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2022年10月

2022年10月31日 (月)

猿と蟹――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、猿と蟹(かに)がいた。餅が食べたいと言うので二人で相談して、猿は臼と杵(きね)を借りに行き、蟹は餅米を貰ってくることにした。蟹は約束どおりに餅米を貰ってきた、猿は臼をかついで帰ってきたが、杵は無かったから、ひとつ今度は蟹がいって借りてきてくれと言った。蟹が杵を借りに行くと、猿はその間に杵をとり出して、自分だけで餅をついて、それを持って逃げてしまった。蟹はあちこち歩いて、ようやく杵を借りて帰った。みると臼と杵があるばかりで餅米は無くなり、猿の姿は見えない。どこに行ったのだろうと思って探してみると、猿は高い木の上に登って、一人で美味そうに餅を食べていた。餅をおくれ。一人でとって逃げてはずるいと蟹が言った。やるからここへ登って来いと猿は言った。蟹は木に登ろうと思って一生懸命やってみたが、どうしても登ることができない。猿は笑いながらむしゃむしゃ食べて見せた。蟹は悔しくてたまらない。しかし幾らやっても滑って登ることができないので困っていると、ちょうどそこへ酷い風がどっと吹いてきた。そして猿が持っていた餅をみな吹き飛ばしてしまった。蟹は大急ぎで餅を拾って穴の中へ入った。猿は下りて来て穴の前から餅をおくれ、自分一人で食べてしまってはずるいと言った。蟹はこの中へ入って来いと言った。そして美味そうに餅を食べて見せた。猿は穴の中へ入ろうとしたが、穴が小さいので入ることができない。顔から入ろうとすると蟹が挟んだので、猿はびっくりして顔を引っ込めた。それで猿の顔は真っ赤になった。猿は今度は尻の方から入ろうと思って尻をのぞけた。蟹はまた尻を挟んだ。あいたた、猿はびっくりして尻を引っ込めた。それで尻も真っ赤になった。

◆モチーフ分析

・猿と蟹がいた
・餅が食べたいので猿は臼と杵を借り、蟹は餅米を貰ってくることにした
・蟹は約束どおり餅米を貰ってきた
・猿が臼をかついで帰ってきたが杵が無かったから、蟹が借りてきてくれと言った
・猿は蟹が杵を借りに行くと、その間に杵を取り出して一人で餅をついて、餅を持って逃げてしまった
・蟹はあちこち歩いてようやく杵を借りて帰った
・みると臼と杵があるばかりで猿の姿は見えない
・探してみると、猿は木の上に登って一人で餅を食べていた
・一人で取って逃げてはずるい、餅をおくれと蟹は言った
・やるからここへ登ってこいと猿は言った
・蟹は木に登ろうとしたが、どうしても登ることができない
・そこへ風がどっと吹いて、猿が持っていた餅をみな吹き飛ばしてしまった
・蟹は大急ぎで餅を拾って穴の中へ入った
・猿は木から下りて穴の前から餅をおくれと言った
・蟹は穴の中へ入ってこいと言って、餅を美味しそうに食べてみせた
・猿は穴の中へ入ろうとしたが、穴が小さいので入ることができない
・顔から入ろうとするとかにが挟んだので、猿はびっくりして顔を引っ込めた
・それで猿の顔は真っ赤になった
・今度は尻の方から入ろうとしたが、蟹が尻を挟んだ
・猿はびっくりして尻を引っ込めた
・それで尻も真っ赤になった

 形態素解析すると、
名詞:猿 蟹 餅 杵 穴 尻 一人 中 木 臼 顔 こと びっくり 真っ赤 餅米 あちこち かに ここ そこ みな ノ 上 今度 大急ぎ 姿 方 約束 間 風
動詞:する 入る 言う 借りる 登る 食べる おくれる できる 帰る 引っ込める 持つ 挟む 貰う 逃げる ある いる かつぐ つく みせる みる やる 下りる 取り出す 取る 吹き飛ばす 吹く 拾う 探す 歩く 行く 見える
形容詞:ずるい 小さい 無い 美味しい
副詞:ことに どう どっと ようやく
連体詞:その

 猿/蟹の構図です。抽象化すると動物同士となります。猿―餅―蟹の図式です。

 猿と蟹が分担して餅をつこうとなった[分担]。猿の代わりに杵を借りにいった蟹だったが、その間に猿が隠していた杵を取り出して餅をつき独り占めにしていた[独占]。猿は木の上なので蟹は登ることができない[届かない]。そのとき風が吹いて餅がみな落ちた[占有外]。餅を拾った蟹は穴に隠れた[独占]。猿は穴の中に入ろうとしたが、はさみで挟まれて顔と尻が赤くなった[意趣返し]。

 餅を独占しようとした猿だったが、風が吹いて蟹に拾われてしまい、穴の中なので餅をみな失ってしまった……という内容です。

 発想の飛躍は風が吹いて餅がみな落ちてしまうことでしょうか。猿―餅―蟹の図式です。

 猿と蟹なので猿蟹合戦を連想しましたが、猿と蟹だけのお話でした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.383-385.

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2022年10月30日 (日)

雀とけら――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔々、雀(すずめ)とけら(きつつき)は姉妹であった。親が病気で危篤になったので早く来いという知らせがあった。雀はそれを聞くと着の身着のまま飛んでいった。しかし、けらは自分は今着物がないから、着物をおってからでないといけないと言って着物をおってから行った。それで親の死に目にあうことができなかった。雀はすぐ飛んでいったので、親は喜んで、お前はよく早くきてくれたから、下の原に人がいれば上の原へ行って食え、上の原に人がいれば下の原へ行って食えと言った。それで雀は今でも地味な着物を着ているが、百姓の作ったつくり初穂を食っている。けらは派手な着物を着ているが、そういうことをした罰(ばち)で、枯れ木をコンコンコーンとつついて、虫をとって食べている。

◆モチーフ分析

・雀とけらは姉妹であった
・親が病気で危篤なので早く来いという知らせがあった
・雀は着の身着のままで飛んでいった
・けらは今着物がないから、着物をおってから行った
・それで親の死に目にあうことができなかった
・雀はすぐ飛んでいったので、親は喜んだ
・雀は地味な着物を着ているが、百姓の作った初穂を食べている
・けらは派手な着物を着ているが、枯れ木をコンコンつついて虫をとって食べている

 形態素解析すると、
名詞:着物 雀 けら 親 こと コンコン 今 初穂 危篤 地味 姉妹 枯れ木 死に目 派手 病気 百姓 着の身着のまま 虫
動詞:着る 飛ぶ 食べる あう ある いう おる つつく できる とる 作る 喜ぶ 来る 知らせる 行く
形容詞:ない 早い
副詞:すぐ

 雀/けらの構図です。動物同士です。雀―親の死に目―けらの図式です。

 雀とけらは姉妹だった[血縁]。親が危篤という知らせが来たとき[一報]、雀は着の身着のままで飛んでいったので親の死に目にあえたが[即行]、けらは派手な着物を着てから行ったので親の死に目にあえなかった[遅参]。それで雀は地味な着物だが百姓の作った初穂を食べ[美食]、けらは枯れ木をつついて虫を食べている[粗食]。

 雀とけらは姉妹だったが、親の死に目にあう/あわないでその後の食べ物が異なった……という内容です。

 発想の飛躍はけらが着物を選ぶことでしょうか(おるという方言が適切に解釈できませんでした)。けら―着物―親という図式です。

 私も二十代の頃、父が胃がんで倒れたのですが、病院に到着したときには既に脳死状態でした。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.382.

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女と蛇――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、三渡(みわたり)八幡宮の神主に美しい女房があった。神主は主税(ちから)という人だったとも言うが、確かなことは分からない。ある年のこと、神主の女房は青原祭へ行ったが、その帰りに穴ノ口まで帰ると不浄があった。下は青黒い水をたたえた大きな渕だったから、女房は渕へのぞいてそれを洗った。ところが、その下に一匹の小さな蛇がいて、その水をぺろぺろと舐めた。そうではなく、女房が小便をしたらそこに小さな蛇がいて、それを舐めたのだとも言う。ともかく、その晩から、女房は夜中になるとどこへともいなくなった。神主は不審に思ったが、朝になると女房は何事もなかった様に寝ていた。そして庭先に、びっしょり濡れた紙緒の草履が脱ぎそろえてあった。そういうことが幾夜も続いた。神主が密かに様子を調べてみると、女房は夜中になると一キロもある川下の穴ノ口の渕へ、たった一人で暗い夜道を通うのであった。神主はびっくりした。そして、これはただ事ではない、何か魔性のもののさせることに違いないと思った。そこで神主は八幡宮に一口の刀を供えて、この刀で魔性のものを打ち取らせてくださいと、火のもの断ちの祈願をたてて一心不乱に祈った。いよいよ七日七夜が過ぎて、満願の日の夜明け方、神主が連日連夜の祈願に疲れて燭にもたれたまま、うとうととまどろむと神主の前に八幡さまが現れて、今家へ帰ってみよとお告げがあった。神主ははっと目を覚ますと、刀をとって家へ飛んで帰った。家には烏帽子(えぼし)直垂(ひたたれ)の立派な男が来て女房と寝ていた。男は神主を見ると正体を現し、大きな蛇になって自在鍵に巻きついて破風(はふ)から出ようとした。神主は刀を抜いて一打ちに打ち落とした。蛇は七つに切って前の戸隠谷へ棄てた。頭はほとりの畠へ埋めた。それでその畠を蛇頭畠と呼ばれるようになり、戸隠谷の水は日に七度変わるという。女房はしばらく経って子を産んだ。蛇は女房が子をはらんでから、自分は人間でない。蛇体であるから、お前の腹にいる子はみんな蛇である。産むときにはたらいに水を入れてその中へ産むがよいと言ったので、その通りにして産んだ。子供は七たらい半あったが、遠く離れた川端に埋めた。そこでここをこずと呼ぶ様になった。また、一つの話では子は紙洗い笊(ぞうけ)に三杯あったのを、ほとりの竹藪へ捨てた。それからその竹藪には首に白い環のある蛇がいるようになったと言う。女房は子を産むと間もなく死んだと言うことである。だから女というものは道端へ小便をしたり、蛇をまたいだりしてはいけない。年よりたちはこの話をした後では、必ずこういって若い娘たちをいましめた。

◆モチーフ分析

・三渡八幡宮の神主に美しい女房がいた。神主は主税という人だったとも言う
・ある年、神主の女房は青原祭へ行ったが、その帰り道に道端で小便をした
・そこに蛇がいて、小便を舐めた
・その晩から女房は夜中になると、どこへともいなくなった
・神主は不審に思ったが、朝になると女房は何事もなかった様に寝ていた
・庭先にびっしょり濡れた草履が脱ぎそろえてあった
・そういうことが幾夜も続いた
・神主が密かに調べてみると、女房は夜中になると川下の穴ノ口の淵へ、一人で夜道を通っていた
・神主はこれは魔性のものの仕業に違いないと思い、八幡宮に一口の刀を供えて、この刀で魔性のものを打ち取らせてくださいと祈願して一心不乱に祈った
・七日七夜が過ぎて満願の日の夜明け方、神主が疲れてうとうとしていると八幡さまが現れて、今家へ帰ってみよとお告げがあった
・はっと目を覚ました神主は目を覚ますと、刀をとって家へ飛んで帰った
・家には烏帽子直垂の立派な身なりの男が女房と寝ていた
・男は神主を見ると正体を現し、大蛇となって破風から出ようとした
・男は刀を抜いて一打ちに打ち落とした
・蛇は七つに斬って戸隠谷に捨てた
・頭はほとりの畠に埋めた
・女房はしばらく経って子を産んだ
・蛇は自分は蛇体であるから、お腹にいる子はみんな蛇である。たらいに水を入れてその中へ産むがよいと言ったので、その通りにして産んだ
・子供は七たらい半あったが、遠く離れた川端に埋めた
・女というものは道端へ小便をしたり、蛇をまたいだりしてはいけない
・年よりたちはこの話をした後で必ずこう言って若い娘たちをいましめた

 形態素解析すると、
名詞:神主 女房 蛇 刀 もの 小便 男 七 たらい 八幡宮 夜中 子 家 道端 魔性 お告げ お腹 こと これ そこ どこ はっと ほとり みんな ノ 一人 一口 一心不乱 一打ち 七つ 七夜 三渡 不審 中 主税 人 今家 仕業 何事 八幡 半 夜明け方 夜道 大蛇 女 娘 子供 川下 川端 帰り道 年 年より 幾夜 庭先 後 戸 日 晩 朝 正体 水 淵 満願 烏帽子 畠 目 直垂 破風 祈願 穴 立派 自分 草履 蛇体 話 身なり 通り 隠谷 青原 頭
動詞:する いる なる いう 産む 言う ある 埋める 寝る 帰る 思う 覚ます いける いましめる とる またぐ 供える 入れる 出る 打ち取る 打ち落とす 抜く 捨てる 斬る 濡れる 現す 現れる 疲れる 祈る 経つ 続く 脱ぐ 舐める 行く 見る 調べる 通る 過ぎる 離れる 飛ぶ
形容詞:ない よい 美しい 若い 違いない 遠い
形容動詞:密か
副詞:うとうと こう しばらく そう びっしょり 必ず
連体詞:その この ある

 神主/女房/蛇の図式です。抽象化すると、宗教家/妻/動物です。神主―女房―蛇、蛇―(産む)―女房の図式です。

 道端で小便をした[粗相]神主の女房は蛇に憑かれる[魅了]。女房の様子がおかしいのを不審に思った神主が八幡に祈願して調べると[調査]、女房は蛇の変異した男と交わっていた[性交]。神主は蛇を斬って棄てた[殺害]。女房は蛇の子を産んだ[出産]。神主は蛇の子を埋めた[埋葬]。それから間もなく女房は死んでしまった[死]。

 蛇に魅入られた妻の様子を追った神主は大蛇と遭遇、大蛇を斬った。その後、妻は蛇の子を産んだ……という内容です。

 発想の飛躍は女房が蛇の子を産んだことでしょうか。蛇―(産む)―女房という図式です。苧環(おだまき)型の話では蛇の子も人として生まれてきますが、ここでは蛇の姿のまま生まれてきます。故に女房は出産とともに死んでしまうのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.380-381.

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2022年10月29日 (土)

下瀬加賀守――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、下瀬山の上に城があって、下瀬加賀守という強い大将がいた。とても力が強かったので、この噂を聞いて、力自慢の侍が加賀守のところへ力比べにやってきた。加賀守はそのことを知って、家来の様な風をして土間で草履を作っていた。何も知らぬ侍は加賀守を見ると、自分は加賀守が大層力持ちという事を聞いて、はるばる力比べをしてみようと思って来た。加賀守はいるかと尋ねた。加賀守は主人は折悪しく今朝がた出たきりまだ帰ってこないとすまして答えた。侍はこのまま帰るのも残念だからしばらく待とうと言ったが、ふと戸口に立てかけてある大きな鉄の棒を見つけて、これは何にするのかと尋ねた。それは加賀守が平素持ち歩く杖だと答えた。侍は鉄の棒を取り上げた。そして棒の真ん中へ膝を当てると精一杯の力を込めて、くの字に曲げてしまった。侍がどうだという顔をして加賀守を見ると、加賀守は平気で、主人が戻ったらさぞ叱られることであろう。早く直しておかねばと独り言を言いながら、鉄の棒を取り上げると、さっと一遍すこいだ。すると鉄の棒は元の様に真っ直ぐになった。これを見て侍は驚いた。家来でさえこれだけの力がある。大将の加賀守はどれだけ力があるか知れたものではない。早く帰った方がよさそうだと思って、こそこそと帰っていった、加賀守はまた弓の名人だった。ある日下瀬山のてっぺんから四方の景色を眺めていた。するとはるか川下の川端に舟を据えて百姓の女が蕨粉(せん)を踏んでいた。ところが女は小便がしたくなったと見え、いきなり裾をまくると、舟の中から川へ小便をしはじめた。加賀守はこれを見て、ひとつ懲らしめてやろうと思って、弓に矢をつがえると切ってはなした。矢はあやまたず蕨粉踏み舟に突き刺さってぽっきりと折れた。それでこの辺りを矢折れと呼ぶ様になり、弓を射たところを一の矢と呼ぶようになった。

◆モチーフ分析

・下瀬山に城があって、下瀬加賀守という強い大将がいた
・力が強かったので、噂を聞いて力自慢の侍が力比べにやって来た
・加賀守は家来のふりをして土間で草履を作っていた
・侍は加賀守と力比べをしようと思って来た。加賀守はいるかと尋ねた
・加賀守は主人は今朝がた出たきりでまだ帰ってこないとすまして答えた
・侍は待つことにしたが、鉄の棒を見つけて、これは何かと尋ねた
・加賀守が平素持ち歩く杖だと答えた
・侍は精一杯の力を込めて鉄の棒をくの字に曲げてしまった
・加賀守は主人が戻ったらさぞ叱られることだろうと言いながら鉄の棒をすこぐと真っ直ぐになった
・侍は家来でさえこれだけの力がある。大将はどれだけ力があるか知れたものではないと思って、こそこそ帰っていった
・加賀守はまた弓の名人だった
・下瀬山のてっぺんから四方の景色を眺めていると、川下の川端で舟に乗った百姓の女が裾をまくると小便をしはじめた
・懲らしめてやろうと思った加賀守は弓をつがえると矢を放った
・矢はあやまたず舟に突き刺さってぽっきり折れた
・それでこの辺りを矢折れと呼ぶ様になり、弓を射たところを一の矢と呼ぶ様になった

 形態素解析すると、
名詞:加賀 守 侍 矢 下瀬 力 弓 棒 鉄 こと 主人 力比べ 大将 家来 舟 一 あや きり くの字 これ これだけ てっぺん ところ どれだけ ふり もの 今朝がた 何 力自慢 名人 噂 四方 土間 城 女 小便 川下 川端 平素 景色 杖 百姓 精一杯 草履 裾 辺り
動詞:する ある 思う いる 呼ぶ 尋ねる 帰る 折れる 答える いう こぐ すます つがえる まくる まつ やって来る 乗る 作る 出る 叱る 射る 待つ 懲らしめる 戻る 持ち歩く 放つ 曲げる 来る 眺める 知れる 突き刺さる 聞く 見つける 言う 込める
形容詞:強い ない
副詞:こそこそ さぞ ぽっきり また まだ 真っ直ぐ
連体詞:この

 加賀守/侍、加賀守/女の構図です。加賀守―鉄の棒―侍、加賀守―矢―女の図式です。

 力比べにやって来た侍を加賀守は家来のふりをして迎える[偽装]。侍が力自慢で鉄の棒を曲げると[力自慢]、加賀守は棒をすこいで真っ直ぐにしてしまった[怪力]。とても叶わないと思った侍はこそこそと帰った[逃走]。舟で小便をした百姓の女を懲らしめようと加賀守は下瀬山のてっぺんから矢を射た[威嚇]。矢はあやまたず舟に刺さった[命中]。

 力比べをしに来た侍に加賀守は家来のふりをして応じて怪力を見せつける……という内容です。

 発想の飛躍は加賀守が鉄の棒をすこいだだけで真っ直ぐになったことでしょうか。加賀守―棒―侍の図式です。力自慢に来たものを家来のふりをして迎えるという筋は「怪力尾車」にも見られます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.378-379.

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2022年10月28日 (金)

民俗芸能は生活世界再構築の核となり得るか

このところ、東浩紀、大塚英志、宮台真司といった批評家の本を読んでいる。いずれもその世界では名を知られた著者たちである。東はポストモダニストだが現在では観光客の哲学を提唱している。大塚は漫画畑の評論家だが、民俗学研究のメッカである筑波大学出身ということもあって柳田国男の経世済民の思想の啓蒙を行っている。宮台は社会学の社会システム理論を援用した日本社会の分析を行っている。

システムとは企業の基幹情報システムを連想する人もいるかもしれない。正確な定義は分からないが、ここでは流転する世界の仕組みを指してシステムと呼称している。

宮台理論だと社会システム理論を援用して社会をシステム世界(市場・行政etc)とその外部にある生活世界(共同体)とに分けている。この内日本ではシステムが高度に発達し利便性・快適性・安全性を追求した結果、システムが生活世界を浸食し、共同体の空洞化が生じることになったとしている。

宮台は郊外化というキーワードで共同体の空洞化を説明している。第一段階の郊外化は郊外の団地化である。これで専業主婦化したともしている。第二段階の郊外化はコンビニ化である。ここでは家族の空洞化が起きたとしている。

共同体が空洞化した結果、相互扶助の仕組みが失われた。例えば高齢男性の孤独死が目立つようになった。また、かつての工場城下町では工場が撤退した後で男性の自殺率の上昇と女性の売春の比率が高くなっていることなどが挙げられる。

共同体の空洞化はネットの発達によって補われているとも見られるけれども、リアルな社会でのコミュニケーションから疎外された結果、上記のような社会の枠組みから外れた人たちへのセーフティネットが欠如している状態となっている。

昔は良かったで過去にロールバックをすることはできないが、生活世界の再構築の核として伝統芸能を置くことはできないだろうか。

柳田国男は官僚であり農政学者だった。民俗学が経世済民の学と呼ばれることがピンと来なかったのだが、こういった生活世界という文脈であれば豊かな世界を提供できる。

ただ、子供のいる家庭では近所づきあいが生じるけれど、問題となるのは独身の特に男性である。これを巻き込むのは難しい。

ひろしま神楽のセミナーにおける高島知佐子氏の講演によると、現在では教育に伝統芸能が取り入れられて一定の成果を挙げている。一方で、高校・大学進学で地元を離れる若者が多い、また継承者の高齢化が進んでいるとして10代後半から50代の後継者獲得が課題となっているとしている。

例えば石見神楽では子供神楽があって、児童から中学三年生までの年齢層が神楽を演じている。俵木悟氏はそういう自分より少し年上のお兄ちゃんお姉ちゃんが舞っているのをみれば格好いい、自分もやってみたいと感化されるのではないかと語っている。

ただ、石見神楽の場合、激しい舞なので舞手は若い層主体で高齢者は奏楽に回ることになる。高齢者のリクルートは機能しない。

関東の里神楽はゆったりした舞なので、仕事を引退してから始める層もあるとのことである。これであれば高年齢層の後継者獲得にも繋がるのではないか。

島根県石見地方の石見神楽は日本遺産に認定された。それで何かが劇的に変わったということはないだろうが、現在では週末になればどこかで神楽公演を行っているという地域へ変化している。こういった神楽公演は奉納神楽とは異なる観光神楽である。民俗学者たちの中では神楽のショー化として批判的なスタンスの人もいるだろう。例えば浜田市の三宮神社では拝殿で観光神楽が舞われる。観光神楽だが奉納神楽に近い感覚が味わえるということでもあり、奉納神楽と観光神楽の融合が見られると言ってもいいのではないか。

