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2023年12月

2023年12月31日 (日)

今年を振り返る 2023

今年はこの歳まで生きてきて初めて死を意識した年でした。大腸がんの検診で擬陽性(-)(+)となったので行きつけの医院で紹介状を書いてもらい大学病院で大腸の内視鏡検査を受けました。当初はポリープができているのかなと思っていたのですが、検査の結果3センチ大の腫瘍ができていると言われました。ポリープならその場で切除できるのですが、切除できる大きさではなかったのです。

なんでもっと早くに検査しなかったのかなと繰り返し考えました(※前年の検診では陰性でした)。腫瘍ということは大腸がんを宣告されるかもしれないと。

がんだったら余命5年かなと考えました。父より若い年齢で死ぬのかと。まあ、長生きしても困窮するだけでいいことないし、セルフ出版したペーパーバックを国会図書館と島根県立図書館に寄贈したから、やることは一応できたのかなとも考えました。でも、死を意識するというのはそういう理屈では割り切れないものでした。

大学病院の消化器内科の先生から説明を受けたのですが、大腸ESD(粘膜下層剥離術)という内視鏡手術を行うことになりました。1ミリ大の電気メスを使って患部を切除するという比較的新しい技術です。

入院は三泊四日で済みました。開腹手術ではありませんので体に大きな負担はなかったのですが、しばらく安静を余儀なくされました。

病理検査の結果、粘膜がんとのことでした。深くは侵襲していなかったのです。なので完治ということになります。半年後の検査でも特に問題はありませんでした。

結果的には早期発見ということでホッとしました。

大学病院は自宅から歩いて20分ほどの距離だったのも幸運でした。島根なら出雲市まで通わなければならなかったかもしれません。

……細々としたことは「三泊四日の大腸ESD入院記」という電子書籍に書いてます。


それとは別に頻脈で循環器科に通院しています。脈が常時120くらいありますので薬を飲んで抑えているのですが、薬の副作用らしく長距離が歩けなくなりました。

近所のJAに家賃を振込に行った際、片道2㎞ほどなのですが、行きでふらついて「これは危ないな」と思いつつ、そのまま歩いて帰ったところ、何度も倒れ、自宅を数十メートル手前までたどり着いたところでついに動けなくなり救急車を呼ばれました。数値に異常がなかったため救命士さんたちに自宅まで送ってもらったというオチです。

それで薬を変えてもらったのですが、翌月の振込でも帰り道で「やはり駄目だ」となり、今度はタクシーを呼んで帰った次第です。一応学習はしているのです。

今はふらつきは感じなくなったのですが、実際どれくらいもつのか不明です。例えば低山の登山とか石見銀山とか長距離歩くことはもう無理だろうと思っています。実家に帰省した際は市内をぶらりと歩いてスナップ写真を撮ったりしていましたが、それも怪しいです。

神楽の鑑賞も長時間立ちっぱなしでの鑑賞は難しいかもしれません。これも試してないのでどこまでもつか分かりません。

そんなこんなで健康面で大きな変化のあった年でした。

それではよいお年を。

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技術継承の危機――安西生世「植田晃司と石見神楽「大蛇」―石見神楽の<オロチ>誕生が地域に与えた影響と技術継承の問題―」

安西生世「植田晃司と石見神楽「大蛇」―石見神楽の<オロチ>誕生が地域に与えた影響と技術継承の問題―」『山陰民俗研究』28号を読む。

石見神楽の演目「大蛇」を支えるのが蛇胴である。主に竹と和紙で作られており、伸ばすと約17mまで伸び、収納時には1.3mと収縮する優れものである。

水には弱いらしく、雨天時には「大蛇」の上演が中止されると断っているイベントもある。

蛇胴を明治期に開発したのが植田菊市(初代植田晃司)でその製作技法を継承しているのが三代目植田倫吉(三代目植田晃司)の植田蛇胴製作所である。

※注釈によると蛇胴の考案者が誰かについては異論もあるとのこと。

植田菊市は蛇胴製作の傍ら、弟の花立万太郎と共に舞法を考案し、現在でも基本の型として受け継がれている。

本論文には蛇胴の製作のノウハウも記録されている。それを読むと皮膚感覚が大切な職人芸であることが分かる。竹の選定にも眼力が必要であり、それは自分の土地の竹林から採っていることが大きいようにも思える。

植田蛇胴製作所では主に植田夫妻によって蛇胴の製作が行われており、家内制手工業的なそれは現在の雇用制度では技術の継承を困難にしている。植田蛇胴製作所以外にも蛇胴の製作を手掛ける業者は存在するが、のれん分けしたものではないとのこと。

コロナ禍で神楽の上演はストップし、神楽関連産業も大きな打撃を受けた。国・県・市から補助金を受け経営を続けているとのこと。

……蛇胴のメリットは蛇に見えることである。例えば関東の神代神楽では「八雲神詠」という演目が八岐大蛇退治の演目だが、人と変わらぬ衣装を着たもので蛇には見えないのである。蛇胴を得ることで「大蛇」は一番人気を得たと言える。

蛇胴は石見神楽のみならず西日本の神楽に普及した。神楽以外の芸能でも蛇胴が使用されるようになっている。

「大蛇」と石見神楽の存在を一般に認知させたのは大阪万博である。基本的には悪龍退治の物語であり、口上が無くてもストーリーを把握できる。そのため海外公演でも必須の演目となっている。

植田氏は高齢であり、奥様は2023年にお亡くなりになったという。手伝いをしている人はいるそうだが、直接の技術継承者がいないと見られるため、植田氏直系の蛇胴の製作ノウハウは失われてしまうかも知れない。

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2023年12月30日 (土)

認識を改める――六郷寛「第二五回古代文化講座 芸北地域に「石見神楽」はいつ伝播したか? ―「伝統」と「創作」の視点から―」

六郷寛「第二五回古代文化講座 芸北地域に「石見神楽」はいつ伝播したか? ―「伝統」と「創作」の視点から―」『しまねの古代文化:古代文化記録集』17号を読む。六郷氏は北広島町教育委員会の職員。

何年か分からないが、浜田市のいわみーるという施設での講演の模様が文字起こしされたもの。講演録の後に芸北地域の史料が掲載されている。漢文を読み下したものと思われる。文字面を追うことはできなくもないが文脈をとるのは難しい。

この講演が収録された『しまねの古代文化:古代文化記録集』17号は2010年3月の発行であった。芸北地域の江戸時代の動向が語られているのでもっと早く読んでおけばよかった。

おそらく同様の内容だと思うが、六郷寛「近世末期安芸国北部地域における「石見神楽」の受容」『近世近代の地域社会と文化』という論文名も記されている。ただ、この論文はおそらく雑誌でなく書籍に掲載されたものだろう。国会図書館だと書籍に掲載された論文は著作権の関係で半分しかコピーできない。全部読むには国会図書館に行かなければならない。

