邯鄲夢の枕――モチーフ分析
◆あらすじ
美濃郡高城村の薄原(すすきばら)にある薄原城は平家の落武者という斎藤隠岐守の居城であった。斎藤家には家重代の宝として世にも名高い邯鄲(かんたん)夢の枕があった。これを枕にあてて眠ると、それから三日後におこる出来事まで分かるという貴い宝で、戦争をするにもこれを使って計略を進めることができた。それで周囲の城主と戦っても一度も負けたことがなく、その豪勇は近隣に鳴り響いていた。同じく高城村の三星にある三星城の城主には初音姫という世にも稀な美しい姫があった。隣国の城主たちから妻に迎えたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった。ところが斎藤隠岐守は最愛の奥方が亡くなったので、その後添えに初音姫を頂きたいと申し込んだ。三星城主はこれを聞くと、いいことができたと内心喜んだが、中々首を縦には振らなかった。ある日初音姫を一室に呼んで、斎藤家には家重代の宝邯鄲夢の枕という世にも珍しい宝がある。あの鬼の様な隠岐守のところへ嫁ぐのは気が進まないであろうが、ひとつ嫁いで、機会をみて枕を取り出し父に渡してくれないかと頼んだ。姫には密かに思っている若い武士がいたが、父のたっての願いに仕方なく嫁ぐことにした。こうして初音姫は薄原城に輿(こし)入れをしたが、夫の隠岐守は片時もその枕を離さず、奪いとる機会がなかった。そうして六年の年月が流れた。真夏の焼けるような暑い日であった。隠岐守は土用干しをしようというので、自分で名器や書物などを城の櫓に晒してから居間にかえって昼寝をしていた。しばらくして隠岐守は慌ただしく姫に揺り起こされた。夕立が来る。虫干しの品を早く片づけよ。見ると向こうの峯から黒い雲が空を覆って今にも雨が落ちてきそうな気配だ。隠岐守は跳ね起きると、枕にしていた邯鄲夢の枕をそのままにして高い櫓へ登っていった。姫はその枕を手にとると、六年間夫として仕えた隠岐守に心で詫びながら城を抜け出て無事に三星城へ帰った。枕を手にいれた三星城主は間もなく隠岐守を攻めたが、これまで威勢が並ぶ者がなかった隠岐守も力がなく、遂に落城し立浪山に立て籠もって戦う内に刺客に刺されてはかない最後を遂げた。薄原には隠岐園さまという小さな祠がある。これは隠岐守を祀ったもので、津和野の城主を隠岐守と言ったのでこれをはばかって隠岐園さまと改めたということである。このことがあってから薄原と三星では縁組をしない様になった。
◆モチーフ分析
・薄原城の城主斎藤隠岐守には家宝として邯鄲夢の枕があった
・この枕をあてて眠ると、三日後におこる出来事までが予知できた
・戦争をする際には夢の枕を使って計略を進めることができた
・枕のおかげで周囲の城主たちと戦っても一度も負けたことがなかった
・同じ高城村の三星城の城主には初音姫という美しい姫がいた
・妻に迎え入れたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった
・斎藤隠岐守の奥方が亡くなり、後添えに初音姫を所望した
・城主は初音姫を呼んで斎藤家には家宝の邯鄲夢の枕がある。機会をみて枕を奪取してくれと頼んだ
・姫は仕方なく嫁ぐことになった
・初音姫は薄原城に輿入れしたが、斎藤隠岐守は枕を片時も離そうとせず奪い取る機会がなかった
・そうして六年が経った
・真夏の暑い日、土用干しをするため、名器や書物などを櫓に晒して、隠岐守は昼寝をしていた
・夕立がきたと初音姫が隠岐守を慌ただしく揺り起こした
・隠岐守は跳ね起きると、夢の枕をそのままにして櫓へ登っていった
・姫は夢の枕を手に取ると、城を抜け出し三星城へ帰った
・三星城主は隠岐守を攻めたが、隠岐守は力がなく落城した
・隠岐守は刺客に刺されてはかない最後を遂げた
・このことがあってから薄原と三星では縁組みをしないようになった
形態素解析すると、
名詞:守 枕 隠岐 姫 城主 初音 夢 こと 三 斎藤 三星 家宝 星城 機会 櫓 薄原 邯鄲 六 おかげ ため 一度 予知 出来事 刺客 力 原城 名器 周囲 土用干し 城 夕立 奥方 奪取 妻 後 戦争 所望 手 斎藤家 日 昼寝 書物 最後 村 父 片時 真夏 縁組み 落城 薄 計略 輿入れ 際 高城
動詞:する ある いう あてる いる おこる くる できる なる みる 亡くなる 使う 切る 刺す 取る 呼ぶ 奪い取る 嫁ぐ 帰る 引く 戦う 抜け出す 揺り起こす 攻める 晒す 申し入れる 登る 眠る 経つ 許す 負ける 跳ね起きる 迎え入れる 進める 遂げる 離す 頼む
形容詞:ない はかない 仕方ない 慌ただしい 暑い 美しい
形容動詞:同じ
副詞:そう そのまま なかなか
連体詞:この
斎藤隠岐守/枕/初音姫の構図です。抽象化すると、夫/呪宝/妻です。斎藤隠岐守―夢の枕―初音姫の図式です。
薄原城主の斎藤隠岐守は邯鄲夢の枕を家宝として持っていた[呪宝]。枕を当てて眠ると三日後まで知れるので合戦で負けたことがなかった[無敵]。三星城の城主は娘の初音姫を輿入れさせる[結婚]。初音姫は隙を見て枕を奪取し三星城へ帰った[奪取]。さしもの斎藤隠岐守も力なく薄原城は落城した[敗北]。
夢の枕のおかげで無敵だった斎藤隠岐守も枕を奪取されると力なく落城してしまった……という内容です。
発想の飛躍は三日まで先が分かるという邯鄲夢の枕でしょうか。枕―夢―予知という図式です。
向横田城の邯鄲夢の枕の伝説です、日本標準『島根の伝説』にも邯鄲夢の枕の伝説が収録されていますが、こちらは兄弟の骨肉の争いを描いたものとなっています。史実的には日本標準の方が近い様です。
夢の枕があるのだから盗まれるのも予知できたのではないかとも考えられますが、戦に使うもので普段は使っていなかったのかもしれません。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.343-345.
・「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1978)pp.42-48.
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