2022年10月に埼玉県久喜市の鷲宮神社で神楽を見学した。巫女さん二人が舞う杓舞のとき、幼い女の子が舞台にかぶりつきで見ようとしていた。それは舞うお姉さん達に惹かれたということでもある。

石見神楽の動画を見ていると、子供たちが舞台にかぶりつきで見ている場面がしばしばある。子供は先天的な審美眼で素直に魅力を感じているのだ。バウムガルテンは『美学』で審美眼には先天的なものと後天的なものがあるとしている。

なので神楽に限らず伝統芸能は子供に見せることが肝要であると思う。他の地域の伝統芸能は初めから真正性をアピールするのでとっつきにくくなっているのではと俵木氏は指摘する。幼い内に見せることで心理的な壁を低くすることが可能である。

別に舞手にならなくてもいいのである。観客として参加するだけでも違うだろう。

祭りには、一年に一度、その開放的な(今日だけは休んでいい)空気に触れることで精神をリフレッシュさせる作用があるだろう。そういった精神面でのケアも重要だと思われる。

僕自身、横浜市の港北ニュータウンで生活しているが、近所づきあいはない。町内会長さんには顔を憶えてもらっているくらいである。うちの町内では正月にとんど焼きを行う。また、コロナ禍で中止されているが7月末には盆踊り大会が催される。

◆参考文献
・宮台真司/野田智義『経営リーダーのための社会システム論~構造的問題と僕らの未来~』(光文社、2022)
・宮台真司『日本の難点』(幻冬舎、2014)
・大塚英志『社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門』(KADOKAWA、2014)
・東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン、2017)

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生活世界の再構築――宮台真司/野田智義「経営リーダーのための社会システム論」

宮台真司/野田智義「経営リーダーのための社会システム論~構造的問題と僕らの未来~」を読む。大学院経営修士コースで行われた講義を元とした講義録。社会学の社会システム理論を援用して日本社会を中心に論じている。社会システム理論ではシステム(市場、行政etc)とその外部にある生活世界(共同体)とに分類している。利便性・快適性・安全性が追求されシステムが高度に発達した結果、共同体の空洞化が進んでいると指摘する。例えば高齢男性の孤独死が挙げられる。過去に引き返すことはできない。宮台氏は一時、新反動主義に傾いたが後にそれを克服したことが語られる。生活世界の再構築という点で考えさせられる本だった。

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三好藤左衛門――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分であった。日原の庄屋三好藤左衛門は大金持ちで、津和野の殿さまへ一万二千両の金を貸していた。それで殿さまを馬鹿にしていた。殿さまは年に何回も高津の人丸さまへ参詣に行ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った。あるとき殿さまが高津参りをするとき、藤左衛門は川へ出ていたが、川べりの柳の間から殿さまの舟へ向けて、尻をまくってぺちゃぺちゃと叩いて見せた。家来たちは腹をたてて、斬ってしまいましょうと言ったが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、そのまま知らぬ顔をして通った。それからすぐ殿さまから馬へ何匹にもつけて藤左衛門のところへ金を返してきた。その金は貸したときのまま、封も切らずにあった。藤左衛門は殿さまといっても俺のところへ金を借りにくるくらいだから貧乏なものだと馬鹿にしていたが、それを見ると、殿さまというものは大したものだ、馬鹿にできんと言って返ってきた金に伏しついて泣いた。殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された。そして毎日毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない。そうして千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった。

 吉賀川と津和野川の出合いの少し上に、日原の側の川端に大きな枦(はぜ)の木が一本あった。その下へ日原の者が二三人で網をたてていた。ちょうど魚がかかったようなので、その者たちは尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た。網の者たちはそんなことは知らないから、一心に川の底を覗いていると、殿さまは舟に向かって尻をまくっているのを見て大層腹をたてた。そして無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に言いつけた。網の者たちはそれを聞くとびっくりして命からがら庄屋の三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ。家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここへ逃げてきた奴を出せと言った。藤左衛門はそれを聞くとお前たちがいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々来いと言え。自分はお前たちの殿さまへ三万六千両の大金を貸しているのだと門の内から怒鳴った。家来たちは腹が立ってたまらないが、どうすることもできない。仕方なしにすごすご帰っていった。殿さまはその話を聞くと、地団駄を踏んで悔しがった。そして明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した。しかし金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうしてかやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた。それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている。

◆モチーフ分析

・昔、日原は天領で、川向こうの枕瀬は津和野の殿さまの領分だった。日原の庄屋三好藤左衛門は津和野の殿さまへ一万二千両の大金を貸しており、殿さまを馬鹿にしていた
・殿さまは年に何回か高津の人丸さまへ参詣に言ったが、その時には枕瀬の庄屋のところまで駕籠で出て、そこから高瀬舟に乗って川を下った
・あるとき殿さまが高津参りするとき。藤左衛門は川へ出ていたが、川べりから殿さまの舟に抜けて尻をまくって叩いて見せた
・家来たちは腹をたて、斬ってしまおうと進言したが、殿さまはそれが藤左衛門だと聞くと、知らぬ顔をして通った
・それからすぐ殿さまから馬へ何匹もつけて藤左衛門へ金を返してきた
・その金は貸したときのまま、封も切らずにあった
・藤左衛門は殿さまを馬鹿にしていたが、それを見て殿さまというものは大したものだと言って返ってきた金に伏しついて泣いた
・殿さまは藤左衛門の無礼を幕府へ訴えたので、藤左衛門は江戸へ呼び出された
・毎日役所へ呼び出されたが、一向に取調べがない
・千日経ってから、お前は打首にするところだが、こらえてやるから帰れという言い渡しがあった
・吉賀川と津和野川の出合いの少し上、日原の側の川端に大きな枦の木があって、その下で日原の者が二三人で網をたてていた
・魚がかかったので、その者たちが尻をまくって川の中ほどまで入って見ていると、津和野の殿さまが舟で下って来た
・網の者たちはそれとは気づかず一心に川の底を覗いていると、殿さまが尻をまくっているのを見て腹をたて、無礼な奴だ、斬ってしまえと家来に命じた
・びっくりした網の者たちは命からがら三好藤左衛門の屋敷へ逃げ込んだ
・家来たちは藤左衛門のところへやって来て、ここに逃げた奴を出せと言った
・それを聞いた藤左衛門はいくら騒いでも出すことはならない。用事があるなら殿さまに直々に来いと言え、自分は殿さまへ三万六千両の大金を貸していると門の内から怒鳴った
・家来たちはどうすることもできないので、仕方なくすごすご帰っていった
・殿さまはその話を聞いて地団駄を踏んで悔しがった
・明くる日には千両箱を三十六、馬につけて返した
・金ではどうしても藤左衛門に頭が上がらないので、どうにかしてやっつけてやろうと思い、枕瀬の寺尾山の中腹に庵寺を立て、朝に夕に藤左衛門が貧乏になるように祈らせた
・それで庵寺は今でも藤左衛門の屋敷へ真向きに向いている

 形態素解析すると、
名詞:殿さま 藤左衛門 それ 家来 川 日原 津和野 者 金 とき ところ 寺 尻 網 こと もの 三好 大金 奴 屋敷 庄屋 庵 枕瀬 無礼 腹 舟 馬 馬鹿 高津 千 一万二千 二三 三六 三万六千 お前 ここ そこ びっくり まま 上 下 中ほど 中腹 人丸 今 何匹 何回か 側 内 千両 参詣 吉賀 地団駄 夕 天領 封 少し 尾山 川べり 川向こう 川端 幕府 年 底 役所 打首 明くる日 昔 時 朝 木 枕 枦 毎日 江 江戸 瀬 用事 真向き 箱 自分 話 進言 門 領分 頭 顔 駕籠 高瀬 魚
動詞:する ある 言う たてる つける まくる 聞く 見る 貸す いう 下る 出す 出る 呼び出す 帰る 斬る 来る 返す かかる かす こらえる できる なる やって来る やる 上がる 乗る 伏 入る 出合う 切る 参る 取調べる 叩く 向く 命じる 怒鳴る 思う 抜ける 気づく 泣く 知る 祈る 立てる 経つ 見せる 覗く 言い渡す 訴える 踏む 返る 逃げる 逃げ込む 通る 騒ぐ
形容詞:ない 仕方ない 悔しい
形容動詞:貧乏
副詞:どう いくら すぐ すごすご 一向 一心に 命からがら 直々
連体詞:その ある 大きな 大した

 藤左衛門/殿さまの構図です。藤左衛門―尻/無礼/大金―殿さま、藤左衛門―網の者―尻/無礼―家来―殿さまの図式です。

 津和野の殿さまに大金を貸していた藤左衛門は殿さまを馬鹿にして尻をまくって叩いてみせた[侮辱]。殿さまは即金で返済した[返済]。殿さまの訴えで幕府の取調べを受けた藤左衛門だったが打首を免れた[助命]。網の者たちが尻をまくって猟をしているのを殿さまが見て無礼だ斬ってしまえと命じたが[無礼打ち]、網の者たちは藤左衛門の屋敷に逃げ込んで藤左衛門の庇護を受けた[庇護]。悔しがった殿さまだった[無力]。

 津和野の殿さまに大金を貸し付けていた藤左衛門は殿さまへの無礼も許された。後に網の者たちが咎められたときも藤左衛門の庇護で逃げ切った……という内容です。

 発想の飛躍は藤左衛門が一万両を越える大金を殿さまに貸し付けていたことでしょうか。藤左衛門―大金―殿さまの図式です。金を貸与しているという強みがあったからこそ、殿さまへの無礼も見逃されるのです。

 上方の豪商ならともかく日原の庄屋が一万両もの大金を貸し付けることができるでしょうか。桁が一桁多いのではないかという気がします。

 高津の人丸さまとは柿本神社のことですが、津和野藩主が年に数回参詣していたということが分かりました。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.375-377.

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2022年10月27日 (木)

汗かき地蔵――モチーフ分析

◆あらすじ

 木ノ口に小さなお堂があって、お地蔵さまが祀ってある。壇の向こうに胸から上が見えているが、蓮台の上に地から立っておられるのだから、高さが二メートルもある大きなお地蔵さまである。顔や胸の方は真っ黒くすすけているが、下は真っ白い花崗岩で、衣の襞(ひだ)なども実に立派に掘ってある。このお地蔵さまは昔この上にあった宝泉寺の門のところにあったもので、紀伊国から来られたものだった。宝泉寺が脇本へ移るとき、お地蔵さまも一緒に持っていこうとしたが、お地蔵さまは何人かかっても動かすことができない。それで伺ってみると、どうしても脇本へは行かぬと言われるので、少し上へあげて祀ろうということにした。すると、お地蔵さまは軽々と動かされて、誰か一人で今のところへ背負っていったということである。このお地蔵さまはたいそう霊験あらたかで、昔から村に何か変わったことがある時は、汗をかいて知らされた。汗というのは首から上だけであるが、数珠の玉よりももっと大きな汗が目も口も分からないほどどんどん流れるのであった。あるとき村の人が皆でお堂へお参りに行っていると、急にお地蔵さまの顔の様子が変わって、みるみるうちに汗が流れ出た。お地蔵さまが汗をかいていらっしゃると言って村の人たちが一生懸命拝むと、その内に汗が止んだ。その後で村の人がもの知りにみてもらうと、この先村に悪い風邪が流行る。それには一命を落とす人があるかもしれないから気をつけるがよいと言うことであった。ところが一人変わった男がいて、村の人が皆お地蔵さまのところへ集まっているところへ酔っ払ってきて、そんな馬鹿なことがあるもんか。あるものならわしにその風邪をつけてみるがよいと言っていばった。ところがその男はあくる日山から頭痛がするといって帰ったが、酷い熱が出て、生きたり死んだり十四五日も患った。男は人に知られないように、こっそりお地蔵さまに謝りにいって、こらえてもらったということであった。木ノ口の大庭新次郎さんは昭和十年頃六十を少し過ぎていたが、お地蔵さまが汗をかかれたのを三回見たといった。近ごろ汗をかかれたのは昭和九年の一月二十日で、大寒の入りであった。ちょうど宝泉寺の方丈も来ており、村の人も大勢集まっていたが、いきなり汗をかきはじめられたので、方丈が一心にお経を読むとしばらくして止んだ。その後で堂守の尼さんが、あんなに酷い汗をかかれたのだからお袈裟がびたびたに濡れているだろうと思って触ってみると、ちっとも濡れてはいなかったそうである。

◆モチーフ分析

・木ノ口に小さなお堂があって、高さ二メートルある大きなお地蔵さまが祀ってある
・このお地蔵さま昔この上にあった宝泉寺の門のところにあったもので、紀伊国から来たものだった
・宝泉寺が脇本へ移るとき、お地蔵さまも一緒に持っていこうとしたが、何人かかっても動かすことができなかった
・伺ってみると、どうしても脇本へは行かぬと言われるので、少し上へあげて祀ろうとなった
・するとお地蔵さまは軽々と動かされて、誰か一人で今のところへ背負って行ったという
・お地蔵さまはたいそう霊験あらたかで、昔から村に何か変わったことがある時は、汗をかいて知らされた
・首から上だけだが、数珠の玉より大きな汗がどんどん流れるのだった
・あるとき村人が皆でお堂へお参りに行くと、急におさまの顔の様子が変わってみるみる内に汗が流れ出た
・お地蔵さまが汗をかいていると言って村の人たちが一生懸命拝むと、その内に汗が止んだ
・もの知りにみてもらうと、この先村に悪い風邪が流行るから気をつけるとよいと言うことであった
・一人変わった男がいて村人がお地蔵さまのところへ集まっているところに酔っ払ってきて、そんな馬鹿なことがあるか、あるものなら自分につけてみるがよいと言っていばった
・ところが、その男は明くる日頭痛がすると言って山から帰ったが、酷い熱が出て十四五日も患った
・男は人に知られない様にこっそりお地蔵さまに謝りにいってこらえてもらった
・木ノ口の大庭新次郎さんは昭和十年頃六十を少し過ぎていたが、お地蔵さまが汗をかくのを三回見たと言った
・近ごろ汗をかかれたのは昭和九年の大寒の入りだった
・宝泉寺の方丈も来ており、村人も大勢集まっていたが、いきなり汗をかきはじめたので、方丈が一心にお経を読むとしばらくして止んだ
・堂守の尼さんがあんなに酷い汗をかいたのだから袈裟が濡れているだろうと思って触ってみると、ちっとも濡れていなかったそうである

 形態素解析すると、
名詞:地蔵 汗 こと ところ もの 上 宝泉寺 村 村人 男 お堂 とき ノ 一人 人 少し 方丈 昔 昭和 木 脇本 十 十四 二 三 六十 九 お参り お経 みる 今 何人か 先 内 堂守 大勢 大庭 寒の入り 尼 山 数珠 新次郎 明くる日 様子 気 熱 玉 皆 紀伊国 自分 袈裟 誰か 近ごろ 門 霊験 頭痛 顔 風邪 首 馬鹿
動詞:言う ある かく する 変わる 知る 行く つける 動かす 来る 止む 濡れる 祀る 集まる あげる いう いく いばる いる かきはじめる こらえる できる みる 伺う 出る 帰る 思う 患う 拝む 持っていく 流れる 流れ出る 流行る 移る 背負ってる 見る 触る 読む 謝る 酔っ払う
形容詞:よい 酷い 悪い 高い
形容動詞:あらたか あんな かって そんな
副詞:ある時 いきなり こっそり しばらく たいそう ちっと どう どんどん 一心に 一生懸命 一緒に 何か 急に 軽々
連体詞:この ある その 大きな 小さな

 村人/地蔵/男の構図です。村人―汗―地蔵、地蔵―風邪―男という図式です。

 木ノ口のお地蔵さまは汗をかいて異変を知らせた[予知]。あるとき地蔵が汗をかいて悪い風邪が流行ると占ったとき[託宣]、一人の男がそれなら自分にうつしてみよと威張ったところ[否定]、翌日から酷い病に冒された[感染]。男はこっそり地蔵に謝りにいった[謝罪]。

 異変を予知するお地蔵さまを信じなかった男がいざ病気になってお地蔵さまに謝りに行った……という内容です。

 発想の飛躍はお地蔵さまが汗をかいて村人に異変を知らせるでしょうか。地蔵―汗―村人の図式です。

 お地蔵さまが汗をかくということは、石に水滴がつくということですが、自然現象でそういうことが起こりうるのでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.372-374.

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2022年10月26日 (水)

野の池――モチーフ分析

◆あらすじ

 須川谷(すごう)は匹見川のほとりにある、たった七軒ほどの村であった。後ろは切り立った険しい山で、この上に野の池という大きな池があった。川向こうの舟つけの喜左衛門という男が猟に行って、この池のほとりへ来ると、お婆さんが洗い物をしていた。喜左衛門はこんな人里はなれた山の中にお婆さんがいるのはおかしいので、きっと化物に違いない、撃ってやろうと思った。ところが持っている玉は普通の猟に使う玉なので、家へ帰って鉄の二重玉を込めてきた。喜左衛門が池のほとりへ来てみると、お婆さんはいなくなって、向こうから大きな蛇が箕の様な口を開けて池の上を波立たせながらやってきた。喜左衛門はその口めがけて鉄砲を一発撃ち込むと、家へ帰ってはんどうに一杯水を飲んだが、すぐ死んでしまった。蛇はもがき苦しんで池の中をのたうちまわり、とうとう池の縁を破って下の谷底へずり落ちて死んだが、誰も知らなかった。それから何年か経った後のことである。須川谷の川向こうの家へ毎年のように広島の方から来て宿を借りる反物屋がいた。あるとき反物屋がその家の子供が白い石の様なものを持って遊んでいるのでよく見ると、大きな蛇の骨だった。反物屋はびっくりして、これはどこで拾ったかと尋ねると、向こうの谷へ行けば幾らでもあると子供は言う。そこで向こうの谷へ行ってみると沢山ごろごろと転がっていた。反物屋は大喜びでそれを皆拾い、反物はその家へ預けて帰った。蛇の骨は薬になり、とてもいい値で売れるので反物屋は大儲けをした。そこの家では何時まで経っても反物屋が来ないので、預けていった反物を一反出し二反出しとうとう皆使ってしまった。ところがそこへひょっこり反物屋がやってきた。反物屋は思いがけない大儲けをしたので、この家へ礼を言ったり、蛇の骨の残りでもあれば拾って帰ろうと思ったのである。しかしその家ではびっくりした。あんまり来ないので、置いていった反物をきれいに使ってしまったところに来たのだから、これはきっと反物を取りに来たのに違いない、大変なことになったと思った。そして反物屋を前の池へ突っ込んで殺してしまった。それからこの池はいつも血の様に赤く濁っていて、その家では良くないことが絶えないということである。蛇がずり落ちて死んだ谷は蛇落谷と呼ばれている。野の池は今でも雨の降った後などには水がたまって、葦(あし)が茂っている。

◆モチーフ分析

・須川谷は匹見川のほとりにある七軒ほどの村だった
・後ろは切り立った険しい山で、この上に野の池という大きな池があった
・喜左衛門という男が猟に行って、池のほとりへ来るとお婆さんが洗い物をしていた
・喜左衛門は人里はなれた山の中にお婆さんがいるのはおかしい。化物に違いない、撃ってやろうと思った
・持っているのは普通の玉なので、家へ帰って鉄の二重玉を込めてきた
・喜左衛門が池のほとりに来てみると、お婆さんはいなくなって、向こうから蛇が口を開けて池の上をやってきた
・喜左衛門はその口めがけて鉄砲を一発撃ち込むと家へ帰って一杯水を飲んだが、すぐ死んでしまった
・蛇はもがき苦しんで池の中をのたうちまわり、池の縁を破って下の谷底へずり落ちて死んだ
・それから何年か経った後、須川谷の川向こうの家へ毎年のように宿を借りる反物屋がいた
・あるとき反物屋がその家の子供が白い石の様なもので遊んでいるのでよく見ると大きな蛇の骨だった
・びっくりした反物屋はどこで拾ったか尋ねると、谷へ行けば幾らでもあると子供は言った
・向こうの谷へ行ってみると沢山転がっていた
・反物屋は大喜びでそれを拾い、反物はその家へ預けて帰った
・蛇の骨は薬になり、いい値で売れるので大儲けした
・その家では反物屋は何時まで経っても来ないので、預けた反物を皆使ってしまった
・そこにひょっこり反物屋がやって来た
・反物屋は思いがけない大儲けをしたので礼を言ったり、残りの骨を拾って帰ろうと思った
・これは反物を取りに来たに違いない、大変なことになったと思い、反物屋を池へ突っ込んで殺してしまった
・それから池はいつも血の様に赤く濁って、その家では良くないことが絶えなかった
・蛇が落ちて死んだ谷は蛇落谷と呼ばれている
・野の池は今でも雨の降った後には水がたまって葦が茂っている

 形態素解析すると、
名詞:反物 池 家 蛇 谷 喜左衛門 お婆さん ほとり 骨 こと 中 口 向こう 大儲け 子供 山 後 水 玉 野 須川 二 これ そこ それ とき どこ びっくり もの 七軒 上 下 人里 今 何年 値 化物 匹見 大喜び 大変 宿 川向こう 幾ら 後ろ 普通 村 毎年 池の上 沢山 洗い物 猟 男 皆 石 礼 縁 落谷 葦 薬 血 谷底 鉄 鉄砲 雨
動詞:帰る 来る ある いる なる 思う 拾う 死ぬ 行く いう する 経つ 言う 預ける ずり落ちる たまる のたうちまわる めがける もがく やって来る やる 使う 借りる 切り立つ 取る 呼ぶ 売れる 尋ねる 持つ 撃ち込む 撃つ 残る 殺す 濁る 破る 突っ込む 苦しむ 茂る 落ちる 見る 転がる 込める 遊ぶ 開ける 降る 飲む
形容詞:違いない いい おかしい よい 思いがけない 白い 絶えない 良い 赤い 険しい
形容動詞:一杯
副詞:いつも すぐ ひょっこり 一発 何時まで
連体詞:その 大きな ある この

 喜左衛門/蛇、反物屋/家の構図です。喜左衛門―お婆さん―蛇、反物屋―蛇の骨/反物―その家の図式です。

 喜左衛門は野の池で大蛇を撃ち殺したが[殺害]、自分もすぐ死んでしまった[死亡]。それから何年か経って蛇の骨を見つけた[発見]反物屋が持って帰って大儲けした[儲け話]。ところが礼を言いに家にやってくると、その家で預けた反物を取り返しに来たに違いないと勘違いし[誤解]、反物屋を池に突っ込んで殺してしまった[殺害]。それから池は血のように赤く濁って[由来]、その家では良くないことが絶えなかった[祟り]。

 蛇の骨を拾った反物屋は大儲けしたが、誤解した家の者に野の池で殺されてしまった……という内容です。

 発想の飛躍は蛇の骨は薬になるということでしょうか。反物屋―大儲け―骨という図式です。これも喜左衛門の伝説と反物屋の伝説が連続した話となっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.370-371.