北広島町は大朝や千代田の辺り。浜田市からなら高速道路一本でいける地理的関係にある。

広島県の安芸国の北部で舞われる神楽は芸北神楽と呼ばれることが多いが、六郷氏は石見神楽という認識である。学問的には芸北神楽は石見神楽なのである。ここでは石見神楽+芸北神楽の場合、石見系神楽と表記する。

従来、神楽の分類で出雲流神楽という分類があった。現在は採物神楽と称されるように変わっている。中国四国九州に分布していてストーリー性のある神楽、神楽能(能舞)と儀式舞が組み合わされた神楽だとされている。

その出雲流神楽の源流が松江市の佐陀神社の佐陀神能だとされている。安土桃山時代から慶長期にかけて能の影響を受けた神楽が成立したとされている。

ここで六郷氏は旧山県郡の壬生神社に伝わる資料(井上家文書)から「荒平舞詞」を挙げる。この史料は『日本庶民文化史料集成』第一巻に収録されている。これは荒平という鬼が長々と口上を述べていかに自分が凄い存在であるかアピールするが、日本は神国なので敗れてしまって、魔法の杖を授ける……というような内容である。これは現在でも広島県の安芸十二神祇で「関」といった演目名で舞われている。四国ではこの鬼は提婆と呼ばれてもいる。九州の神楽の詞章にも荒平の名を見ることができる。

このように西日本に広く分布している荒平なのだが、六郷氏は「荒平舞詞」は戦国時代の史料だと指摘する。つまり佐陀神能より古い神楽の記録が残っているとするのである。六郷氏は佐陀神能は仏教色を排除した神楽だと指摘し、当時は西日本一帯に神仏習合的な神楽があったのではないかと推測する。後に吉田神道が神職を統括するようになり、1800年代の初め頃に神楽が仏教色を排して神道流に改訂されたのである。

で、話は芸北地域、主に旧山県郡の歴史に移るのだけど、六郷氏は井上家文書を読み解き、1830年代に邑智郡から石見神楽の流入が始まったとする。当時の石見神楽は神職によって舞われていた。その後1850年頃に石見神楽の伝習が行われ氏子(若連中)が舞うようになったと解説する。

石見地方でも浜田藩が氏子が神楽を舞うことを禁止したという記録が残っているそうなので、江戸時代から見様見真似で舞っていたとされる。ただ、氏子自身が舞うようになるのは芸北地域の方が早かったのかもしれない。

ちなみに、石見神楽が流入する以前は湯立、造花といった儀式が主たるものだったとする。造花は大正時代か昭和の時代に廃絶してしまったとされている。獅子舞もあったが、その他の出し物は変遷して定着せず、石見神楽が流入して固定化されるようになったとのこと。

……大体そういう内容なのだけど、僕自身、江戸時代の芸北地域については漠然としたイメージしかなかった。江戸末期とは幕末くらいだろうかと思っていたのだが、実際には天保期の出来事だった。認識が改まったので、いずれ拙書『神楽と文芸(総論)』を改訂しようと思う。

締めとして現在の芸北神楽について語られる。よく知られているように芸北神楽は石見神楽が伝わった当時のもの(旧舞)と戦後の創作演目(新舞)とに分けられる。

新舞はGHQが皇国史観を危険視したため従来の神楽が禁止され、その検閲を回避するために創作されたとされている。作者は佐々木順三で彼が自費出版した台本には17演目記載されている。

現在では更に進んでスーパー神楽を新々舞と呼ぶこともあるそうだ。

で、芸北地域の内部でも新舞に関しては「これは神楽ではない」という声があるそうである。「伝統を守る」と「新しいものに挑戦する」という姿勢が対立している訳であるが、六郷氏は「どうかな」と態度を保留する。石見神楽にしても元は他所から流入してきたものが定着したものである。だから「新しいもの」が駄目とは一概に言えないとするのである。

まあ、どんな演目も最初は創作演目である。僕自身は現在の郷土芸能は観光路線もあって「現状維持」が基本線だと思う。出雲神楽を見に行ったら芸北神楽をやっていたとなったら話が違うとなるからだ。ただ、新しいことをしてはいけないという決まりも無い。自身でリスクを引き受ける分には構わないのではないか。

関東の事例だと、厚木市の垣澤社中、ここは厚木市の指定無形文化財に指定されているが、次の家元(娘さん)が中心になって声楽家や舞踏家とコラボした創作演目を発表したりしている。自分でリスクを引き受けているから許されているのである。

ただ、芸北の人たちが考える新しいこととは奇抜な演出のことではないかという気もする。それは違うと思うのである。

現状維持に不満を感じるならこうも言える。芸能とは本来上達するにつれてその奥深さに目覚めていく性質のものではないか。

ここで冒頭部分を引用する。

ところが、東京のほうから来られた方が石見神楽をご覧になると、「なんじゃこりゃあ」とびっくりする。だいたい神楽とは言わない。我われのほうでも神楽というのは新しい言い方で、昔の人は“舞”って言っちゃった。「舞を舞う」って。関東では“舞”どころか“神楽”という言い方もしない。ていねいに“お”をつけて“お神楽、お神楽”といわれる。“お神楽”は何者かといいますと、手に鈴を持ったりして、ここら辺でいう“儀式舞”ですね。鬼が出てきてチャンチャンバラバラ、というようなことはしない。キリキリ回って「あれ残念なり無念なり!」とかいうようなことは、まちがってもしない。というんでありまして、おとなしい、どっちかというたら退屈なものが“お神楽”だ、というふうに関東地方の人は思うとってんです。3-4P

ここで引っかかりを感じる。この東京の方から来た人は具体的にどこの神楽を指していたのか。僕自身、横浜に住んでいるので首都圏の神楽は見学したことがある。埼玉県久喜市の鷲宮神社の催馬楽神楽や東京の品川神社の太々神楽は確かにストーリー性のない儀式舞的な神楽である。だが、埼玉県坂戸市の大宮住吉神楽は昔ながらの鄙びた神楽を残しているがストーリー性のある演目もある。また、東京や神奈川の神代神楽はストーリー性のある演目、口上のない黙劇である。

ちなみに鷲宮神社の神楽は関東の神楽の源流とされる。やはり江戸時代に改訂を受けているが当時の演目が12演目+α残されている。品川神社の太々神楽は氏子さんたちが正装してかしこまって見る神楽である。都心に古い神楽が残されていることが驚きである。

で、僕は関東の神代神楽と石見系神楽は好対照をなしていると思うのだ。神代神楽ではモドキという滑稽な役柄を演じる登場人物が活躍する。全体的にユーモラスな内容なのである。勇壮な演目を好む石見系神楽とは明確に異なる。テンポもゆったりしたもので、例えると、動きの速い能だろうか。同じく演劇性のある神楽だが、神代神楽が「静」なら石見系神楽は「動」という対比が見られるのである。

関東の神代神楽を実見して僕は気づいたのである。石見系神楽は鬼退治ばかりではないかと。石見系神楽の能舞はバトルを中心にして構成された舞が多い。それに対して神代神楽では記紀の内容を忠実に再現した演目が多く、バトルが無い訳ではないけれど、それがメインということはないのである。

