谷田池の蛇姫――モチーフ分析
◆あらすじ
昔、出雲国意宇(いう)郡矢田村の豪族の娘に美しい姫がいた。姫は物心つくにつれて石見国の国分村にある谷田の池を恋い慕うようになった。谷田の池は広さ十町三反(一〇・三ヘクタール)ばかり、深さは数十尋(ひろ)もある青い水をたたえた大きな池だった。姫がどうしてこの池を恋い慕うのか姫自身にも分からなかった。しかし不思議な因縁でその思いはつのるばかり、独り部屋に立て籠もって物思いに沈んでいる日が多くなった。姫が十六歳になった卯月(四月)、思い詰めた姫は、自分はどうしても心が塞いでならない。石見の谷田池のほとりにある祠は霊験あらたかであると聞いているので、ぜひ一度お参りして念願をかけたいと思うので行かせてほしいと父に願った。父や母や侍女たちも遠い石見路への長旅は大変なので口をそろえて思いとどまる様に勧めたが、姫は目に涙をためてどうしても行かせて下さいと言う。それで父や母もとうとう姫の願いを叶えてやることにした。姫の乗物と行列は日数を重ねて国分村へ着いた。ちょうど日が落ちようとして、広い池の面は音もなく静まりかえっていた。姫はほとりの祠に詣でると心も晴れ晴れとした様に、池のみぎわへ降りて水を手にすくった。と、その時、姫は吸われるように池の中へ沈んでいった。姫はもともとこの池の蛇の化身であったと言い、またこの池にすむ年ふる雄蛇に魅入られたのだとも言う。
その後、谷田家の先祖の尾崎藤兵衛は谷田の池を埋め立てて田を開いた。この工事は中々難しく、水害のためせっかく作った新田が流れて元の池になったり土砂に埋まったりした。これは大蛇が住むところが狭くなったため田を荒らすからだというので、承応二年、谷田家の主人は池のほとりの鐘堂におこもりして工事が無事に出来上がるよう祈願をした。すると満願の夜池の大蛇が池を譲り渡す証として鱗を一枚残して立ち去った。これによって工事は無事に出来上がった。それ以来この蛇を竜神として祀ることにしたが、元禄八年には下府(しもこう)村光明寺の亮音法印や上府(かみこう)村の神職千代延直真らによって盛大な法要祭典が営まれた。すると池の上空から美しい音楽が聞こえて「石見潟千代ふる里の梢まで よくぞ守らん三つのともしび」という歌声が聞こえた。また、大蛇が水害を起こしたりして工事を妨げるのをなだめるため、一人の百姓が自分の頬の肉を切り取って池に投げ込んで大蛇に祈ると大蛇は天へ昇っていったとも言う。また、谷田の池が狭くなったので、大蛇は底の続いている上府の安国寺の門前の池に現れ、説教を聴いて涙を流し、成仏して鱗を一枚残して天へ昇った。それで門前の池を涙が池という様になったとも言われている。
◆モチーフ分析
・出雲国意宇郡矢田村の豪族に美しい姫がいた
・姫は物心のついた頃から石見国国分村の谷田の池を恋い慕うようになった
・どうして慕うのかは姫自身も分からなかったが、不思議な因縁で思いはつのり、独り部屋に立て籠もって物思いに沈むことが多くなった
・十六歳になった姫はぜひ一度谷田の池のほとりにある祠に参詣したいと父に願った
・父母や侍女たちは長旅で大変なので思いとどまる様に勧めた
・姫はどうしても行かせて欲しいと言う
・父母も止むなく姫の願いを叶えるようにした
・姫の乗物と行列は日数を重ねて国分村へ着いた
・姫はほとりの祠に詣でると心も晴れ晴れと、池のみぎわへ降りて水を手にすくった
・そのとき姫は吸われるように池の中へ沈んでいった
・姫はもともと谷田の池の蛇の化身だったとも言い、またこの池に棲む雄蛇に魅入られたのだとも言う
形態素解析すると、
名詞:姫 池 谷田 ほとり 分村 父母 祠 蛇 十六 こと とき みぎわ 不思議 中 乗物 侍女 出雲国 化身 参詣 因縁 国 国国 大変 心 意宇 手 日数 水 父 物心 独り 矢田 石見 自身 行列 豪族 長旅 雄 頃
動詞:する 言う 沈む 願う ある いる すくう つく つのる なる 分かる 勧める 叶える 吸う 思いとどまる 思う 恋い慕う 慕う 棲む 物思う 着く 立て籠もる 行く 詣でる 重ねる 降りる 魅入る
形容詞:多い 欲しい 止むない 美しい
副詞:どう ぜひ また もともと 一度 晴れ晴れ
連体詞:この その
姫/蛇の構図です。姫―池―蛇、姫―(魅入る)―蛇というところでしょうか。
石見国の谷田の池を慕う[思慕]ようになった姫は池のほとりにある祠に参詣したいと願う[請願]ようになる。念願かなって祠に詣でた姫だったが、池の水際で水をすくったところ池に沈んでしまった[沈没]。
出雲の姫が石見国の谷田池までやって来たところ、池に入水してしまった……という内容です。
・谷田池の先祖の尾崎藤兵衛は谷田の池を埋め立てて田を開いた
・難工事で水害のために新田が流れたり土砂に埋まったりした
・谷田家の主人は池のほとりの鐘堂に籠もって工事が無事完了するよう祈願した
・満願の夜、大蛇が池を譲り渡す証として鱗を一枚残して立ち去った
・これで工事は無事に完了した
・下府村の法印や上府村の神職らによって盛大な法要祭典が営まれた
・すると池の上空から美しい音楽が聞こえ、歌声が聞こえた
・大蛇が水害を起こして工事を妨げるのをなだめるために一人の百姓が頬の肉を切り取って池に投げ込んで大蛇に祈ると大蛇は昇天した
・谷田の池が狭くなったので、大蛇は底の繋がっている上府の安国寺の門前の池に現れ、説教を聴いて成仏して鱗を一枚残して昇天した
形態素解析すると、
名詞:池 大蛇 谷田 工事 ため 一枚 上府 完了 昇天 村 水害 無事 鱗 これ ほとり 一人 上空 下府 主人 先祖 土砂 夜 安国寺 尾崎 底 成仏 新田 歌声 法印 法要 満願 田 百姓 祈願 神職 祭典 肉 藤兵衛 証 説教 鐘堂 門前 難工事 音楽 頬
動詞:する 残す 聞こえる なだめる よる 切り取る 営む 埋まる 埋め立てる 妨げる 投げ込む 流れる 現れる 祈る 立ち去る 籠もる 繋がる 聴く 譲り渡す 起こす 開く
形容詞:狭い 美しい
形容動詞:盛大
蛇/主人の構図です。蛇―証文/鱗―主人の図式です。池―工事―田、蛇―鱗―証文でもあります。
谷田の池を埋めて[埋め立て]田んぼにするのは難工事[難事業]で、新田が流されたり土砂で埋まったりした[失敗]。祈願したところ池の大蛇は証拠に鱗一枚残して昇天した[贈与]。
谷田の池を干拓して田んぼにするのは難工事だった。祈願したところ池の主の大蛇が鱗を一枚証拠に残して去った……という内容です。
発想の飛躍は池に魅入られた姫が入水するところでしょうか。姫―池―蛇の図式です。また、蛇が鱗を証文として残すのもそうでしょうか。蛇―証文/鱗―主人の図式です。
安国寺の蓮池は現在では埋め立てられて駐車場になっています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.253-255.
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