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2022年10月25日 (火)

ぶんぶん岩――モチーフ分析

◆あらすじ

 須川にぶんぶん岩という岩があった。今では道路ができて岩もなくなったが、昔は夜など気味の悪い寂しいところであった。昔、若い女が夜糸をつむいで帰りにここで殺された。女は十九であった。それから夜に人がここを通ると「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と唄を唄って糸車を廻す音が聞こえた。それでここを「ぶんぶん岩」という様になった。ぶんぶん岩の下の田の畔(あぜ)は夜になると白い鶏が歩くということであった。横道に十九原というところがある。ここへは夜は若い女が出て「去年も十九 今年も十九」と言って踊りを踊ると言う。

◆モチーフ分析

・須川にぶんぶん岩という岩があった。夜は気味の悪い寂しいところであった
・昔、十九歳の女が夜に糸をつむいだ帰りにここで殺された
・それから夜にここを通ると「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と唄を唄って糸車を廻す音が聞こえた
・それでここをぶんぶん岩と言う様になった
・ぶんぶん岩の下の田の畔は夜になると白い鶏が歩くという
・横道に十九原というところがあって、夜に若い女が出て「去年も十九 今年も十九」と言って踊りを踊ると言う

 形態素解析すると、
名詞:十九 夜 岩 ここ ところ 今年 去年 女 下の田 原 唄 昔 横道 気味 畔 糸 糸車 踊り 音 須川 鶏
動詞:いう 言う ある ぶる つむぐ なる 出る 唄う 帰る 廻す 歩く 殺す 聞こえる 踊る 通る
形容詞:寂しい 悪い 白い 若い
副詞:ぶんぶん

 女/岩/唄の構図です。女―岩―唄の図式です。

 昔、十九歳の女が糸をつむいだ帰りに殺された[殺害]。それから夜にここを通ると「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」と唄って糸車を廻す音が聞こえるようになった[幽霊的事象]。そこでここをぶんぶん岩という様になった[由来]。ぶんぶん岩の死の畔は夜になると白い鶏が歩くと言う[風聞」。十九原と言うところがあって、夜に若い女が出て「去年も十九 今年も十九」と踊るという[風聞]。

 若い女がここで殺されてから、幽霊の声が聞こえるようになったのが岩の名の由来だとする……というお話。

 発想の飛躍は「去年も十九 今年も十九 ぶうん ぶうん」という唄でしょうか。歳をとれない幽霊の悲哀です。女―岩―唄の図式です。これも複数の伝説からなるお話です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.369.

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2022年10月24日 (月)

串刺しで日本を論ずる――宮台真司「日本の難点」

宮台真司「日本の難点」を読む。著者が全てを「串刺し」にしてと述べているように幅広いテーマが語られる。社会学だけでなく法律や経済、哲学、宗教にも一定の見識を持っており、マルチな才能の持ち主という印象。ただ、馬鹿とか平気で書く辺り、周囲を見下している様にも観じられる。

教育に関しては利他的な凄い奴に「感染」することで成長するとしている。「衝動」である。僕は大学は法学部だったが、法律に関しては衝動を覚えなかったのが残念である。

面白いと思ったのは、一神教は人が必然的に間違いを犯す必謬性があるという視点があることである。日本だと天皇の勅令は絶対であり、だからこそ政治的発言を封じられているのだが、誤謬に関する認識が外国とで異なっていることになる。デリダの脱構築とは必謬性を哲学に置き換えたものだそうだ。柳田国男に注目していることも経世済民という点で興味深い。

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200,000アクセスを達成

ブログ本館が200,000アクセスを達成しました。アクセスカウンターを設置したのがいつか忘れましたが、ブログを再編したのが2009年なので、13年くらいかけて達成したことになるかと思います。

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千八尋渕――モチーフ分析

◆あらすじ

 円ノ谷から鍛冶屋谷に沿って登ると、大津に千八尋渕(せんやひろぶち)という有名な渕がある。直径三、四メートルくらいの丸い渕で、そう大きいことはないが、はんどう(水瓶)を上から覗く様に周囲の岩が下になるほど広がり、青黒い水をたたえている。この渕は底が円ノ谷の蛇渕へ続いているということで、この渕へ手杵を落としたところ蛇渕へ浮いたとか、籾殻(すくも)を流しこんだところ蛇渕へ出たとかいう話がある。昔、大津の長九郎という人が日原から塩を買って帰りに千八尋渕の上で休んでいた。すると渕から一匹の蜘蛛(くも)が上がってきて、長九郎の膝の頭へ糸をつけて渕へ下りていった。長九郎はおかしなことをすると思って、糸を外してほとりの松の切株へつけておいた。しばらくすると、下から糸をぐいぐい引っ張りはじめた。すると、大きな松の切株がぐっさぐっさと動き出して、とうとう下の渕へどぶんと落ち込んでしまった。長九郎は危ないところだった。もう少しで渕へ引っ張り込まれるところだったと思いながら家へ帰った。その晩、長九郎の家の床の間にあった刀が一人働きをして何か斬ったので、明くる朝見るとべっとりと血がついていた。ある時長九郎が外から帰ってみると、昔から家伝の刀のしまってある箪笥(たんす)の引き出しを百足(むかで)がぞろぞろ這い回っていた。不思議に思って刀を出してみると、刀の刃を百足が這っていた。その話が伝わって、あっちこっちから人が見にくるようになった。とうとうそれが津和野の殿さまの耳に入って、そういう刀があるならば差し出すようにという沙汰があった。長九郎は仕方なしに刀を差しだした。ところがその晩から、刀は毎晩のようにかたかたと鍔(つば)を鳴らせて長九へ帰る、長九へ帰ると言う。殿さまは気味が悪くなって、とうとう長九郎へ返した。そののち長い間、刀は長九郎の家にあって、抜いてみるといつでもこうこうとした刃の上を百足が這っていた。そしてあっちこっちから見にくる人が絶えなかった。けれども長九郎は決して女には見せなかった。長九郎の女房はそれを見て、いくら女だからと言って自分の家にあるものを見ることができないというのは情けない話だと思った。そしてある日長九郎が留守の間にそっと刀を出してみた。ところがそれから刀に百足がいなくなり、赤い錆がくるようになった。ある時長九郎が千八尋渕へ行くと、向こうの岸からこっちの岸へとてつもない大きな蟹(かに)が爪をかけていた。長九郎はびっくりして火縄銃に青銅の一つ玉を込めてズドンと一発大きな甲をめがけて撃つと蟹は渕へ落ちた。長九郎は家へ帰ると手桶に三杯水を飲んだがすぐ死んでしまった。

◆モチーフ分析

・大津に千八尋渕という有名な渕があって、円ノ谷の蛇渕へ続いていると言う
・大津の長九郎が日原からの帰りに千八尋渕の上で休んでいた
・渕から一匹の蜘蛛が上がって来て、長九郎の膝頭へ糸をつけて渕へ下りていった
・不審に思った長九郎が糸を松の切株へつけておくと、松の切株が動き出して渕の中へ落ちた
・もう少しで渕へ引っ張り込まれるところだったと思いながら長九郎は家へ帰った
・その晩、長九郎の家の床の間にあった刀がひとりでに動いて何かを斬った
・明くる朝見ると血がべっとりと付いていた
・あるとき長九郎が帰ってみると、家伝の刀のしまってある箪笥の引き出しを百足がぞろぞろと這っていた
・その話が伝わってあちこちから人が見にくるようになり、とうとう津和野の殿さまに召し上げられてしまった
・その晩から刀がかたかたと鍔を鳴らせて長九へ帰ると言ったので、気味悪くなった殿さまは長九郎へ帰した
・その後、刀は長九郎の家にあって抜いてみるといつでも刃の上を百足が這っていた
・あちこちから見にくる人が絶えなかったが、長九郎は女には決して見せなかった
・長九郎の妻はいくら女だからといって自分の家にあるものを見ることができないのは情けないと思い、長九郎が留守の間に刀をそっと出してみた
・それから刀に百足がいなくなり、赤錆が出るようになった
・あるとき長九郎が千八尋渕へ行くと向こう岸にとてつもなく大きな蟹が爪をかけていた
・びっくりした長九郎が火縄銃で甲をめがけて撃つと、蟹は渕へ落ちた
・長九郎は家へ帰ると手桶に水を三杯飲んだがすぐに死んでしまった

 形態素解析すると、
名詞:長九郎 刀 渕 家 千 八尋渕 百足 あちこち とき 上 人 切株 大津 女 晩 松 殿さま 糸 蟹 一 三 九 いつ こと ところ びっくり もの ノ 不審 中 何か 円 刃 向こう岸 妻 家伝 床の間 引き出し 後 手桶 日原 明くる朝 有名 水 津和野 火縄銃 爪 甲 留守 箪笥 膝頭 自分 蛇渕 蜘蛛 血 話 赤錆 鍔 間
動詞:帰る ある 見る 思う くる つける 落ちる 言う 這う いう いる かける しまう できる めがける 上がる 下りる 付く 休む 伝わる 出す 出る 動き出す 動く 召し上げる 帰す 引っ張り込む 抜く 撃つ 斬る 来る 死ぬ 続く 行く 見せる 飲む 鳴る
形容詞:とてつもない 情けない 気味悪い 絶えない
副詞:いくら かたかた すぐ そっと ぞろぞろ とうとう ひとりでに べっとり もう少しで 決して
連体詞:その ある 大きな

 長九郎/蜘蛛、長九郎/百足/刀/女房、長九郎/蟹の構図です。蜘蛛―糸―切株/長九郎、長九郎―百足/刀―女房、長九郎―火縄銃―蟹といった図式です。

 千八尋渕は円ノ谷の蛇渕に繋がっていると言われている[通底]。千八尋渕で休んでいた長九郎は危ういところで蜘蛛に渕に引きずり込まれそうになる[危機]。その晩、長九郎の家伝の刀がひとりでに動いて何者かを斬った[加護]。長九郎の刀には百足が這っていた[呪力のアイテム]。女人には決して見せなかった長九郎だが[禁止]、女房がこっそり見てしまい[禁止の侵犯]、百足は消えてしまう[呪力の消失]。呪力を失った長九郎だが[喪失]、千八尋渕で大蟹と遭遇し火縄銃で蟹を撃つが[退治]、すぐに死んでしまった[死]。

 長九郎は家伝の刀を女には決して見せなかったが、女房がこっそり見たので呪力を失った……という内容です。

 渕で蜘蛛が足につけた糸を切株に移すと切株が渕に引きずり込まれてしまったという伝説は各所にあります。ここでの発想の飛躍は長九郎の家伝の百足が這う刀でしょうか。女が見ることで呪力を失ってしまいます。長九郎―百足/刀―女房という図式です。

 渕と長九郎にまつわる複数の伝説が融合した作品です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.366-368.

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2022年10月23日 (日)

十郎ガ原――モチーフ分析

◆あらすじ

 十郎ガ原は昔は川端のぼうぼうとした草原だった。この辺りに十郎という独り者の真面目な男がいた。十郎ガ原は畳の蔵方の土地であったが、蔵方は十郎が働き者であることを見込んで十郎ガ原を開いてみないか。田ができたらお前の一代はただで作らせてやると言った。十郎は喜んで一生懸命開墾して立派な田を作り上げた。そして田にはよい稲ができるようになった。ところがこうなってみると、蔵方はその田を十郎に一代ただで作らせるのが惜しくなった。ある晩蔵方は十郎を連れて近くの天狗岩(てんぐだき)の渕へ鮎を獲りに行った。そして舟で網を入れていたが、蔵方は手を止めて、下の岩へ網がかかった。お前は川に強いから一つ入って外してくれないかと言った。何も知らぬ十郎は着物を脱ぐと暗い渕の底へ潜った。蔵方はその上へ一条また一条と投網を打ちかけた。十郎は渕の底で網に絡まれて上がることができない。とうとう溺れ死んでしまった。蔵方はこうして巧く田地を取り上げたが、それだけでは済まなかった。田を植えようと思って人を連れて舟で渡っていくと、どんないい天気でも空が雲って酷い雨になり田を植えることができない。辺りが真っ暗になって、舟がどこにあるのか分からない様になった。また川端の大きな田のあるところへは、十郎の幽霊がよく出た。そればかりではなく、蔵方のところへは色々な祟りがあるので、蔵方は家のほとりへお宮を建てて十郎を祀った。このお宮を村人は若宮さまと呼んだ。今でもこの辺りでは今日も十郎ガ原に田を植えるから雨が降ると言う。

◆モチーフ分析

・後に十郎ガ原と呼ばれるは草原は川端の草原だったが、この辺りに十郎という独り者の真面目な男がいた
・草原は畳の蔵方の土地だったが、蔵方が十郎が働き者であることを見込んで草原を開いてみないか、田ができたらお前の一代はただで作らせてやると言った
・十郎は喜んで一生懸命に開墾して立派な田を作り上げた
・田にはよい稲が実るようになった
・そうなると、蔵方は十郎に一代ただで作らせるのが惜しくなった
・ある晩蔵方は十郎を連れて近くの渕へ鮎を獲りに行った
・舟で網を入れていたが、下の岩へ網がかかったから外してくれないかと十郎へ言った
・何も知らない十郎は渕の底に潜った
・蔵方はその上へ投げ網を一条また一条と打ちかけた
・十郎は渕の底で網に絡められて溺れ死んでしまった
・蔵方はこうして巧く田地を取り上げたが、それだけで済まなかった
・田を植えようとすると天気の日でも酷い雨が降って田植えできない
・また川端の大きな田のあるところへは十郎の幽霊がよく出た
・蔵方のところでは色々な祟りがあった
・蔵方は家のほとりにお宮を建てて十郎を祀った
・今でも十郎ガ原に植えると雨が降ると言う

 形態素解析すると、
名詞:十郎 蔵方 田 草原 渕 網 ただ ところ ガ 一代 一条 川端 底 雨 お前 お宮 こと それだけ ほとり 一生懸命 上 下 今 何 働き者 土地 天気 家 岩 幽霊 後 投げ網 日 晩 独り者 田地 田植え 男 畳 真面目 祟り 稲 立派 舟 色々 辺り 近く 開墾 鮎
動詞:言う ある する 作る 植える 降る いう いる かかる できる なる 作り上げる 入れる 出る 取り上げる 呼ぶ 外す 実る 建てる 打ちかつ 死ぬ 済む 溺れる 潜る 獲る 知る 祀る 絡める 行く 見込む 連れる 開く
形容詞:よい 巧い 惜しい 酷い
副詞:また こう そう よく 喜んで
連体詞:ある この その 大きな

 十郎/蔵方の構図です。十郎―田―蔵方の図式です。また、十郎―網―蔵方でもあります。

 開墾した田地[開墾]をただで貸す[無償貸与]のが惜しくなった蔵方は[後悔]、十郎を鮎獲りに誘って[計略]溺れ死にさせる[死]。田地を取り上げた蔵方だったが[召し上げ]、十郎の祟りが続き[祟り]、お宮を建てて十郎を祀った[祭祀]。

 計略で十郎を溺れ死にさせた蔵方だったが、祟りが続き、お宮を建てて祀った……という内容です。

 発想の飛躍は渕に潜った十郎に網を打ちかけて溺れ死にさせることでしょうか。十郎―(溺れる)―網―蔵方の図式です。若宮とはここでは不慮の死を遂げた者を祀る意味です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.364-365.

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2022年10月22日 (土)

座頭の呪い――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、畳の長走りに大きな酒屋があった。山の手にずらりと酒蔵が並んでおり、高瀬舟を二杯持っていて舟の者が五六軒もあった。ある年の大歳の晩に座頭が来て宿を貸してくれと頼んだ。しかし酒屋では大切な大歳の晩だから赤乞食(あかぼいとう)には宿は貸せないと言って追い出してしまった。もっともそうではなく酒を飲ませてくれといってきたので、酒を飲ませると酒癖の悪い男でごねて何時までも帰ろうとしない、仕方がないので舟の者を呼んだ。舟の者たちは外へ出そうとしたがなかなか言うことを聞かないので、殴ったり蹴ったり散々痛めつけて下の川端へ引きずり出したのだとも言う。座頭は出る時、屋根小口の萱を三本抜いて琵琶を逆さまにして弾いて、今に見ておれ、この酒屋を潰してやると言って呪った。それからどうも事業が上手くいかなくなって、一度は天気のいい日であったが、酒をいっぱい造りこんである五尺の酒桶の樋(とい)がひとりでに抜けて、中の酒がみんな流れてしまった。酒は下の川へ流れて、ずっと川下の方まで酒の匂いがした。また作った酒がみんな腐って、さっぱり酒にならないこともあった。こうして酒屋は潰れてしまった。

◆モチーフ分析

・畳の長走りに大きな酒屋があって、高瀬舟を二杯持っていて舟の者が五六軒あった
・ある年の大歳の晩に座頭が来て宿を貸してくれと頼んだ
・酒屋は大切な大歳の晩だから宿は貸せないといって追い出した
・もしくは座頭が酒を飲ませてくれと言ってきた
・酒癖の悪い男でごねて何時までも帰ろうとしない
・舟の者を呼んで、外へ出そうとしたが言うことを聞かない
・殴ったり蹴ったり散々痛めつけて川端へ引きずり出した
・座頭は出る時に屋根小口の萱を三本抜いて琵琶を逆さまに弾いて、今に見ておれ、この酒屋を潰してやると呪った
・それからどうも事業が上手くいかなくなった
・天気のいい日に五尺の酒桶の樋がひとりでに抜けて中の酒がみんな流れてしまった
・作った酒がみんな腐って、酒にならないこともあった
・こうして酒屋は潰れてしまった

 形態素解析すると、
名詞:酒 酒屋 座頭 こと みんな 大歳 宿 晩 者 舟 二 三 五 五六 中 事業 今 外 大切 天気 小口 屋根 川端 年 日 時 桶 樋 琵琶 男 畳 萱 逆さま 酒癖 長 高瀬
動詞:ある する いく 出る 言う 貸す ごねる なる 作る 呪う 呼ぶ 帰る 引きずり出す 弾く 抜く 抜ける 持つ 来る 殴る 流れる 潰す 潰れる 痛めつける 聞く 腐る 見る 蹴る 追い出す 頼む 飲む
形容詞:いい 上手い 悪い
副詞:こう どう ひとりでに 何時まで 散々
連体詞:ある この 大きな

 座頭/酒屋の構図です。座頭―(引きずり出す)―舟の者、座頭―(呪う)―酒―酒屋といった図式です。

 大歳の晩に宿を貸してくれ[要請]と言ってきた座頭は酒癖が悪く何時までも帰ろうとしないので殴って引きずりだした[拒否]。座頭は酒屋を呪った[呪い]。それから事業がうまくいかなくなって酒屋は潰れてしまった[倒産]。

 座頭が呪ったところ、事業が上手くいかなくなった酒屋は潰れてしまった……という内容です。

 発想の飛躍は座頭が萱を三本抜いて琵琶を逆さまに弾いて呪うことでしょうか。座頭―琵琶―(呪う)―酒屋の図式です。座頭の呪力の高さを説明したお話です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.362-363.

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2022年10月21日 (金)

グループワークができなくなっている――東浩紀/宮台真司「父として考える」

東浩紀/宮台真司「父として考える」を読む。二人とも娘さんを持つ父親である。読んでいてグループワークできない子供が多いという指摘が気になった。僕の世代だと、班でグループ化されていたからだ。また能力別編成への批判も耳に新しかった。同じ様な子供達が集まってしまって、刺激を受ける機会が減るのだとか。

Twitterを高評価している。ハッシュタグやリツイートなどの拡散機能だろうけれど、島宇宙の間をつなげる機能があると見ているのである。島宇宙とは言い換えればタコツボみたいな掲示板を指すのだろう。

構築主義なるものは、たいていは社会科学や歴史学の伝統を無視した、この種のナンセンスです。東さんがいまおっしゃったような「ゼロ年代的な虚構批判」以前からポスコロ(ポストコロニアル理論)やカルスタ(カルチュラル・スタディーズ)において「虚構批判」が珍重されています。どうせコップの中の嵐ですから実務的にはどうでもいいんですが、若者のメンタリティ的には問題かもしれませんね。

……という文章が目に止まった。Wikipediaで調べた範囲では社会学において構築主義が実務的ではないという批判があるとのこと。構築主義の虚構批判というのが今ひとつピンと来ないのだが、掘り下げてみる価値はあるか。

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コピー資料を破棄する

図書館でコピーした資料を破棄する。A4のはドキュメントスキャナでPDF化しているのだけど、B4の資料はできていない。どうしてもPDF化したいものは縮小コピーしたが。どの論文を読んだかは記録につけているので、後でまた取り寄せることも不可能ではない。断捨離である。

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血の池――モチーフ分析

◆あらすじ

 島は左鐙から四キロ近く入った山中の寂しいところである。昔、畳へ出た平家の一族のものか、それとも別のものか、ここへ落ちていった平家の落人があった。途中の家で道を教えてもらい、追手が来ても言ってくれるなと口止料を置いていったが、その中に病人が一人いて、それをいたわりながら下島まで辿りついたとき、追手が来た。そこで病人をほとりのケヤキの大木に隠して戦ったが、皆討たれてしまった。ところが病人もケヤキの木の下の池に影が映ったため追手に見つかり、槍で刺し殺されてしまった。その時したたり落ちた血で真っ赤に染まったため、その池は血の池と呼ばれている。落人たちが哀れな最後を遂げたのは、口止料まで貰いながら落人の行き先を教えた途中の家の者のせいであった。そのためこの家では代々よくないことが続いたという。

◆モチーフ分析

・畳へ出た平家の落人が途中の家で道を教えてもらい、追手が来ても言うなと口止料を置いていった
・落人の中に病人が一人いて、それをいたわりながら下島まで辿りついたとき追手が来た
・病人をケヤキの大木に隠して戦ったが、皆討たれてしまった
・病人もケヤキの木の下の池に影が映ったため追手に見つかり、槍で刺し殺されてしまった
・そのときしたたり落ちた血で池が真っ赤に染まったため、血の池と呼ばれている
・落人たちが哀れな最後を遂げたのは口止料をもらいながら落人の行き先を教えた途中の家の者のせいであった
・そのため、この家では代々よくないことが続いたという

 形態素解析すると、
名詞:落人 ため 家 病人 追手 とき ケヤキ 口止 池 途中 こと それ 一人 下 下島 中 代々 哀れ 大木 平家 影 最後 木 槍 畳 皆 真っ赤 者 血 血の池 行き先 道
動詞:教える 来る いう いたわる いる する もらう 出る 刺し殺す 呼ぶ 戦う 映る 染まる 続く 置く 落ちる 見つかる 言う 討つ 辿る 遂げる 隠す
形容詞:よい
連体詞:その この
接尾辞:料 たち

 落人/家の者/追手の構図です。落人―口止料―家の者―(教える)―追手の図式です。

 平家の落人は畳から島へと落ち延びた[逃亡]。途中道を訊いた家に口止め料を払ったが[口止め]、家の者が追手に教えたため[通報]、皆討たれてしまった[全滅]。病人がいたがケヤキの木の下の池に影が映ったため見つかってしまった[露見]。病人の血で池は真っ赤に染まった[鮮血]。

 落人が病人をケヤキの木に隠したが、池に姿が写ったため見つかってしまい討たれた。そのときの血で池が真っ赤に染まった……という内容です。

 発想の飛躍は病人の姿が池に映ったことでしょうか。病人―池―追手の図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.361.