また、関東の神楽師たちは獅子舞も演じる。そういう意味で芸能本来の持つ祝福芸的な要素も残しているのである。石見神楽だと恵比須だろうか。山間部だからだろうか、芸北では釣りがモチーフの恵比須の上演頻度は高くないように見える。

出典は失念したが、昔、民俗学者の偉い先生が中国地方の神楽は鬼退治ばかりだと笑ったという逸話が残っている。石見系神楽に関してはその言葉がそのまま当てはまるのである。

これが現代の創作演目である新舞の欠点なのである。僕も台本集を読んだり出典を調べるなり、視聴可能な演目は動画を見るなりした。全部バトルなのである。石見神楽からの流れで人気があるからそうなっているのだが、それ以外の展開がないのである。ある面では表現の幅が狭いと言わざるを得ない。

また、これは石塚尊俊が指摘したことだが、新舞はその成り立ち上、説話ベースで神話劇ではないのである(※一部、神武天皇やヤマトタケル尊の演目はある)。題材の幅が広がった面もあるが本筋から逸脱してしまったように思える。神さまに神話劇を奉納するなら分かるが、神さまに源頼光の鬼退治を奉納するのは意味があるだろうか。源頼光やその四天王はヒーローではあるが信仰の対象ではない。神さまはそんなことは気にしないとは言える。石見神楽の理屈だと神さまは人が喜んでいるのを見てお喜びになるということだそうである。

神代神楽にも「紅葉狩」といった能に出典を持つ演目は存在する。そういう演目を本田安次は「近代神楽」と呼んでいる。だが、それはあくまで演目の一部であって主体をなす訳ではないのである。

佐々木順三の作品以外にも創作神楽は作られている。でも、その多くは地元の伝説を題材にしたもので地元的には正統性のあるものである。

僕自身、浜田市の出身で八調子石見神楽を見て育ったから新舞に関してもさほど違うとは思わない。石見神楽より演劇性が強いなとは思う。

そういう僕も安芸高田市で開催された高校生の神楽甲子園という全国大会で奥出雲の高校生が新舞で出場して日芸選賞(※当日の最優秀校)を受賞したのを見たときには極めて保守的な感情を抱いた。牛尾三千夫や岩田勝といった神楽の権威は八調子石見神楽や新舞を激しく嫌ったが、その気持ちが理解できたように感じたのである。

これは他所の地域の若者が新しい芸能を受け入れた事例である。歴史的には別に珍しくないだろう。が、僕には新舞が出雲神楽のテリトリーを荒らしているように見えるのである。神楽甲子園については別途記事を書いているので、興味のある方は当ブログの神楽カテゴリーか2023年7月の過去ログを当たって頂きたい。

新舞の長所を挙げることもできる。ストーリー性があり、ライブの一回性もあって繰り返しの鑑賞に耐えるのだ。儀式舞なら一回見ればいいかという人も多いだろう。

また、新舞の派手な身体パフォーマンスは若い先天的な感性に訴える力を有している。石見神楽の動画を見ていると、子供が舞台にかぶりつきで見ている場面を目にすることがしばしばあるが、幼い子供たちは先天的な感性、審美眼で神楽を見ているのである。

全国の神楽を隈なく回って見ている神楽通が何人いるか知らないが、そういう人たちは新舞を神楽とは見なさないだろう。新舞は現代神楽と言い換えることができると思うが、現代に至るまでに失われたものがある。神楽を神楽たらしめている何か、神楽通たちはそういったものの欠如を敏感に感じ取ることだろう。

僕も神楽をやった経験がある訳ではないのでよく分からないが、何と言うか、演劇の要素が強まることで呪術的な要素の名残が消え失せてしまっているように見えるのである。今の新舞は現代民俗音楽劇と呼んでもさほど的を外していないだろう。

神代神楽は首都圏の芸能だけあって洗練されているなと見ていて感じる。新舞も神楽を洗練させていった結果の一つだけど、進化の方向性は一つではないのである。

僕は出不精で全国の神楽を見て回っている訳ではない。日帰り圏がせいぜいだ。でも、浜田市出身で現在は横浜市に在住していることがプラスに作用した。石見系神楽と関東の里神楽を偶然ではあるが比較して見る機会に恵まれたのである。この結果、僕は石見系神楽を相対化して見ることが可能になったと感じている。

もし新しいことがやりたいなら、他所の地域の昔ながらの神楽を見てバランスをとった方がいいと思うのである。バトルしか能のない新舞(※だから佐々木順三は茶利にこだわったのだろう)は既に進化の袋小路にはまり込んでいると見る。

なお、SNSで芸北神楽の奉納神楽の宣伝ポスターの画像を見ると、上演演目では新舞と旧舞が混在していることが分かる。新舞だけを舞う神楽団というのはおそらく存在しないだろう(※岩戸を保持演目としていない神楽団はあるそうだが)。

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情報整理法については未だ昔ながらのやり方で運用している

EvernoteにGoogleアカウントでログインする。Freeプラン。

ユーザー登録して画面を眺めただけなのでまだ何も使い勝手が分かっていない。ノートにドキュメントでも画像でも音声でも動画でもPDFでもWEBページでも何でも放り込んでおけるらしい。データをクラウドに保存して一元的に管理、様々な端末からアクセス可能にするというコンセプトのWEBサービスである。

僕の場合、こういったサービスを使わず昔ながらの方法で運用している。野口悠紀雄「超整理法」で紹介された手法だが、テキストファイルを一つのフォルダに放り込んでGREPで横断検索するという運用手法である。高速で検索してくれるので使い勝手がいい。

僕が利用しているテキストエディタは秀丸エディタである。秀丸はGREPが使え、アウトラインプロセッサ的な使い方もできるので大体これで賄えるのである。

たとえばWEB上の記事で印象に残ったものは一つのテキストファイルに記事をコピー&ペーストしてスクラップ帳的に保存している。画像などの情報は失われるが大抵の場合問題ない。リンクもコピペしているので必要な際はリンクを辿ればいい。GREPで必要に応じて検索するのである。

PDFファイルに関しては図書館でコピーした資料をドキュメントスキャナで取り込んでいる。OCRはかけていないが、タイトルを著者名「論文名」『書名』としておけばエクスプローラーの検索機能で大体探せる。一部のPDFは題材毎にフォルダを作って整理しているが、その他は一つのフォルダに放り込んでいる。

画像に関してはカメラ毎に選別した画像ファイルをフォルダにまとめている。ブログの記事執筆に当たっては撮影地別にフォルダ分けして選別した画像を保存している。

メモ的なもの、アイデア管理的なものに関してはScrapboxというWEBサービスを利用しはじめたところだ。

ローカル環境で完結させる古いやり方ではある。なぜこうなったのかというと、僕は悪筆で紙で詳細なメモをとることをしなくなったからである。

また、色々な人が公開しているが、僕の場合、整然としたノートがとれないのである。マインドマップも上手く書けない。

そして図解が苦手で描画系のソフトウェアが上手く使えない。思い通りにアウトプットできるのが文字情報だけなのである。

結局、どの端末でも読めるのはプレーンなテキストファイルであることも大きい。

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2023年12月28日 (木)

