昔話の理論の解説が豊富――トンプソン「民間説話―理論と展開―」
トンプソン「民間説話―理論と展開―」上下巻を読む。アールネ/トンプソン(AT)のトンプソン。
まず上巻では世界に分布する昔話が200話ほど取り上げられる。残念ながら極東に関する記述は少ない。これは執筆当時、第二次大戦前後だけれど、日本の昔話がまだ海外であまり紹介されていなかった(国内では柳田国男を中心に昔話の採取が進められていた)事情によるもの。第二次大戦の影響もあるだろう。下巻では北米のインディアン(と表記されているが、現在ではネイティブアメリカンの方が適切か)の説話が取り上げられ、後半は執筆当時の民間説話の理論が紹介される。これが一番ありがたかった。
執筆された時代的にフィンランド学派の歴史地理的手法に準拠した形で述べられている。実際、著者はアールネが志半ばで逝去したため、彼のタイプ・インデックス(話型索引)を増補し、更にモチーフ・インデックス(説話モチーフ索引)をまとめている。アールネたちがタイプに注目して分析していたのに対し、トンプソンはモチーフを重視した分析を行っている。
昔話の研究はグリム兄弟にはじまると言っていいだろう。昔話が世界各国で収集され、類話が比較され分布状況が明らかとなる。そうすると昔話の類話が世界中に分布していることが明らかになる。これは二つの考え方があるだろう。一つはそれぞれの類話は人間は同じ様なことを考えるという点で別個独立に成立したものであるという見方。二つ目に起源は明らかでないが、どこかで発生した昔話が世界中に伝播していったと考える見方の両方が取り得る。
例えば、北米インディアンの説話はユーラシア大陸の影響を受けていないと見られるが、実際には宣教師や開拓者などから欧米の影響が見られる話も一部存在するのである。
それから十九世紀の欧米では昔話のインド起源説が主流になる。『ジャータカ』『パンチャタントラ』といった説話集の存在がある。これは時代的に比較言語学、比較神話学などの影響が大きいだろう。背景として、インド・ヨーロッパ語族という分類が打ち立てられ、インドのサンスクリット語が高く評価されたのである。ただ、エジプトやオリエントもインドより古いこともあって、インドは重要な中心ではあるが、全てではないという風に認識が変わっていく。また、説話を太陽や天体に対する信仰から発したという解釈が登場するが、これも牽強付会的であると批判されるのである。そういった点で十九世紀の昔話に関する理論はあらかた否定されてしまうのである。
フィンランド学派の歴史地理的手法は昔話の類話を収集し、共通点、相違点などを挙げて分析していく手法である。そして昔話を波動的にゆっくりと伝播していくとの見方をしている。これに対し、フォン・シードウは伝播者の移動によるところが大きいと主張している。
時代的にはロシアのプロップも既に昔話の形態論を上梓していたのだけど、1950年代に英訳されるまで欧米では知られていなかった。
僕が読んだのは古い文庫本だが、「民間説話」は現在単行本が発売されている。ちょっとお高いが、昔話の理論に興味のある人にとって入手する意義は大きいだろう。
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