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2022年10月20日 (木)

晩越峠――モチーフ分析

◆あらすじ

 屋島や壇ノ浦の戦いで敗れた平家の一門の人々は安徳天皇を奉じて山陽山陰の山々を越え、吉賀川沿いに落ち延びてきた。柿木まで辿りついてほっとしたところへ追手が来て夜討ちに遭い、おおかた討たれてしまった。それでそこを夜討原と言う様になった。わずかに生き残った人々は天皇を守りながら馬を走らせて左鐙の里を通った。そのとき道ばたの胡瓜垣に馬の左の鐙が引っかかって落ちたが、それを拾う暇もなく通り過ぎたので、ここを左鐙(さぶみ)と呼ぶようになった。長い戦いで落人になって破れた馬の沓(くつ)を畳で打ち替えた。そこでここを沓打場と言う様になった。追手の者が落人のことを尋ねたが、そこの人は落人に同情して、そんなものは見んがと言ったので民ヶ谷(みんがたに)と言う様になった。そのおかげで僅かに追手の手が緩んだ間に一同が集まって評定をしたところを集義(しゅうぎ)と言う様になった。落人の一行は畳石で一夜を明かすことになった。畳石は吉賀川のほとりにある広い平らな岩で、その上に御殿岩という高い岩の壇がある。天皇をこの上でお休め申し上げ、馬は川向こうの岩の穴に入れて夜を明かした。それで岩の壇を御殿岩または一夜城と呼ぶようになり、岩穴は馬の駄屋と言う様になった。畳石には大小様々なくぼみがあるが、これを馬のたらいとか馬の足跡とかいって、この時できたものと言っている。少し川上に風呂ガ原という所があるが、ここはその時民家に野風呂をたてていたので、頼んで天皇を入れたところだという。追手は執念深く追ってきて、畳石の奥で激しい戦いになった。そこを軍場(ぐんば)と言い、そこから流れる谷を軍場谷と言う様になった。ようやく生き残った人々が晩越峠(おそごえだお)に辿りついたときはもう日が暮れようとしていた。晩越峠は晩く越したのでこう呼ぶ様になったが、追っ手に追われて辿り着いたのは暮れ方で、峠の上へあがって遙か川下を見るとびっくりした。川下には源氏の白旗が幾筋も風にはためいている。せっかくここまで落ち延びてきたのに行く手には既に敵の手がまわったのか、われわれの運命も最早これまでだと天を仰いで嘆息したが、よくよく見ると白旗と思ったのは白い鷺(さぎ)で、何十羽とも知れぬ鷺が頭の上をかすめて、峠を越えようとして飛んできた。それが分かるとほっとするとともに、鷺に驚かされて肝をつぶした憤りが一時に爆発して、おのれ鳥畜生の分際で、畏れ多くも主上のおん頭の上を通るとは何事か。未来永劫この峠を越すことはならぬと叱ると、鷺は引き返して川の上を廻っていった。ここは低い峠で越えればほんのわずかであるが、川は突き出た山裾を三キロばかりも廻っている。それから鷺は決して峠を越えず、川の上を廻っていくので、ここを鷺が廻りと呼ぶ様になった。

◆モチーフ分析

・屋島や壇ノ浦の戦いで敗れた平家の一門の人々が安徳天皇を奉じて吉賀川沿いに落ち延びてきた
・柿木まで辿り着いてほっとしたところを追手に夜討ちされ、おおかた討たれてしまった。それでそこを夜討原と言う様になった
・生き残った人々は天皇を守りながら馬を走らせて道ばたの垣に左の鐙が引っかかって落ちたが、それを拾う暇もなく通り過ぎたので左鐙と呼ぶようになった
・長い戦いで落人になって破れた馬の沓を畳で打ち替えたので沓打場と言う様になった
・追手が落人のことを尋ねたが、村人は落人に同情して、そんなものは見んと言ったので民ヶ谷と言う様になった
・追手の手が緩んだ間に一同が集まって評定したところを集義と言う様になった
・天皇を吉賀川のほとりにある畳石でお休め申し上げ、馬は川向こうの岩の穴に入れて夜を明かした。それで岩の壇を御殿岩または一夜城と呼ぶようになり、岩穴は馬の駄屋と言う様になった
・畳石には大小のくぼみがあるが、これを馬のたらいとか馬の足跡という
・民家で野風呂をたてていたので頼んで天皇を入れたところを風呂ガ原という
・畳石の奥で激しい戦いになったので、そこを軍場と言い、そこから流れる谷を軍場谷と言う様になった
・生き残った人々が晩越峠に辿りついたときは日が暮れようとしていた。遅く越したので晩越峠と呼ぶ様になった
・峠を上がって川下を見ると、源氏の白旗が風にはためいていてびっくりした
・最早これまでと嘆息したが、よく見ると白い鷺で何十羽もの鷺が頭上を越え峠を越えようと飛んできた
・ほっとしたら、鷺に肝をつぶされたことに憤って、主上の上を通るとは何事か、未来永劫この峠を越すことはならぬと叱った
・鷺は引き返して川の上を廻っていった
・低い峠だが、鷺はそれから決して峠を越えず、川の上を廻っていく様になった。そこでここを鷺が廻りと呼ぶ様になった

 形態素解析すると、
名詞:馬 鷺 峠 こと そこ ところ 上 人々 天皇 岩 戦い 畳石 落人 追手 それ 吉賀 壇 川 晩 沓 谷 越峠 軍場 十 ここ これ これまで たらい とき びっくり ほとり もの ガ ノ 一同 一夜城 一門 主上 何 何事 同情 嘆息 垣 夜 夜討 夜討ち 大小 奥 安徳天皇 屋 屋島 岩穴 川下 川向こう 川沿い 左 左鐙 平家 御殿 手 打 日 暇 未来永劫 村人 柿木 民 民家 浦 源氏 畳 白旗 穴 義 肝 評定 足跡 道ばた 野風呂 鐙 間 集 頭上 風 風呂
動詞:言う 呼ぶ する なる 廻る 見る 越える ある いう 入れる 生き残る 越す くぼむ たてる つぶす はためく 上がる 休める 叱る 奉じる 守る 尋ねる 引き返す 引っかかる 憤る 打ち替える 拾う 敗れる 明かす 暮れる 流れる 申し上げる 破れる 緩む 落ちる 落ち延びる 討つ 走る 辿り着く 辿る 通り過ぎる 通る 集まる 頼む 飛ぶ
形容詞:ない 低い 激しい 白い 長い
形容動詞:そんな
副詞:ほっと おおかた よく 最早 決して 遅く
連体詞:この

 平家の落人/源氏の追手構図です。落人―(落ち延びる)―追手という図式です。

 平家の落人たちは吉賀川沿いに落ち延びた[逃亡]。追手に討たれて大勢が亡くなった[損耗]。それらの出来事が地名の由来となっている[地名説話]。鷺の大群を源氏の旗と見間違えもして鷺を叱った[誤認]。

 平家の落人たちにまつわるエピソードが吉賀川流域の地名の由来となった……という内容です。

 発想の飛躍は鷺を源氏の旗と見間違えたことでしょうか。落人―旗―鷺という図式です。

 平家の落人にまつわる地名説話です。ここでは安徳天皇を奉じてとありますが、天皇は壇ノ浦で入水しています。他の貴人の話が転化したものかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.359-360.

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2022年10月19日 (水)

大膳と治部――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、左鐙に大膳と治部という兄弟がいた。大膳は左鐙に、治部は川向こうに住んでいた。大膳はよく治部のところへ遊びに行った。すると治部のところでは、どんな雪の日でも雨風の日でも必ず生魚を出してご馳走した。大膳は不審に思って、いったいどうして手に入れるのかと尋ねた。治部の家の近くにえんこうわいと言って渕の底の岩に一間四角くらいな穴がある。ある晩治部が寝ていると誰か起こすものがある。目を開けて見ると美しい女が枕元へ来ていた。女は自分はえんこうわいにおるえんこうだが、この間の大水で金馬鍬が穴の口へ流れかかって通ることができない。それで子供を養うことが出来ずに困っている。どうか鍬を除けて下さらないか。ご恩は決して忘れないからと言った。治部は、それは除けてやらないことはないが、これからは左鐙の内で子供が一人でもえんこうに取られたという様なことがあったら承知しない。そういうことがあったら馬鍬を除けるどころか三尺の釜をもって塞いでやると言った。女はそういうことは決してしない。どうか除けてくださいと頼むので、それなら除けてやろうと言うと、女はたいそう喜んで、このことは誰にも言ってくださるなと言って帰った。明くる日、治部がえんこうわいへ行ってみると、女が言った通り馬鍬がかかっているので取りのけてやった。えんこうは金物に触ると身体が腐るので金物を恐れるのだった。ところがそれからと言うものは、夏は鮎、冬はいだという様に、麻起きてみると毎日の様に必ず魚が軒下へ吊ってあった。そういう訳でいつも生魚があるのだったが、えんこうに誰にも言わないという約束がしてあるので、言う訳にはいかない。それで大膳が尋ねても、それには訳があって言われないと治部は言った。大膳は兄弟の間で言われないということはない、言えと言う。治部はどういう事があっても言われぬと言う。そうして争っている内に大喧嘩になって、大膳はぷんぷんして帰っていった。大膳が家へ帰って昼寝をしていると治部が抜身を下げてやって来て、いきなり切りかかった。大膳は初めの内は扇子であしらっていたが、危なくなったので、女房に槍をとってくれと言った。女房は慌てて長押の槍をとって差し出す調子に、間違えて治部へ渡した。治部はその槍で大膳を突き殺してしまった。治部は家へ帰ると腹を切って死んだ。大膳は「大膳さま」と言って今も小さな祠に祀ってあるが、大膳さまは女というものはこのようにあさはかなもので、そのために自分は殺されたと言って、女をひどく嫌うので、女は参ってはいけないと言うことである。治部の墓は川向こうの田の中にあるが、そこに田を植えるときにはどんないい天気でも、雨の三粒でも降らなことはないと言う。

◆モチーフ分析

・昔、左鐙に大膳と治部という兄弟がいた
・大膳はよく治部のところへ遊びにいった
・治部のところではどんな夢や雨の日でも必ず生魚を出してご馳走した
・大膳は不審に思って、いったいどうして手に入れるのか尋ねた
・治部の家の近くにえんこうわいという渕の底の岩に一間四角くらいの穴がある
・ある晩治部が寝ていると美しい女が枕元へ来ていた
・女は自分はえんこうわいに棲むえんこうだが、大水で鍬が穴の口へ流れかかて困っている。どうか鍬を除けてくださいと頼んだ
・治部はそれなら左鐙で子供が一人のえんこうに取られないようにしろと言った
・女はそういうことは決してない。ご恩は忘れないと言った
・治部が応じると女は喜んで、このことは誰にも言うなと言って帰った
・明くる日、治部がえんこうわいへ行ってみると、女が言った通り鍬がかかっていたので取りのけてやった
・えんこうは金物が身体に触れると身体が腐るので金物を恐れる
・それからは毎日の様に魚が軒下へ吊ってあった
・えんこうに誰にも言わない約束をしているので言う訳にいかない
・それで大膳が尋ねても言う訳にはいかないと治部は言った
・大膳は兄弟の間で言えぬことないと言い、治部はどうあっても言われぬと返し、大喧嘩になって大膳は帰った
・大膳が家へ帰って昼寝をしていると、治部が抜身を下げて切りかかった
・大膳は扇子であしらっていたが、女房に槍をとってくれと言った
・女房は間違えて槍を治部へ渡してしまう、治部はその槍で大膳を突き殺した
・治部は家へ帰ると腹を切って死んだ
・大膳は小さな祠に祀ってあるが、女を嫌うので、女は参ってはいけないと言われている
・治部の墓は川向こうの田の中にあるが、田を植えるときは少しでも雨が降るという

 形態素解析すると、
名詞:治部 大膳 えんこう 女 こと 家 槍 鍬 それ ところ わい 兄弟 女房 穴 訳 誰 身体 金物 雨 かて ご恩 ご馳走 とき 一人 一間 不審 口 四角 墓 夢 大喧嘩 大水 子供 少し 岩 川向こう 左 左鐙 底 扇子 手 抜身 日 明くる日 昔 昼寝 晩 枕元 毎日 渕 生魚 田 田の中 祠 約束 腹 自分 軒下 近く 通り 鐙 間 魚
動詞:言う いう する 帰る ある いく 尋ねる あしらう いける いる かかる とる なる やる 下げる 入れる 出す 切りかかる 切る 参る 取りのける 取る 吊る 困る 嫌う 寝る 忘れる 応じる 思う 恐れる 来る 棲む 植える 死ぬ 流れる 渡す 祀る 突き殺す 腐る 行く 触れる 返す 遊ぶ 間違える 降る 除ける 頼む
形容詞:ない 美しい
形容動詞:どんな
副詞:どう いったい そう よく 喜んで 必ず 決して
連体詞:ある この その 小さな

 治部/えんこう、治部/大膳の図式です。えんこう―魚―治部―大膳という図式です。

 渕の底の鍬を取り除いてやった[救難]治部の家にはそれからえんこうの獲った魚が届けられた[お礼]。どんな天候の日でも手に入ることを不審に思った大膳が訳をたずねる[質問]。治部は言わないとい約束があるから言えない[拒否]。喧嘩になって治部は大膳を殺し[殺害]、自分は腹を切って死んだ[自刃]。

 言え言わないの喧嘩から殺し合いとなってしまった兄弟だった……という内容です。

 発想の飛躍はえんこうが金物が苦手で鍬を取り除けられないということでしょうか。えんこう―鍬―治部の図式です。大膳の女房が槍を間違えて渡すのもそうでしょうか。女房―槍―大膳/治部の図式です。

 えんこうがお礼に魚を持ってくるという筋ですが、持ってくるところをこっそり見たら、それから来なくなったというものがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.356-358.

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2022年10月18日 (火)

牛首――モチーフ分析

◆あらすじ

 牛首は下横道から三キロほど登った山の上で、昔はここに田が七反ほどあって家が一軒あった。少し行くと峠があって、向こうは匹見の内谷である。昔、年の暮れの大雪の日にこの家では正月餅をついていた。すると、雪の中を赤い毛布(けっと)を着た男が下から上がってきた。男は寒くはあるし、雪道を歩いてくたびれたので、家へ立ち寄って少し休ませてくださいと言った。それは寒かったろう。中へ入って火に当たりなさいと家の人たちは上へ上げて当たらせ、搗き立ての餅をご馳走した。男は馬喰だった。ゆっくり暖まり、餅をご馳走になったのでたいそう喜んだ。しばらくすると首にくくりつけていた風呂敷包みをあけて金を勘定した。中には家の人が見たこともないような、沢山の金が入っていた。この家には若い者が二人いたが、それを見ると、火縄筒を持って上の山へ上がっていった。馬喰はやがて礼を言って外へ出た。そして峠を上がると左へ曲がって、尾道を下左鐙(しもさぶみ)の方へ歩いていった。すると途中に若い者が待ち伏せをしていて、鉄砲で撃ち殺し、金をとって死体は下の谷へ蹴落としてしまった。こうして思いがけない大金を手に入れたが、それからこの家には良くないことが続き、生まれる子供は皆障害者で、とうとう絶えてしまった。その後、田は内谷から来て作ったが、家で昼寝をしていると必ず若い者が二人で餅をついて見せるので、気味が悪くなって家を解いてしまった。

◆モチーフ分析

・峠に近い牛首にある家では年の暮れの大雪の日に餅をついていた
・雪の中を赤い毛布を着た男が下から上がってきた
・男は寒く、くたびれたので家へ立ち寄って休ませて欲しいと言った
・家の人たちは男を上へ上げて火に当たらせ、餅をご馳走した
・男は馬喰で、風呂敷包みには家の者が見たこともないような大金が入っていた
・家の若い者が二人、それを見て火縄筒を持って上の山へ上がっていった
・馬喰は礼を言って外へ出た
・そして峠を上がると下左鐙の方へ歩いていった
・途中で若者が待ち伏せしていて鉄砲で馬喰を撃ち殺し金をとった
・大金を手に入れたが、この家には良くないことが続き絶えてしまった
・その後、匹見から人が田を作っていたが、昼寝をすると若い者が二人で餅をついて見せるので気味が悪くなって家を解いてしまった

 形態素解析すると、
名詞:家 男 者 餅 馬喰 こと 二人 人 大金 峠 ご馳走 それ 上 上の山 下 下佐 中 匹見 外 大雪 年の暮れ 後 手 方 日 昼寝 毛布 気味 火 火縄 牛首 田 礼 若者 途中 金 鉄砲 鐙 雪 風呂敷
動詞:上がる つく 見る 言う ある くたびれる する とる 上げる 休む 作る 入る 入れる 出る 当たる 待ち伏せる 持つ 撃ち殺す 歩く 着る 立ち寄る 絶える 続く 見せる 解く
形容詞:若い ない 寒い 悪い 欲しい 良い 赤い 近い
連体詞:この その

 家の者/馬喰の構図です。家の者―若者―大金―馬喰の図式です。

 雪の日に休憩を求めた[要請]馬喰を牛首の家の者は歓待する[歓迎]。馬喰が金を勘定する[露見]とそれを見ていた若者が火縄銃を手に取る[準備]。馬喰が出て、下左鐙方面へ歩いていくと若者が待ち伏せし撃ち殺してしまった[殺害]。大金を手に入れた家の者だが、それから良くないことが続き家が絶えてしまった[衰運]。

 思わぬことで大金を得た牛首の家の者だが、それから良くないことが続いて家が絶えてしまった……という内容です。

 発想の飛躍は馬喰が金を勘定することでしょうか。馬喰―大金―若い者の図式です。うっかり大金を人の目に晒してしまうことで不幸を招き寄せてしまうのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.354-355.

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昔話の理論の解説が豊富――トンプソン「民間説話―理論と展開―」

トンプソン「民間説話―理論と展開―」上下巻を読む。アールネ/トンプソン(AT)のトンプソン。

まず上巻では世界に分布する昔話が200話ほど取り上げられる。残念ながら極東に関する記述は少ない。これは執筆当時、第二次大戦前後だけれど、日本の昔話がまだ海外であまり紹介されていなかった(国内では柳田国男を中心に昔話の採取が進められていた)事情によるもの。第二次大戦の影響もあるだろう。下巻では北米のインディアン(と表記されているが、現在ではネイティブアメリカンの方が適切か)の説話が取り上げられ、後半は執筆当時の民間説話の理論が紹介される。これが一番ありがたかった。

執筆された時代的にフィンランド学派の歴史地理的手法に準拠した形で述べられている。実際、著者はアールネが志半ばで逝去したため、彼のタイプ・インデックス(話型索引)を増補し、更にモチーフ・インデックス(説話モチーフ索引)をまとめている。アールネたちがタイプに注目して分析していたのに対し、トンプソンはモチーフを重視した分析を行っている。

昔話の研究はグリム兄弟にはじまると言っていいだろう。昔話が世界各国で収集され、類話が比較され分布状況が明らかとなる。そうすると昔話の類話が世界中に分布していることが明らかになる。これは二つの考え方があるだろう。一つはそれぞれの類話は人間は同じ様なことを考えるという点で別個独立に成立したものであるという見方。二つ目に起源は明らかでないが、どこかで発生した昔話が世界中に伝播していったと考える見方の両方が取り得る。

例えば、北米インディアンの説話はユーラシア大陸の影響を受けていないと見られるが、実際には宣教師や開拓者などから欧米の影響が見られる話も一部存在するのである。

それから十九世紀の欧米では昔話のインド起源説が主流になる。『ジャータカ』『パンチャタントラ』といった説話集の存在がある。これは時代的に比較言語学、比較神話学などの影響が大きいだろう。背景として、インド・ヨーロッパ語族という分類が打ち立てられ、インドのサンスクリット語が高く評価されたのである。ただ、エジプトやオリエントもインドより古いこともあって、インドは重要な中心ではあるが、全てではないという風に認識が変わっていく。また、説話を太陽や天体に対する信仰から発したという解釈が登場するが、これも牽強付会的であると批判されるのである。そういった点で十九世紀の昔話に関する理論はあらかた否定されてしまうのである。

フィンランド学派の歴史地理的手法は昔話の類話を収集し、共通点、相違点などを挙げて分析していく手法である。そして昔話を波動的にゆっくりと伝播していくとの見方をしている。これに対し、フォン・シードウは伝播者の移動によるところが大きいと主張している。

時代的にはロシアのプロップも既に昔話の形態論を上梓していたのだけど、1950年代に英訳されるまで欧米では知られていなかった。

僕が読んだのは古い文庫本だが、「民間説話」は現在単行本が発売されている。ちょっとお高いが、昔話の理論に興味のある人にとって入手する意義は大きいだろう。

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2022年10月17日 (月)

なれあい観音――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、伊源谷(いげんだに)の奥に高くそびえている安蔵寺山に禅寺があって、坊さんが修行をしていた。ある年酷い雪が降って、寺は雪に閉じ込められた。しまいには食物がなくなってしまったが、何しろ高い山に深い雪で、麓の家のあるところへ下りることができない。もう飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めていた。そうして何日も物を食べることができず弱りきっているところへ、一匹の鹿が姿を現した。和尚は喜んで鹿に向かって自分はもう長いこと何も食わずに、ひもじくて死ぬのを待つばかりになっている。まことに済まないが、お前のももの肉(み)を少し食べさせてはくれまいかと言った。すると鹿はこっくりうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えて鹿のももの肉をもらい、それを煮て食べてようやく命を繋いだ。春になって、ようやく伊源谷辺りでは雪が溶け、鶯(うぐいす)も鳴く季節になった。村の人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困ったことだろうと言って、色々な食物を持って安蔵寺山へ登った。そして和尚を訪ねたところ、和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした。長い雪の下でさぞ難儀だったろうと思ったが、ことのほか元気でよかったと言うと、和尚は実は鹿のものの肉を食べて、それでこんなに元気だったと得意そうに話した。そしてお前たちもひとつその鹿の肉を食べてみないかなと言って戸棚から出してきたのを見ると、それはこけら(木の削りかす)だった。和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ。ところが不思議なことに、観音のももから血がたらたらと流れているのである。ああ、あの鹿は観音さまであったのかと和尚は初めてそのことに気づくと、あまりのもったいなさに涙を流しながら、なれあい、なれあいと唱えながら震える手でももを撫でると元の通りになった。