来年を予祝する内容――「神楽×芸者」

港北公会堂で催された横浜芸妓組合と加藤社中主催の「神楽×芸者」を鑑賞する。僕は芸者さんの芸を見るのは初めてで、お座敷芸のイメージしかなかったのだが、芸の幅の広さを感じさせられた。

港北公会堂
港北公会堂・開演前

関東の神代神楽は洗練されているなと見ていて思う。それでいて寿ぐというか祝福する要素はしっかり残っている。

まず「春の海」から始まった。春の海のCDは持っていなかったはず。生演奏も初めて。CDに収まりきらない音もあるので聴けてよかった。復興小唄と野毛山節は当然ながら初めて聴く。横浜の芸者さんにとって横浜開港と関東大震災とが今でも語り継がれているようだ。

それから底筒式三番。黒尉が登場し、二枚の扇で優雅に舞ってみせる。三番叟は二人三番叟で芸者さんが演じる。

かっぽれは家元の息子さんが務める。幼くして文部科学大臣賞を受賞したという凄い実績。

三崎遊漁は恵比寿さまの鯛釣り。もどきは芸者さんが務める。セリフのあるもどきである。獅子も登場、獅子舞が披露される。最後は大黒さまが登場、会場を祝福する。

10分の休憩を挟んで横浜芸者ミュージック。ドレスを着た芸者さんが懐かしの邦楽を演奏する。最後は再びかっぽれで締めくくられる。登場人物が全員舞台に出て締めとなる。

来年を予祝する内容だった。今年は健康面で色々あったりしたが、いい気分転換になった。

会場の港北公会堂は菊名駅からも道一本で行けたので特に迷うことなく行けた。ホールで開場を待っているときは年配の女性が多いかなと思ったが、客席につくとそうでもなかった。男性もいたし若い女性もいた。

神楽師さんたちはこれから年末年始にかけて大忙しだろう。

こういう舞台を見ると演劇も見なければいけないなと思うのだが実現できていない。休日に下北沢に行けば何かやっているのだろうか。

<追記>
黒尉は女性が演じていたとのこと。
「三崎遊漁」では本来は両面(※両面踊りのあれ)が釣れるのだけど、凧に変更したとのこと。
今回は演奏されなかったが「ブルーライト横浜」も55周年だったとのこと。100年歌い継がれる曲も古典として保存していきたいとのこと。

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JR三江線・車窓の風景動画をサルベージする その2

JR三江線の車窓の風景の動画、CANON Powershot G16で撮影した分を確認する。浜原駅から三次駅までである。駅のつじつまは合った。G16はFHD(60fps)で撮影できる機材だったが、確認するとHD画質(1280*760, 30fps)で撮影していた。データ容量をケチったか。

まずSX130ISで撮影した理由だが、デジカメのバッテリーは通常2時間ほどしかもたない。約3時間半の行程なので予備のバッテリーが必要なのだけど、SX130ISは単3電池式のデジカメなのである。エネループを何本か用意して必要に応じて交換しようという腹づもりだったのである。ところが実際に使ってみると、肝心のエネループがへたっていてこれは駄目だとなった。そこで予備機として持ってきていたG16を使ったという次第である。

また、SSX130ISの動画はMOV形式なのだが、10分制限があることを知らなかった。MP4なら30分または4GB制限である。

当時パナソニックFZ100とG3も所有していたのだけど、当時のパナ機はMP4で撮影できなかったのではないか。AVCHD形式だったと思う。MP4形式だとパソコンで扱いやすいということを知らなかったのである。

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2023年12月27日 (水)

JR三江線・車窓の風景動画をサルベージする その1

2016年8月にJR三江線の車窓の風景を撮影した動画を確認しはじめる。今日はCANON Powershot SX130ISで撮影した分を確認する。江津駅から浜原駅まで。ハイビジョン画質(1280*760, 30fps)。ファイル形式はMOV。確認できないが、おそらくMOV形式だと10分制限があると思う。動画撮影の経験がほとんどなかったので仕様を知らずに撮影してしまった。駅間が10分を超える箇所が二つあった。結合しなければならない動画が一つある。

※動画の結合はMicrosoft Clipchampで簡単にできた。

長年放置していたのは撮影当時の自宅の回線がADSLだったため。ハイビジョン動画だとファイル容量が大きくなり、アップロードに長時間かかり実質的に不可能と判断したため。

自宅が光回線(VDSL)に変わったのは2021年11月下旬。その間にデータをバックアップしていた外付けHDDが満杯になってしまって次のHDDへ移すことができないままに移行してしまった。

今回、パソコンを買い換えたのを機にHDDの中身を整理、ようやくサルベージすることができた……という次第。

当日は朝4時に起きて、浜田発5時30分の鈍行で江津駅に向かい、三江線に乗り換えた。なので、途中で居眠りをしかけカメラが揺れている場面がある。

江津駅を朝6時5分頃に出発し、三次駅に9時半頃到着するという約3時間半の行程。

JR三江線の車窓の風景を撮影した動画は既にあるのだが、それは車両前面から撮影したもので、運転士の視線に近い。こちらは客席から撮影したので乗客目線での動画となっている。手持ち撮影なので常に揺れているが。

明け方に朝日に向かって江川沿いに遡っていくので逆光となる。確認すると撮影条件は悪かった。SX130ISはCCD機なので、スミアが発生しているシーンがしばしば見られた。

駅名は動画からかなりの部分を補完できた。

明日からはCANON Powershot G16で撮影した分を確認しよう。G16もハイビジョン(1280*760, 30fps)で撮影したのだが、試しに見比べてみるとG16の方が画質がよかった。実はG16はフルハイビジョン、60fpsで撮影できたのだ。こうしてみると、G16は当時としては中々に優秀な動画撮影機でもあったようだ。

2016年には既に三江線の廃線は既定路線だったが、こうして動画を確認すると、車内は特に混雑していなかった。

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2023年12月26日 (火)

書評のポッドキャスト――五藤隆介、倉下忠憲「ブックカタリスト 経済・倫理・政治哲学」

五藤隆介、倉下忠憲「ブックカタリスト 経済・倫理・政治哲学」を読む。『ダーウィン・エコノミー』『功利主義入門』『これからの正義の話をしよう』といった本のレビューが対談形式で語られる。経済・倫理・政治哲学といったジャンルは自分にとっては穴となっているジャンルなので興味深く読めた。

