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2022年7月

2022年7月31日 (日)

瓜姫――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔あるところに爺さんと婆さんがいた。ある日爺さんは木を伐りに行った。婆さんは川へ洗濯に行った。婆さんは川で着物をすすいでいると、上の方から瓜が流れてきた。婆さんがそれを拾って食べたところ旨かったので、もう一つ流れよ、爺さんに持って帰ろうと言うと、また大きなのが流れてきた。持って帰るには難儀な大きな瓜だった。その瓜を婆さんは櫃(ひつ)の中に入れて爺さんが戻るのを待っていた。爺さんが帰ってきたので瓜を包丁で割ろうとすると瓜がぽっかり割れて中から可愛いお姫様が出てきた。瓜の中から出てきたから瓜姫という名にして可愛がって育てた。瓜姫が大きくなると、婆さんは糸を紡ぎ、爺さんは杼(ひ)やくだをこしらえて機を織った。瓜姫は毎日機を織っていた。ある日、爺さんと婆さんは外出するので、留守中にあまんじゃくが来ても戸を開けるなと言い付けて出ていった。それで瓜姫は独りで機を織っていた。そこへあまんじゃくがやって来て姫さん、ちいと開けちゃんさいと言った。瓜姫が嫌だと言うと、そう言わんと指の入るほど開けちゃんさい。叱られたらわしが詫びるからと言って指の入るほど戸を開けさせた。今度は手の入るほど開けちゃんさいと言ったので手の入るほど開けてやった。次に頭の入るほど開けちゃんさいと言ったので頭の入るほど開けてやった。今度は身がらの入るほど開けちゃんさいと言った。瓜姫は嫌だと言ったが、あまんじゃくが自分が侘びるからと言ってとうとう中に入ってしまった。それから話をしていたが、これから柿を採りに行こうと言った。瓜姫はここから出たら爺さん婆さんに叱られるから嫌だと言ったが、爺さん婆さんの居ない内に戻ればいいと言って瓜姫を連れて柿の木谷へ出した。あまんじゃくは高い柿の木に登って採っては食いしたが瓜姫には一つもやらなかった。瓜姫には渋柿ばかり投げてよこした。瓜姫がせっかく来たのだから柿が食べたいというと、瓜姫を上がらせて、瓜姫の着ていた着物とあまんじゃくのぼろの汚い着物を交換して姫を高いところへ登らせて、葛(かずら)を持ってきて姫を柿の木に縛りつけてしまった。あまんじゃくは瓜姫のきれいな着物を着て姫に化けて戻ってきて機を織っていた。そのうちに瓜姫はよいところに嫁にもらわれた。嫁入りの日が来て瓜姫に化けたあまんじゃくを駕籠(かご)に乗せて出かけた。柿の木谷を通ろうか栗の木谷を通ろうかと言うとあまんじゃくが栗の木谷を通ろうと言った。そこで栗の木谷を通ったが、栗のいがが足にたってやれないので引き返して柿の木谷を通った。柿の木の下を通ると瓜姫があまんじゃくが嫁入りすると言って泣いた。爺さんが上を見ると瓜姫が縛られているので、駕籠の中のはあまんじゃくが化けていることに気づいて、瓜姫は縄を解いて下ろして、あまんじゃくは引きずり出して三つに切った。粟(あわ)の木に一切れ、麦の根に一切れ、蕎麦(そば)の根に一切れ埋めた。するとそれらの根は赤くなった。瓜姫はきれいな着物に着替えて嫁入りをした。

