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2022年10月17日 (月)

なれあい観音――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、伊源谷(いげんだに)の奥に高くそびえている安蔵寺山に禅寺があって、坊さんが修行をしていた。ある年酷い雪が降って、寺は雪に閉じ込められた。しまいには食物がなくなってしまったが、何しろ高い山に深い雪で、麓の家のあるところへ下りることができない。もう飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めていた。そうして何日も物を食べることができず弱りきっているところへ、一匹の鹿が姿を現した。和尚は喜んで鹿に向かって自分はもう長いこと何も食わずに、ひもじくて死ぬのを待つばかりになっている。まことに済まないが、お前のももの肉(み)を少し食べさせてはくれまいかと言った。すると鹿はこっくりうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えて鹿のももの肉をもらい、それを煮て食べてようやく命を繋いだ。春になって、ようやく伊源谷辺りでは雪が溶け、鶯(うぐいす)も鳴く季節になった。村の人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困ったことだろうと言って、色々な食物を持って安蔵寺山へ登った。そして和尚を訪ねたところ、和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした。長い雪の下でさぞ難儀だったろうと思ったが、ことのほか元気でよかったと言うと、和尚は実は鹿のものの肉を食べて、それでこんなに元気だったと得意そうに話した。そしてお前たちもひとつその鹿の肉を食べてみないかなと言って戸棚から出してきたのを見ると、それはこけら(木の削りかす)だった。和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ。ところが不思議なことに、観音のももから血がたらたらと流れているのである。ああ、あの鹿は観音さまであったのかと和尚は初めてそのことに気づくと、あまりのもったいなさに涙を流しながら、なれあい、なれあいと唱えながら震える手でももを撫でると元の通りになった。

◆モチーフ分析

・安蔵寺山に禅寺があって坊さんが修行していた
・ある年雪が酷く降って、寺は雪に閉じ込められてしまった
・食料が無くなってしまったが、深い雪で麓の家のあるところまで下りられない
・飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めて何日も物を食べることができずに弱りきっていた
・そこへ一匹の鹿が姿を現した
・和尚は鹿にひもじくて死ぬのを待つばかりになっているので、ももの肉を少し食べさせてくれないかと言った
・鹿はうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えて鹿のもも肉をもらい、それを食べて命を繋いだ
・春になってようやく雪が溶けた
・村人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困っただろうと言って、食物を持って安蔵寺山へ登った
・村人たちは和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした
・和尚は実は鹿の肉を食べたのだと言って、村人たちに食べてみないかと戸棚から取り出すと、それはこけら(木の削りかす)だった
・和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ
・不思議なことに観音のももから血がたらたらと流れてした
・あの鹿は観音さまであったかと和尚は気づいた
・もったいなさに涙を流しながら、なれあいと唱えながらももを撫でると元通りになった

 形態素解析すると、
名詞:和尚 鹿 雪 もも 村人 観音 こと それ びっくり 安蔵 寺山 肉 一 こけら ご本尊 そこ ところ もも肉 不思議 何日 修行 元気 元通り 前 南無阿弥陀仏 命 坊さん 姿 家 寺 少し 年 戸棚 春 木 涙 物 禅寺 血 覚悟 雪の下 食料 食物 飢え死 麓
動詞:食べる 言う ある する なる 唱える いる うなずく かす だつ できる なれあう もらう 下りる 削る 取り出す 困る 弱りきる 待つ 拝む 持つ 撫でる 死ぬ 気づく 決める 流す 流れる 溶ける 無くなる 現す 登る 繋ぐ 行く 見る 閉じ込める 降る
形容詞:ひもじい もったいない 仕方ない 深い 酷い 長い
形容動詞:たらたら
副詞:さぞかし ようやく 喜んで 実は 案外
連体詞:あの ある

 和尚/鹿/観音の構図です。抽象化すると、僧侶/動物/神仏です。和尚―もも肉―鹿、和尚―こけら―観音といった図式です。

 大雪で寺に閉じ込められた[封鎖]和尚は食物が尽き飢え死に寸前だった[餓死寸前]。そこに出てきた鹿にもも肉を分けてもらって命を繋いだ[犠牲]。雪が溶け[封鎖解除]村人たちがやってきた[来訪]。和尚は鹿のもも肉を見せたが[提示]、それはこけらだった[露見]。見ると、本尊の観音のももが削られていた[啓示]。

 雪に閉じ込められ餓死寸前だった和尚は鹿のもも肉で命を繋ぐが、鹿は観音の化身だった……という内容です。

 発想の飛躍は鹿が観音の化身だったことでしょうか。和尚―もも肉/こけら―鹿(観音)の図式です。

 この伝説では僧侶が肉食することは特にとがめられていません。舞台は石見地方西部ですが匹見町辺りは雪深い土地だそうです。ちなみに匹見町はわさびの産地です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.352-353.

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