倉下氏の著作は何冊か読んだことがあるが、こういう引き出しがあるとは知らなかった。対談形式で整然と語れるということは高い能力を示していると思う。

ブックカタリストとは書評のポッドキャストとのこと。AmazonやSpotifyなどで聴けるようだ。

基本的には難解な本にはいきなり手を出さず、新書などの入門書を三冊くらい読んでからの方がいいとのこと。

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2023年12月24日 (日)

昔話は大失敗

ちょっと早いが今年を振り返ると、「昔話はなぜ面白いのか(上)」「昔話はなぜ面白いのか(下)」という電子書籍をセルフ出版した。3月にはペーパーバック化した。これはでんでんコンバーターの記法で書いたテキストをPDF化するサービスが終了するため駆け込みで慌てて出したものである。

結論から言うと、この2冊は失敗作であった。未来社「石見の民話」を大田市から鹿足郡まで収録された全話をモチーフ分析してみたら何か見えてこないだろうかと思って取り組んでみたのだが、何の成果も出せなかった。

失敗作という自覚はあるので価格は250円と最低価格に抑えている。また、全部読む必要はないことを前文で明記している。時折読まれるが、大体50ページくらいまでで止まっている。それくらいまで読んでもらえれば十分な構成にはしている。

失敗作でも出せてしまうというところがセルフ出版的なのかもしれない。

昔話の分析手法の研究は19世紀から20世紀前半にかけてがピークだったようで、それ以降は目ぼしい成果に欠けるように見える。なので素人が思いつきで手を出しても何もでてこない結果となる。昔話研究者たちは今はアジアのモチーフ・インデックス作成に取り組んでいるようだ。

正直に言うと、私大文系の壁に突き当たったというところ。たとえば現在では計量文献学のジャンルでコンピューターに小説を読み取らせ、感情曲線を描くことが可能になっているという。米国の話なので日本ではどうか知らないが、それ用の辞書が整備されたら日本でも可能になるだろう。

また、出版した後でグレマスの行為項という分析手法があることを知ったのだが、これが難解で全く理解できなかった。日本でも「ごんぎつね」を分析した論文があったりするが、それに何の意味があるのかよく分からなかった。

グレマスは構造主義の記号学者という位置づけだが、行為項の概念を引き継いだ研究があるかどうかは知らない。もしかしたら感情曲線の研究に影響を与えているかもしれないが、そう言及した資料はネット上の検索では見つからなかった。

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2023年12月23日 (土)

デジタルでも1カードに1情報か――倉下忠憲「考えの育て方 知的生産のデジタルカード法」

倉下忠憲「考えの育て方 知的生産のデジタルカード法」を読む。

ScrapboxというWEBサービスがある。Wikiを簡略化したシステムで、キーワードを[ ]で括ると、そのキーワードがタイトルとなったページが自動的に生成されリンクが張られる仕組みである。そうやって作業を続けていくと、やがて相互リンクでネットワーク状、別の言い方をするとリゾーム(根茎)状のページ群(プロジェクト)が出来上がっていくようになる。シンプルな操作性で奥深い使い方ができる優れたサービスだ。

パソコンの無かった時代は、学者たちはカードで情報を管理していた。日本民俗学の創始者である柳田国男もカードを並べ替えることで講演の内容を考えていたりしたそうだ。

著者はScrapboxを現代のデジタルカードシステムと捉えている。なので、著者のポリシーとして、一つのカードには一つの情報をと徹底する。というのは、著者はネットワーク的な知的作業(思考する段階)とツリー的な知的作業(執筆する段階)は交じり合うことがないと考えているからだ。

だが、これはライフハックの試行錯誤を積み重ねてきた結果の著者独自の運用法である。なぜなら前述したようにScrapbox自体は元々Wikiの仕組みを簡略化したものだからだ。複数の人間がページを編集することを前提に設計されているのである。

なので、利用している内にプロジェクトの中のあるページが成長していくことも想定されている。Scrapboxのページはアウトライン的な表記も可能なので、ページ内でアイデアをまとめていくことも十分可能なのだ。

もちろんScrapboxの運用法にこれといった決まりはないからユーザー自身が自分の使いやすいように自由に運用すればよいのだ。

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録音してなかったか

OneDriveの中身を見ていて、母が大叔母(祖母の腹違いの妹だが、母と同い年だった)について語った音声ファイルがクラウドに保存されていたことに気づく。では、叔父から聴いた朝鮮半島からの引き揚げ話はどうだったかなと思って検索してみるが見つからない。あれはICレコーダーで録音してなかったか。もしかしたらICレコーダーに記録が残っているかもしれないが、ICレコーダー自体がどこにいったか分からなくなってしまった。

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2023年12月20日 (水)

母校が一般入試枠削減

母校の法学部が一般入試枠を削減するとの情報がXで流れてきた。母校は私大の中では一般入試枠の割合が7割以上あり、受験生の人気の理由の一つだという。今回の措置は母校もできるだけ早い段階で学生を確保したいということなのだろう。

僕の時代でも国公立大の合否が判明するまで入学金の振込を待ってくれたりする大学ではあるのだが。

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新舞の創造過程に関する通説の検証――鈴木昂太「民俗芸能研究を広げるための一試論――芸北神楽のGHQ神話の検討を通して――」

鈴木昂太「民俗芸能研究を広げるための一試論――芸北神楽のGHQ神話の検討を通して――」『民俗芸能研究』67号を読む。GHQ神話とは芸北神楽の新舞が終戦後GHQの検閲により従来の神楽が禁止されたため、その統制を回避するために神道色を薄めて創造されたという説明である。「神話」と表現しているということは、従来そう思われていたが実はそうではなかった……というニュアンスである。言わば常識を覆さんとする意欲的な試みである。学者にとっては大きな成果となり得る話である。

研究ではこれまで神楽研究において一次資料として用いられてこなかった新資料が読み込まれている。

このGHQの統制については例えば時代劇の制作が禁止されたりした。また、復讐をテーマとした忠臣蔵の上演が禁止されるなどした。歌舞伎などで研究論文があるようである。

これで疑問に思っていたことがある。広島では神楽の上演が統制されたらしいのだが、岡山では特に統制を受けなかったという論文があるからである。どういうことだろう、結局は担当者のスタンスの差なのかと考えたが、本論文によると、広島は福岡のCCD(民間検閲局)の管轄、岡山はおそらく大阪のCCDの管轄と異なっていた。

ここで新資料が提示される。実際にCCDの検閲を得て許可されたCP印(検閲済み公印)の押印された申請書が三例紹介されるのだ。最初の一件は神楽を「舞楽」と置き換え神事色を抑えた内容となっている。その点では「神話」通りである。

が、二件目の事例では「神楽舞上申請書」と神楽は神楽のままで申請が行われている。神話というキーワードは避けられ物語や伝説という文言が用いられているが、思想を感化善導するものと解説している。上演演目についても11演目上げ、特に省略していないように見える。鈴木は「神」「神楽」という言葉が多用され宗教色を隠していないと評価する。つまり神道的要素を削らなければGHQの検閲を通らなかったと考えられていたことに対する反証として挙げているのである。