◆モチーフ分析

・爺さんは木を伐りに、婆さんは川へ洗濯に行く
・婆さんが洗濯していると、上流から瓜が流れてくる
・瓜をとって食べると美味しいので、もう一つ流れてこいと言う
・今度は大きな瓜が流れてくる
・婆さん、大きな瓜を難儀して家に持ち帰る
・爺さんが帰ってきたので食べようとしたら、瓜が割れて中から姫が出てくる
・瓜姫と名づけて可愛がって育てる
・大きくなった瓜姫、機を織るようになる
・爺さんと婆さん、外出するので瓜姫にあまんじゃくがやって来ても戸を開けないように言いつける
・瓜姫が機を織っていると、あまんじゃくがやってくる
・あまんじゃく、言葉巧みに徐々に戸を開けさせる
・中に入ったあまんじゃく、柿を採りに瓜姫を外出させる
・柿の木に登ったあまんじゃく、柿を独り占めする
・あまんじゃく、瓜姫と着物を交換する
・あまんじゃく、瓜姫を柿の木に上がらせて葛で縛る
・瓜姫に化けたあまんじゃく、家に戻る
・姫、嫁に行くことになる
・瓜姫に化けたあまんじゃく、駕籠に乗る
・栗の木谷を通ろうとするが、栗のいがが沢山で引き返す
・柿の木谷を通ったところ、瓜姫が危機を知らせる
・瓜姫を救出する
・あまんじゃくを三つに斬る
・あまんじゃくの死骸を埋める
・蕎麦などの根が赤くなる
・瓜姫は無事嫁に行った

 瓜から<誕生>した瓜姫。瓜姫、機を<織る>。爺さんと婆さんが<外出>すると、あまんじゃくが<来訪>してくる。言葉巧みに戸を<開け>させる。柿を食べに<外出>。あまんじゃく、瓜姫と着物を<交換>する。あまんじゃく、瓜姫を<緊縛>し、瓜姫に<変化>する。嫁入りの駕籠に乗ったあまんじゃくだが、瓜姫が危機を<警告>する。あまんじゃく、<切断>され、畑に<撒かれる>。瓜姫、無事に<嫁入り>する。

 発想の飛躍は瓜から生まれた瓜姫でしょうか。途中、あまんじゃくが言葉巧みに戸を開けさせる場面も魅力的な語りです。瓜姫は生存する結末と殺される結末とがありますが、このお話では無事です。蕎麦などの根がなぜ赤いかを示す由来譚でもあります。

 ちなみに、瓜が流れてくる様は「つんぶりこんぶり」と形容されています。また、瓜姫が機を織る際は「キーリスットンバットントン」と形容されています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.123-128.

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夏祭りの日

今日は鷲宮神社の夏祭りの日だったが、コロナで行くのを見合わせる。10月頃に収束しているといいのだけど。

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2022年7月30日 (土)

ぶいが谷の酒――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔あるところに良い爺さんと悪い爺さんがいた。良い爺さんがあるとき山の中で木を伐っていると、木を伐るたびに「ぶいぶいぶいが谷に酒が湧く」という音がする。ぶいが谷に行ってみると谷から酒が湧き出ていた。爺さんが飲んでみると、とても旨いので、夢中になって飲むうちにすっかり酔って寝込んでしまった。すると、猿がたくさん出てきて、ここに地蔵さんが寝ている。どこかへ持っていってお祀りしようと言って爺さんをかついで走っていった。その内に爺さんの金玉がぶらりと下がった。猿たちはこれを見て、ぶらりと下がった。何だろうと言ったので、爺さんはお香の袋と言った。しばらく行くと爺さんが屁をひった。ぷうんと出たのは何だろう。爺さんはお香の匂いと言った。爺さんは山の中のどこかへ連れて行かれて地蔵にされた。猿たちは爺さんを座らせると供物をたくさん供え、拝んでどこかへ行ってしまった。爺さんは猿がいなくなると供物を持って帰って近所の人たちに配った。

 隣の悪い爺さんはそれを聞いて、自分もそんな目に遭おうと思って、ぶいぶい谷へ行って酒を飲んで寝ていた。すると猿がまた出てきて爺さんをかついで行った。その内に屁の方が先に出たので、爺さんがおかしくてくすくす笑うと、猿たちは怒ってまた昨日の様に地蔵さまの真似をして供物だけをとって行こうとするふとい奴だと言って、よってたかってかきむしったので爺さんは血だらけになってしまた。婆さんは夕方になっても爺さんが帰らないので山へ迎えに行くと遠くに爺さんが見えた。爺さんと同じ様に欲張りの婆さんは爺さんが赤いきれいな着物を着て帰ったと思って大喜びしたが、近寄ってみると、爺さんは血だらけになってうんうん苦しんでいた。

