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2023年11月

2023年11月12日 (日)

異論を言ってもいいんだよ――平山美希『「自分の意見」ってどうつくるの? 哲学講師が教える超ロジカル思考術』

平山美希『「自分の意見」ってどうつくるの? 哲学講師が教える超ロジカル思考術』を読む。フランスに留学した著者がフランス人たちの思考の組み立て方を解説する本。例としてフランスのバカロレア(高校卒業資格認定試験)の哲学の試験が挙げられる。他の本でも思ったのだが、これを一年でマスターするのは難しいと率直に思う。フランス人でも20点満点で平均7~8点という水準だそうだ。

とあるYouTubeの動画で不用意なコメントをしたところ、コメント欄が荒れてしまったことがある。冷静に情報収集に徹するべきだったなと後悔していたのだが、「自分の意見を言っていいんだよ」という一文でまあいいかと考えを切り替えられた。それは「さすがにそれは違うだろう」と公然と批判せざるを得なかったのである。

早稲田大学や慶応大学を卒業した人たちと関わったことがある。さすがに知能がワンランク違うなと感じた。大企業が幹部候補生として積極的に採用するのも分かる。彼らの中には頭の回転が非常に速い人がいた。そういった人たちに対抗するにはどうすればいいのだろうと考えたことがある。

また、マイケル・サンデル教授の白熱教室を見てみたところ、異様に頭の回転が速くとてもついていけないと感じたことがある。

結局、僕がたどり着いたのは、ぼやっと頭に浮かんだことをテキストに起こして言語化することだった。スピードが求められる局面では向いていないが、以前よりはクリティカルな思考ができるようになったのではないかと思う。

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2023年11月10日 (金)

大元神楽が新舞「悪狐伝」を上演する時代

X(Twitter)を閲覧していたら、大元神楽を名乗る団体の奉納神楽の模様を撮影した写真がアップロードされていた。それを見ると、もこもこのツナギを着た狐が写っているのである。つまり、新舞の「悪狐伝」である。悪狐伝はユーモラスで僕も好きな演目ではあるが複雑な気分になった。大元神楽→石見神楽→芸北神楽(旧舞)→新舞という系譜があるので理解できなくはないのだが、新舞は島根の人にはやって欲しくないのである。

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2023年11月 8日 (水)

瑞穂町誌に掲載された伝説

X(Twitter)で邑南町の伝説を読む。小笠原氏を攻めるため姫を人質に差し出せと言われた城主が姫と姫と結婚する予定だった武士との二人で脱出させる。が、追っ手に追いつかれてしまい、姫は喉を突いて自害するという内容。瑞穂町誌に収録されているとのこと。写真付きで紹介されている。

伝説に関しては写真が添付されていると、リアリティが高くなる。と言うか、その場に行かないと真の理解はできないように感じる。

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2023年11月 6日 (月)

敷居が高し――宇野邦一「ドゥルーズ 流動の哲学」

宇野邦一「ドゥルーズ 流動の哲学」を読む。半分くらいまで読んで途中で長く中断していたので印象が薄まってしまった。前半の「差異と反復」の辺りは全く分からず、「アンチ・オイディプス」は精神分析の話なので理解できないこともなかった。全体的に僕には敷居が高かった印象。

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2023年11月 4日 (土)

書いている人が同じだから

「石見の姫神伝説」のKENP(Kindle Unlimitedでの既読ページ数)が伸び悩んでいる。10から20ページくらいで離脱されている。冒頭記事は乙子狭姫。たぶん、これはブログで読んだ事があると思われるのだろう。リライトはしているのだが、なにぶん書いている人が同じだから同じ主張になってしまう。

ブログだとカラー写真を何枚も添付しているから、そちらの方がイメージしやすいというのもあるだろう。

ブログに書きためていたものを電子書籍化し、更にペーパーバック化した究極的な目標は図書館に寄贈して蔵書してもらって「ここまでは調べましたよ」と後世に記録を残すことである。

なので、儲けは二の次のつもりではあったのだけど、ここまで無反応だとさすがに寂しいものがある。

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「ゲームの企画書」シリーズを読む

「ゲームの企画書」という電子書籍のシリーズを読む。テレビゲームの黎明期に活躍した伝説的なプログラマたちにインタビューしたもの。

電ファミニコゲーマー編集部「ゲームの企画書① どんな子供でも遊べなければならない」
・ゼビウス
・桃太郎電鉄
・不思議のダンジョン
・信長の野望&アンジェリーク
電ファミニコゲーマー編集部「ゲームの企画書② 小説にも映画にも不可能な体験」
・バーチャファイター、シェンムー
・ダビスタ
・Rez
電ファミニコゲーマー編集部「ゲームの企画書③ 「ゲームする」という行為の本質」
・ワニワニパニック
・パワプロ、みんゴル
・イース、軌跡

