長者ガ原――モチーフ分析
◆あらすじ
昔、高角(たかつの)の港が次第に繁華になってきた頃、この地方に名を知られた斎藤忠右衛門という長者がいた。数十町歩に渡る広い田を持っていたが、その田植えは一日で済ませるのが毎年の例であった。万寿(まんじゅ)三年の田植えの時、大勢の早乙女(さおとめ)たちが一生懸命植えているところに猿回しが通りかかった。赤い着物を着て男の肩につかまっている猿を面白がって早乙女たちがしばらく手を休めたため、日はいつの間にか西に傾いたが、田植えはなかなか済みそうにない。早乙女たちは慌てて手を早めた。しかし、とうとう日が海の向こうに沈もうとする時になっても、まだ田植えは終わらなかった。そこへ長者が様子を見にやってきた。長者はまだ植え残された田が相当あるのを見ると、かんかんに怒った。斎藤長者の田植えは昔から一日で済ませることを忘れたのか、この上は長者の威勢を見せてやろうと言って、家に代々伝わる日の丸の扇をさっと開いて今にも海に半分ばかり沈んだ夕日に向かって二度三度差し招いた。すると不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った。こうして再び日が沈む頃には田はきれいに植え終わった。その夜、にわかに激しい稲光りがして雷がとどろき酷い暴風雨となって一晩中荒れ狂い大津波となった。明くる朝、昨夜のことは嘘であったように真っ青な空に朝日が輝いたとき、豪華を極めた長者の屋敷も、昨日植えた数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜であった。この時津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖(ばんりゅうこ)で、長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になって残っているだけである。
◆モチーフ分析
・高角に斎藤長者がいて数十町歩に渡る広い田をもっていた
・田植えは一日で済ませるのが慣例だった
・万寿三年の田植えのとき、早乙女たちが田植えをしているところに猿回しが通りかかった
・猿を面白がって早乙女たちが手を休めた間に日が西に傾いた
・早乙女たちが慌てて手を早めたが、日が海の向こうに沈む時になっても田植えは終わらなかった
・様子を見にきた斎藤長者が植え残された田が相当あるのを見て、かんかんに怒った
・長者は威勢を見せてやると言って日の丸の扇を開いて夕日に向かって二度三度差し招いた
・不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った
・再び日が沈む頃には田は植え終わった
・その夜、雷が激しくとどろき暴風雨となって一晩中荒れ狂い、更に大津波となった
・明くる朝、真っ青な空に朝日が輝いたとき、長者の屋敷も数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜となった
・このとき津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖である
・長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になった
形態素解析すると、
名詞:長者 田 田植え とき 日 早乙女 三 夕日 屋敷 手 数十 斎藤 湖 空 西 一 二 こと ところ どこ ガ 一晩中 一面 万寿 不思議 向こう 地名 夜 大津波 威勢 慣例 所 扇 日の丸 明くる朝 時 暴風雨 朝日 様子 津波 海 猿 猿回し 真っ青 砂 砂浜 蟠竜 辺り 間 雷 頃 高角
動詞:なる ある よる 沈む 渡る 見る いう いる くる する できる とどろく はじめる もつ 休める 傾く 向かう 差し招く 後戻る 怒る 慌てる 早める 植える 植え終わる 残す 済ませる 登る 終わる 荒れ狂う 見える 見せる 言う 輝く 通りかかる 運ぶ 開く
形容詞:広い 激しい 面白い 高い
形容動詞:かんかん
副詞:ぐんぐん 再び 更に 相当
連体詞:その この
早乙女/夕日/長者の構図です。抽象化すると、使用人/天体/主人でしょうか。早乙女―田植え―長者、長者―扇―夕日といった図式です。
数十町におよぶ田植えを一日で行うことにしていた斎藤長者だが[務め]、猿回しが来たため早乙女たちが手を止めてしまう[遅延]。田植えが遅れた長者は扇で夕日を差し戻す[示威]。その晩、暴風雨となりさらに津波が襲い[災害]、長者の屋敷と田は砂浜となってしまった[変貌]。
夕日を差し戻すほど勢威を誇った斎藤長者だが、暴風雨と津波で跡形もなく消えた……という内容です。
発想の飛躍は扇で夕日を差し戻して威勢を示すところでしょうか。長者―扇―夕日といった図式です。
夕日を招く長者というモチーフの伝説は鳥取県の湖山池にもあります。益田市では蟠竜湖の伝説となっています。勢威を誇った長者が天体の運行を妨げた報いがくる内容です。また、伝説は万寿三年の大津波という史実にも結びつけられています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.341-342.
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