◆モチーフ分析

・安蔵寺山に禅寺があって坊さんが修行していた
・ある年雪が酷く降って、寺は雪に閉じ込められてしまった
・食料が無くなってしまったが、深い雪で麓の家のあるところまで下りられない
・飢え死にするより仕方ないと覚悟を決めて何日も物を食べることができずに弱りきっていた
・そこへ一匹の鹿が姿を現した
・和尚は鹿にひもじくて死ぬのを待つばかりになっているので、ももの肉を少し食べさせてくれないかと言った
・鹿はうなずいたので和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えて鹿のもも肉をもらい、それを食べて命を繋いだ
・春になってようやく雪が溶けた
・村人たちは長い雪の下で和尚はさぞかし困っただろうと言って、食物を持って安蔵寺山へ登った
・村人たちは和尚が案外元気でいるのを見てびっくりした
・和尚は実は鹿の肉を食べたのだと言って、村人たちに食べてみないかと戸棚から取り出すと、それはこけら(木の削りかす)だった
・和尚はびっくりして、ご本尊の観音の前へ行って拝んだ
・不思議なことに観音のももから血がたらたらと流れてした
・あの鹿は観音さまであったかと和尚は気づいた
・もったいなさに涙を流しながら、なれあいと唱えながらももを撫でると元通りになった

 形態素解析すると、
名詞:和尚 鹿 雪 もも 村人 観音 こと それ びっくり 安蔵 寺山 肉 一 こけら ご本尊 そこ ところ もも肉 不思議 何日 修行 元気 元通り 前 南無阿弥陀仏 命 坊さん 姿 家 寺 少し 年 戸棚 春 木 涙 物 禅寺 血 覚悟 雪の下 食料 食物 飢え死 麓
動詞:食べる 言う ある する なる 唱える いる うなずく かす だつ できる なれあう もらう 下りる 削る 取り出す 困る 弱りきる 待つ 拝む 持つ 撫でる 死ぬ 気づく 決める 流す 流れる 溶ける 無くなる 現す 登る 繋ぐ 行く 見る 閉じ込める 降る
形容詞:ひもじい もったいない 仕方ない 深い 酷い 長い
形容動詞:たらたら
副詞:さぞかし ようやく 喜んで 実は 案外
連体詞:あの ある

 和尚/鹿/観音の構図です。抽象化すると、僧侶/動物/神仏です。和尚―もも肉―鹿、和尚―こけら―観音といった図式です。

 大雪で寺に閉じ込められた[封鎖]和尚は食物が尽き飢え死に寸前だった[餓死寸前]。そこに出てきた鹿にもも肉を分けてもらって命を繋いだ[犠牲]。雪が溶け[封鎖解除]村人たちがやってきた[来訪]。和尚は鹿のもも肉を見せたが[提示]、それはこけらだった[露見]。見ると、本尊の観音のももが削られていた[啓示]。

 雪に閉じ込められ餓死寸前だった和尚は鹿のもも肉で命を繋ぐが、鹿は観音の化身だった……という内容です。

 発想の飛躍は鹿が観音の化身だったことでしょうか。和尚―もも肉(こけら)―鹿(観音)の図式です。この伝説では僧侶が肉食することは特にとがめられていません。舞台は石見地方西部ですが匹見町辺りは雪深い土地だそうです。ちなみに匹見町はわさびの産地です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.352-353.

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2022年10月16日 (日)

売れる秘訣――『ベストセラーコード 「売れる文章」を見極める脅威のアルゴリズム』

アーチャー/ジョッカーズ『ベストセラーコード 「売れる文章」を見極める脅威のアルゴリズム』を読む。米国の500冊のベストセラーと4500冊の非ベストセラーを読み込み、計量文献学の手法で分析した本。

日本だと小説投稿サイトを分析したら面白いのではないかと思う。ウェブ小説は従来の売れるセオリーとは異なる傾向の作品が受ける傾向にあるからだ。といっても、小説投稿サイトにおける異世界とはゲームで馴染みのある舞台なのだけど。

まず形態素解析が行われるという点では当ブログでも関わりがあると言えるのだけど、それ以降は高度な数学が用いられるようだ。そういう点では文系かつ事務系の自分には手が出ない領域となる。

ただ、コンピュータは人間が読んでいるように本を読める訳ではないので、旧来の読み方が無効になった訳ではない。煩雑すぎて人間の手では処理できない領域の話となる。

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そばの登城――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた。平内は蕎麦(そば)が大変好きだった。ある年の夏、用事があって供を一人連れて隣の長門国徳佐へ行った。津和野の町を出はずれると野坂の峠へ差しかかった。この峠は約一里半、片側は木がいっぱい茂り、片側は切り立った絶壁である。ちょうど夏の暑い日中のことで、しばらく登ると一人の樵夫(きこり)がふんどし一つになって道ばたの木陰で昼寝をしていた。すると、さっと生臭い風が吹いて上から大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた。平内も供のものもびっくりした。あまり恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない。ただ、物陰から様子を見ているばかりであった。その内に蛇は樵夫をすっかり呑み込んでしまった。大きな蛇ではあったが、なにしろ一人呑んだので腹がはち切れるばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった。しばらくすると蛇はするすると谷底へ下りていった。平内もようやく元気を出して、その跡をつけていった。蛇は谷底へ下りると水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた。すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、蛇はするすると山の中へ入って見えなくなった。平内はこれを見て、蛇の食べた草は腹がいっぱいになったときこれを治す神薬であろうと思って、そこらにある蛇が食べた草をとって、腰の印籠(いんろう)に入れた。それから峠を登り、徳佐へ行って用事を済ませて帰った。その年の大晦日になった。平内の家でも年越しの蕎麦を祝った。平内は大好きなので、歩くこともできないほど食べた。一夜明けると元旦である。平内はお正月のお礼にお城へ登らなければならないので麻上下(かみしも)をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていない。そこで控えの間で待っていた。ところが昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない。ふと思い出したのは印籠に入れておいた、野坂の峠の薬草のことであった。さっそく腰の印籠からつまみ出して一口頬張った。しばらくたって第二番目に登場した椋(むく)五郎左衛門が控えの間へ入って見ると、一人の侍が座っている。挨拶をしたがいっこうに返事がない。不思議に思ってよく見ると、九枚笹の定紋の麻上下をつけて、大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった。大勢集まってよく調べてみると、神薬の効き目が強くて身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった。

◆モチーフ分析

・津和野の城主亀井隠岐守の家中に豊田平内という百二十石取りの侍がいた
・平内は蕎麦が大好きだった
・ある年の夏、用事があって供を一人連れて長門国徳佐に行った
・津和野の町外れにある野坂の峠へ差しかかった
・この峠は一里半、片側は木がいっぱいで片側は切り立った絶壁である
・一人の樵夫がふんどし一丁になって木陰で昼寝をしていた
・生臭い風が吹いて大きな蛇が下りてきて樵夫を頭から呑みはじめた
・あまりに恐ろしいので身体がすくんで樵夫を助けることも逃げることもできない
・大きな蛇ではあったが、人を一人呑んだので腹がはち切れんばかりに膨らみ、いかにも苦しそうであった
・蛇はするすると谷底へ下りていった
・平内が跡をつけていくと、蛇は谷底に下り水のほとりに茂っている青草を喰いはじめた
・すると腹はだんだん小さくなって元のようになり、山の中へ入って見えなくなった
・平内はこれを見て蛇の食べた草は腹がいっぱになったときにこれを治す神薬だろうと思った
・平内は蛇が食べた草をとって、腰の印籠に入れた
・その年の大晦日になった
・平内の家でも年越しの蕎麦を祝い、平内は歩くこともできないほど蕎麦を食べた
・元旦は正月のお礼に城へ登らなければならないので、上下をつけて御殿へ行ったが、まだ早いので誰も来ていなかった
・そこで控えの間で待っていた
・昨晩の蕎麦が腹いっぱいで苦しくてたまらない
・ふと薬草のことを思い出し、腰の印籠からつまみ出して一口頬張った
・しばらく経って二番目に登場した侍が控えの間へ入ってみると、一人の侍が座っている
・挨拶をしたが、いっこうに返事がない
・不思議に思ってよく見ると、上下をつけて大小を差してきちんと座っているのは人間ではなくて蕎麦であった
・よく調べてみると、神薬の効き目が強くで身体が溶け、蕎麦だけが残ったのだった

 形態素解析すると、
名詞:平内 蕎麦 蛇 こと 一人 侍 樵夫 腹 一 これ 上下 印籠 峠 年 津和野 片側 神薬 腰 草 谷底 身体 間 120 いっぱ いっぱい お礼 そこ とき ふんどし ほとり 一口 不思議 中 亀井 二番目 人 人間 佐 供 元 元旦 効き目 半 国徳 城 城主 夏 大小 大晦日 守 家 家中 山 年越し 御殿 挨拶 昨晩 昼寝 木 木陰 正月 水 用事 町外れ 登場 石取り 絶壁 腹いっぱい 薬草 誰 豊田 跡 返事 野坂 長門 隠岐 青草 頭 風
動詞:する ある つける なる 食べる できる 下りる 入る 呑む 座る 思う 控える 行く 見る いう いる すくむ つまみ出す とる はち切れる 下る 入れる 切り立つ 助ける 吹く 喰う 差しかかる 差す 待つ 思い出す 来る 歩く 残る 治す 溶ける 登る 祝う 経つ 膨らむ 茂る 見える 調べる 逃げる 連れる 頬張る
形容詞:ない 苦しい たまらない よい 小さい 強い 恐ろしい 早い 生臭い
形容動詞:大好き
副詞:あまり いかに いっこうに かりに きちんと しばらく だんだん ふと まだ よく
連体詞:大きな ある この その

 平内/薬草/蕎麦の構図です。抽象化すると、主人公/薬/食物でしょうか。蛇―薬草―樵夫、平内―(溶ける)―薬草―蕎麦といった図式です。

 大蛇が樵夫を呑んだ[捕食]後で薬草を食べて消化した[消化]のを見て[目撃]、平内は薬草を持ち帰る[獲得]。大晦日、蕎麦をたらふく食べた[大食]平内は元旦には登城した[出仕]。腹が苦しいので薬草を飲んだところ[服用]、蕎麦が溶けずに身体が溶けてしまった[溶解]。

 人をも溶かす薬草を服用した平内だったが、自身の身体が溶かされてしまった……という内容です。

 津和野の伝説の体裁をとっていますが、内容は「とろかし草」です。発想の飛躍は人をも溶かす薬草でしょうか。蛇―薬草―樵夫の図式です。

 この話はとろかし草の話があって成立したものと思われますので、津和野藩の蕎麦好きの侍という設定ととろかし草との組み合わせが着想の源かもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.350-351.

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2022年10月15日 (土)

湯の谷――モチーフ分析

◆あらすじ

 畑迫(はたがさこ)街道を市ノ尾から分かれて戸谷道を嘉年(かね)に向かっていくと湯谷(ゆだに)という所がある。ここには少しばかり温度の低い温泉が出ているが、これが見つかったのは元禄時代のことだった。この辺りは寂しい山の中の雪の深いところだった。ところが湯谷の辺りはいくら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた。この辺りに一人の山伏がいた。ある時一匹の鹿が湯気の出るところにうずくまっていた。鹿は山伏を見ると逃げ出したが、びっこを引いていた。ところが明くる日になると、鹿はまた同じところへ来てうずくまっている。山伏は不思議に思って、そこへ行ってみると湯が湧き出ているのだった。鹿はそれから二三日続けて来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった。山伏はそのことを村の人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった。とうとうそのことが津和野の殿さまの耳に入った。殿さまは一般の者の入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした。そして、この湯は色々な病によく効くことが分かってきた。そこで殿さまはこんなに病気によく効く湯を自分だけで使うのはもったいないと、元のように一般の人も入られるようにしたので、ますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった。そのうちに山伏は湯を見つけたのは自分だというので、湯に入る人から湯銭をとることにした。そしてどんどん金を儲けたので、その土地を持っている百姓は、湯は自分の土地にあるのだから湯銭は土地の持主である自分が取るのが本当だと言った。山伏は土地はお前の土地だが、これを見つけたのは自分だから、それで取っているのだと言った。しかし百姓は承知しない。そこで山伏はそれでは湯銭は半分半分にとることにしようと言ったが、百姓はどこまでも土地の持主がとると言って聞かない。そこで山伏は腹を立てて、そういうことなら、これは自分が見つけたものだから、真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った。山伏は一匹の猿を可愛がって飼っていたが、その首を斬って湯の中へ投げ込み、一心に祈った。猿の生首は湯の中を浮きつ沈みつ歯を食いしばり白い眼玉を向いて、天の一方をにらんだ。それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった。そして繁昌した温泉も来る人もなく、湯の谷、猿の谷という名だけが残った。

◆モチーフ分析

・湯谷には少しばかり温度の低い温泉が出ている
・これが見つかったのは元禄時代のことだった
・この辺りは雪の深いところだったが、湯谷の辺りは幾ら雪が降ってもすぐ消えて、雪の間から湯気が出ていた
・この辺りの一人の山伏がいた
・ある時一匹のびっこを引いた鹿が湯気の出るところにうずくまっていた
・鹿は山伏を見ると逃げ出したが、明くる日になるとまた同じところへ来てうずくまっていた
・山伏が不思議に思ってそこへ行ってみると、湯が湧き出ていた
・鹿はそれからも来ていたが、その内にびっこもすっかり治って来なくなった
・山伏がそのことを村人たちに知らせたので、だんだん人が入りに来るようになった
・そのことが殿さまの耳に入って、一般の者が入るのを禁止して、殿さまの湯治場として時々入りにくることにした
・この湯は色々な病によく効くことが分かってきた
・殿さまは自分だけで使うのはもったいないと元のように一般の人も入られるようにした
・湯治場はますます繁昌し、大勢の人が入浴に来るようになった
・山伏は湯を見つけたのは自分だと言って、湯に入る人から湯銭を取ることにして金を儲けた
・その土地を持っている百姓は湯は自分の土地にあるのだから、湯銭は土地の持主である自分が取るべきだと言った
・山伏はそれでは湯銭を半分半分にとることにしようと言った
・百姓はどこまでも土地の持ち主が取ると言って聞かない
・腹を立てた山伏はそういうことなら真言秘密の法力によって湯を封じてやると言った
。山伏は可愛がっていた猿の首を斬って湯の中へ投げ込み一心に祈った
・それから湯は急にぬるくなって、ほんの少ししか出なくなった
・繁昌した温泉も来る人もなく湯の谷、猿の谷という名だけが残った

 形態素解析すると、
名詞:湯 こと 山伏 人 土地 自分 ところ 殿さま 湯銭 辺り 雪 鹿 それ びっこ 一般 半分 少し 温泉 湯気 湯治場 湯谷 猿 百姓 繁昌 谷 一 これ そこ だんだん 一人 不思議 中 元 元禄時代 入浴 内 名 大勢 幾ら 持ち主 持主 明くる日 村人 法力 温度 病 真言 禁止 秘密 者 耳 腹 色々 金 間 首
動詞:入る 来る する 言う 出る 取る いう うずくまる ある いる くる とる なる よる 使う 儲ける 分かつ 効く 封じる 引く 思う 投げ込む 持つ 斬る 残る 治る 消える 湧き出る 知らせる 祈る 立てる 聞く 行く 見つかる 見つける 見る 逃げ出す 降る
形容詞:ない ぬるい もったいない よい 低い 可愛い 深い
形容動詞:同じ
副詞:ある時 すぐ すっかり そう どこまでも ますます また 一心に 急に 時々
連体詞:それから

 山伏/鹿、殿さま/一般、山伏/百姓の構図です。抽象化すると、人間/動物、支配者/民衆、主人公/対立者でしょうか。山伏―湯―鹿、殿さま―湯―一般、山伏―湯―百姓という図式です。

 鹿が傷を癒やしている[治癒]ことから山伏が温泉を発見[発見]、繁昌する[繁昌]。ある時は津和野の殿さま専用となったが[専有]後に一般に開放される[開放]。湯銭の取り分を巡って山伏と土地の持ち主の百姓が争い[争議]、腹をたてた山伏は真言の法力によって湯を封じてしまった[封印]。

 湯銭の取り分を巡って発見者の山伏と土地の持ち主の百姓が争い、腹を立てた山伏が法力で封印してしまった……という内容です。

 発想の飛躍は山伏の法力でしょうか。山伏―法力―猿の首―湯といった図式です。切られた猿の首の描写が見事です。辺りを掘ればまだ温泉が湧いてくるかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.348-349.

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2022年10月14日 (金)

八畔の鹿――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、人皇四十二代文武(もんむ)天皇の御代に筑紫(ちくし)の国に悪い鹿がいた。足は八本あり、赤い毛は一尺以上もあり、眼は鏡の様に輝き、口は裂けて箕(み)の様であった。竜や虎の様に天を駆け地を走り、鳥や獣や人間までとって食った。これを八足八畔(やくろ)の鹿といった。そのため人々は恐ろしくて田畑も作れなくなった。このことが朝廷へ聞こえて朝廷では藤原実方、藤原為方の二人に鹿を退治するように命じた。二人は江熊太郎という北面の武士の中でも最も武勇の優れた侍を連れて筑紫へ下った。江熊は深い山の中へ分け入って鹿を探し、退治しようとしたが、なかなか退治することができない。鹿は小倉から山口へ渡り、長門の国、周防の国へ入り、都濃郡鹿野の庄を通って石見の国の奥にある志賀の庄の大岡山に向かった。そして大岡山の西側の三つ岩に立て籠もった。太郎はこれを追って田少の金五郎岩に迫り毒矢を放った。矢はあやまたず悪鹿に当たった。鹿が竜になって金五郎岩に取りすがるところを、江熊は次の矢で射止めた。すると四方を雲霧が覆い、天地が激しく揺れ動き、この悪気に触れて江熊は死んでしまった。実方、為方はこれを聞いて駆けつけ、悪鹿の死骸を調べて埋めた。角は落として死骸は田の畦(あぜ)に埋めた。鹿の姿を写して名目を記して祭礼をし、墨の余りをそこの滝に流した。それで墨流れといって黒い墨の筋が岩に残っている。また、鹿は柚(ゆず)の木の下で解いたので、ここでは柚の木が生えないと言う。村の人たちは勇士江熊太郎の霊を金五郎岩に祀った。これを荒神明神と言う。また、鹿の霊を神に祀った。この社を鹿大明神と言って、立戸と七日市にある。立戸の鹿大明神は後に八幡宮に合祀されたが、八幡宮には社宝として八畔鹿の角がある。鹿大明神は霊験あらたかで、村人の願い事を叶えるので、はじめ悪鹿(あしか)といったのを吉鹿(よしか)と言う様になった。それからこの地方を吉鹿と言う様になった。

◆モチーフ分析

・文武天皇の御代に筑紫の国に八本足の悪い鹿がいた
・鳥や獣は人間までとって食った
・八足八畔の鹿という
・悪鹿を恐れた人々は田畑も作れなくなった
・朝廷では藤原実方、藤原為方の二人に鹿を退治するように命じた
・江熊太郎という北面の武士を連れて筑紫へ下った
・江熊は山の中へ分け入って鹿を探し退治しようとしたが、なかなか退治することができなかった
・鹿は小倉から長門、周防の国に入り、石見の国の志賀の庄の大岡山へ向かった
・鹿は大岡山の三つ岩に立て籠もった
・太郎は鹿を追って金五郎岩に迫り毒矢を放った
・毒矢はあやまたず悪鹿に当たった
・鹿が竜になって金五郎岩に取りすがったところを江熊は次の矢で射止めた
・四方を雲霧が覆い、天地が激しく揺れ動き、悪気に触れて江熊は死んでしまった
・実方、為方はこれを聞いて駆けつけ、悪鹿の死骸を調べて埋めた
・角は落として死骸は田の畦に埋めた
・鹿の姿を写して名目を記して祭礼をし、墨の余りを滝に流した
・鹿は柚の木の下で解体したので、ここでは柚の木が生えない
・村人たちは江熊太郎の霊を金五郎岩に祀った
・また鹿の霊を神に祀った
・鹿大明神は霊験あらたかだったので、悪鹿を改め吉鹿と言う様になった

 形態素解析すると、
名詞:鹿 江熊 岩 八 国 太郎 退治 金五郎 大岡 実方 木 柚 死骸 毒矢 為方 筑紫 藤原 霊 あや ここ こと これ ところ 三つ 下 中 二人 人々 人間 余り 北面 吉鹿 名目 周防 四方 墨 大明神 天地 姿 小倉 山 庄 御代 志賀 悪気 文武天皇 朝廷 村人 次 武士 滝 獣 田 田畑 畔 畦 矢 石見 神 祭礼 竜 角 解体 足 長門 雲霧 霊験 鳥
動詞:いう する 埋める 祀る いる できる とる なる まつ 下る 作る 入る 写す 分け入る 取りすがる 向かう 命じる 射止める 当たる 恐れる 探す 揺れ動く 改める 放つ 死ぬ 流す 生える 立て籠もる 聞く 落とす 覆う 触れる 言う 記す 調べる 迫る 追う 連れる 食う 駆けつける
形容詞:悪い 激しい
形容動詞:あらたか
副詞:なかなか また
接頭辞:悪

 八畔鹿/江熊太郎/藤原実方/藤原為方といった構図です。抽象化すると、妖怪/武士でしょうか。八畔鹿―退治―江熊太郎という図式です。また、悪鹿―八畔鹿―吉鹿ともできるでしょうか。

 筑紫の国から石見の国に入った[逃亡]悪鹿[妖怪]を北面の武士の江熊太郎が追った[追跡]。江熊は金五郎岩で悪鹿を射止めた[退治]。が、天地が震動し[鳴動]、悪気が発生[触穢]、江熊は死んでしまった[死亡]。その後、鹿を神として祀ったところ霊験あらたかであった[祭祀]。

 悪鹿を見事射止めた江熊太郎だったが、その悪気に触れて死んでしまった……という内容です。

 発想の飛躍は八畔の鹿自体でしょうか。八足―鹿―(食う)―鳥/獣といった図式です。

 奇鹿神社は七日市と旧柿木村にあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.346-347.

