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2024年2月15日 (木)

行為項分析――琴姫物語

◆あらすじ

 栄華を極めた平家一門も源氏の軍勢に追われ、西海へと落ち延びていった。そして壇ノ浦の戦いに敗れ、海の藻屑となってしまった。都に住んでいた一門の姫君たちも故郷を遠く離れて西海の波の上に漂わねばならなかった。

 今年十八歳の琴姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。父は琴の名人で琴姫に丹精をこめて秘曲を伝えた。姫はまもなく琴の名手となり、二人は琴の音で慰め合っていた。

 琴姫も源平の戦いに追われて都を離れたが、混雑に紛れて父を見失ってしまった。二位の尼が海に沈んだとき、多くの人が従って死んだ。が、琴姫は運が尽きなかったのか、その翌日に家来に救われて、頼るところもなく広い海に漂った。船の中には姫が命と頼む琴が一張りあるだけだった。

 三日目の朝、空がにわかに曇って酷い風雨になった。船は転覆しそうになった。琴姫と家来は波のまにまに流されていく他なかった。その内に船はとうとう砕けてしまった。力尽きた琴姫は琴を抱いて波に身を任せた。

 それから何日か経って、家来とも離ればなれになって、遂に死んだ姫の亡骸は石見地方のある浜辺に漂着した。手には琴を堅く抱いていた。

 村の人たちは浜を見下ろす小高い丘に懇ろに姫を葬った。

 あくる日、静かな浦から美しい琴の音が響いてきた。村人たちは浜へ出てみたが、誰もいない。ただ琴の音がどこからともなく聞こえてくる。

 砂が鳴る。人々が歩く度に琴の音は足下から起こるのだった。村人たちは時の経つのも忘れて耳を傾けた。これは、あの可哀想な女の人が弾いて聴かせるのだと皆が言った。

 それからしばらく経ったある日のこと、杖を頼りに流れた盲いた老人がいた。浦の人からここは琴の音が聞こえる不思議な浜であることを聞くと、砂浜へ下りていった。老人が耳を傾けると夢のようにコロンコロンと琴の音が聞こえてきた。

 これはまちがいなく琴姫が弾く琴の音だと老人は叫んだ。老人は琴姫の父親だった。流れ流れて遠い石見の海岸まで盲いた身で訪ねてきたのだ。琴の調べは老人が教えた秘曲だった。老人の目に平和な日々が浮かんできた。老人は全てを悟った。

 老人は琴の音に誘われるように静かに水際へ下りていった。琴の音は海の中から波の向こうから聞こえてきた。老人は一歩一歩、静かに海へ入っていった。水は次第に深くなり、寄せてきた波は老人を吞んでしまった。

 そしてここは何時しか琴ヶ浜と呼ばれるようになった。

◆モチーフ分析

・源平合戦で平家一門は西海に落ち延びた。壇ノ浦で敗れ、平家は滅亡する
・琴の名手の琴姫がいた。姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。
・琴姫と父は離ればなれとなってしまう
・壇ノ浦を生き延びた琴姫は海上を漂う
・三日目に波浪で船が砕けてしまう。姫は波に身をまかせる
・琴を抱いた姫の亡骸が琴ヶ浜に漂着する
・村人、姫を小高い丘の上に葬る
・すると浜から琴の音が鳴り響くようになった
・それは砂が鳴いているのだった
・これは琴姫が鳴らしているに違いないと村人たちは考える
・盲目の老人が琴ヶ浜にやって来る
・老人は浜の音を聞いて、これは琴姫が弾いたものだと言う
・全てを悟った老人は入水する
・浜は琴ヶ浜と呼ばれるようになった

◆行為項分析
S1:(S2+O1)
意思の主体者がS1であり、行為の主体者がS2、S2の行為の対象がO1である

S(サブジェクト:主体)
S1:盲目の老人(父)
S2:琴姫
S3:村人

O(オブジェクト:対象)
O1:琴
O2:船
O3:琴ヶ浜
O4:砂浜の音

+:接
-:離

・琴の名手の琴姫がいた。姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。
(生活)S2琴姫:S2琴姫+S1盲目の老人(父)
・琴姫と父は離ればなれとなってしまう
(別離)S2琴姫:S2琴姫-S1盲目の老人(父)
・壇ノ浦を生き延びた琴姫は海上を漂う
(漂流)S2琴姫:S2琴姫-O2船
・三日目に波浪で船が砕けてしまう。姫は波に身をまかせる
(難破)S2琴姫:S2琴姫-O2船
・琴を抱いた姫の亡骸が琴ヶ浜に漂着する
(漂着)S2琴姫:S2琴姫+O3琴ヶ浜
・村人、姫を小高い丘の上に葬る
(埋葬)S3村人:S3村人-S2琴姫
・すると砂浜から琴の音が鳴り響くようになった
(鳴動)S2琴姫:S2琴姫+O4砂浜の音
・これは琴姫が鳴らしているに違いないと村人たちは考える
(考察)S3村人:S3村人+S2琴姫
・盲目の老人が琴ヶ浜にやって来る
(来訪)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)+O3琴ヶ浜
・老人は砂浜の音を聞いて、これは琴姫が弾いたものだと言う
(察知)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)+S2琴姫
・全てを悟った老人は入水する
(入水)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)-O3琴ヶ浜

