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2023年10月

2023年10月31日 (火)

また修正しなければならないのだが

乙子狭姫、胸すき姫、天豊足柄姫、龍岩神社などのキーワードで検索してみる。僕の場合、エゴサーチはしても意味がないが、これらのキーワードは自分がブログで書いたネタなのでどれくらいの順位なのかは時折チェックしている。

キーワードにもよるが、自分以外の記事も増えてきた。これら石見地方の伝説、開拓したのは自分ではなく郷土史家たちであるが、車で現地を訪ね、ネット上に詳細な考察をカラー写真、ソース付きでアップロードしたのは自分である。「便利な時代になった」と喜ばれた。もっとも、大ネタは初期で消化して徐々にしょぼくなっていったが。

気づいたのだが、キーワードによって、「石見の姫神伝説」のペーパーバックのページがヒットしたり、電子書籍版のページがヒットしたりしてまちまちである。ペーパーバックのサブタイトルに修正を加えたのでページが統合されていないのである。これも対応しなければならないが、面倒くさい。

出版に当たって、無断転載などを禁じます等の文言を付け加えなかった。他所の文言をコピペするのもどうかと思い、自分なりに考えようとしたのだが上手く思いつかなかった。なので、常識の範囲でやってくださいというニュアンスである。

なのだが、KDPに修正の申請をした際、あなたに著作権があることを示してくださいというメールが届いた。既に自分のブログ、ホームページからの再編集であることは伝えていたのでおかしいと思った。考えてみるに、どこかで無断転載されているのかもしれない。が、それは上手く探せない。結局、自分のアドレスしか知らないよ、他のは無断転載だろう、あるなら教えてくれという趣旨の返信をしたところ、審査が通った。

こちらが思いもよらない発想をする人間はいるものである。

こういうことがあったので、奥付に文言を付け加えなければならないとも考えているのだが、また差し戻しがありそうで躊躇している。

<追記>
龍岩神社には参拝者用のノートが置かれることになったそうである。参拝者が増えたということだろう。僕のブログ記事もその一助にはなっているかもしれない。

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2023年10月29日 (日)

企画書を出版社に持ち込む手法

商業出版をテーマにした電子書籍を何冊か読む。商業出版は編集者から著者に声がかかるものと思っていたが、著者が企画書を持ち込むパターンもあるらしい。僕のような無名の実績もない人間だと出版エージェントを通した方がいいだろう。エージェントと編集とでコネがあり、話が通りやすいだろう。印税の何割かはもっていかれるが。

たとえば「企画のたまご屋さん」というNPO法人があり、各所にコネがあるそうだ。700冊くらい出版実績がある。見たところ、実用書がほとんどだったが。

僕の場合は狙うとしたら、松江市のハーベスト出版だろうか。山陰関連の本を多く出版している。ただ、ハーベスト出版に企画を持ち込んだら、自費出版を提案されるかもしれない。サイトに自費出版の料金表が載っている。

僕の場合、アピール材料としては当ブログ、ホームページ、セルフ出版した電子書籍といったところだろうか。ブログは月1800~2000PVくらいあるのでいいのだが、電子書籍はさっぱり売れていない。

もっとも、書きたいことは既に電子書籍で書いてしまって、次なるネタはないのだが。

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2023年10月23日 (月)

オペラの演出の分類

新田孝行「現代オペラ演出における文化的参照の問題」『芸術のリノベーション』を読む。

著作権の関係で全てはコピーできなかった。演出には三種類あり、
①観客が見て理解できる演出
②演出家にインタビューするなどして明らかになる演出
③明示的に語られることのない演出
となるとのこと。

事例として挙げられたオペラでは舞台がレコードの収録現場に変更されているが、そこはホロコーストに縁の地なのだそうである。

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2023年10月21日 (土)

関東の神楽社中に望むこと

関東の里神楽は2018年と2019年に集中して見る機会があった。それ以降はコロナ禍でほとんど見ていない。2023年は奉納神楽に行けなかった。よく上演される演目は大体鑑賞できたのではないか。全体で言えば半分くらいだろうか。