といった内容。テレビゲームの黎明期に活躍した開発者へのインタビューが多い。が、VRといった新技術も取り上げられている。影響としてメディアアートが挙げられる。

このように優れたゲームを作るための思索は現代思想にも通じるのではないかと感じた。まあ、そういう研究は既に欧米の研究者が先行していそうだが。

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2023年11月 2日 (木)

払い戻しを食らう

Amazon KDPで初めて払い戻しを食らう。おそらく、まとめ買いの欄を見ていて誤クリックしてしまったと思われる。

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2023年11月 1日 (水)

ブログ紹介

自己紹介を兼ねて当ブログの概要を説明する。僕の肩書きはブロガーというのが実情に則している(PVは月間2000ほどで別に儲かってはいないが)。ニフティのココログのサービスが始まったときからやっているのだけど、当初は雑記ブログだった。NHKスペシャルの感想などを書いていた。ノンポリで深く考察することができず、内容が薄いので「薄味」というタイトルにした。現在でも書評の記事は内容が薄い。

2006年夏に実家に帰省した際、日本標準「島根の伝説」という本が残されているのに気づいて読み返した。特に乙子狭姫と田心姫(胸すき姫)の伝説が印象に残った。この二つの伝説は考察しがいのある大ネタで(乙子狭姫は古事記に登場する食物の女神オオゲツヒメの末子という設定。田心姫の伝説は謡曲「御崎」の裏ストーリーと言っていい)、伝説の舞台を訪ねて写真を撮り、図書館で資料をコピーして記事にした。すると、徐々にアクセスが増え始め、ブログのコンセプトを島根県石見地方の伝説に特化することにした。

これらの伝説を開拓したのは郷土史家だが、詳細な考察をカラー写真とソース付きでネットにアップロードしたのは自分である。「便利な時代になった」と喜ばれた。

伝説の収集が一段落して、次は石見神楽をとなった。石見神楽には昔からショー化批判があり、子供の頃から心に引っ掛かっていたのである。国会図書館や横浜市中央図書館に通って神楽関連の文献を読み漁った。そうする内に2018年と2019年に関東の里神楽を集中的に見る機会があった。斎藤先生を紹介されたのはこのときである。

関東の神代神楽も石見神楽もどちらも演劇化された神楽である。だが、静と動と言えばいいか、方向性は正反対である。また、埼玉県久喜市の鷲宮神社の神楽、これは演劇化する前の昔ながらの神楽である、これを見た経験も大きかった。石見神楽を相対化して見ることができるようになったのである。

「神楽と文芸(総論)」という電子書籍をセルフ出版しているが、これはブログの記事ではなくカクヨムという小説投稿サイトにアップした「神楽と民俗学」というエッセイをリライトしたものである。ブログの記事は個別の演目についてで各論の方にまとめている。

コロナ禍もあって神楽も一段落し、次は石見の昔話に取り組んだ。ただ、石見固有の昔話というのはなかった。昔話の分析(モチーフ分析など)で何か新しい試みはできないかと考えてみたが、成功したとは言いがたい。

という訳で基本的には石見にテーマを絞って記事を書いている。これは僕の器量で認識できる範囲が島根県石見地方くらいまでであるということだ。出雲ですらちょっと遠いと思う。

予定をたてて旅行することができない性質で(電話を一本入れて予約すればいいだけの話だけど)、東北や九州、奥三河の神楽は実見できていない。

電子書籍をペーパーバック化したのは国会図書館に寄贈するため。そうすれば、余程のことがない限り半永久的に残るだろう。ブログは僕が死ねばいずれ消えてしまう。せっかく調べた成果が消えるのは避けたいと思ったのである。

島根県立図書館も島根出身の著者の著作を収集しているので献本した。

学生の頃は現代思想に魅力を感じ(といっても入門書だけだが)哲学に憧れたが、抽象的な概念操作はできないので、もし専攻していたら挫折していただろう。ブログの記事を書く過程で民俗学とは比較的相性がいいのかなとは感じた。ただ、僕は柳田や折口の著作をあまり読んでいない。

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