意思の主体者の分類:

 分析した行為項を意思の主体別に抽出します。()内は機能と考えてください。

S2:琴姫
(生活)S2琴姫:S2琴姫+S1盲目の老人(父)
(別離)S2琴姫:S2琴姫-S1盲目の老人(父)
(漂流)S2琴姫:S2琴姫-O2船
(難破)S2琴姫:S2琴姫-O2船
(漂着)S2琴姫:S2琴姫+O3琴ヶ浜
(鳴動)S2琴姫:S2琴姫+O4砂浜の音

S3:村人
(埋葬)S3村人:S3村人-S2琴姫
(考察)S3村人:S3村人+S2琴姫

S1:盲目の老人
(来訪)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)+O3琴ヶ浜
(察知)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)+S2琴姫
(入水)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)-O3琴ヶ浜

S2琴姫の機能:漂流と漂着と鳴動 → 鳴動
S3村人の機能:埋葬と考察 → 考察
S1老人の機能:来訪と察知と入水 → 察知

という風に主体別に機能を同定します。すると、

「琴姫は砂浜を鳴動させ、村人はそれは琴姫によるものと考察し、老人は琴姫によるものだと察知する」という全体の単純なシノプシスが得られます。

対象の同定:

 行為項の右辺の右側が対象です。対象別に行為項を抽出します。

S1盲目の老人
(生活)S2琴姫:S2琴姫+S1盲目の老人(父)
(別離)S2琴姫:S2琴姫-S1盲目の老人(父)

O2船
(漂流)S2琴姫:S2琴姫-O2船
(難破)S2琴姫:S2琴姫-O2船

O3琴ヶ浜
(漂着)S2琴姫:S2琴姫+O3琴ヶ浜
(来訪)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)+O3琴ヶ浜
(入水)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)-O3琴ヶ浜

S2琴姫
(埋葬)S3村人:S3村人-S2琴姫
(考察)S3村人:S3村人+S2琴姫
(察知)S1盲目の老人(父):S1盲目の老人(父)+S2琴姫

O4砂浜の音
(鳴動)S2琴姫:S2琴姫+O4砂浜の音

 これらから対象の候補が導き出されます。

S1(老人)、-S1(老人との別離)、-O2(船の難破)、O3(琴ヶ浜への漂着)、-O3(琴ヶ浜で入水)、S2(琴姫と察知)、-S2(琴姫の埋葬)

 高田本では「物語にとって「最も重要な対象」とは、その物語の最終局面で「獲得」が表現されているものである。さらには、その獲得によって「恵与」が行われているものであるといえる。」(179P)としています。獲得ですが、マイナスの獲得、つまり排除や失敗もあり得ます。

 老人を意思の主体とした場合、老人が獲得を願っているのは「琴姫との再会」でしょうか。必ずしもテキスト中に描写されているとは限りません。

主題と主人公の同定:

 意思の主体となりうるのは、
S1:盲目の老人(父)
S2:琴姫
S3:村人

です。S3村人は除外していいでしょう。S1老人かS2琴姫かということになります。

 物語の最後を締めくくるのはS3老人で、老人は砂の音が琴姫のものだと悟ることで入水という行為に至りますから、老人が主人公と同定できます。

 しかし、この物語は琴ヶ浜の砂が鳴くようになった、それは琴姫の琴の音だというところで一つの物語として成立しており、続く盲目の老人のエピソードは後日譚とも解釈し得るのです。なので、筆者は琴姫と老人のそれぞれが主人公として成立し得ると考えます。

関係の抽出:

 姫―老人、姫―村人、琴―砂浜、戦乱―難破といった関係性は認められますが対立軸とは言えません。琴姫の死後に老人が登場するため直接の対立軸が生じないのです。

登場キャラの位置付け:

 ここでは送り手と主人公を同定します。琴姫物語では、

 送り手(老人):主人公(琴姫)

 としていいでしょうか。琴姫の物語と老人の物語とが前後に分かれていますので主人公を同定するのが難しく感じられます。

暗喩の同定:

 「琴姫物語」では明確な対立軸が存在しないと考えられますので、それらの背後にある暗喩も同定しにくくなっています。姫―老人、姫―村人、琴―砂浜、戦乱―難破といった関係性から何を見出すべきでしょうか。たとえば貴族―平民といった暗喩も考えられなくはないですがしっくりきません。