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2022年10月13日 (木)

邯鄲夢の枕――モチーフ分析

◆あらすじ

 美濃郡高城村の薄原(すすきばら)にある薄原城は平家の落武者という斎藤隠岐守の居城であった。斎藤家には家重代の宝として世にも名高い邯鄲(かんたん)夢の枕があった。これを枕にあてて眠ると、それから三日後におこる出来事まで分かるという貴い宝で、戦争をするにもこれを使って計略を進めることができた。それで周囲の城主と戦っても一度も負けたことがなく、その豪遊は近隣に鳴り響いていた。同じく高城村の三星にある三星城の城主には初音姫という世にも稀な美しい姫があった。隣国の城主たちから妻に迎えたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった。ところが斎藤隠岐守は最愛の奥方が亡くなったので、その後添えに初音姫を頂きたいと申し込んだ。三星城主はこれを聞くと、いいことができたと内心喜んだが、中々首を縦には振らなかった。ある日初音姫を一室に呼んで、斎藤家には家重代の宝邯鄲夢の枕という世にも珍しい宝がある。あの鬼の様な隠岐守のところへ嫁ぐのは気が進まないであろうが、ひとつ嫁いで、機会をみて枕を取り出し父に渡してくれないかと頼んだ。姫には密かに思っている若い武士がいたが、父のたっての願いに仕方なく嫁ぐことにした。こうして初音姫は薄原城に輿(こし)入れをしたが、夫の隠岐守は片時もその枕を離さず、奪いとる機会がなかった。そうして六年の年月が流れた。真夏の焼けるような暑い日であった。隠岐守は土用干しをしようというので、自分で名器や書物などを城の櫓に晒してから居間にかえって昼寝をしていた。しばらくして隠岐守は慌ただしく姫に揺り起こされた。夕立が来る。虫干しの品を早く片づけよ。見ると向こうの峯から黒い雲が空を覆って今にも雨が落ちてきそうな気配だ。隠岐守は跳ね起きると、枕にしていた邯鄲夢の枕をそのままにして高い櫓へ登っていった。姫はその枕を手にとると、六年間夫として仕えた隠岐守に心で詫びながら城を抜け出て無事に三星城へ帰った。枕を手にいれた三星城主は間もなく隠岐守を攻めたが、これまで威勢が並ぶ者がなかった隠岐守も力がなく、遂に落城し立浪山に立て籠もって戦う内に刺客に刺されてはかない最後を遂げた。薄原には隠岐園さまという小さな祠がある。これは隠岐守を祀ったもので、津和野の城主を隠岐守と言ったのでこれをはばかって隠岐園さまと改めたということである。このことがあってから薄原と三星では縁組をしない様になった。

◆モチーフ分析

・薄原城の城主斎藤隠岐守には家宝として邯鄲夢の枕があった
・この枕をあてて眠ると、三日後におこる出来事までが予知できた
・戦争をする際には夢の枕を使って計略を進めることができた
・枕のおかげで周囲の城主たちと戦っても一度も負けたことがなかった
・同じ高城村の三星城の城主には初音姫という美しい姫がいた
・妻に迎え入れたいという申し入れが引きも切らずにあったが、父の城主はなかなか許さなかった
・斎藤隠岐守の奥方が亡くなり、後添えに初音姫を所望した
・城主は初音姫を呼んで斎藤家には家宝の邯鄲夢の枕がある。機会をみて枕を奪取してくれと頼んだ
・姫は仕方なく嫁ぐことになった
・初音姫は薄原城に輿入れしたが、斎藤隠岐守は枕を片時も離そうとせず奪い取る機会がなかった
・そうして六年が経った
・真夏の暑い日、土用干しをするため、名器や書物などを櫓に晒して、隠岐守は昼寝をしていた
・夕立がきたと初音姫が隠岐守を慌ただしく揺り起こした
・隠岐守は跳ね起きると、夢の枕をそのままにして櫓へ登っていった
・姫は夢の枕を手に取ると、城を抜け出し三星城へ帰った
・三星城主は隠岐守を攻めたが、隠岐守は力がなく落城した
・隠岐守は刺客に刺されてはかない最後を遂げた
・このことがあってから薄原と三星では縁組みをしないようになった

 形態素解析すると、
名詞:守 枕 隠岐 姫 城主 初音 夢 こと 三 斎藤 三星 家宝 星城 機会 櫓 薄原 邯鄲 六 おかげ ため 一度 予知 出来事 刺客 力 原城 名器 周囲 土用干し 城 夕立 奥方 奪取 妻 後 戦争 所望 手 斎藤家 日 昼寝 書物 最後 村 父 片時 真夏 縁組み 落城 薄 計略 輿入れ 際 高城
動詞:する ある いう あてる いる おこる くる できる なる みる 亡くなる 使う 切る 刺す 取る 呼ぶ 奪い取る 嫁ぐ 帰る 引く 戦う 抜け出す 揺り起こす 攻める 晒す 申し入れる 登る 眠る 経つ 許す 負ける 跳ね起きる 迎え入れる 進める 遂げる 離す 頼む
形容詞:ない はかない 仕方ない 慌ただしい 暑い 美しい
形容動詞:同じ
副詞:そう そのまま なかなか
連体詞:この

 斎藤隠岐守/枕/初音姫の構図です。抽象化すると、夫/呪宝/妻です。斎藤隠岐守―夢の枕―初音姫の図式です。

 薄原城主の斎藤隠岐守は邯鄲夢の枕を家宝として持っていた[呪宝]。枕を当てて眠ると三日後まで知れるので合戦で負けたことがなかった[無敵]。三星城の城主は娘の初音姫を輿入れさせる[結婚]。初音姫は隙を見て枕を奪取し三星城へ帰った[奪取]。さしもの斎藤隠岐守も力なく薄原城は落城した[敗北]。

 夢の枕のおかげで無敵だった斎藤隠岐守も枕を奪取されると力なく落城してしまった……という内容です。

 発想の飛躍は三日まで先が分かるという邯鄲夢の枕でしょうか。枕―夢―予知という図式です。

 向横田城の邯鄲夢の枕の伝説です、日本標準『島根の伝説』にも邯鄲夢の枕の伝説が収録されていますが、こちらは兄弟の骨肉の争いを描いたものとなっています。史実的には日本標準の方が近い様です。

 夢の枕があるのだから盗まれるのも予知できたのではないかとも考えられますが、戦に使うもので普段は使っていなかったのかもしれません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.343-345.

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2022年10月12日 (水)

長者ガ原――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、高角(たかつの)の港が次第に繁華になってきた頃、この地方に名を知られた斎藤忠右衛門という長者がいた。数十町歩に渡る広い田を持っていたが、その田植えは一日で済ませるのが毎年の例であった。万寿(まんじゅ)三年の田植えの時、大勢の早乙女(さおとめ)たちが一生懸命植えているところに猿回しが通りかかった。赤い着物を着て男の肩につかまっている猿を面白がって早乙女たちがしばらく手を休めたため、日はいつの間にか西に傾いたが、田植えはなかなか済みそうにない。早乙女たちは慌てて手を早めた。しかし、とうとう日が海の向こうに沈もうとする時になっても、まだ田植えは終わらなかった。そこへ長者が様子を見にやってきた。長者はまだ植え残された田が相当あるのを見ると、かんかんに怒った。斎藤長者の田植えは昔から一日で済ませることを忘れたのか、この上は長者の威勢を見せてやろうと言って、家に代々伝わる日の丸の扇をさっと開いて今にも海に半分ばかり沈んだ夕日に向かって二度三度差し招いた。すると不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った。こうして再び日が沈む頃には田はきれいに植え終わった。その夜、にわかに激しい稲光りがして雷がとどろき酷い暴風雨となって一晩中荒れ狂い大津波となった。明くる朝、昨夜のことは嘘であったように真っ青な空に朝日が輝いたとき、豪華を極めた長者の屋敷も、昨日植えた数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜であった。この時津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖(ばんりゅうこ)で、長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になって残っているだけである。

◆モチーフ分析

・高角に斎藤長者がいて数十町歩に渡る広い田をもっていた
・田植えは一日で済ませるのが慣例だった
・万寿三年の田植えのとき、早乙女たちが田植えをしているところに猿回しが通りかかった
・猿を面白がって早乙女たちが手を休めた間に日が西に傾いた
・早乙女たちが慌てて手を早めたが、日が海の向こうに沈む時になっても田植えは終わらなかった
・様子を見にきた斎藤長者が植え残された田が相当あるのを見て、かんかんに怒った
・長者は威勢を見せてやると言って日の丸の扇を開いて夕日に向かって二度三度差し招いた
・不思議なことに夕日はぐんぐん後戻りをはじめて西の空高く登った
・再び日が沈む頃には田は植え終わった
・その夜、雷が激しくとどろき暴風雨となって一晩中荒れ狂い、更に大津波となった
・明くる朝、真っ青な空に朝日が輝いたとき、長者の屋敷も数十町に渡る田もどこにも見えず、その辺りは一面の砂浜となった
・このとき津波によって運ばれた砂によってできた湖が蟠竜湖である
・長者の屋敷のあった所は長者ガ原という地名になった

 形態素解析すると、
名詞:長者 田 田植え とき 日 早乙女 三 夕日 屋敷 手 数十 斎藤 湖 空 西 一 二 こと ところ どこ ガ 一晩中 一面 万寿 不思議 向こう 地名 夜 大津波 威勢 慣例 所 扇 日の丸 明くる朝 時 暴風雨 朝日 様子 津波 海 猿 猿回し 真っ青 砂 砂浜 蟠竜 辺り 間 雷 頃 高角
動詞:なる ある よる 沈む 渡る 見る いう いる くる する できる とどろく はじめる もつ 休める 傾く 向かう 差し招く 後戻る 怒る 慌てる 早める 植える 植え終わる 残す 済ませる 登る 終わる 荒れ狂う 見える 見せる 言う 輝く 通りかかる 運ぶ 開く
形容詞:広い 激しい 面白い 高い
形容動詞:かんかん
副詞:ぐんぐん 再び 更に 相当
連体詞:その この

 早乙女/夕日/長者の構図です。抽象化すると、使用人/天体/主人でしょうか。早乙女―田植え―長者、長者―扇―夕日といった図式です。

 数十町におよぶ田植えを一日で行うことにしていた斎藤長者だが[務め]、猿回しが来たため早乙女たちが手を止めてしまう[遅延]。田植えが遅れた長者は扇で夕日を差し戻す[示威]。その晩、暴風雨となりさらに津波が襲い[災害]、長者の屋敷と田は砂浜となってしまった[変貌]。

 夕日を差し戻すほど勢威を誇った斎藤長者だが、暴風雨と津波で跡形もなく消えた……という内容です。

 発想の飛躍は扇で夕日を差し戻して威勢を示すところでしょうか。長者―扇―夕日といった図式です。

 夕日を招く長者というモチーフの伝説は鳥取県の湖山池にもあります。益田市では蟠竜湖の伝説となっています。勢威を誇った長者が天体の運行を妨げた報いがくる内容です。また、伝説は万寿三年の大津波という史実にも結びつけられています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.341-342.

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2022年10月11日 (火)

おいせ島――モチーフ分析

◆あらすじ

 高島は津田の沖合三里のところにある周囲一里の小さな島である。離れ島のことだから島のもの同士で結婚したが、ときには本土から嫁いでいくこともあった。昔、おいせという娘が対岸の津田から島へ嫁いだ。初めの内は島の生活は珍しく楽しくもあったが、そのうちに明けても暮れても同じような小さな島の暮らしに飽きてきた。それと共に、おいせには故郷のことが恋しく思われてならなかった。そしてそれは波の彼方に見えているのだった。その思いは日ごと激しくなって、いてもたってもいられなくなった。しかし、三里の海が隔てて帰ることはできない。おいせはため息をつきながら、その日その日を送るより仕方がなかった。ある日、おいせの胸に、ふといい考えが浮かんだ。それは島の周囲が一里、対岸に見える荒磯までが三里あるのだから、島の周囲を泳いで三回まわることができたら、荒磯まで帰ることができるということだ。海辺に育って、子供の時から海で泳いできたおいせに、これは必ずできるという気がした。おいせは波の静かな日を選んで、さっそく島の周囲を泳いでみた。そしてとうとう三回回ることに成功した。これで帰ることができる、おいせは三回の島めぐりで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸をめざして泳ぎ出した。おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けた。しかし、その内に疲れはだんだん酷くなった。そしてようやく土田沖二十町(二キロ)の暗礁のような小島に泳ぎついたときには精も根も尽き果てるほど疲れてしまった。おいせは必死の思いで島の上へ這い上がった。おいせはにっこりとして、苦しい息を抑えながら、高島を振り返った。波の向こうにかすんでいる島を見ると、よくここまで泳いできたものだと思った。それとともに、あとわずかだと気が緩んだためか、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった。このことを知った浦の人たちは、おいせの切ない思いを哀れに思い、泣かない人はなかった。それからこの島をおいせ島と呼ぶようになり、この島の名を聞くと人々はおいせのことを思い出すようになった。

◆モチーフ分析

・おいせという娘が対岸の津田から高島へ嫁いだ
・初めの頃はもの珍しかったが、やがて島の暮らしに飽きてきた
・おいせは故郷のことが恋しく思われてならなかった
・思いはつのって、いてもたってもいられなくなった
・だが、三里の海が隔てて帰ることはできなかった
・ふと、いい考えが浮かんだ。島の周囲が一里、対岸の荒磯までが三里だから島の周囲を泳いで三周できたら、荒磯まで帰れると
・おいせは波の静かな日を選んで島の周囲を泳いで三周回ることができた
・おいせは三回の島巡りで疲れていることを考える暇もなく、そのまま対岸めざして泳ぎだした
・おいせは疲れた身体を励ましながら泳ぎ続けたが、その内に疲労が濃くなった
・暗礁のような小島へ泳ぎついたときは精も根も尽き果てるほど疲れてしまった
・おいせはあと僅かだと気が緩んで、そのまま気が遠くなって、とうとう死んでしまった
・このことを知った浦の人たちはおいせを哀れに思い、この島をおいせ島と呼ぶようになった

 形態素解析すると、
名詞:いせ こと 島 三 周囲 対岸 三里 気 荒磯 一 とき 人 僅か 内 初め 哀れ 娘 小島 島巡り 故郷 日 暇 暗礁 根 波 津田 浦 海 疲労 精 身体 頃 高島
動詞:できる 思う 泳ぐ 疲れる 帰る 考える いう いる つのる めざす 励ます 呼ぶ 回る 嫁ぐ 尽き果てる 暮らす 死ぬ 泳ぎだす 泳ぎ続ける 浮かぶ 知る 緩む 選ぶ 隔てる 飽きる
形容詞:いい ない もの珍しい 恋しい 濃い 遠い
形容動詞:静か
副詞:そのまま あと いてもたっても とうとう ふと やがて
連体詞:この その

 おいせ/海の構図です。抽象化すると、主人公/自然でしょうか。高島―おいせ―海―暗礁―対岸の構図です。

 対岸の津田から高島で嫁いだおいせであったが[婚姻]、故郷が恋しくなってしまった[望郷]。島を三周泳げば対岸への距離と同じになると考えついた[発案]おいせは島の周囲を三周泳ぐ[達成]。それを果たした後で、疲労にも関わらず対岸に向けて泳ぎ出す[出発]。疲労困憊したおいせは途中で死んでしまう[死]。

 島を三周すれば対岸への距離と同じとなると考えたおいせだったが、疲労にも構わず泳いだので溺死してしまった……という内容です。

 発想の飛躍や島の周囲を三周すれば対岸までの距離と同じになるというおいせの思いつきでしょうか。高島―おいせ―海―暗礁の図式す。島の周りを回るのと対岸に向けて泳ぐのでは潮の流れ等条件が異なるということも挙げられます。

 主人公に対立する登場人物が登場しないのもこの話の特徴でしょうか。主人公一人だけで物語が進行します。これは昔話ではなく伝説ですが。

 高島にはかつては人が住んでいましたが、現在では無人島となっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.338-340.

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2022年10月10日 (月)

鷲宮神社の神楽を見学 2022.10

鷲宮神社の神楽を見学に行く。行ったところ、体調が思わしくなく午前中だけ見学して帰る。というか体力がかなり落ちている。

午前中に演じられたのは

・天照国照太祝詞神詠之段
・天心一貫本末神楽歌催馬楽之段
・端神楽
・祓除清浄杓大麻之段

鷲宮神社・神楽殿
鷲宮神社・神楽・天照国照太祝詞神詠之段
鷲宮神社・神楽・天心一貫本末神楽歌催馬楽之段
鷲宮神社・神楽・端神楽
鷲宮神社・神楽・祓除清浄杓大麻之段
鷲宮神社・神楽・祓除清浄杓大麻之段

杓舞の巫女さん、新人だったのか舞いに若干の迷いが見られた。まあ場数を踏むことで慣れていくのだろう。

今回は雨が降るかもしれなかったので、一眼レフは使わず(傘を差しながらファインダーを覗くのは難しいので)パナソニックTX1を使用した。幸い、雨は降らなかった。

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創造性の発露は労働か――大塚英志「シン・モノガタリ・ショウヒ・ロン 歴史・陰謀・労働・疎外」

大塚英志「シン・モノガタリ・ショウヒ・ロン 歴史・陰謀・労働・疎外」を読む。「物語消費論」のアップデート版。陰謀論もフォークロアの手法で読み解けなくもないことには気づかなかった。この本の主題はインターネット時代における無償の労働。SNSに投稿することも小説投稿サイトに投稿することも無償の労働であると見なすのである。創造性の発露という形をとるので労働であることが見えにくくなっているとしている。例えば僕の場合だと電子書籍をAmazonというプラットフォームを通して販売しているが、それもプラットフォーマーを潤す労働だとなるのである。労働は自身の労働力を売って対価を得る行為である。小説投稿サイトなどへの投稿も含めた創作行為は必ずしも対価が得られる訳ではないので同じものとして考えることについては一旦保留したい。また、個人情報は人権と考え、スマートシティなどで構想される未来社会において個人情報(人権)が必ずしも保護されない、むしろ利便性と引き換えに個人情報を差し出すこととなると訴える内容となっている。そういった点で物語労働論となっている。

ドラッカーがボランティアについて何か書いていた記憶がある。

創作は承認欲求、自己実現が大きなモチベーションとなるから、労働とは分けて考えねばならないのではないか。

たとえばAmazonにレビューするのも無償労働と言えるが、要するに作者にフィードバックしたくてやっている訳である。作者がレビューを読むかは分からないが、編集は間違いなく読んでいるだろう。

こういう立論をするなら労働とは何か、情報を発信することは何かと著者なりに定義してから行うべきだ。そこがすっ飛ばされてしまっている訳である。

大塚英志はもしかしたら、情報の発信は選ばれた層だけが行うべきと考えているのではなかろうか。

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種姫――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、朝鮮のソシモリに大宜都比売命(おおげつひめのみこと)という五穀を司(つかさど)る神さまがいた。目や鼻、お尻などから色々な穀物を出して農作物を豊かにしていた。ある日この神さまのところへ訪れた旅の紙が大宜都比売が身体のあちこちから色々な穀物を出すのをみて不思議に思い、身体の中には素晴らしい宝物が隠してあるのに違いないと思って斬り殺してしまった。大宜都比売が一番可愛がっていた末の子に乙子狭姫(おとごさひめ)という可愛い姫がいた。身体が小さいのでちび姫と呼ばれていたが、息も絶え絶えになった大宜都比売は自分はとんだ災難にあって今死のうとしている。可愛いお前と別れてあの世で行くのは悲しいが、自分の身体から出た作物の種を持って、海の向こうの東の国へ行って安らかに暮らせ。その国は平和な所だと聞いているからと言って目を閉じた。母神にとりすがって泣いていた狭姫は気がつくと、母神の頭から土地を耕す馬、目からは蚕、鼻からは大豆、腹からは稲、お尻から小豆、女陰(ほと)からは麦が生まれていた。姫がぼんやりと見ていると、大切に飼っていた赤い雁(かり)が飛んできた。雁は母神さまの言われた東の国へ今すぐ参りましょうと言って羽を広げた。狭姫は母神の身体から生まれた物を持って雁の背に乗った。こうして狭姫を乗せた雁は青い海の上を日本へ向かって飛び続けた。やがて遙かに石見の海岸が見えてきた。赤雁は波にもまれる島を見つけて舞い降りた。すると地の下から自分の背中に降りたのは誰だと咎(とが)めた。びっくりした赤雁は自分はソシモリから狭姫のお供をして五穀の種を日本の土に植えようと思ってやって来た者だと言った。するとその声は、ここは国つ神、大山祇(おおやまつみ)足長土(あしながつち)に仕える鷹の住む島だ。自分は肉は食べるが五穀に用はない。早く立ち去れと言った。赤雁は空に舞い上がって、どこか休む所はないかと海原を見渡すと、また一つの島が見つかった。そこへ降りると、また自分の背におりた奴は誰だと叱られた。訳を言うと、ここは国つかみ大山祇の大人のみ使いの鷲の住処(すみか)だ。自分は肉食だから五穀には用なない。早く立ち去れと言った。赤雁は仕方がないのでまた大空に舞い上がり、益田市大浜の亀島に辿りついてしばらく休み、ここから本土の形のよい丘を選んで舞い降りた。この丘が天道山で、丘から降りたところを後に赤雁(あかがり)と言うようになった。狭姫はそれから更に住みよい土地を探し、そこに住居を定めた。ここを狭姫の名をとって狭姫山と名づけた。比礼振山(ひれふりやま)と呼ばれているのがこれで、益田市北仙道にあり、佐比売山神社が祀られている。狭姫は山を下りて母神から貰った稲や麦、豆などの種を播いた。種はやがて豊かに実って一族は栄えた。赤雁が始めに降りた島は益田市の高島で、次に降りたのは那賀郡須津の大島だという。