この事例では上演演目の中に「塵輪」が含まれている。筆者は他の本で「塵輪」について翼のある悪鬼がB29を連想させるという理由でNGを食らったという記述を読んだことがある。

「塵輪」は八幡宮縁起や八幡愚童訓を出典とし、古代、新羅の国から数万の大軍を率いて攻めてきた塵輪を仲哀天皇が退治するという内容である(※神楽では天皇の勝利で終わるが、出典では相討ちとなる)。下関の忌宮神社にゆかりの伝説でもある。八幡宮縁起の成立は元寇の前後かはっきりしていないそうだが八幡愚童訓は明らかに元寇を受けての成立である。筆者はそこには日本特有の異敵防御の思想が認められるため目をつけられたのではないかと考えていた。だが、本論文では「塵輪」について申請書でどのように解説されていたかが残念ながら省略されてしまっている。

「大蛇」について言えば、治水モチーフの悪龍退治と説明可能だろう。スサノオは中世においては万能の神として信仰されていた訳ではあるが、特に神国思想が強調されている訳ではない。

「神話」だと主張するなら神国思想に裏打ちされた演目をどのように表現して検閲を回避しているかが分からなければ読者としては判断しようがない。むしろ「塵輪」の事例を出すべきであった。「八幡」でもいいのだが「塵輪」は言わばリトマス試験紙のような演目である。

鈴木氏の専門は比婆荒神神楽らしいが、石見系神楽の能舞がどんな内容であるか熟知していないのではないか。「塵輪」に関しては学術論文もあるのだが、参考文献として挙げられていない。明らかに見落としている。無意識に石見系神楽を下に見ているのではないか。

「貴船」については正確に趣旨を把握しているので余計に分からない。

塵輪については台風と解釈する説もある。出典がある話なのでスルーしていたが、これがもし検閲を回避する苦し紛れの解釈だったとしたら……とも考えうる。

検閲では一つ引っかかれば他のもアウトとなるだろう。結局のところ危険視されたのは宗教色という曖昧なものではなく神国思想、異敵防御の思想なのではないか。

備中神楽の神能がどのような内容かパッと思い出せないが、神国思想との関連は薄いのではないか。つまり、広島と岡山の差はそういうことではないか。

日本人なら戦後、日本政府が米国の理不尽とも思える要求を何度も吞まされていることは知っているだろう。戦争に負けるとはそういうことなのだ。

学問の視野を幅広くとることももちろん大切だが、ここでは足元の素材を深掘りすべきではなかったか。

紙数の関係で全て掲載できなかったのは分かるが、その場合、資料として別枠で掲載するという手もあり得たはずである。

閑話休題。

そもそも観客数の少ない神楽の上演がなぜ検閲を受けるに至ったかという問題がある。鈴木は広島県では戦前、明治三十年代頃より広島県神職会による台本の検閲があり、事前に許可を得ることが習慣(ハビトゥス)としてあったとしている。論文中で「神楽取締規約」が引用・紹介されている。筆者はこういった規則の持つ意図を読むのが苦手であるため内容を上手く紹介できない。鈴木によると神楽の「弊風を矯正」する狙いがあったが、神楽の上演の実態に応じた抜け道は設けられていたと読んでいる。

終戦後について、安芸十二神祇の社中の規約が紹介される。戦前の広島県神職会は広島県神社庁へ継承されたが、公的な役割は失われた。この社中では神楽上演の申請書をGHQの検閲が終わった後も地元の行政府に提出している。その後、神楽の上演に当たって許可を得るという慣習がなくなり自由に神楽が舞われる状況となったとしている。

一方で高田郡では芸北神楽高田郡連合会という組織が発足している。これは戦前の神楽人組合とほぼ同じであるとしている。この会は神楽人適任証を発行していた。

ここまで広島県の神楽上演に関する習慣が解説された後で、では一体誰がGHQ神話を広めたのかという話題になる。

鈴木はGHQ神話を初めて出した論者は新藤久人であるとする。芸北地方で教師を務めつつ民俗学者としても活躍した人物である。

新藤は新舞が急速に広まった理由として、神楽の内容、GHQによる神楽禁止、神楽競演大会の三つを挙げている。

ちなみに岩田勝は『神楽新考』で新藤に対して名指しではないがかなり厳しい批判を行っている。

新舞の作者である佐々木順三自身も後にこのGHQ神話に乗っかり、神楽存亡の危機に際して従来の神楽を改訂し新作を生み対応したと説明するに至った。このようにして新舞に関する通説が広まっていったしている。

そしてまとめに入るが話を冒頭に戻すと鈴木氏は中国地方の神楽の研究を平成二十年代に始めたが、中国地方の神楽については牛尾三千夫、石塚尊俊、岩田勝といった神楽の権威による先行研究が立ちふさがったと述懐する。そこで彼らが重視していた中世から時代を近代のこれまで神楽研究の対象とされてこなかった資料を読み込むことで神楽がどのように変化してきたのかを詳らかにすることを選んだと述べている。

また、まとめでは民俗学・歴史学の他に演劇学・文学・メディア論の業績も参照したと述べている。民俗芸能の研究では民俗学、人類学、社会学、演劇学、音楽学、歴史学(芸能誌・宗教史・社会史など)、宗教学、神道学、仏教学など多彩な分野の研究者が集うべきと結んでいる。


……これは一次資料に当たった研究である。僕のは書籍・論文を読んでの評論といったところだろう。特に先行研究を疑ってかかるというスタンスではない。崩し字は読めないので自身では一次資料に当たる能力はない。フィールドワークのスキルもない。

僕には僕の問題意識がある。石見神楽ショー化批判に関連するものだが、なぜ牛尾や岩田は八調子石見神楽や新舞を激しく嫌ったのか。そして批判された側は現に人気があるからと論争を避け理論武装を行ってこなかった。牛尾、岩田、石塚といった神楽の権威たちは既に亡くなったので煩いことを言う人はいなくなったのは確かである。

が、今年の神楽甲子園の惨状(出雲の高校生が新舞で出場して受賞したといった限りなく茶番劇に近い有様)を見て、僕自身、牛尾や岩田の気持ちが理解できたような気がするのだ。

また、僕自身、これまで漠然と考えていたが、「新舞は神楽であって神楽でない別の何かなのではないか」という思いを強くするに至った。

僕自身は牛尾たちへのアンサーとして拙書『神楽と文芸(総論)』を書いたつもりだった。そこでは審美眼が鍵となると考えた。なので、付け焼刃ではあるが美学に関連する書物を読んだりした。

バウムガルテンの『美学』は訳者自身が晦渋なラテン語で書かれていると記しているが、実際難解な本である。主に詩が対象とされている。易しい本ではないが、あれこれと細々としたことまで説いた本ではあると思う。結局『美学』から僕が得られたのは、感性には先天的なものと後天的なものとがあるということだった。これで十分だった。