 上記のような形で情報を整理していくことで次の行為項モデルの作成に取り掛かる訳ですが、この部分は冗長であるため以降のエピソードでは省きます。本来は論理的に作業を行うのが望ましいのですが、経験と勘で行えるだろうと判断してのものです。

 行為項モデルにおいて反対者と補助者は容易に見出せます。意思の主体を同定することが最も重要な作業となりますが、意思の主体もある観点では相対的と言えます。意思の主体を入れ替えてそれぞれの行為項モデルを作成することも可能なのです。ですので、随時項目に当てはめながら試行していく形をとっていきます。

◆行為項モデル

送り手→(客体)→受け手
     ↑
補助者→(主体)←反対者

というモデルを構築するのですが、ここでこのモデルに一つの要素を付加します。

  聴き手(関心)
     ↓
送り手→(客体)→受け手
     ↑
補助者→(主体)←反対者

 この聴き手は筆者が独自に付加したものです。後述する「浮布の池」で解説します。客体は分析で使用したサブジェクトやオブジェクトとは限りません。()で括った機能を更に意訳したもの、主体のこうなって欲しいという願いと説明した方が分かりやすいかもしれません。

 この琴姫伝説では主体が二人いると考えることができます。前半は琴姫。後半は盲目の老人です。冒頭から例外的な事例が出てきました。

      聴き手(琴姫は遭難から生還できるか)
              ↓
送り手(琴姫)→ 都からの脱出(客体)→ 受け手(琴)
              ↑
補助者(村人)→ 琴姫(主体) なし 反対者

 受け手を琴としました。行為項分析では受け手がオブジェクトになることはあり得ないのですが、この場面で琴姫は他人に働きかけている訳ではありません。琴が姫の運命を示す象徴的なアイテムとなります。

 まず「琴姫は遭難から生還できるか」が物語の焦点となりますが、結局、琴姫はそのまま死んでしまいます。このように悲劇では主体の意思と聴き手の関心との食い違いが生じることがあるのです。それを行為項モデルに織り込みたかったのです。

 一般に流布している琴姫伝説では琴姫は生きて琴ヶ浜に漂着するのですが、この類話ですと琴姫の亡骸が漂着するのです。後半は下記の通りです。

        聴き手(老人の正体は何者なのか)
                 ↓
送り手(盲目の老人)→ 琴姫との再会:砂浜の音(客体)→受け手(琴姫)
                 ↑
補助者(村人) →  盲目の老人(主体) なし 反対者

 通常の行為項分析では後半のモデルだけが提示されるでしょう。

 つまり、筆者は物語の焦点は「琴姫は遭難から生還できるか」から「老人の正体は何者なのか」に移っていると考えているのです。純粋なテキスト分析からは外れてしまうのですが、行為項モデルが提示した物語の構図をより明確化できると考えています。

 盲目の老人は琴姫との再会を願っていますが、砂の音を聞くことでそれが琴姫の琴の音だと悟り、同時に姫の死も認識します。このことで老人が琴姫の父だということが明らかにされます。ここから老人は入水するに至ります。そうすることで琴姫が漂着した砂浜は琴ヶ浜という名を得るのです。また、琴による琴姫と父との絆も強調されます。

 難破した姫の運命に聴き手は耳を傾けるでしょう。この類話では姫はここで死んでしまいますが、姫の琴の音が砂の音となったことで一応の納得はするでしょう。また、老人は結局入水してしまいます。聴き手は琴姫の父である老人に感情移入することでしょう。

◆関係分析

 スーリオは演劇における登場人物の機能を六種に集約し占星術の記号で表記します。

♌しし座:主題の力(ヴェクトル)
☉太陽:価値、善
♁地球:善の潜在的獲得者
♂火星:対立者
♎てんびん座:審判者
☾月:援助者

という六つの機能が挙げられます。

☾は☾(♌)主題の援助者という風に表現されます。
☾(☉)☾(♁)☾(♂)☾(♎)もあり得ます。
一人の登場人物に二つまたは三つの星が該当することもあります。

 これらを元に琴姫物語の関係分析をすると、

1. 琴姫♌☉―村人♁☾(♌)
2. 父親♁♎―琴姫♌☉

といった風に表記できるでしょうか。

◆発想の飛躍

 琴姫伝説の発想の飛躍は姫の死後に砂の音が鳴るようになったというところでしょうか。「砂―音―琴」といった概念の組み合わせが発想の飛躍を起こしています。これは客体に一応含まれていると考えていいでしょうか。琴姫の物語と老人の物語を繋げるブリッジ的な役割も果たしています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.15-18.
・『物語構造分析の理論と技法 CM・アニメ・コミック分析を例として』(高田明典, 大学教育出版, 2010)

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