◆モチーフ分析

・朝鮮のソシモリにオオゲツヒメという五穀を司る女神がいた
・女神は身体のあちこちから色々な穀物を出して農作物を豊かにしていた
・あるとき旅の神がオオゲツヒメの働きを見て不思議に思い、身体の中に宝物が隠してあるに違いないと思って斬り殺してしまった
・オオゲツヒメの末子に乙子狭姫がいた
・狭姫は身体が小さいのでちび姫と呼ばれていた
・息も絶え絶えのオオゲツヒメは狭姫に自分の身体から出た作物の種を持って海の向こうの東の国に行くように言った
・狭姫が母神にとりすがって泣いていると、オオゲツヒメの身体から五穀の種が芽生えていた
・飼っていた赤雁が飛んできて母神の言われたとおり東の国へ行こうと言った
・狭姫は五穀の種を持って雁の背に乗った
・狭姫を乗せた雁は青い海の上を日本に向かって飛び続けた
・やがて遙かに石見の海岸が見えてきた
・赤雁は島を見つけて舞い降りた
・すると咎める声が聞こえた
・赤雁は自分は狭姫のお供をして五穀の種を日本に植えようとやって来たと言った
・声は大山祇足長土に仕える鷹で肉を食うから五穀に用はないと言って追い払った
・赤雁は空に舞い上がって、どこか休む所はないかと見渡すと、また一つの島が見つかった
・そこへ降りるとまた叱られた
・声は大山祇大人の使いの鷲で肉食だから五穀に用はないと追い払った
・再び舞い上がった赤雁は大浜の亀島に辿り着いて休憩した
・それから本土の形のよい丘(天道山)で選んで舞い降りた。そこを赤雁と呼ぶようになった
・狭姫はそれから更に住みよい土地を探し、そこに住居を定めた
・狭姫の名をとって狭姫山と名づけた。比礼振山のことである
・狭姫は山を下りて五穀の種を播いた
・種は豊かに実って一族は栄えた
・狭姫が始めに降りた島は高島と須津の大島である

 形態素解析すると、
名詞:五穀 種 赤雁 オオゲツヒメ 身体 そこ 声 山 島 神 国 大山 女神 日本 東 母 海 用 祇 自分 雁 あちこち お供 こと それ とおり とき ソシ モリ 一つ 一族 上 不思議 丘 中 乙子 亀島 休憩 住居 作物 名 向こう 土 土地 大人 大島 大浜 天道 姫 姫山 宝物 形 息 所 旅 朝鮮 末子 本土 比礼 海岸 石見 穀物 空 肉 肉食 背 色々 足長 農作物 須津 高島 鷲 鷹
動詞:言う いる する 呼ぶ 思う 持つ 舞い上がる 舞い降りる 行く 追い払う 降りる いう ちびる とりすがる とる やって来る 下りる 乗せる 乗る 仕える 休む 使う 働く 出す 出る 叱る 司る 名づける 向かう 咎める 始める 定める 実る 探す 播く 斬り殺す 栄える 植える 泣く 聞こえる 芽生える 見える 見つかる 見つける 見る 見渡す 辿り着く 選ぶ 隠す 飛び続ける 飛ぶ 食う 飼う
形容詞:狭い ない よい 住みよい 小さい 違いない 青い
形容動詞:豊か 絶え絶え 遙か
副詞:また どこか やがて 再び 更に
連体詞:ある

 オオゲツヒメ/狭姫/雁/鷹/鷲の構図です。抽象化すると、母/娘/家来/対立者です。狭姫―五穀の種―オオゲツヒメ、赤雁―(休む)―鷹/鷲という図式です。

 食物を司るオオゲツヒメが旅の神に斬り殺された[殺害]。末子の狭姫はオオゲツヒメの遺体から生えた五穀の種[死体化生]を持って赤雁と共に日本へ向けて旅立つ[出発]。途中、高島や大島で休憩しようとしたが[休憩]大山祇の使いである鷹や鷲に断られた[拒絶]。ようやく本土に達した[到達]狭姫は比礼振山に入り[入山]、そこから五穀の種を日本に伝えた[伝播]。

 オオゲツヒメの身体から芽生えた五穀の種を狭姫は赤雁に乗って日本に届けた……という内容です。

 発想の飛躍は古事記に登場する女神であるオオゲツヒメに娘がいたということでしょうか。狭姫―五穀の種―オオゲツヒメの図式です。

 いわゆる狭姫伝説です。死体化生型説話となります。狭姫伝説については拙書『石見の姫神伝説』で詳述しています。本文では馬や蚕も生まれたとしています。蚕は運べなくもないと思いますが、馬はどうやって運んだのでしょう。また、四穀しか登場していません。なお、後段に登場する巨人の足長土の名もさりげなく挙げられています。鎌手の亀島には亀がいたのかもしれません。狭姫の一族は栄えたとありますが、身体の小さい狭姫はどうやって結婚したのでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.335-337.

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2022年10月 9日 (日)

残すは石西編のみ

未来社「石見の民話」のモチーフ分析、那賀地方まで終わった。残すは石西地方だけである。終わりが見えてきたので気分的には楽になった。

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閻魔になった彦八――モチーフ分析

◆あらすじ

 彦八が死んで閻魔(えんま)さんの前へ行った。閻魔さんがお前は娑婆(しゃば)で何をしていたか訊いた。彦八は面白い話をして人を楽しませていたと答えた。閻魔さんは嘘を言え、面白い話ではない。いつも人を騙していたではないか。お前は地獄へ行くより仕方がないと言った。そんなことはない。あなたにも聞かせる。それはとても面白い話だと彦八が言うと、そんなに面白い話ならひとつ聞かせてもらおうかと閻魔さんが言った。彦八は話は高い台の上へあがらねば話せない。それから装束もつけねばやはりいい話ができないと言った。装束も何もないからそのままで話したらよいではないかと閻魔さんが言うと、装束はあなたの着物を貸していただけば結構ですと彦八が言ったので、閻魔さんは台から降りて着物を脱いだ。彦八はその着物を着てすぐ台の上へあがって話を始めた。ちょうどその時地獄から鬼が出て今来た罪人はどれじゃと言った。閻魔さんは罪人は閻魔の着物を着て台の上にいると言った。彦八は台の上から閻魔さんを指して罪人はそこにおると大きな声で叫んだ。わしは閻魔だ。台の上におるのが罪人だと閻魔さんは言ったが、偽りを言うなと言って鬼は閻魔さんを捕まえて地獄へ連れていってしまった。それから閻魔さんは彦八になったので罪人の取調べもやさしいそうである。

◆モチーフ分析

・彦八が死んで閻魔さんの前へ行った
・閻魔さんがお前は娑婆で何をしていたか訊くと、彦八は面白い話をして人を楽しませていたと答えた。
・閻魔さんがお前はいつも人を騙していたでないか。地獄へ行くより仕方がないと行った
・彦八はそんなことはない。あなたにも面白い話を聞かせると言った
・閻魔さんはそんなに面白い話なら、ひとつ聞かせてもらおうと言った
・彦八は話は高い台の上へあがらねば話せない。装束もつけねばやはりいい話ができないと言った
・装束も何もないからそのままで話したらよいではないかと閻魔さんが言った
・彦八はあなたの着物を貸していただけば結構ですと言った
・閻魔さんは台から降りて着物を脱いだ
・彦八はその着物を着てすぐ台の上へあがって話を始めた
・その時地獄から鬼が出て今来た罪人はそれかと言った
・彦八は台の上から閻魔さんを指して罪人はそこにいると大きな声で叫んだ
・閻魔さんは台の上にいるのが罪人だと言ったが、偽りを言うなと言って鬼は閻魔さんを捕まえて地獄へ連れていった
・閻魔さんは彦八になったので、罪人の取調べもやさしいそうである

 形態素解析すると、
名詞:閻魔 彦八 話 台 上 罪人 地獄 着物 あなた お前 人 装束 鬼 こと そこ そのまま それ ひとつ 今 何 前 声 娑婆 時 結構
動詞:言う 行く あがる いる する 聞く つける できる なる 偽る 出る 取調べる 叫ぶ 始める 指す 捕まえる 来る 楽しむ 死ぬ 着る 答える 脱ぐ 訊く 話す 話せる 貸す 連れる 降りる 騙す
形容詞:面白い ない いい やさしい よい 仕方がない 何もない 高い
形容動詞:そんな
副詞:いつも すぐ そんなに やはり

 彦八/閻魔の構図です。抽象化すると、人間/異界の人物です。彦八―着物―閻魔の図式です。

 彦八が死んで閻魔さまの前へ行った[冥界行き]。彦八は生前面白い話をして人を楽しませていたと言う[申告]。閻魔さまがお前は人を騙してばかりではないかと言うと[却下]、それなら面白い話をしてみせると彦八は言った[提案]。話をするには準備が必要だと閻魔さまの着物を着て台の上にあがったところ[すり替え]に鬼がやって来た[到着]。鬼は閻魔さまを罪人と思って[誤認]地獄へ連れていった[連行]。

 言葉巧みに閻魔さまと入れ替わった彦八は自分が閻魔さまとなってしまう……という内容です。

 発想の飛躍は彦八が舌先三寸で閻魔さまと入れ替わってしまうところでしょうか。彦八―着物―閻魔の図式です。彦八は死んでも彦八であるという面白みがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.326-327.

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あざざます!

ネクパブの販売レポートを確認すると「石見の姫神伝説」「神楽と文芸(各論)」のペーパーバックが9月に一冊ずつ売れている。これは僕以外の人が買ったものだ。割高だけど紙の本の方がいい人もいるのだなと思う。あざざます!

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2022年10月 8日 (土)

唯野教授の野望――筒井康隆「文学部唯野教授」

筒井康隆「文学部唯野教授」を読む。僕が学生の頃にベストセラーになった本だが、これまで読んでいなかった。筒井派でなかったのである。キンドル・アンリミテッドの対象となったので読んでみたが面白かった。大学内の人間模様が軽妙に生き生きと描かれており、また講義の内容もこれほどまでに上手く要約しているとはと驚かされる。

唯野教授の野望は新しい文学理論を打ち立てることである。非才の身としては、そういう野望を抱けるだけ羨ましいとしか言い様がない。

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八匹の馬――モチーフ分析

◆あらすじ

 彦八の旦那のところへ商人が一夜宿を借りた。夕飯を食べながら色々話すうちに商人が、旦那様、今日自分が来る道でタノキのマタへ烏が巣をかけていたと言った。旦那がそんな馬鹿げた話をしなさんなと言った。いや、嘘ではない。本当であると商人が言ったので、もし本当でなかったら、お前の荷をみんな置いていけ。もし自分が負けたら八匹の馬がいるから皆あげようと旦那が言った。旦那と商人は手を打って約束をした。朝になると旦那と商人は飯も食わずに出かけた。旦那が商人について行くと、田の中に木があって、木の股に烏が巣をかけていた。旦那、あれを見よ。田の木の股に烏が巣を作っておろうと商人が言った。旦那は狸はどこにいるかね。狸なんぞいはしないじゃないかと言うと、商人は狸の話など誰もしはしない。自分が言ったのは田の木の股と言ったのだと言った。旦那の負けになった。そこで旦那はこっそり彦八を呼びにやった。そして訳を話し、お前はこれの下男ということになって上手くやってくれと頼むと、彦八はポンと膝を打って、それは自分が引き受けようと言って、本当の下男を呼んで駄屋から一番痩せた馬を出させ、庭の植木鉢に縄をかけて引っ張らせ、商人さん、さあハチヒキの馬をあげるから受け取れと言った。商人は話が違うが、まあいいと思って馬を引っ張って出ると、商人さん、お前の荷は置いていけ、八引く二(荷)が残るということがあるからと言って、とうとう商人の荷を取り上げてしまった。

◆モチーフ分析

・彦八の旦那のところに商人は一夜宿を借りた
・商人が今日自分が来る道でタノキのマタへ烏が巣をかけていたと言った
・旦那がそんな馬鹿げた話をしなさんなと言った
・もし本当でなかったら商人の荷をみんな置いていけ。旦那が負けたら八匹の馬をあげようと賭けをした
・朝になると旦那と商人は出かけた
・旦那が商人について行くと、田の中に木があって木の股に烏が巣をかけていた
・狸はどこだと旦那が言った
・狸の話などしてはいない。自分が言ったのは田の木の股と言ったのだと商人が言った
・旦那の負けとなった
・旦那はこっそり彦八を呼びにやって訳を話した
・彦八は自分が引き受けようと言った
・下男を呼んで駄屋から一番痩せた馬を出させ、植木鉢に縄をかけて引っ張らせ、ハチヒキの馬をあげるから受け取れと言った
・商人は話が違うが、まあいいと思って馬を引いて出た
・彦八が八引く二(荷)が残るということがあると言って商人の荷を取り上げた

 形態素解析すると、
名詞:商人 旦那 彦八 馬 木 自分 荷 話 八 巣 烏 狸 股 二 こと ところ どこ みんな タノキ ハチ ヒキ マタ 一夜 下男 今日 宿 屋 朝 本当 植木鉢 田 田の中 縄 訳 賭け 道
動詞:言う かける する あげる ある なる 呼ぶ 引く 負ける いう いる ついて行く やる 借りる 出かける 出す 出る 取り上げる 受け取る 引き受ける 引っ張る 思う 来る 残る 痩せる 置く 話す 違う 馬鹿げる
形容詞:いい
形容動詞:そんな
副詞:こっそり まあ もし 一番

 旦那/商人/彦八の構図です。商人―タノキ―旦那、商人―ハチヒキの馬―彦八という図式です。

 彦八の旦那が商人と賭けをした[勝負]。商人はタノキとは田の木だと言って商人の勝ちとなった[敗北]。旦那は彦八を呼んで八匹の馬を鉢引きの馬にすり替えた[すり替え]。その際八引く二で商人の荷を取り上げてしまった[追徴]。

 田の木を狸と勘違いさせたから八匹の馬は鉢引きの馬にすり替える……という内容です。

 発想の飛躍は鉢引きの馬でしょうか。商人―ハチヒキの馬―彦八の図式です。更に八引く二(荷)で荷物も取り上げてしまうのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.324-325.

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2022年10月 7日 (金)

話は彦八――モチーフ分析

◆あらすじ

 「話は彦八」と言われるくらいに話上手な彦八という男がいた。その話はみな作り話で、それがまたまじめくさって話すので本気で聞いていると、しまいになって、ああ、かつがれたと気がつくのであった。彦八はある時さる物持ちの楽隠居のところへ行った。入るとすぐ隠居が彦八、何か話せと注文した。いや、話すまい。旦那は聞いた後で、いつでも彦八それは嘘ではないかと言うから、自分にとっては張り合いがないと彦八は断った。いや今日は決してそのような事は言わない。証として、違約したらこの大判を彦八にやると隠居は机の上にあったピカピカする大判を一枚、彦八の前へ出した。しからば話そう。これはつくり話などではなく、また聞いた話でもなく、自分の実見談だから、そのつもりで聞くように。先日自分が浅利の長良屋へ用事があって参る途中、江川の川端で渡し舟を待っていた。ところが自分より先に侍が一人、供を連れて両掛に腰をかけて同じく渡し舟を待っていた。すると松の枝にとまっていた烏(からす)が糞をして侍の羽織を汚した。汚らわしいと侍はその羽織を脱ぐが早いか江川に投げ捨てて、両掛から羽織を出させてきちんと着て待っている。ところがまた烏が糞を手の甲にぺたんとやった。汚らわしいと侍は腰の刀を抜くが早いか、自分の手首をすぱっと切って江川に投げ込み、両掛から手を出してぺったり継いで泰然と腰を掛けて待っている。ところがまた烏が糞を、ところもあろうに侍の頭に落とした。侍はむっと腹をたてて、またぞろ一刀抜くが早いか、えいっと首を打ち落として、これまた汚らわしいと江川に投げ入れ、両掛から替えの首を出し、ぐっと継いで泰然自若、待っていた。その有様はいかにも昔物語の英雄豪傑の態度、ものに驚かぬ自分も感嘆、待った渡し舟が来たのも気づかず眺めていたと言った。彦八、それは嘘ではないかと隠居が思わず言ったので、はい、この大判、まことにありがたく頂戴いたしますと言って、彦八は大判を懐にしまった。

◆モチーフ分析

・話は彦八と言われるほど話し上手な彦八という男がいた
・その話はみな作り話で、まじめくさって話すので本気で聞いていると、終いになって、ああ、かつがれたと気がつくのだった
・彦八はあるとき物持ちの楽隠居のところへ行った
・隠居が彦八に何か話せと注文した
・旦那はそれは嘘ではないかと言うから張り合いがないと彦八が断った
・今日はその様なことは決して言わない。証として違約したら大判をやると差し出した
・ならばと彦八が話しはじめる
・これは作り話ではなく、聞いた話でもなく、自分の実見談だから、そのつもりで聞くようにと彦八が言う
・先日、浅利の長良屋へ用事があって参る途中、江川の川端で渡し舟を待っていた
・彦八より先に侍が両掛に腰を掛けて舟を待っていた
・烏が糞をして侍の羽織を汚した
・侍は汚らわしいと羽織を江川に投げ捨てて、両掛から羽織を出して着た
・また烏が侍の手の甲に糞をした
・侍は汚らわしいと自分の手首を刀で切って江川に投げ込み、両掛から手を出してぺったり継いで待っていた
・また烏が侍の頭に糞を落とした
・侍は汚らわしいと首を打ち落として江川に投げ入れ、両掛から替えの国を出して、ぐっと継いで待っていた
・その有様は昔物語の英雄豪傑のごとくで、彦八は舟が来たのも気づかず眺めていた
・隠居が思わず彦八、それは嘘ではないかと言った
・彦八は大判をありがたく頂戴した

 形態素解析すると、
名詞:彦八 侍 両掛 江川 烏 糞 羽織 話 それ 作り話 嘘 大判 自分 舟 隠居 こと これ つもり とき ところ みな 今日 先日 刀 国 実見 川端 手 手の甲 手首 旦那 昔 有様 本気 楽隠居 気 注文 浅利 渡し舟 物持ち 物語 用事 男 腰 英雄 証 話し上手 談 豪傑 途中 違約 長良 頂戴 頭 首
動詞:言う 待つ する 出す 聞く ある 継ぐ いう いる かつぐ つく なる まじめくさる やる 切る 参る 差し出す 張り合う 思う 打ち落とす 投げ入れる 投げ捨てる 投げ込む 断る 替える 来る 気づく 汚す 眺める 着る 終う 落とす 行く 話しはじめる 話す 話せる
形容詞:ない 汚らわしい ありがたい
形容動詞:その様
副詞:また ああ ぐっと ぺったり 何か 先に 掛けて 決して
連体詞:その

 彦八/隠居、彦八/侍の構図です。彦八―大判―隠居、彦八―渡し船―侍といった図式です。

 話は彦八と呼ばれるほど話し上手な彦八に隠居が話を求めた[要求]。彦八は嘘だというから張り合いがないと答えると[断り]、隠居は大判を賭けた[賭け]。彦八が話を語って聞かせると[語り]、隠居は思わず嘘ではないかと言った[発話]。彦八は大判をせしめた[獲得]。

 彦八が嘘話をしたところ、隠居がそれは嘘ではないかと言ったので、彦八はまんまと大判をせしめた……という内容です。

 発想の飛躍は侍の有様でしょうか。侍―糞―烏といった図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.322-323.

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2022年10月 6日 (木)

鬼は外、福は内――モチーフ分析

◆あらすじ

 ふくという魚が死んで地獄へ行った。ふくは鬼に頼みがあると言った。自分はいつも水の中にばかりいたので冷たくてならなかった。それでいつか湯の中に入りたいものだと思っていた。幸い地獄に来たので湯の中へ入られるから嬉しくてたまらない。どうか、これからどんな勤めでもするから、一遍極楽を見せてくださいと。鬼はこれは中々面白い奴だ。ふくの言うようにしてやろう。また面白いことに聞かせるだろうと思って極楽を見せに連れていった。鬼よ、まだ見えない、もっと先が見たい。まだ見えないと言うので鬼が少しずつ先へ入れると、ふくはまだ見えないと言って先へ先へと行く。鬼はふくの尾を持っていたが、止めようとすると手がつるつる滑るので、放すまいとするのに顔が真っ赤になった。ふくはまだ見えないと言ってまだ先へ行こうとする。尾がつるつる滑って抜けそうになったので、鬼が慌てて握りかえようとすると、ふくはついと極楽へ滑り込んでしまった。ちょうどその時日が暮れたので、極楽は戸が閉まった。鬼が待って下さいというと、極楽には鬼は用事がないと言って門番は戸を閉めてしまった。そして鬼は外、福は内と言った。それがちょうど大歳の晩であったので、それから節分には鬼は外、福は内と言うようになった。

※石見地方では河豚(ふぐ)をふくと言う。

◆モチーフ分析

・ふくという魚が死んで地獄へ行った
・ふくは鬼に頼みがあると言った
・水の中にいたので冷たくて仕方がなかったが、地獄に来て湯の中へ入られるから嬉しい
・どんな勤めでもするから、一度極楽を見せてください
・鬼は面白い奴だ、ふくの言う通りにしてやろうと極楽を見せにいった
・ふくがまだ見えない、もっと先が見たいと言うので鬼が少しずつ先へ入れると、ふくは先へ先へと行く
・鬼はふくの尾を持っていたが、止めようとするとツルツル滑るので放すまいと顔が真っ赤になった
・ふくはまだ見えないと言ってまだ先へ行こうとする
・鬼は滑って抜けそうになったので、慌てて握りかえようとする
・ふくはついと極楽へ滑り込んでしまった
・日が暮れたので極楽の門の戸が閉まった
・鬼が待って下さいと言うと、極楽には鬼は用事がないと言って門番が戸を閉めてしまった
・そして鬼は外、福は内と言った
・ちょうど大歳の晩だったので、それから節分には鬼は外、福は内と言うようになった

 形態素解析すると、
名詞:鬼 ふく 先 極楽 中 内 地獄 外 戸 福 つい 一度 大歳 奴 尾 日 晩 水 湯 用事 真っ赤 節分 通り 門 門番 顔 魚
動詞:言う する 行く ふく 滑る 見える 見せる ある いう いく いる 入る 入れる 勤める 待つ 慌てる 抜ける 持つ 握る 放す 暮れる 来る 止める 死ぬ 滑り込む 見る 閉まる 閉める 頼む
形容詞:ない 仕方がない 冷たい 嬉しい 面白い
形容動詞:どんな
副詞:まだ ちょうど もっと ツルツル 少しずつ

 ふく/鬼、鬼/門番の構図です。抽象化すると、動物/異界の人物でしょうか。鬼―尾―ふく―極楽の図式です。

 地獄行きになったふくがどんな勤めもするから鬼に極楽を見たいと頼んだ[依頼]。鬼は応じてふくを極楽に向かわせた[承諾]。先へ先へと進むふくを鬼は止めようとしたが尾がツルツルと滑ってしまう[制止]。ふくは極楽へ滑り込んでしまい、極楽の門が閉じられた[脱出]。

 極楽を見たいと先へ先へと進むふくだが尾が滑るので止められなかった……という内容です。

 節分の「鬼は外、福は内」の由来譚です。発想の飛躍はふくの尾が滑ることでしょうか。ふく―尾(滑る)―鬼の図式です。ここではふくは知恵者とは描かれていませんがが、ちゃっかりと極楽へ滑り込んでしまいます。また、鬼の顔が赤くなった由来譚でもあるようです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.320-321.