郷土芸能は芸術には至っていないと評されている。その点で美学の対象から外れてしまうが、現代ではアートが従来芸術とされていた範疇を超え取り込みはじめている。

その点でアートに関する知識も吸収する必要があると考えているのだが、電子書籍では本格的な本はリリースされていない。紙の本に当たる必要があるのだが、引っ越しを控え、できるだけ紙の本は増やしたくないという事情がある。

僕自身は出不精で全国の神楽を見て回っている訳ではない。が、中国地方出身で首都圏在住という立ち位置は案外効いた。関東の里神楽(神代神楽・太々神楽)は石見系神楽と好対照をなしていたのである。どちらも演劇化されたストーリー性のある神楽だが、神代神楽が静なら石見系神楽は動である。進化の方向性が異なるのである。

また、鷲宮神社の催馬楽神楽や品川神社の太々神楽を見たことも大きい。どちらも神楽が演劇化される以前の形態を残している。品川神社の神楽の一部の演目には演劇化の萌芽が見られる。どうして都心に古い神楽が残されていたのかと思う。

このように出身地の八調子石見神楽を相対化して見れるようになったのは僕にとって大きかった。また、斎藤修平先生の影響も大きい。

余談。あるとき斎藤先生に質問したところ、雑誌「ゲンロン」のある号の記事を示唆された。「ゲンロン」は思想家・批評家の東浩紀が主催する雑誌である。東氏は僕と大体同世代である。ああ、そういう今の情報もチェックしていらっしゃるんだと思ったことがある。

◆参考文献
・鈴木昂太「民俗芸能研究を広げるための一試論――芸北神楽のGHQ神話の検討を通して――」『民俗芸能研究』67号
・水上勲「《塵輪》《牛鬼》伝説考―「新羅」来襲伝説と瀬戸内の妖怪伝承―」「帝塚山大学人文科学部紀要」第十八号(帝塚山大学人文科学部紀, 2005)pp.19-37

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2023年12月18日 (月)

発想法とWEBサービス

去年から今年にかけては発想法に関する本を多く読んだ。古典的なものも読んだが、パソコン登場以前の発想法に関しては、多くの人がカード形式で情報を整理・管理していた。フォルダで管理する手法もあった。

実際、僕が会社員となったとき渡された顧客データはカード形式で管理されていた。それから顧客データはホストコンピューターで一元管理されることになり、それが更に進化してクライアント・サーバーシステムに置き換えられ、パソコンの画面で見た目はカード状のレイアウトとなった(※紙のカードと違って、何画面もあり、そういう点で管理する項目が拡充されていた)。

有名な発想法にKJ法がある。詳細は関連本を読んで頂きたいが、大判の紙の上に断片化させた情報を紙の切れ端に記入して配置しグループ化、そうやってまとまった情報の関連性を見るという手法である(※孤立した情報が重要だそうだ)。社会学者の上野千鶴子は実際にKJ法を好み、自書で推奨している。

ただ、KJ法を実行しようと思ったら広いスペースが必要である。壁に大判の紙を張ってそれを土台にしていくイメージだろうか。個人で実行するのは難しいと思う。

質的研究で用いられるソフトとしてMAXQDAというソフトがある。ただ、これはアカデミックな世界や官公庁での使用を想定したもののようで、それら向けの製品の価格は抑えられているが、一般向けの価格は非常に高い。お試しで買える金額ではない。

極論すればEXCELでも代用はできる。

他、マインドマップも挙げられる。ただ、僕は上手く書けないのである。パソコン上で描画できるツールもあるが、展開されたそれを見ると、結局はツリー構造となるように見える。それだとアウトラインプロセッサでいいではないかと思ってしまう。

で、僕が実際に利用してみていいなと感じたのがScrapboxというWEBサービスである。これはWikiのシステムを簡略化したものである。Wikiでは様々なマークダウン記号が用いられるのだが、Scrapboxではマークダウン記号を[ ]に集約してしまう。キーワードを書いて[ ]の記号で括ると、そのキーワードがタイトルとなったページが生成され自動的にリンクが張られる。そうやって執筆を続けていくと、現代思想でいうリゾーム(根茎状)の構造をもったページ群が生成されていくのである。

これはKJ法と相通じるものがあると思う。KJ法の仕組みをパソコン上に移植させた製品もあるが、それほど普及していない様に思われる。実際使った訳ではないのでよく分からないが、KJ法の要件をソフトウェアに落とし込むのは難しそうである。

マークダウン記号を使用したエディタで、Obsidianというソフトも知られている。こちらはパソコンにインストールするタイプで、プラグインを使えばかなり高度なこともできるようである。が、僕自身はまだ試していない。

マークダウン記法は実際にWikipediaを編集してみれば分かりやすいだろう。HTMLのタグがマークアップ言語と呼ばれ、それに対して簡略化されたのがマークダウン記法である。

Scrapboxのページではアウトラインプロセッサ的な記述も可能である。シンプルな操作性で奥深い世界を実現した優れたサービスだと思う。

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2023年12月17日 (日)

ジャズコンサートに行く 202312

都筑公会堂に行き、つづきジャズ協会主催のCHRISTMAS JAZZ PARTY@都筑公会堂2023を鑑賞する。12:30~19:00までと長時間に渡るライブコンサートだった。聴衆のほとんどはお年寄り。最後のアンコール曲「君の瞳に恋してる」で大いに盛り上がった。


都筑公会堂・ホール
都筑公会堂・ホール
都筑公会堂
都筑区役所

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2023年12月15日 (金)

直接言えないので、ここで書く

「長州住保頼塩焼」という石見神楽をテーマにしたブログがあるのだけど、管理人さんには直接言えないからここで書く。そのブログの管理人さんは山口県在住の女性でたまたま石見神楽を見て気に入って通うようになった。そうする内に六調子石見神楽の団体に所属して自分でも神楽をやるようになったという精力的な人である。神楽に関して鋭い見解を示すことがあり、僕もかなり影響を受けている。

で、そのブログなのだが、コロナ禍でブログの更新が止まってしまった。神楽の稽古自体がストップしてしまったらしく書くことがない状態になってしまったのだ。

そこでその管理人さんはブログを雑記ブログ化してしまったのである。「鬼滅の刃」が気に入ったらしく、関連の記事が増えた。また、最近では園芸の記事が増えた。石見神楽時代より更新ペースが上がったのである。なので、ついていけなくなった。

僕としては神楽ブログと雑記ブログは分けて欲しかったのだが、それはその人の選択だから仕方ない。noteに活動の場を移すことも検討していたらしいけれど、それは実行されていないはずである。

カテゴリ分けはされているが、おそらく特定のカテゴリの記事だけを遡って読んでいくことはできないはずである。一旦、記事一覧のページに戻ってという作業を繰り返すことになる。
他にも旅行や神社の記事もあって、それは読みたいのである。

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2023年12月14日 (木)

東京本館から届くはずが

国会図書館から遠隔複写サービスの発送の準備ができたとメールが届く。確か東京本館で依頼したはずだが、関西館から発送となっている。ちょくちょくあるのだが、これはいったいどういうことだろう?