関東の社中に希望したいのは、神楽の動画を積極的に動画投稿サイトにアップロードして欲しいということである。

他の地域の神楽ファンに見てもらいたいという思いがある。具体的に言うと、中国地方、特に広島県の芸北地方(安芸の国の北部)の神楽ファンにである。

芸北神楽は宣伝に積極的で動画投稿サイトにも神楽動画を積極的にアップロードしている。最近ではライブ配信も行っている。YouTubeで「芸北神楽」と入力して検索すれば大量の動画がヒットする。

で、芸北地方では新舞と呼ばれる戦後の創作演目が人気である。源頼光の鬼退治と言えば理解が早いだろうか。そういった説話を題材にした演目が人気なのである。

新舞は現代神楽と言い換えることができるだろうか。日本で最も先鋭化した神楽である。で、現代化する過程で失われたものがある気がするのである。

僕は島根県浜田市出身で、八調子石見神楽の発祥地の出身である。新舞も八調子石見神楽も同系統の神楽でそれほど違いがある訳ではない。が、そんな僕でも新舞は神楽であって神楽でない別の何かなのではないかと思うことがあるのだ。現代民俗音楽劇とでも呼べばいいだろうか。

つまり、新舞ファンに関東の里神楽を見て欲しいのである。どちらも演劇化されたストーリー性のある神楽である。関東のは基本黙劇だが、芸北神楽では口上がある。

両者の方向性の違いは見比べれば一発で分かる。静と動。芸北地方の神楽ファンに彼らの方向性だけが全てではないと気づいて欲しいのである。

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2023年10月18日 (水)

ブレないことへの疑問を提起――東浩紀「訂正する力」

東浩紀「訂正する力」を読了する。「訂正可能性の哲学」は読了までに時間がかかったが、こちらは二日ほどで読めた。

日本ではブレないことが評価される傾向にあるが、それが保守とリベラルの議論の硬直化をもたらしているのではないかと指摘する。

「実は……だった」というのはデリダ的な読みかもしれない。

日本が天皇親政でなくなったのは、文学作品を読んで感じるのだが、天皇の勅命は絶対という観念があり、訂正する余地がないからかもしれない。

従軍慰安婦について。某匿名掲示板の関連スレッドを読むことがあるのだけど、そこでの認識は「慰安婦はいた。が、ほとんどはプロの女性であった。中には女衒に騙されて連れてこられた人もいた」といったもので、慰安婦は存在しなかったという強硬論を主張する人は見かけたことがない。

憲法前文について、某匿名掲示板で「日本が戦争を止めたら世界は平和になるんだ」という読みをしている人がいた。でも、実際には日本が戦争をしていなくても世界各地で戦争は起こっているというのが現実だ。まあ、こういう読みをする人もいるという話である。

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2023年10月16日 (月)

核心部分をネットで公開してしまうのはどうなのだろうか

X(旧Twitter)で阿刀神楽の将軍舞のまさに神がかるシーンの動画がアップされていた。貴重な映像だが、将軍って撮影禁止じゃなかったの? 秘中の秘とされる演目の核心部分がネットであっさり公開されてしまった。

Facebookでアカウントがあったことを思い出し問い合わせてみる。過去にテレビで放送されたこともあり、撮影は特に禁止していないとのことだった。ただ、当該神社でしか舞わないとのことだった。

個人的には核心部分をネットに上げてしまうのはどうかという気がする。もちろん今の時代だから貴重な映像が見られたのではあるのだけど。

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2023年10月 8日 (日)

聴き放題に加入する

パソコンが故障したが、諸事情でタブレットでしのいでいる。ミニコンポも故障していて(メーカーが潰れたので修理できず放置)音楽が聴けない環境となった。やむなくAmazon Musicに加入する。ちょうどセール中で4か月無料で加入できた。