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2022年10月 5日 (水)

絶妙な難しさ――ヴィゴツキー「芸術心理学」

ヴィゴツキー「芸術心理学」を読む。主に取り上げられているのは詩、寓話、小説、戯曲といった文芸である。記述自体は難しくないのだが、抽象的議論に終始するので、分かりそうで分からない絶妙な塩梅だった。

第一章:芸術の心理学的問題
第二章:認識としての芸術
第三章:手法としての芸術
第四章:芸術と精神分析
第五章:寓話の分析
第六章:「かすかな毒」・総合
第七章:『やわらかな息づかい』
第八章:デンマークの王子、ハムレットの悲劇
第九章:カタルシスとしての芸術
第十章:芸術心理学
第十一章:芸術と生活

小説「やわらかな息づかい」は結末を知らないままで読みたかった。

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「戦国武将が欲しがった石見銀山」を視聴する

よみうりカルチャー・島根を学ぶオンデマンド講座「戦国武将が欲しがった石見銀山」を観る。大内氏・尼子氏・毛利氏の銀山を巡る争いが解説される。講師は小和田哲男氏。

大内氏:守護大名から戦国大名化
尼子氏:守護代から戦国大名化
毛利氏:国人一揆から戦国大名化

とそれぞれが異なるルートを辿って戦国大名化したとのこと。

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馬が軒へあがる――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔ある家に寝小便する小僧がいた。いくら注意しても治らないので、旦那もたいそう困って、ある晩小僧にあんなに寝小便してくれては困る。もう家の中では寝させられないから、今晩から駄屋の軒へあがって藁を敷いてその上へ寝なさい。そうすれば寝小便しても下は馬の駄屋だから構わない。肥やしもよくできる。お前も安心して寝られると言った。小僧はその晩から言われた通りに駄屋の軒へあがって寝た。なるほど小便は藁から板を通って駄屋へ落ちるので、小僧は安心して寝られた。馬こそいい災難で、眠っていると上から温い小便が落ちてくる。ところが、その内毎晩のことで、軒の板が腐って折れて、小僧も一緒に馬の鼻先へどすんと落ちた。小僧はそれでも知らずにぐうぐう寝ていると、馬が息を吹きかけながら鼻の先で転がした。小僧は目を覚まして、びっくりして大きな声で叫んだ。旦さん、旦さん、早く来てください。馬が軒へ上がりました。

◆モチーフ分析

・ある家に寝小便する小僧がいた
・いくら注意しても直らないので、旦那が小僧を駄屋の軒で藁を敷いて寝るように言った
・寝小便しても下は馬の駄屋だから構わない
・肥やしもよくできる
・小僧も安心して寝られる
・小僧はその晩から言われた通りに駄屋の軒へ上がって寝た
・馬はいい災難で、温い小便が藁から板を通って駄屋へ落ちてくる
・毎晩のことで、軒の板が腐って折れて、小僧も一緒に馬の鼻先へ落ちた
・小僧はそれでも知らずに寝ていると、馬が息を吹きかけながら鼻の先で転がした
・小僧は目を覚まして、旦さん、馬が軒へ上がりましたと大声で叫んだ

 形態素解析すると、
名詞:小僧 馬 軒 屋 寝小便 板 藁 こと それ 下 大声 安心 家 小便 息 旦 旦那 晩 毎晩 注意 災難 目 通り 鼻の先 鼻先
動詞:寝る 上がる 落ちる 言う いる できる 叫ぶ 吹きかける 折れる 敷く 構う 直る 知る 肥やす 腐る 覚ます 転がす 通る
形容詞:いい 温い
副詞:いくら よく 一緒に
連体詞:ある その

 旦那/小僧/馬の構図です。旦那―小僧―軒/寝小便―馬といった図式です。

 いくら注意しても寝小便が直らない小僧が駄屋の軒で寝ることになった[転居]。小僧は安心して寝小便したが[排泄]、その内軒の板が腐ってしまい[腐食]。馬の鼻先に落ちた[落下]。小僧は馬が軒に上がってきたと勘違いした[寝ぼけ]。

 寝小便が重なって軒の板が腐って落ちてしまった小僧だった……という内容です。

 発想の飛躍は馬が軒に上がってきたと小僧が寝ぼけたところでしょうか。小僧―軒/寝小便―馬の図式です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.319.

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2022年10月 4日 (火)

大きな話――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、ある若者が大阪へ出て、初めて宿に泊まった。女中が来てガラガラと雨戸を閉めた。若者はそれを見て、この家の雨戸は簡単でいい。自分のところでは、朝から昼まで中かかって雨戸を開け、夕方には昼から中かかって雨戸を閉めると言った。夕食の時給仕に出たさっきの女中が、明日この後ろの畠を見ろ。随分広い畠に粟が沢山播いてあると言うと、若者は自分のところには粟三斗蒔きの畠があると言った。女中がこの上へ行ってみましょう。向こうにとても長い橋ができたと言うと、若者は自分のところの前の川には十日渡りの橋があると言った。女中が何を言っても若者は大きなことを言うので、これは大した家らしいと思った。若者は女中に自分のところに来ないか。うちへ来てくれたら、米を搗(つ)くこともいらない。水を担ぐこともいらないと言った。すると、それでは明日一緒に行きましょうということになって、女中は若者について来た。行ってみると。粟三斗蒔きという畠は小さい、草のいっぱい生えた畠で、三斗蒔きというのは一度蒔いたが生えない。二度蒔いたが生えない。三度蒔いたらようやく生えた。それで三度蒔きで、昼までかかって雨戸を開け、昼から中かかって閉める雨戸というのはたった一枚で、上に引っかかり下に引っかかりガッタンピッシと中々動かない。長い橋というのはどこにあるかと訊くと、この下の谷川にかかった赤い橋で、毎月十日になると金比羅さんの祭りに皆が渡るから十日渡りの橋と言うのだ。米は搗かせないというのは、袋を下げてあっちこっちで貰って歩くから搗く必要がない。水は担がせないというのは、水はたごが一つしかないから担がれない。片手で下げてくるのだと言った。

◆モチーフ分析

・ある若者が大阪へ出て、初めて宿に泊まった
・女中が来てガラガラと雨戸を閉めた
・若者は自分のところでは朝から昼までかかって雨戸を開け、昼から夕方までかかって雨戸を閉めると言った
・夕食の給仕に出たとき、女中が後ろの広い畠に粟が沢山播いてあると言った
・若者は自分のところには粟三斗蒔きの畠があると言った
・女中が向こうにはとても長い橋があると言った
・若者は自分のところの前の川には十日渡りの橋があると言った
・女中が何を言っても若者は大きなことを言うので、大した家らしいと思った
・若者は女中にうちへ来ないか、米を搗くことも水を担ぐこともいらないと言った
・翌日、女中は若者について行った
・行ってみると、粟三斗蒔きは三度蒔いたらようやく生えたということだった
・雨戸はガタピシ動かない
・毎月十日になると金比羅さんの祭りがあるから十日渡りの橋と言う
・米は袋を下げてあっちこっちで貰って歩くから搗く必要がない
・水はたごが一つだけあるから担がれない。片手で下げてくるのだと言った

 形態素解析すると、
名詞:若者 女中 こと 雨戸 十 三 ところ 橋 粟 自分 水 畠 米 あっちこっち うち たご とき ガラガラ 一つ 何 前 向こう 夕方 夕食 大阪 家 宿 川 後ろ 必要 昼 昼ま 朝 毎月 沢山 片手 祭り 給仕 翌日 袋 金比羅
動詞:言う ある 蒔く 下げる 出る 担ぐ 搗く 来る 渡る 閉める いう いる かかる ついて行く なる 動く 思う 播く 歩く 泊まる 生える 行く 貰う 開ける
形容詞:でかい ない 広い 長い
副詞:とても ようやく ガタピシ 初めて
連体詞:ある 大きな 大した

 若者/女中の構図です。抽象化すると男/女です。若者―大きな話―女中という図式です。

 大阪に初めて泊まった[宿泊]若者に女中が話しかける[対話]と若者はそれより大きな話をする[大言]。大した家らしいと思った[感心]女中は若者について行く[同行]。ところが若者の話は嘘ではないが[誤誘導]、とてもみすぼらしいものだった[露見]。

 大きなことを放してばかりの若者だったが、実態はとてもみすぼらしいものだった……という内容です。

 発想の飛躍は若者の大言壮語でしょうか。若者―大きな話―女中という図式です。この後女中は大阪に帰ったのでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.317-318.

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2022年10月 3日 (月)

大かん狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、大かんの大岩の辺りに大かん狐というよく人を化かす狐がいた。日が暮れてここを通るとよく化かされた。それを問屋の主人が大層自慢にして来る船頭毎に大かん狐はよく人を化かす。誰でも彼でも皆化かすと言った。一人の船頭がそれを聞いて自分なら化かされないと言った。それなら賭けをしようということになって、船頭は日が暮れるのを待って大かんへ出かけた。そして大岩に腰をかけていると、向こうから殿さまの行列がやって来た。下に、下にという声に船頭はやれしまった、殿さまのお通りとは知らなかったと小さくなっている内に先払いが来て、やい無礼者、殿さまのお通りというのにそこにおるとは不届き者、手打ちにしてやると言った。船頭がどうなることかと震えていると、これでこらえてやると言って頭をくりくり坊主に剃ってしまった。やれ助かったと思ってみると、侍も殿さまもいない。これはしまった。狐に化かされたと思って問屋へ戻ったところ、これは自分の勝ちだ。それでは約束通り船をもらうと言って、乗ってきた船を取られてしまった。船頭は仕方ないので何里もある道を歩いて帰って布団を被って寝ていた。三日経っても起きないので女房が心配して訳を尋ねた。それを聞くと女房は、それなら自分が仇をとってやろうと言って千石船を準備してそれに乗って出かけた。そして問屋の主人に自分なら化かされないと言った。そこで千石船と問屋の家財全部とで賭けをすることになった。女船頭は日が暮れるのを待って大かんの大岩へ出かけた。間もなく下に、下にという声が聞こえてきた。女船頭は侍に化けている狐に向かって、まだまだ化け方が下手だ。目で直せと怒鳴りつけた。狐どもは化けの皮が剥がれたと思って、どのようにすれば化けられるかと尋ねた。女船頭が唐鐘へ行って木綿と針と糸をとってくれば言うて聞かすと言うと、狐どもはすぐ唐鐘へ行って盗んできた。女船頭はそれで大きな袋をこしらえて、この袋の中へ入れ、そうしたら言うて聞かすと言った。狐どもは皆袋の中へ入ったので女船頭は袋の口をしっかり結んで問屋へ引きずって帰った。問屋の主人はびっくりしてしまった。女船頭は多くの若い衆を使って狐を猫島の沖へ沈めてしまったので、それから大かんで狐に化かされる者はいなくなった。女船頭は勝ったので、問屋の家財を全部もらって大金持ちになった。

◆モチーフ分析

・大かんの大岩の辺りに大かん狐という人をよく化かす狐がいた
・それを問屋の主人が自慢にしていた
・一人の船頭が自分なら化かされないと言った
・それで賭けをすることになった
・日が暮れるのを待って船頭は大かんへ出かけた
・大岩に腰掛けていると、向こうから殿さまの行列がやって来た
・先払いが不届き者、手打ちにしてくれると言った
・船頭は坊主頭にされて、これでこらえてやるとなった
・助かったと思ってみると侍も殿さまもいない
・狐に化かされたと思って問屋へ戻ったところ、乗ってきた船を取られてしまった
・船頭は仕方なく何里もある道を歩いて帰った
・布団を被って三日ほど寝ていた
・女房が心配して訳を尋ねたので話した
・女房はそれなら自分が仇をとると言って千石船を準備して出かけた
・問屋に自分なら化かされないと千石船と問屋の家財全部とで賭けをした
・女船頭は日が暮れるのを待って大かんの大岩へ出かけた
・間もなく下に、下にという声が聞こえてきた
・女船頭は侍に化けている狐に向かって、まだまだ化け方が下手だ、目で直せと怒鳴りつけた
・狐たちは化けの皮が剥がれたと思って、どのようにすれば化けられるかと尋ねた
・女船頭が唐鐘へ行って木綿と針と糸をとってくれば言うて聞かすと答えた
・狐どもはすぐ唐鐘へ行って盗んできた
・女船頭はそれで大きな袋をこしらえて、この袋へ入れ、そうしたら言うて聞かすと言った
・狐どもが皆袋の中へ入ったので女船頭は袋の口をしっかり結んで問屋へ引きずっていった
・女船頭は若い衆を使って狐を猫島の沖へ沈めた
・それから大かんで狐に化かされる者はいなくなった
・女船頭は賭けに勝ったので問屋の家財を全部もらって大金持ちになった

 形態素解析すると、
名詞:船頭 狐 女 問屋 かん それ 大岩 自分 袋 賭け かす 下 侍 千石船 唐 女房 家財 日 殿さま 聞 鐘 三 こと これ ところ 一人 不届き 中 主人 人 仇 何 先払い 全部 化けの皮 口 向こう 坊主頭 声 大金持ち 布団 心配 手打ち 木綿 沖 準備 猫島 皆 目 糸 者 自慢 船 若い衆 行列 訳 辺り 道 針
動詞:する 言う 化かす いる 出かける 化ける 思う いう とる なる 尋ねる 待つ 暮れる 行く ある かむ こしらえる こらえる もらう やって来る やる 乗る 使う 入る 入れる 剥がれる 助かる 勝つ 取る 向かう 寝る 帰る 引きずる 怒鳴りつける 戻る 歩く 沈める 盗む 直す 答える 結ぶ 聞こえる 腰掛ける 被る 話す形容詞:よい 仕方ない
形容動詞:どのよう 下手
副詞:しっかり すぐ そう まだまだ 全部 間もなく

 船頭/狐/問屋の構図です。船頭(女房)―賭け―問屋、船頭(女房)―殿さまの行列―狐の図式です。

 狐に化かされるか問屋と賭けをした船頭だったが[賭け]、大名行列に騙されて[幻惑]頭を丸坊主にされていまう[敗北]。賭けに負けて船頭は船を失った[喪失]。女房が仇をとると言って問屋と賭けをする[賭け]。女房は狐を騙して袋に入れて猫島の沖に沈める[謀略]。狐に化かされる者はいなくなり[安定]、女房は問屋の家財を手に入れた[獲得]。

 船頭の仇をとるため女房が狐を騙し、袋に詰めて海に沈めた……という内容です。

 発想の飛躍は、女船頭が狐を騙すところでしょうか。女船頭―袋―狐の図式です。この話も人間が狐に勝ちます。

 唐鐘の地名が出ますので浜田の話だと思われますが、大かんという地名は知りません。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.313-316.

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2022年10月 2日 (日)

はんだの馬場の尻焼狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 小路の爺さんは度胸のいい人だった。ある日日が暮れてから山の内の方から牛を引いて帰った。寂しいはんだの馬場に差しかかると、年頃の娘がひょっこり出てきて道連れになった。そして、爺さん、足ガだるいがその牛に乗せてくれないかと言った。爺さんは来たなと思ったが、そしらぬ顔で、乗せてやるともと言い、鞍にかき乗せて、しっかりと綱でくくりつけた。娘はそんなに締めたら痛いと言う。いいや、落ちると悪いからと構わずにしっかり縛りつけて歩き出した。その内に村の近くになった。娘は、爺さん、降ろしてください。歩くからと言ったが、いいや、もう直に村だから、ついでに乗ってらっしゃいと答える。小便がしたいから降ろして下さいと言うと、もうじきだから、ついでにそのままにしなさい。娘は降りようと思ってもがいたが、しっかり縛りつけてあるのでどうにもならない。爺さんはいくらもがいても何と言っても取りあわず、とうとう自分の家まで帰った。そして門口から、婆さん、お客さんを連れてきたから足を洗う湯をもってきなさい。うめないでよい。なるたけよく沸かして熱くしてもってきなさいと言った。婆さんは変なことだと思ったが、ぐらぐら煮える熱い湯をたらいに入れてもってきた。爺さんは娘をしっかり抱きかかえて降ろし、それお客人、足を洗ってあげますと言って湯の中へ入れたので、娘はたちまち正体を現し狐になって、尻を焼かれて逃げていった。

◆モチーフ分析

・小路の爺さんは度胸がよかった
・日が暮れてから牛を引いて帰ってきた
・はんだの馬場に差しかかると年頃の娘と道連れになった
・娘は足がだるいから牛に乗せてくれと言った
・爺さんは応じて、娘を鞍に乗せて綱でくくり付けた
・娘が痛いといったが、爺さんは落ちると悪いからと取りあわない
・村の近くになって娘が降ろしてくれと言ったが、爺さんは取りあわない
・娘は降りようともがいたが、しっかり縛りつけられているのでどうにもならない
・爺さんは家に着くと婆さんに足を洗う湯を頼んだ
・婆さんが煮えた熱い湯をたらいに入れて持ってきた
・爺さんが娘を降ろして足を洗おうとして湯の中に入れると、娘は正体を現し狐になった
・尻を焼かれて狐は逃げていった

 形態素解析すると、
名詞:娘 爺さん 湯 足 婆さん 牛 狐 たらい はんだ 中 家 小路 尻 年頃 度胸 日 村 正体 綱 近く 道連れ 鞍 馬場
動詞:なる 乗せる 入れる 取りあう 洗う 言う 降ろす いく くくり付ける する もがく 差しかかる 帰る 引く 応じる 持つ 暮れる 焼く 煮える 現す 着く 縛りつける 落ちる 逃げる 降りる 頼む
形容詞:だるい よい 悪い 熱い 痛い
副詞:しっかり どう

 爺さん/娘(狐)の構図です。抽象化すると、人間/動物となります。爺さん―牛―娘=狐、爺さん―(煮える)湯―娘=狐といった図式です。

 爺さんが牛を引いて帰ってきたところ[帰還]、はんだの馬場で娘と道連れになった[遭遇]。足がだるいと言う娘を牛に乗せ[依頼][承諾]、綱で縛りつける[緊縛]。娘は文句を言うが[苦情]、爺さんは取りあわない[無視]。家に着き、煮えた湯で足を洗おう[検査]とすると正体を現し[露見]、狐は逃げていった[逃走]。

 馬場で道連れになった娘が牛に乗せてくれるよう依頼し、爺さんが応じるが、しっかり縛りつけて問答無用で家まで連れ帰る。煮えた湯を足につけると狐は正体を現した……という内容です。

 発想の飛躍は、爺さんが狐に勝つことでしょうか。爺さん―(煮える)湯―娘=狐の図式です。狐に化かされる話がほとんどなのですが、この話では珍しく人間が勝ちます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.311-312.

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要ロールバック

昔話のモチーフ素の抽出の部分のやり直し、どうしようかと思っていたが、初期の話に遡ってみると、初期のやり方の方が望ましいとなった。100話近くロールバックしなければならないが。

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アクセスが集中

(番外編)備中松山城と大石内蔵助の腰掛け岩: 薄味へのアクセスが異常に多い。テレビで放送でもしたか。

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2022年10月 1日 (土)

池の峠の狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、小角(こづの)の池の峠に人を化かす狐がいた。村に何でも自慢する男がいて、自分なら狐に化かされたりしやせんといつも言っていた。その男がある晩そこを通りかかると、道のほとりに美しい女が立っていた。男はこいつが例の狐に違いないと思って、いきなり腕をひっ捕まえると、おのれ、狐め。俺を化かそうと思ってもそうはいかない。連れて帰って火あぶりにしてやるからそう思えと言ってずるずる引っ張って帰った。女は驚いて自分は狐ではない。助けてください、手を放してくださいと言ったが、男は何、放すものかといってどうしても放してくれない。女は泣く泣くもう右の腕はちぎれるから左の腕と取りかえてくださいと頼むので、それなら取りかえてやろうと言って左の手を引っ張って帰った。男は家の前まで帰ると、おい、かかあ、お客さんを連れて帰ったから火をどんどん焚け、これから火あぶりにしてやると大きな声で怒鳴った。すると、いきなり手が軽くなって男はすとんと尻もちをついた。しかし握った手は放さないで、しまった、狐は逃がしてしまった。それでも手だけは引き抜いてやったからこれを見よと言って女房にそれを見せた。女房はそれを見るとくすくす笑い出したので、火の灯りでよく見ると胡瓜(きゅうり)を一本しっかり握っていた。

◆モチーフ分析

・小角の池の峠に人を化かす狐がいた
・ある男は自分は化かされないと自慢していた
・ある晩、池の峠を通りかかると、道のほとりに美しい女が立っていた
・男はこいつが例の狐に違いないと思って、女の腕を捕まえた
・女は驚いて自分は狐ではないと許しを請う
・男が手を放さないので女はせめて左の腕と取りかえてくださいと言う
・応じた男は女を家まで連れてくる
・男は女房に火を焚けと言い、火あぶりにしてやると怒鳴った
・すると、手が軽くなって男は尻もちをついた
・握った手は放さないで、手だけは引き抜いてやったと女房に見せた
・女房はくすくす笑い出す
・よく見るとそれは胡瓜だった

 形態素解析すると、
名詞:男 女 手 女房 狐 峠 池 腕 自分 こいつ それ ほとり 人 例 家 小角 尻もち 左 晩 火 火あぶり 胡瓜 自慢 道
動詞:化かす 放す 言う いる する つく やる 取りかえる 引き抜く 応じる 怒鳴る 思う 捕まえる 握る 焚く 立つ 笑い出す 見せる 見る 許す 請う 通りかかる 連れる 驚く
形容詞:ない 美しい 軽い 違いない
副詞:くすくす せめて よく

 男/狐の構図です。抽象化すると、人間/動物です。男―胡瓜/腕―女=狐といった図式です。

 狐が<出る>という池の峠で男は美しい女と<遭遇>する。女を狐と<見た>男は女の腕を強引に<掴む>。女はせめて左腕にしてくれと<言い>、男は腕を<持ち直す>。女を強引に家まで<連れて>きた男だったが、火あぶりにしてやると言ったところ、すとんと<尻もち>をつく。女房に腕を<見せた>ところ、それは胡瓜だった。

 狐が出るという池の峠で遭遇した女の腕を強引に掴んで家まで連れていった男だったが、きづくと胡瓜を握っていた……という内容です。

 発想の飛躍は男が胡瓜をつかまされていたことでしょうか。男―胡瓜/腕―女=狐の図式です。左腕にもちかえたところで握らされた様です。すんでのところで狐を取り逃がしてしまったというところです。

 那賀郡に小角や池の峠といった地名があるのか知りません。伝説的要素を持ちますが、内容的には昔話でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.309-310.

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研究篇を読み終える

角川書店『日本昔話大成』第12巻 研究篇を読む。これには昔話研究に関する論文が収められている。通読して気づいたのだけど、歴史地理的手法についての解説ではモチーフ分析について触れられていなかった。こちらの思い違いか。昔話の形態論についての論考では現在僕が進めている手法が、まだ生というか発展途上のものであることに気づかされた。これ、どーしよう?

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