三好藤左衛門――モチーフ分析
◆あらすじ
昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分であった。日原の庄屋三好藤左衛門は大金持ちで、津和野の殿さまへ一万二千両の金を貸していた。それで殿さまを馬鹿にしていた。殿さまは年に何回も高津の人丸さまへ参詣に行ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った。あるとき殿さまが高津参りをするとき、藤左衛門は川へ出ていたが、川べりの柳の間から殿さまの舟へ向けて、尻をまくってぺちゃぺちゃと叩いて見せた。家来たちは腹をたてて、斬ってしまいましょうと言ったが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、そのまま知らぬ顔をして通った。それからすぐ殿さまから馬へ何匹にもつけて藤左衛門のところへ金を返してきた。その金は貸したときのまま、封も切らずにあった。藤左衛門は殿さまといっても俺のところへ金を借りにくるくらいだから貧乏なものだと馬鹿にしていたが、それを見ると、殿さまというものは大したものだ、馬鹿にできんと言って返ってきた金に伏しついて泣いた。殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された。そして毎日毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない。そうして千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった。
吉賀川と津和野川の出合いの少し上に、日原の側の川端に大きな枦(はぜ)の木が一本あった。その下へ日原の者が二三人で網をたてていた。ちょうど魚がかかったようなので、その者たちは尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た。網の者たちはそんなことは知らないから、一心に川の底を覗いていると、殿さまは舟に向かって尻をまくっているのを見て大層腹をたてた。そして無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に言いつけた。網の者たちはそれを聞くとびっくりして命からがら庄屋の三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ。家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここへ逃げてきた奴を出せと言った。藤左衛門はそれを聞くとお前たちがいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々来いと言え。自分はお前たちの殿さまへ三万六千両の大金を貸しているのだと門の内から怒鳴った。家来たちは腹が立ってたまらないが、どうすることもできない。仕方なしにすごすご帰っていった。殿さまはその話を聞くと、地団駄を踏んで悔しがった。そして明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した。しかし金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうしてかやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた。それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている。
◆モチーフ分析
・昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分だった。日原の庄屋三好藤左衛門は津和野の殿さまへ一万二千両の大金を貸しており、殿さまを馬鹿にしていた
・殿さまは年に何回か高津の人丸さまへ参詣に言ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った
・あるとき殿さまが高津参りするとき。藤左衛門は川へ出ていたが、川べりから殿さまの舟に抜けて尻をまくって叩いて見せた
・家来たちは腹をたて、斬ってしまおうと進言したが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、知らぬ顔をして通った
・それからすぐ殿さまから馬へ何匹もつけて藤左衛門へ金を返してきた
・その金は貸したときのまま、封も切らずにあった
・藤左衛門は殿さまを馬鹿にしていたが、それを見て殿さまというものは大したものだと言って返ってきた金に伏しついて泣いた
・殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された
・毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない
・千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった
・吉賀川と津和野川の出合いの少し上、日原の側の川端に大きな枦の木があって、その下で日原の者が二三人で網をたてていた
・魚がかかったので、その者たちが尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た
・網の者たちはそれとは気づかず一心に川の底を覗いていると、殿さまが尻をまくっているのを見て腹をたて、無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に命じた
・びっくりした網の者たちは命からがら三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ
・家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここに逃げた奴を出せと言った
・それを聞いた藤左衛門はいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々に来いと言え、自分は殿さまへ三万六千両の大金を貸していると門の内から怒鳴った
・家来たちはどうすることもできないので、仕方なくすごすご帰っていった
・殿さまはその話を聞いて地団駄を踏んで悔しがった
・明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した
・金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうにかしてやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた
・それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている
形態素解析すると、
名詞:殿さま 藤左衛門 それ 家来 川 日原 津和野 者 金 とき ところ 寺 尻 網 こと もの 三好 大金 奴 屋敷 庄屋 庵 枕瀬 無礼 腹 舟 馬 馬鹿 高津 千 一万二千 二三 三六 三万六千 お前 ここ そこ びっくり まま 上 下 中ほど 中腹 人丸 今 何匹 何回か 側 内 千両 参詣 吉賀 地団駄 夕 天領 封 少し 尾山 川べり 川向こう 川端 幕府 年 底 役所 打首 明くる日 昔 時 朝 木 枕 枦 毎日 江 江戸 瀬 用事 真向き 箱 自分 話 進言 門 領分 頭 顔 駕籠 高瀬 魚
動詞:する ある 言う たてる つける まくる 聞く 見る 貸す いう 下る 出す 出る 呼び出す 帰る 斬る 来る 返す かかる かす こらえる できる なる やって来る やる 上がる 乗る 伏 入る 出合う 切る 参る 取調べる 叩く 向く 命じる 怒鳴る 思う 抜ける 気づく 泣く 知る 祈る 立てる 経つ 見せる 覗く 言い渡す 訴える 踏む 返る 逃げる 逃げ込む 通る 騒ぐ
形容詞:ない 仕方ない 悔しい
形容動詞:貧乏
副詞:どう いくら すぐ すごすご 一向 一心に 命からがら 直々
連体詞:その ある 大きな 大した
藤左衛門/殿さまの構図です。藤左衛門―尻/無礼/大金―殿さま、藤左衛門―網の者―尻/無礼―家来―殿さまの図式です。
津和野の殿さまに大金を貸していた藤左衛門は殿さまを馬鹿にして尻をまくって叩いてみせた[侮辱]。殿さまは即金で返済した[返済]。殿さまの訴えで幕府の取調べを受けた藤左衛門だったが打首を免れた[助命]。網の者たちが尻をまくって猟をしているのを殿さまが見て無礼だ斬ってしまえと命じたが[無礼打ち]、網の者たちは藤左衛門の屋敷に逃げ込んで藤左衛門の庇護を受けた[庇護]。悔しがった殿さまだった[無力]。
津和野の殿さまに大金を貸し付けていた藤左衛門は殿さまへの無礼も許された。後に網の者たちが咎められたときも藤左衛門の庇護で逃げ切った……という内容です。
発想の飛躍は藤左衛門が一万両を越える大金を殿さまに貸し付けていたことでしょうか。藤左衛門―大金―殿さまの図式です。金を貸与しているという強みがありましたからこそ、殿さまへの無礼も見逃されるのです。
上方の豪商ならともかく日原の庄屋が一万両もの大金を貸し付けることができるでしょうか。桁が一桁多いのではないかという気がします。
高津の人丸さまとは柿本神社のことですが、津和野藩主が年に数回参詣していたということが分かりました。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.375-377.
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