◆モチーフ分析

・良い爺さんと悪い爺さんがいた
・良い爺さんが山で木を伐っていると、ぶいが谷に酒が湧くという音がする
・谷に行ってみると酒が湧き出ていた
・夢中になって飲む内に酔って寝込んでしまう
・猿が出てくる
・猿、地蔵さんが寝ていると爺さんを担いでいった
・爺さんの金玉がぶらりと下がる。お香の袋と答える
・爺さん、屁をする。お香の匂いという
・爺さん、山の中のどこかで地蔵さんとして祀られる
・猿、たくさんの供物を供える
・猿が去った後で爺さんは供物を持って帰り、近所の人に配る
・隣の悪い爺さんは良い爺さんの話を聞いてぶいが谷に行く
・悪い爺さん、谷で酒を飲んで寝てしまう
・猿がまた出てきて悪い爺さんを担ぐ
・悪い爺さん、屁をする。爺さん、くすくす笑う
・猿たちは昨日のように地蔵さまの真似をして供物を取るといって、よってたかってかきむしる
・悪い爺さん、血だらけになる
・悪い婆さん、爺さんが赤い着物を着ていると思う
・近づくと、爺さんは血だらけになって苦しんでいる

 良い爺さんが木を<伐って>いると、谷に酒が<湧く>と<聞こえる>。谷で<飲酒>して<寝て>しまう。猿がやってきて爺さんを地蔵と<誤認>して<担いで>いく。金玉をお香と<誤魔化す>。屁をお香の匂いと<誤魔化す>。爺さん、地蔵として<祀ら>れて供物を<供え>られる。猿が<去った>後で爺さんは供物を持って帰る。悪い爺さん、良い爺さんの<真似>をする。悪い爺さん、谷で<飲酒>して<寝て>しまう。猿が<出現>して爺さんを<担いで>いく。爺さん、屁をしてくすくす<笑う>。地蔵でないと<露見>し、<かきむしられる>。爺さん、血だらけになって<帰還>する。

 隣の爺譚です。発想の飛躍は猿が爺さんを地蔵さまと勘違いするところでしょうか。余所の真似をするものではないという教訓話になっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.121-122.

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2022年7月29日 (金)

神さまから授かった下駄――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔々、お爺さんとお婆さんが二人で暮らしていた。二人は貧乏だった。ある日お爺さんは畑から帰ると、お宮へ参ってくると言って仕事着のまま出かけていった。お爺さんはお宮へ参ってどうかお金を授けて下さいますようにと一生懸命お願いした。すると、神さまが裏庭に下駄があるから、それを持って帰れと言った。お爺さんが喜んで行ってみると、古ぼけたきたない下駄が片っぽだけあった。こんなぼろ下駄が片っぽでは仕方がないと思ったが、それでも神さまの授け物だからと思い直して持って帰った。家へ帰ってお婆さんに下駄を見せると、お婆さんはそんな古い下駄では何にもならないではないかと言った。お爺さんは捨ててしまおうかと思ったが、試しに履いてみようと思った。するとおじいさんはころりと転げた。起きてみるとその拍子にお爺さんの身体の下に金がごっそり出ていた。お爺さんは大喜びでもう一遍履いてみた。すると、またころりと転んで起きてみると身体の下にお金がごっそりあった。お爺さんは面白くなってまた転んだ。ところが不思議なことに、お爺さんが転ぶたびにお爺さんの身体は段々小さくなった。お爺さんはそれでも履いては転び、歩いて転びしたので、お金は山の様にたまった。しばらくしてお婆さんが来てみると、大きな金の山のほとりにお爺さんが虫のように小さくなっていた。

◆モチーフ分析

・貧乏な爺さんと婆さんが二人で暮らしていた
・爺さん、仕事着のままお宮に参りに行く
・爺さん、お金を授けて欲しいと祈る
・裏庭に下駄があるからそれを持って帰れと神さまが教える
・爺さんが見ると、汚い下駄がかたっぽだけだった
・神さまの授け物だからと、爺さん、下駄を持って帰る
・家に帰って婆さんに下駄を見せる
・婆さん、そんな古い下駄では何にもならないと言う
・爺さん、捨ててしまおうかと考えるが、試しに履いてみる
・爺さん、転げる
・すると、お金がどっさり出てきた
・爺さん、何度も履いては転ぶを繰り返す
・婆さんが気づくと、爺さん、虫の様に小さくなっていた

 爺さん、お宮に<参拝>する。金が欲しいと<祈念>する。すると神さまが裏庭に下駄があると<教える>。爺さん、それを取って<帰宅>する。試しに<履いて>みると<転ぶ>。するとお金を<獲得>する。何度も<反復>した爺さんは虫の様に<小型化>してしまう。

 発想の飛躍は転ぶとお金が出てくるが、代わりに身体が小さくなるところでしょうか。欲をかいてはいけないという教えになっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.119-120.