僕はCDを200枚くらい所有していて、その内の一部をパソコンに取り込んでいる。気に入った曲を繰り返し聴くタイプなので、聴き放題サービスでも結局は同じ曲ばかり聴いている。

聴き放題サービスでいいのは、気軽に試聴できることである。僕は耳に馴染まないと曲の良し悪しが判定できない。そういう意味でCDを買うときは一種の賭けとなる。その時点では気に入るか分からないからである。

なぜかジャズだけは初見の曲でも抵抗なく聴ける。ただ、どの曲も同じように聴こえてしまうが。

サイモン&ガーファンクルの曲を聴いてみるが、リマスターされて音質がクリアになっている。タブレットの貧弱なスピーカーでもはっきり分かる。

なぜパソコンのスピーカーよりタブレットの方が高音がクリアに聴けるのか分からないが、年老いて耳が衰えたと思っていたので意外である。

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2023年10月 7日 (土)

読了できず――本田安次「日本の伝統芸能」第4巻

本田安次「日本の伝統芸能」第4巻を読み始める。序文は小寺融吉の手になるものである。昭和初期に早稲田大学を卒業後、石巻の中学(現在の高校相当)で英語教師となり、その余暇に東北の芸能を探訪して回ったとある。モータリゼーションはまだまだ先の時代で、道もろくに舗装されていないであろうし、車もなく徒歩で行かねばならない箇所も多かったと思われる。非常に精力的に回っている。自己を振り返ってみると、休暇は疲れて夕方まで寝て過ごし、無為な休日を過ごすのがもっぱらだった。

江戸の神楽が文化年間に東北に伝わった事例もある。黙劇と書かれている。この神楽を見れば江戸時代の江戸の神楽がどのようなものだったか参考になるかもしれない。※斎藤修平先生は江戸の神楽の黙劇化は明治期の神楽改正の頃と考えているようだ。

参考になったのは以下の箇所である。

 又、折口信夫教授は、古代研究国文学篇の、「国文学の発生」の章に於て、「全体、狂乱時・変態時の心理の表現は、左右相称を保ちながら進む、生活の根本拍子が急迫するからの、律動なのである。神憑りの際の動作を、正気で居てもくり返す所から、舞踊は生れて来る。」と説かれ(同書八七頁)、これに対して土田杏村氏は、神憑りがあつて然る後に踊が始つたのでは無く、踊は呪術的行事としてもつと初めに存し、巫女神憑りの状態に入る折に其の周囲の人々が歌舞乱踏して、催眠意識に入り易い環境をつくつてやる必要があつたのだと述べられてゐる。(国文学の哲学的研究第二巻「文学の発生」一三三頁)然し、金田一京助教授も、土田氏のこの説は、遺憾乍ら巫げん神懸りの実感を欠いたゝめに、一分の思弁を残したものであつたと評され、「巫げん自身神懸りに入つた時の自然(おのづから)の異状の跳躍、及びその時の神語の宣べやうの異状の調子、」これらを模倣したものであつたればこそ、単なる生理的運動に信仰が結びつき得たのであると説かれ、やはり巫げん神懸りの状態そのものに歌舞の起源を求められ、さうして音楽こそは、尚更に、もと巫げんが自ら神懸に入るための神秘的な手段であつたと述べられてゐる。(「北の人」二三一頁)
本田安次「日本の伝統芸能」第四巻 1ー2P

結局、この本は全く読めずに返却してしまった。一度延長したのだが、それでも読めなかった。1~3巻までは読了できたので、以降も読めるだろうと考えていたが、案に相違して読めなかった。

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2023年10月 2日 (月)

オープンフォーラム合評会に参加する 2023.10

武蔵浦和コミュニティセンターで開かれたオープンフォーラム合評会に参加する。八藤後先生、山田先生(高校の世界史教師)、岡田さん(八藤後先生の元助手で図書館司書)が参加する。斎藤先生と南雲先生は今回不参加。

