:O2姫野の池+O6カキツバタ
・池の近くに長者の屋敷があり、娘がいた
(存在)S1長者:S1長者+S2娘
・牛に薪を積んで長者の家の前を通る若者がいた
(商い)S3若者:S3若者+O3長者の屋敷
・若者と娘は互いに恋をした
(恋愛)S3若者:S3若者+S2娘
・野伏原の山賊の頭は娘に目をつけていた
(横恋慕)S4山賊の頭:S4山賊の頭+S2娘
・山賊の頭は長者を訪ね、娘を嫁に所望した
(所望)S4山賊の頭:S4山賊の頭+S1長者
・長者は事情を知っていたので、しばらく待ってもらう
(猶予)S1長者:S1長者-S4山賊の頭
・返事がないのに苛立った山賊の頭は長者の屋敷を襲った
(襲撃)S4山賊の頭:S4山賊の頭+O3長者の屋敷
・若者が加勢にかけつける
(加勢)S3若者:S3若者+O3長者の屋敷
・多勢に無勢で池のほとりに逃げる
(逃走)S3若者:S3若者+O2姫野の池
・若者は斬り殺されてしまう
(斬殺)S3若者:S3若者-O5山賊
・跡を追って娘も入水してしまう
(入水)S2娘:S2娘-O2姫野の池
・池のほとりのカキツバタは娘の生まれ変わりという
(転生)S2娘:S2娘+O6カキツバタ

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

   聴き手(関心)
      ↓
送り手→(客体)→受け手
      ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。「浮布の池」で解説しています。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。むしろ主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

   聴き手(若者は無事娘を救出できるか)
          ↓
送り手(若者)→娘の救出(客体)→受け手(山賊)
          ↑
補助者(長者)→若者(主体)←反対者(山賊の頭)

 山賊の頭に狙われた娘を救出すべく若者は山賊と戦いますが、多勢に無勢で斬殺されてしまいます。

 また、以下のようにも解釈可能です。

    聴き手(若者は無事娘を救出できるか)
            ↓
送り手(山賊の頭)→娘を嫁にする(客体)→受け手(長者)
            ↑
補助者(山賊) → 山賊の頭(主体) ←  反対者(若者)

 山賊の頭が長者の娘を嫁に望みますが娘に恋していた若者が妨害します。しかし、若者は山賊に殺され、娘も跡を追って入水するという悲劇的な結末となります。

   聴き手(若者は無事娘を救出できるか)
          ↓
送り手(若者)→恋の成就(客体)→受け手(娘)
          ↑
補助者(長者)→若者(主体)←反対者(山賊の頭)

 若者は長者の娘との恋の成就を願いますが山賊の頭の横やりによって事件が発生し悲劇的な結末となってしまいます。娘の救出劇は成るのか聴き手は関心をもって耳を傾けるでしょう。結末は悲劇に終わりますがカキツバタが娘の転生したものであると暗示され、聴き手は一応の納得はするでしょう。

 伝説のような比較的短い話でも行為項モデルは複数成立し得るという事例と言っていいでしょうか。まあ、物語であれば主人公のドラマとは別に対立者のドラマも普通に成立し得ます。長編になればなるほど登場人物は詳細に描写されていき、各々の行為項モデルが成立することになるでしょう。

 重層的とも言えるでしょう。重層的な構造を持つことは作品の魅力に繋がります。しかし、物語の構造をシンプルなものと捉える観点からは意外な分析結果と言えるかもしれません。

 行為項モデルを娘の救出劇とした場合ですが、このモデルからは結末は明らかになりません。また、この伝説の発想の飛躍は「姫―入水―カキツバタ」といった概念の組み合わせから生じていると考えます。カキツバタが姫の象徴となるのです。発想の飛躍はモデルの枠外で生じているということになります。

 若者―山賊、長者―山賊といった対立軸が見出せます。また、姫―カキツバタという関係性も見出せます。

 ここから死―転生という暗喩が見出せるでしょうか。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に関係分析をすると、

若者♌―娘☉♁―長者♎―山賊の頭♂

といった風に表記できるでしょうか。

◆発想の飛躍

 前述しましたように、この伝説の発想の飛躍は「姫―入水―カキツバタ」にあるでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.24-25.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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