« 湯の谷――モチーフ分析 | トップページ | 売れる秘訣――『ベストセラーコード 「売れる文章」を見極める脅威のアルゴリズム』 »

2022年10月16日 (日)

そばの登城――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた。平内は蕎麦(そば)が大変好きだった。ある年の夏、用事があって供を一人連れて隣の長門国徳佐へ行った。津和野の町を出はずれると野坂の峠へ差しかかった。この峠は約一里半、片側は木がいっぱい茂り、片側は切り立った絶壁である。ちょうど夏の暑い日中のことで、しばらく登ると一人の樵夫(きこり)がふんどし一つになって道ばたの木陰で昼寝をしていた。すると、さっと生臭い風が吹いて上から大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた。平内も供のものもびっくりした。あまり恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない。ただ、物陰から様子を見ているばかりであった。その内に蛇は樵夫をすっかり呑み込んでしまった。大きな蛇ではあったが、なにしろ一人呑んだので腹がはち切れるばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった。しばらくすると蛇はするすると谷底へ下りていった。平内もようやく元気を出して、その跡をつけていった。蛇は谷底へ下りると水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた。すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、蛇はするすると山の中へ入って見えなくなった。平内はこれを見て、蛇の食べた草は腹がいっぱいになったときこれを治す神薬であろうと思って、そこらにある蛇が食べた草をとって、腰の印籠(いんろう)に入れた。それから峠を登り、徳佐へ行って用事を済ませて帰った。その年の大晦日になった。平内の家でも年越しの蕎麦を祝った。平内は大好きなので、歩くこともできないほど食べた。一夜明けると元旦である。平内はお正月のお礼にお城へ登らなければならないので麻上下(かみしも)をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていない。そこで控えの間で待っていた。ところが昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない。ふと思い出したのは印籠に入れておいた、野坂の峠の薬草のことであった。さっそく腰の印籠からつまみ出して一口頬張った。しばらくたって第二番目に登場した椋(むく)五郎左衛門が控えの間へ入って見ると、一人の侍が座っている。挨拶をしたがいっこうに返事がない。不思議に思ってよく見ると、九枚笹の定紋の麻上下をつけて、大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった。大勢集まってよく調べてみると、神薬の効き目が強くて身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった。

◆モチーフ分析

・津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた
・平内は蕎麦が大好きだった
・ある年の夏、用事があって供を一人連れて長門国徳佐に行った
・津和野の町外れにある野坂の峠へ差しかかった
・この峠は一里半、片側は木がいっぱいで片側は切り立った絶壁である
・一人の樵夫がふんどし一丁になって木陰で昼寝をしていた
・生臭い風が吹いて大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた
・あまりに恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない
・大きな蛇ではあったが、人を一人呑んだので腹がはち切れんばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった
・蛇はするすると谷底へ下りていった
・平内が跡をつけていくと、蛇は谷底に下り水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた
・すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、山の中へ入って見えなくなった
・平内はこれを見て蛇の食べた草は腹がいっぱいになったときにこれを治す神薬だろうと思った
・平内は蛇が食べた草をとって、腰の印籠に入れた
・その年の大晦日になった
・平内の家でも年越しの蕎麦を祝い、平内は歩くこともできないほど蕎麦を食べた
・元旦は正月のお礼に城へ登らなければならないので、上下をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていなかった
・そこで控えの間で待っていた
・昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない
・ふと薬草のことを思い出し、腰の印籠からつまみ出して一口頬張った
・しばらく経って二番目に登場した侍が控えの間へ入ってみると、一人の侍が座っている
・挨拶をしたが、いっこうに返事がない
・不思議に思ってよく見ると、上下をつけて大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった
・よく調べてみると、神薬の効き目が強くで身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった

 形態素解析すると、
名詞:平内 蕎麦 蛇 こと 一人 侍 樵夫 腹 一 これ 上下 印籠 峠 年 津和野 片側 神薬 腰 草 谷底 身体 間 一二〇 いっぱい お礼 そこ とき ふんどし ほとり 一口 不思議 中 亀井 二番目 人 人間 佐 供 元 元旦 効き目 半 国徳 城 城主 夏 大小 大晦日 守 家 家中 山 年越し 御殿 挨拶 昨晩 昼寝 木 木陰 正月 水 用事 町外れ 登場 石取り 絶壁 腹いっぱい 薬草 誰 豊田 跡 返事 野坂 長門 隠岐 青草 頭 風
動詞:する ある つける なる 食べる できる 下りる 入る 呑む 座る 思う 控える 行く 見る いう いる すくむ つまみ出す とる はち切れる 下る 入れる 切り立つ 助ける 吹く 喰う 差しかかる 差す 待つ 思い出す 来る 歩く 残る 治す 溶ける 登る 祝う 経つ 膨らむ 茂る 見える 調べる 逃げる 連れる 頬張る
形容詞:ない 苦しい たまらない よい 小さい 強い 恐ろしい 早い 生臭い
形容動詞:大好き
副詞:あまり いかに いっこうに かりに きちんと しばらく だんだん ふと まだ よく
連体詞:大きな ある この その

 平内/薬草/蕎麦の構図です。抽象化すると、主人公/薬/食物です。蛇―薬草―樵夫、平内―(溶ける)―薬草―蕎麦といった図式です。

 大蛇が樵夫を呑んだ[捕食]後で薬草を食べて消化した[消化]のを見て[目撃]、平内は薬草を持ち帰る[獲得]。大晦日、蕎麦をたらふく食べた[大食]平内は元旦には登城した[出仕]。腹が苦しいので薬草を飲んだところ[服用]、蕎麦が溶けずに身体が溶けてしまった[溶解]。

 人をも溶かす薬草を服用した平内だったが、自身の身体が溶かされてしまった……という内容です。

 津和野の伝説の体裁をとっていますが、内容は「とろかし草」です。発想の飛躍は人をも溶かす薬草でしょうか。蛇―薬草―樵夫の図式です。

 この話はとろかし草の話があって成立したものと思われますので、津和野藩の蕎麦好きの侍という設定ととろかし草との組み合わせが着想の源かもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.350-351.

|

« 湯の谷――モチーフ分析 | トップページ | 売れる秘訣――『ベストセラーコード 「売れる文章」を見極める脅威のアルゴリズム』 »

昔話」カテゴリの記事