山田先生の論文の評議では教育は階層化していると言われる。貧しくても頭がよければ立身出世できる時代ではなくなったということだろうか。貧しい子より勉強しない豊かな子の方が成績がいいのである。生育環境による差がついている。

日本の生徒は将来に悲観的であり、勉学へのモチベーションが低いと統計的に示される。No勉で平均点をとるのがコスパがいいという風潮なのだそうだ。

現在求められているのはリーディングスキルだそうである。都会では中高一貫校の入試時にこのリーディングスキルが厳しく測られるとのこと。本来なら高2で習う数列の問題まで出題されるとのことである。中高一貫校を狙う子供たちはIQが高いだろう。その高知能の子供に幼少の段階で高度な教育を施すのである。ある意味、難関校合格は12歳の時点で決まっているのである。

また、読解力が低下していると指摘される。今の子は読んでいて分からない箇所があると飛ばして読んでしまうそうだ。そんな状況なのでAIに勝てないだろうと予測されているとのこと。

教育法社会学の評議は担当の先生が不参加だったため八藤後先生が担当された。僕も一応法学と教育学は学んだのだが、抽象的で読み返しても理解できなかった。教育関係者には具体像が浮かぶのだろうか。

オープンフォーラムはオンデマンドの方向で進んでいるが、今回、斎藤先生と南雲先生が不在のため具体的な話は進まなかった。今後、Zoomで協議する予定とのこと。

文教大学は教育学部が強いのだけど、埼玉大学教育学部と併願するらしい。なので、学力は高いが私大の偏差値論議で名を見ることはない。都内の大学でないからだろうか。

会議終了後、サイゼリヤで食事する。僕は空腹を感じていなかったので、コーヒーゼリーとジェラートのセットを注文する。400円ほど。サイゼリヤはなぜこの低価格で提供できるのか不思議である。

<追記>
挨拶のときに話したのだが、僕は法学部法律学科を卒業している(※教職課程も履修している)。が、実定法はさっぱり頭に入らなかった。抽象的な思考が苦手なのである。刑法の試験はどうやって乗り切ったのか記憶にない。実質的には一般教養レベルである。

実質的な肩書きはブロガーというのが本当のところだろう。当ブログの月間PVは2000前後である。中の下といった立ち位置だろうか。

民俗学の書籍や論文は比較的平易に書かれているので僕でもなんとか読める……というのが実情である。学生の頃は現代思想が面白いと思ったので哲学をやっておけばよかったかなと思ったことがあるのだけど、前述したように抽象的思考ができないので、もし選択したら挫折していただろう。

要するに高等教育が頭に受け付けなかった訳だが、大学の教員を務めている人だとIQは120はあるのでないか。僕自身は親から何も言われたことがないので100前後だと思う。IQが20違うと会話が成り立たないと言われている。実際、僕は合評会の議論についていけてる訳ではない。

斎藤先生のお引き立てで参加させてもらうことになったのだが、最初はこの人誰? という状態だったろう。それで、Amazonで『神楽と文芸(総論)』という電子書籍をセルフ出版していたので、「神楽に関してはこのレベルまでなら書けます」という意味でペーパーバックを献本したという次第である。

島根県の石見神楽を見て育った筆者が関東の里神楽を鑑賞して、石見神楽を相対化して見ることができるようになった……という趣旨の本である。

ちなみに斎藤先生とは横浜の横越社中の奉納神楽を見学していて、加藤社中の家元(横越社中から独立した)から紹介していただいたというのがきっかけである。

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2023年10月 1日 (日)

アドレス見当たらず

山陰民俗学会は自前のホームページもブログも持っていないと気づく。他に神楽研究者の所属する博物館は古代博物館という建前。

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2023年4月から2023年9月の実績

4月 PV:1551 Visit:1147 UU:1087
5月 PV:1700 Visit:1322 UU:1257
6月 PV:1650 Visit:1306 UU:1258
7月 PV:2234 Visit:1712 UU:1595
8月 PV:2082 Visit:1437 UU:1327
9月 PV:1802 Visit:1491 UU:1401

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