湯の谷――モチーフ分析
◆あらすじ
畑迫(はたがさこ)街道を市ノ尾から分かれて戸谷道を嘉年(かね)に向かっていくと湯谷(ゆだに)という所がある。ここには少しばかり温度の低い温泉が出ているが、これが見つかったのは元禄時代のことだった。この辺りは寂しい山の中の雪の深いところだった。ところが湯谷の辺りはいくら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた。この辺りに一人の山伏がいた。ある時一匹の鹿が湯気の出るところにうずくまっていた。鹿は山伏を見ると逃げ出したが、びっこを引いていた。ところが明くる日になると、鹿はまた同じところへ来てうずくまっている。山伏は不思議に思って、そこへ行ってみると湯が湧き出ているのだった。鹿はそれから二三日続けて来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった。山伏はそのことを村の人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった。とうとうそのことが津和野の殿さまの耳に入った。殿さまは一般の者の入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした。そして、この湯は色々な病によく効くことが分かってきた。そこで殿さまはこんなに病気によく効く湯を自分だけで使うのはもったいないと、元のように一般の人も入られるようにしたので、ますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった。そのうちに山伏は湯を見つけたのは自分だというので、湯に入る人から湯銭をとることにした。そしてどんどん金を儲けたので、その土地を持っている百姓は、湯は自分の土地にあるのだから湯銭は土地の持主である自分が取るのが本当だと言った。山伏は土地はお前の土地だが、これを見つけたのは自分だから、それで取っているのだと言った。しかし百姓は承知しない。そこで山伏はそれでは湯銭は半分半分にとることにしようと言ったが、百姓はどこまでも土地の持主がとると言って聞かない。そこで山伏は腹を立てて、そういうことなら、これは自分が見つけたものだから、真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った。山伏は一匹の猿を可愛がって飼っていたが、その首を斬って湯の中へ投げ込み、一心に祈った。猿の生首は湯の中を浮きつ沈みつ歯を食いしばり白い眼玉を向いて、天の一方をにらんだ。それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった。そして繁昌した温泉も来る人もなく、湯の谷、猿の谷という名だけが残った。
◆モチーフ分析
・湯谷には少しばかり温度の低い温泉が出ている
・これが見つかったのは元禄時代のことだった
・この辺りは雪の深いところだったが、湯谷の辺りは幾ら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた
・この辺りの一人の山伏がいた
・ある時一匹のびっこを引いた鹿が湯気の出るところにうずくまっていた
・鹿は山伏を見ると逃げ出したが、明くる日になるとまた同じところへ来てうずくまっていた
・山伏が不思議に思ってそこへ行ってみると、湯が湧き出ていた
・鹿はそれからも来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった
・山伏がそのことを村人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった
・そのことが殿さまの耳に入って、一般の者が入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした
・この湯は色々な病によく効くことが分かってきた
・殿さまは自分だけで使うのはもったいないと元のように一般の人も入られるようにした
・湯治場はますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった
・山伏は湯を見つけたのは自分だと言って、湯に入る人から湯銭を取ることにして金を儲けた
・その土地を持っている百姓は湯は自分の土地にあるのだから、湯銭は土地の持主である自分が取るべきだと言った
・山伏はそれでは湯銭を半分半分にとることにしようと言った
・百姓はどこまでも土地の持ち主が取ると言って聞かない
・腹を立てた山伏はそういうことなら真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った
。山伏は可愛がっていた猿の首を斬って湯の中へ投げ込み一心に祈った
・それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった
・繁昌した温泉も来る人もなく湯の谷、猿の谷という名だけが残った
形態素解析すると、
名詞:湯 こと 山伏 人 土地 自分 ところ 殿さま 湯銭 辺り 雪 鹿 それ びっこ 一般 半分 少し 温泉 湯気 湯治場 湯谷 猿 百姓 繁昌 谷 一 これ そこ だんだん 一人 不思議 中 元 元禄時代 入浴 内 名 大勢 幾ら 持ち主 持主 明くる日 村人 法力 温度 病 真言 禁止 秘密 者 耳 腹 色々 金 間 首
動詞:入る 来る する 言う 出る 取る いう うずくまる ある いる くる とる なる よる 使う 儲ける 分かつ 効く 封じる 引く 思う 投げ込む 持つ 斬る 残る 治る 消える 湧き出る 知らせる 祈る 立てる 聞く 行く 見つかる 見つける 見る 逃げ出す 降る
形容詞:ない ぬるい もったいない よい 低い 可愛い 深い
形容動詞:同じ
副詞:ある時 すぐ すっかり そう どこまでも ますます また 一心に 急に 時々
連体詞:それから
山伏/鹿、殿さま/一般、山伏/百姓の構図です。抽象化すると、人間/動物、支配者/民衆、主人公/対立者です。山伏―湯―鹿、殿さま―湯―一般、山伏―湯―百姓という図式です。
鹿が傷を癒やしている[治癒]ことから山伏が温泉を発見[発見]、繁昌する[繁昌]。ある時は津和野の殿さま専用となったが[専有]後に一般に開放される[開放]。湯銭の取り分を巡って山伏と土地の持ち主の百姓が争い[争議]、腹をたてた山伏は真言の法力によって湯を封じてしまった[封印]。
湯銭の取り分を巡って発見者の山伏と土地の持ち主の百姓が争い、腹を立てた山伏が法力で封印してしまった……という内容です。
発想の飛躍は山伏の法力でしょうか。山伏―法力―猿の首―湯といった図式です。切られた猿の首の描写が見事です。辺りを掘ればまだ温泉が湧いてくるかもしれません。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.348-349.
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