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2022年8月16日 (火)

仁王寺の別当――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、久喜(瑞穂町)の近くに仁王寺があった。そこの住持はお金の勘定もろくに分からず人並みはずれたことをする人で、今でもおかしなことをすると「まるで仁王寺の別当のようだ」と笑う。この別当があるとき真綿を買った。あとで使おうと思ってほぐしてみると中へ天保銭が入っていた。普通の人なら売った人に談判して余分に払った代金を取り返すが、別当は天保銭を儲けたと大喜びだった。そこへ檀家の人が来て、真綿は軽いもので目方で売り買いする値段の高いものだから天保銭のような重いものを入れて売れば売る方は得だが買う方は損である。住持は一杯食わされたのだと教えた。別当は騙されたと気づいたが後の祭りだった。しばらくして寺へ小豆を買いに来た者があった。別当はこの間の損を埋め合わせるのはこの時だと思って小豆の中へ天保銭を四五枚入れて売った。あとで檀家の人にこの話をすると、小豆一升はわずか二百か三百なのに天保銭の四五枚も入れては損の上の損だと教えた。ある時別当は三里ばかり離れた坂本町の知人のところでよばれてご馳走になった。ふきのとうの味噌和えが出された。別当はこれが嫌いで見るのも嫌だったが、箸をつけないでは主人に無礼になるので、まず嫌いなものは先に食べてしまおうと思って、目をつぶって一気に呑み込んでしまった。するとふきのとうの味噌和えが好きと誤解されて山のように出された。別当はやせがまんをして食べた。すると、どうぞご遠慮なくとまたどっさり盛ってくれた。このことが世間に知れて嫌いなものを強いられるのを仁王寺の別当のふき味噌と言って笑うようになった。別当が帰りかけた時はもう日が暮れていた。半分ばかりも歩いた時、馬子に出合った。帰り道だからお乗りなさい。駄賃はいくらでもいいからと勧めた。別当は足も疲れていたので乗ることにした。別当は馬の上でうつらうつらしながら帰った。着いたので別当は馬から下りて駄賃を払った。どうも様子がおかしいので、ここはどこかと訊くと坂本だと馬子は答えた。駄賃は安かったが、坂本へ戻ったのでは仕方ない。どうしようもないので宿屋を探して泊まり、明くる日歩いて帰った。それで今でも「仁王寺の別当の返り馬」といって笑い話になって。秋の末の寂しい頃だった。別当はある晩夜中に便所に行った。静かな山寺のことだから小便の落ちる音がたちたちと聞こえる。それが中々止まないので別当は帰ることができない。突っ立っている内にとうとう夜も明けた。あとで気がついて見ると小便の音と思ったのは宵に軒下に置き忘れた傘へ雨の降りかかる音であった。こうして変なところで夜を明かしたので別当は一日中ぐっすり眠った。目を覚ましてみると月の光が窓から差し込んでいた。これは寝過ぎたと思って裏庭へ出て柿の木の下をそぞろ歩きしていると、何者か後ろから来て頭を叩いた。別当はびっくり仰天してばったりと倒れ、そっと手をあげて頭をさすった。何かべっとりと手をついたので月の明かりに透かしてみると真っ赤な血だった。別当は仰天して家へ駆け込むと白木綿を出して頭をぐるぐる十重二十重に巻いて、うんうん唸って寝ていた。近所の人は仁王寺は二三日戸をたてたまま別当も見えないので、不思議に思って四五人連れ立って戸を開けて中へ入ってみると、別当は頭をぐるぐる巻きにして寝ている。どうしたのか訊くと、誰かに闇打ちにされて頭を五寸ばかり割られたと息も絶え絶えに言った。村の人たちは人から恨みを受けるような人ではなし何人の仕業だろう。とにかく医者に診せなければと早速医者を呼んできた。医者が白木綿とすると別当が痛いから構わずにと言うのをいろいろなだめて解いてみると、まるまると剃った頭のてっぺんに熟しきった柿が一つべったりとくっついて潰れていた。

