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2022年8月 8日 (月)

えんこうの一文銭――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔あるところに川の東の岸と西の岸に一軒ずつ家があって、それぞれ爺さんと婆さんが住んでいた。東岸の爺さんは正直者で一匹の猫を飼っていたが貧乏なので十分食べさせることができなかった。ところがある日、竜宮さまがえんこうの一文銭をやるから天井の裏へ下げて祀れとお告げになった。朝起きてみると果たして爺さんの枕元にえんこうの一文銭がおいてあった。その一文銭を天井の裏に吊すと、これまで貧乏だった爺さんの家は日増しに身上が良くなった。反対に西岸の欲張り爺さんの家は次第に身上が悪くなっていった。女はとかく口さがなく東岸の爺さんがえんこうの一文銭を授かってから日ごと身上が良くなったということを西岸の婆さんに話したので、これを聞いた爺さんは早速東岸の家へ行ってえんこうの一文銭を貸してくれないかと頼んだ。正直者の爺さんは長い間は貸せられないが一時なら貸してあげようと言って貸した。西岸の爺さんはその一文銭を持って帰って天井裏に吊しておくとその日から身上が次第に盛り返してきた。東岸の家は一文銭を貸した日からまた昔のように目に見えて貧乏になっていった。そこで西岸の爺さんに貸した一文銭を返してくれと催促にいったが、何とか理由をつけてどうしても返さないので、爺さんは困って戻ってきた。婆さんは考えあぐねた末に家の飼い猫に一文銭をとって来るようにいいつけた。猫は川が渡れないので困っていると、一匹の犬が来た。犬に訳を話して川を背負って渡してくだされと頼んだので、猫は犬に負われて川を渡ることができた。猫が西岸の家に行ってみると、鼠がいたので猫はすかさずこの鼠を捕って、お前の命を助けてやるから天井裏にある一文銭を取ってこいと頼んだ。鼠は天井裏に上がって一文銭を落として持ってきた。猫はそれを貰って、また犬に川を渡してもらうように頼んだ。犬の背に負われて川の中程まで来たとき、犬がくわえた物を落とすなよと言ったので猫はハイと返事した。その調子で一文銭が水の中へ落ちた。猫は泣かんばかりになって思案した。そうしたら空から一羽の鳶(とび)が下りて来たので猫は鳶を狙って咥えた。そして命を助けてやるからこの川に落ちた一文銭を探してこいと頼んだ。鳶は川の底にあるものは見えないので、川の上を泳いでいた鵜(う)を咥えて、お前は水の底にいる鮎(あゆ)でも捕るのだから水の底に落ちた一文銭を拾ってくれと頼んだ。そこで鵜は川の端を上下したがちっとも見えないので大きな鮎を咥えてお前の命をとるのではない。この川に落ちているえんこうの一文銭を取ってくれ。お前は水の底を歩いて蟹(かに)とえびでさえ餌にするくらい水の底のことは達者だからと頼んだ。鮎は水の底を泳いでいくと果たしてえんこうの一文銭があった。それを拾い上げて鵜に渡した。鵜はそれを鳶に渡して鳶はそれを猫に渡した。猫はとうとう水の底から一文銭を拾い上げることができたので、喜んで歌にうたった。「猫に鼠に空たつ鳶に 川で鵜の鳥、鮎の魚」。犬は川を渡してくれたが大切な一文銭を水の中に落とすようなことをさせたので、この歌の仲間に入れていないそうだ。猫はえんこうの一文銭を持って帰って爺さんに渡したので東岸の家はまた次第に身上がよくなった。