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電子書籍の出版方法について

電子書籍について簡単な解説をする。

電子書籍はEPUBというファイル形式で配布される。EPUBの中身はxhtmlファイルとCSSファイルと設定ファイルである。なので、昔ホームページを作った経験がある人なら理解は難しくないのである。

Amazonの場合は独自ファイル形式を採用している。EPUBをアップロードすれば自動的に変換してくれるので特に問題はない。

電子書籍の表示形式は大まかにリフロー型と固定レイアウトに分けられる。リフロー型は様々な形式の端末で閲覧されることを想定している。スマートホン、タブレット、電子書籍リーダー、PCなどである。フォントサイズの変更が可能であり、文字数×行数はそれに応じて変わる。反面、画像はここと固定できない。文字を回り込みで表示させることも可能だが、画像については改ページして独立した形で掲載した方がいいかもしれない。

固定レイアウトは雑誌や漫画などで用いられる。フォントやレイアウトは変更できない。大型の画面で閲覧するのが前提でスマートホンでの閲覧は厳しい。

僕の場合はテキストファイルにマークダウン記号という記号を付加して(※ここが見出しですよと指定したりする)、でんでんコンバーターというネットサービスでEPUBに変換している。凝ったことはできないが、慣れれば簡単である。

Amazonの場合、Wordファイルをそのままアップロードして電子書籍形式に変換することが可能である。Wordの場合、縦書き、ルビありの場合などにレイアウトが崩れてしまう問題があるとされていたが、現在では改善されているかもしれない。オープンフォーラムの場合、横書きでルビは使わないだろうから特に問題なく変換できる。いずれにしても変換後にレイアウトが崩れていないかの作業は必要である。

レイアウト確認用にKindle Previewerというソフトが無料で配布されている。

Wordには見出し、アウトライン機能があるが、電子書籍ではそれを活用する。基本的には論文のタイトルを見出しとして指定するだけである。他、改ページの指定も必要である。

電子書籍には目次が二種類ある。巻頭にある普通の目次と、もう一つは論理目次である。論理目次は電子書籍を実際に読んだらすぐに気づくと思うが、アイコンがあってそれをタップすると、本文のどのページからでも目次が呼び出せるという機能である。

Wordで電子書籍を作成する場合、この目次に関する作業が必要であるが、僕自身、Wordで電子書籍を出したことがないので細かい作業についてはよく分からない。KindleでWordで電子書籍を出版するマニュアルは多数出版されているので、それを読めば問題ない。「Kindle出版 word」というキーワードで検索すれば多数のマニュアル本がヒットする。

なので、あらかじめKindle Unlimitedという月額読み放題サービスに加入するのが望ましい。アンリミテッド対象の本なら月額980円で一度に二十冊まで貸し出し可能である。Kindleのマニュアル本は大抵の場合アンリミテッドの対象である。誰が書いたのか分からない電子書籍の世界では玉石混淆で料金を払ってハズレを引く可能性が少なからずあるので、アンリミテッドで読んだ方が結果的に安上がりなのである。

価格設定について触れておくと、ロイヤリティが35%と70%の二種類ある。35%の場合は99円から20000円までで価格設定が可能である。格安で売れるのである。

通常は70%の方が推奨されている。価格は250円から1250円までの間で設定する。ただし、キンドル・セレクトというプランに加入することが必要である。これはキンドル独占で出版するという独占契約である。たとえば楽天Koboでも出版するということは不可となる。が、電子書籍のシェア的にAmazon一択で問題ないというのが大方の見方である。

なお、Kindle Unlimitedで読まれた場合、1ページあたり0.4円ほどの報酬が発生する(※初読時のみ)。

オープンフォーラムの場合、利潤を追求する性質のものではないだろうから、学生さんにスマホで格安で読んでもらうという方向性がいいのではないかと思う。

セルフで電子書籍を出版する場合、図は自前で用意しなければならない。たとえばココナラというスキルマーケットのサイトがあって、そこで依頼する形もありかもしれない。

電子書籍を出版する上で大切な要素の一つとしてDRM(デジタル著作権管理)がある。要するに違法コピーを防ぐコピーガードである。Amazon KDPの登録画面ではデフォルトではDRMを設定するのチェックが外されているので要注意。一度出版してしまうと後から変更できない。

欧米では敢えてDRMを外して著作を拡散させる傾向にあるそうだが、日本ではDRMをかけるのが通常である。

紙の本だと必要とされる文字数は8万字から10万字といったボリュームであるが、電子書籍はその限りではない。15000字くらいが目安という声もある。別に内容さえ伴っていれば、5000字くらいでもいいのである。

Amazon自体でペーパーバック(オンデマンド本)を出すことも可能である。が、表紙の設定が難しく僕には理解できない。僕はパブファンセルフ(旧ネクパブオーサーズプレス)という代理店を経由して出版した。ここは表紙の設定が簡単なのである。表紙、裏表紙、背表紙のPDFを用意すればいい。実質的には表紙のみPDFを用意する形となる。裏表紙はバーコードを印刷する関係で実質的に白紙となる。反面、一度出版すると実質的に修正できない。修正料金が5000円もするのである。変更可能なのは±2ページまでという制約もある。それなら出版停止して出版し直した方がいいとなる。

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2023年12月11日 (月)

原稿を読み直す

斎藤先生と八藤後先生に送ったオープンフォーラム向けの原稿を読み返す。あれ、意外と書けているという印象。7月の出来事の感想を8月に書いたものだったので、まだ頭に浮かんでいない要素がかなりあって大幅に追記しなければならないだろうと考えていた。

僕は残念ながら頭の回転が速くない。どうすれば頭の回転の速い人に対抗できるのだろうと漠然と考えていた。

結果、僕がたどり着いたのは頭にぼやっと浮かんだことをテキストに小まめに起こして言語化するという方法論だった。書いていると続きが浮かんでくるのである。即興的な状況では役にたたないが、時間的余裕のある場合には有効である。

インプットした後で寝てしまう。そうすると、脳がバックグラウンドで働いて思考が整理されるのである。

ぼんやりした状態だと、脳はデフォルトモードネットワークという状態になり発想が浮かびやすくなるのだそうだ。散歩しているときやお風呂に入っているときにそうなりやすい。

なので、そういう運任せの方法論ではある。

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2023年12月 9日 (土)

今年の年末は無料キャンペーン行わず

去年の年末から正月にかけてAmazon のKindleストアで電子書籍の無料キャンペーンを実施した。石見の文芸シリーズを6冊だったか無料で配布した。シリーズ化して紐づけていたので大量にダウンロードされた。一冊当たり90冊くらいダウンロードされた。カテゴリー1位を獲った本もあった。だが、販促効果は全く現れなかった。レビューも全くつかなかった。おそらくダウンロードされただけで積ん読となっているのだろう。全くの無駄だった。そんな訳で今年は無料キャンペーンを止めようと思っている。

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