◆モチーフ分析

・久喜の仁王寺の別当は金勘定もできず、おかしなことをする人だった
・真綿に天保銭を入れたのを売りつけられたが天保銭を儲けたと喜ぶ
・檀家の人にそれでは損だと教えられる
・小豆に天保銭を四五枚入れて売りつけた
・小豆は安いからそんなことをしたら損だと檀家の人に教えられる
・ご馳走をよばれたがふきのとうの味噌和えを出された
・味噌和えが嫌いな別当は先に片付けてしまう
・味噌和えが好物だと勘違いされて更に盛られる
・帰り道で馬子に馬に乗るように進められる
・気づくと元に戻っていた
・宿を借り翌朝歩いて帰った
・小便にいったがいつまでもポタポタ音がするので切り上げられなかった
・傘に雨の雫が垂れている音だった
・一晩明かしたのでぐっすり眠る
・起きると夜だったので裏庭に出る
・頭を叩かれたので見ると出血していた
・真綿で頭を巻いて寝込む
・近所の人々が医者を連れてくる
・出血と思ったのは熟した柿だった

 形態素解析すると、
名詞:人 味噌和え 天保 銭 こと 出血 別当 小豆 損 檀家 真綿 音 頭 一 四五 いつ ご馳走 それ ふきのとう 久喜 人々 仁王 傘 元 勘定 勘違い 医者 夜 好物 嫌い 宿 寺 小便 帰り道 柿 翌朝 裏庭 近所 金 雨 雫 馬 馬子
動詞:する 入れる 売りつける 教える いく できる よぶ 乗る 借りる 儲ける 出す 出る 切り上げる 叩く 喜ぶ 垂れる 寝込む 巻く 帰る 思う 戻る 明かす 歩く 気づく 熟す 片付ける 盛る 眠る 見る 起きる 連れる 進める
形容詞:安い
形容動詞:そんな
副詞:ぐっすり ポタポタ 先に 更に
連体詞:おかしな

 別当が奇行をするという図式です。別当―天保銭―真綿、別当―ふきのとう―檀家、別当―(乗る)―馬子、別当―雫―小便、別当―柿―医者の図式です。

 仁王子の別当は変人だった[奇行]。真綿に天保銭を仕込まれて騙される[騙す]。が、騙されたことに気づかない[気付かず]。檀家の人に教えられてようやく理解する[悟る]。小豆に天保銭を入れて売る[売却]。それでは損だと檀家の人に教えられる[教示]。ご馳走をよばれたが苦手な料理が供される[提供]。我慢して食べると好物と誤解される[誤解]。帰り道、馬に乗ったが元の場所に戻ってしまう[戻る]。小便がいつまでも切れないので一晩明かす[聞き違い]。熟睡して目覚めたら夜になっていた[熟睡]。裏庭を歩いていると何かに頭を殴られる[殴打]。寝込むが、熟した柿を出血と勘違いしていた[勘違い]。

 仁王寺の別当は奇行を繰り返す人だったが、慕われていた……という内容です。

 発想の飛躍は仁王寺の別当という登場人物の人物像でしょうか。別当―天保銭―真綿、別当―ふきのとう―檀家、別当―(乗る)―馬子、別当―雫―小便、別当―柿―医者の図式です。

 「仁王寺の別当」は幾つかのお話をまとめたものと言えるでしょう。地名や固有名詞が出てきますので伝説に分類されるかもしれません。

 私の場合ですと、上府(かみこう)の安国寺の小僧さんが一つの皿にあるものを全部食べてから次の皿に移る食べ方をするという話を聞いたことがあります。また、とんかつ屋でとんかつを注文して、せんキャベツが苦手なので先に食べてしまったら、キャベツが好きと店員さんに誤解されてキャベツを盛られたことがあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.183-188.

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