◆モチーフ分析

・川の東岸と西岸に爺さんと婆さんがそれぞれ住んでいた。
・東岸の爺さんは正直者だったが、飼い猫にろくに食わせられないほど貧乏だった
・竜宮からえんこうの一文銭を授かり、天井裏に下げて祀る
・すると身上が段々と上向いてきた
・東岸の婆さんが口さがなく西岸の婆さんに話す
・西岸の爺さんが東岸の爺さんに一文銭を貸して欲しいと頼む
・東岸の爺さんは、少しの間だけならと貸す
・すると西岸の爺さんの身上が上向き、東岸の爺さんの身上が下向く
・東岸の爺さん、一文銭を返す様催促するが、何かと理由をつけて返さない
・東岸の婆さんが飼い猫に一文銭を取り戻すように言い付ける
・猫、川を渡れないので困っていると犬がやって来る
・猫、犬の背に負われて川を渡る
・猫、西岸の家の鼠を捕まえ、一文銭を持ってくるように言い付ける
・鼠、一文銭を天井から取って猫に渡す
・一文銭を受け取った猫、再び川を渡ろうとする
・犬が声をかけたので応答してしまい、一文銭を川底に落としてしまう
・猫、鳶を捕まえて川底の一文銭を取ってくるように言い付ける
・鳶、川底が見えないので鵜を捕まえて一文銭を取るように言い付ける
・鵜、川底をさらえないので鮎を捕まえて一文銭を取るように言い付ける
・鮎、川底の一文銭を取って鵜に渡す
・鵜は鳶に一文銭を渡す
・鳶が猫に一文銭を渡す
・喜んだ猫は歌を詠む。ただし犬は除く
・一文銭を取り戻した東岸の家はまた身上がよくなった

 形態素解析すると、
名詞:一文銭 東岸 爺さん 猫 川底 西岸 婆さん 川 犬 身上 鳶 鵜 家 飼い猫 鮎 鼠 えんこう それぞれ 催促 声 天井 天井裏 少し 応答 歌 正直者 段々 理由 竜宮 背 間
動詞:取る 渡す 言い付ける 捕まえる 上向く 取り戻す 渡る 貸す 返す かける さらう する つける やって来る 下げる 下向く 住む 受け取る 喜ぶ 困る 持つ 授かる 祀る 落とす 見える 詠む 話す 負う 除く 頼む 食わせる
形容詞:よい 口さがない 欲しい
形容動詞:貧乏
副詞:また ろくに 何か 再び

 東岸の爺さん/西岸の爺さん、東岸の爺さん/猫/犬/鼠/鳶/鵜/鮎の構図です。抽象化すると、主人公/模倣者、男/動物です。東岸の爺さん―一文銭―西岸の爺さん、東岸の爺さん―一文銭―猫/犬/鼠/鳶/鵜/鮎の図式です。

 東岸の爺さん、えんこうの一文銭を授かる[呪具の獲得]。次第に身上が上向く[到富]。婆さんがおしゃべりで西岸の婆さんに話してしまう[漏洩]。西岸の爺さんが一文銭を貸してくれるよう申し入れる[申し入れ]。東岸の爺さん、承諾して貸す[貸与]。西岸の爺さん、一文銭を返さない[返却せず]。東岸の婆さん、飼い猫に一文銭を取り戻すように言いつける[命令]。猫、犬に負われて川を渡る[渡河]。猫、鼠を捕まえて[捕獲]一文銭を取り戻す[奪取]。再び川を渡る[渡河]。犬の言葉に応じてしまった[応答]ために一文銭を川底に落とす[落下]。猫、鳶を捕まえて一文銭を持ってくる様に命じる[命令]。鳶、できないので鵜を捕まえて言いつける[命令]。鵜、できないので鮎を捕まえて言いつける[命令]。鮎。一文銭を取り戻す[回収]。鮎、一文銭を鵜へ渡す[譲渡]。鵜、鳶へ渡す[譲渡]。鳶、猫へ一文銭を渡す[回収]。喜んだ猫は歌を詠む[吟詠]。犬は除く[除去]。一文銭を回収した東岸の爺さん、身上が上向く[到富]。

 えんこうの一文銭を奪取するために、猫、犬、鼠、鳶、鵜、鮎のリレーが行われる……という内容です。

 発想の飛躍はえんこう(河童)の一文銭を回収する動物たちのリレーでしょうか。東岸の爺さん―一文銭―猫/犬/鼠/鳶/鵜/鮎の図式です。

 えんこうの一文銭は豊かさをもたらす魔法のアイテムです。

 世界の昔話では「魔法の指輪」に該当するようです。犬、猫、ねずみといった動物のリレーが見られます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.152-155.
・『民間説話―理論と展開―』上巻(S・トンプソン, 荒木博之, 石原綏代/訳, 社会思想社, 1977)pp.116-117.

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