弥九郎霧――モチーフ分析
◆あらすじ
今から二百年あまり前、那賀郡井野村小原の柚ノ木郷に弥九郎という百姓がいた。生まれつき賢く、人のたねに骨身を惜しまず世話をする人だった。その頃井野村には庄屋が一軒と蔵元庄屋が三軒あった。蔵元庄屋は郷々にあってその郷の世話をし、年貢米や上納紙をまとめていた。これらの庄屋たちの中には、いろいろ横着する者があるので百姓たちは難儀をしていた。その頃弥九郎は十九の若者だったが、これを見かねて百姓の難儀を救おうと思い、殿さまに訴えた。ところが取調べの日になって、役人から色々取調べがあったが、お上のご威光に打たれたものか、弥九郎の言うことがはっきりしない。そこでこれはお上を欺き世を乱すものだということになり、火あぶりの刑にされることになった。弥九郎の母が大層悲しんで、殿さまに訴えたことが本当であったのなら、なぜ取調べの時その事を詳しく申し上げなかったのかと言うと、弥九郎は言おうと思ったが庄屋が狐をつけて舌を動かせなかったからどうしても言えなかったと言った。お仕置きの日になった。悪事をした見せしめというので弥九郎を馬に乗せて村中を引き回した末、家々から一把ずつ薪を出させて小山の辻で焼き殺した。弥九郎は燃えさかる火の中で落ち着き払って、自分は今こうして焼き殺されるが、身体は死んでも魂は死なない。自分の魂の残る印に、ここへ白藤を咲かすから見ておれと言った。それから間もなく焼け跡に藤の芽が出て白い花が咲いた。その後庄屋たちは二度三度火事になったり、いろいろ良くないことが続いて家が絶えた。またそれ以来、百姓たちが薪を出した報いとしてであろうか、作物の上を濃い霧が覆う様になった。特に夏から秋にかけては朝日が出てから二時間くらいは全く濃い霧が谷を埋めて実に物寂しい有様になる。ただ室谷郷の中間だけは弥九郎は罪のないのに気の毒なことだ。いかに庄屋の言い付けでも人を焼く木は出せないと言って薪を出さなかった。それでこの近辺へは霧を降らせないと言う。
◆モチーフ分析
・那賀郡井野村小原に弥九郎という百姓がいた
・弥九郎は賢く人のために骨身を惜します世話をする人だった
・井野村には庄屋が一軒と蔵元庄屋が三軒あって横着するので百姓たちは難儀をしていた
・弥九郎は百姓の難儀を救おうと思い、殿さまに訴えた
・取調の日、弥九郎の言うことがはっきりしない
・お上を欺き世を乱すとして火あぶりの刑にされることになった
・母がなぜと問うと弥九郎は庄屋が狐をつけて舌を動かせなかったから言えなかったと答えた。
・お仕置きの日、弥九郎を馬に乗せて村中を引き回した
・家々から薪を出させて弥九郎を焼き殺した
・弥九郎は身体は死んでも魂は死なない、見ておれと言った
・焼け跡に藤の花が咲いた
・庄屋たちは火事になったり、良くないことが続いて家が絶えた
・それ以来、作物の上を濃い霧が覆う様になった
・室谷の中間は薪を出さなかったので霧が降らない
形態素解析すると、
名詞:弥九郎 庄屋 こと 百姓 人 日 薪 難儀 霧 お上 お仕置き それ ため 一軒 三軒 上 世 世話 中間 井野 井野村 作物 刑 取調 室谷 家 家々 小原 村中 横着 殿さま 母 火あぶり 火事 焼け跡 狐 舌 蔵元 藤の花 身体 那賀郡 馬 骨身 魂
動詞:する 言う なる 出す 死ぬ ある いう いる つける 乗せる 乱す 動かす 咲く 問う 引き回す 思う 救う 欺く 焼き殺す 答える 絶える 続く 覆う 見る 訴える 降る
形容詞:濃い 良い 賢い
副詞:なぜ はっきり 惜
庄屋/弥九郎/お上という構図です。庄屋―狐―弥九郎―お上、弥九郎―霧―庄屋―井野という図式でもあります。
正義感の強い弥九郎は庄屋たちの不正をお上に訴えた[上訴]が、取調の日に狐をつけられてしゃべられなくなってしまう[口封じ]。火あぶりの刑に処された[火刑]弥九郎だったが、その恨みは霧となって井野を覆った[応報]。
庄屋たちの不正をお上に訴えた弥九郎だったが、狐をつけられてしゃべることができず、却って火あぶりの刑に処せられた……という内容です。
発想の飛躍は狐をつけて弥九郎の口を封じることでしょうか。庄屋―狐―弥九郎―お上の構図です。
身体は死んでも魂は死なないという言葉には鬼気迫るものを感じます。日本標準『島根の伝説』では大麻山の坊さんが弥九郎の口を封じたとなっています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.256-258.
・「島根の伝説」(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1978)pp.28-35.
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