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私と他者――高田明典『「私」のための現代思想』

高田明典『「私」のための現代思想』を読む。「私」は様々な役割の仮面を被って世界という劇場で物語を演じている。そういった「私」に関する分析を現代思想的な手法で行っている。後半は「私」と「他者」の関係の分析が主となる。

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2022年7月28日 (木)

大歳の火――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、出雲に長者の家があった。大歳の晩になった。この晩には昔から火を絶やしてはいけないことになっているので、下女や下男の中から一番年下の女中に火の番を命じて他の者は寝てしまった。女中は一生懸命寝ないようにして火の番をしていたが、昼間の疲れで眠たくなってうとうとしてしまった。気がつくと囲炉裏の火はすっかり消えていた。大切な大歳の火を消したことが分かったら大変だ。驚いた女中が辺りを見回すと向こうの山に火が見えた。女中は度胸がよいので夜中の真っ暗な中を独りその火のところへ歩いて行った。火を目当てに山の上へ登っていると、髪の真っ白な老人が一人で火を焚いていた。火をくれるように女中が頼むと、死んだ人と一緒ならあげると老人は言った。見ると火のほとりに亡者が横にしてあった。亡者と一緒でもいいから下さいと言って女中は火をもらい、亡者を背に引っかけて帰ってきた。そして亡者は庭先へ寝かせてむしろを掛けておいて火を焚きつけ夜が明けるまで一生懸命火の番をした。夜明けになって皆が起きてきた。番頭が女中をよく番をしたと褒めた。その内に皆が庭先にむしろの掛けてあるのを見つけて、これは何だろうという話になった。女中がそれを今めくってはいけないと言ったが、番頭が何気なしにめくると中からざあっと小判が出た。皆、びっくりした。それで女中が昨夜の話をすると旦那が出てきて、白髪の老人とは金の神さまだ。女中があまりに度胸がいいので今の通りになったのだろうと言った。そして女中を若旦那の奥さんにした。

◆モチーフ分析

・一番年下の女中に大歳の日の火の番が命じられる
・女中は疲労からついうとうとしてしまう
・気がつくと囲炉裏の火が消えてしまう
・山の向こうに火が見える
・女中、屋敷を出て山に向かう
・白髪の老人が火を焚いていた
・老人、亡者と一緒なら火をあげると言う
・女中、応じる
・女中、亡者を背負って火を屋敷に運ぶ
・亡者を庭におき、むしろを掛ける
・女中、火の番を終える
・他の者たち、起きてくる
・番頭、女中を褒める
・庭のむしろが皆の目に入る
・番頭がめくってみると小判の山だった
・女中、昨夜の経緯を話す
・旦那が出てきて、それは金の神だと言う
・女中、若旦那と結婚する

 一番年下の女中に大歳の日の火の<番>が<命令>される。女中、疲れから<まどろんで>しまい、気づいたときには火は<消えて>いた。山の向こうに火が<見えた>。女中、山に<向かう>。山では白髪の老人が火を<焚いて>いた。老人、亡者と一緒なら火を<やろう>と言う。女中、亡者を<背負って>屋敷に<帰還>する。亡者を庭に置き、むしろで<隠蔽>する。夜が明け、番頭が女中を<褒める>。番頭が庭のむしろをめくったところ、亡者じゃ小判の山に<変化>していた。女中、事情を<説明>する。それは金の神だとなり、女中、若旦那と<結婚>する。
 発想の飛躍は亡者が小判の山に変化することでしょうか。死体が小判に変化するのですが、こういう場合は死体化生型と呼ぶのでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.116-118.

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後半はゴッホ論――坂崎乙郎「絵とは何か」

坂崎乙郎「絵とは何か」を読む。美学についてYahoo知恵袋で質問して紹介された本。感性の衰えと審美眼の関連について質問したもの。本書では審美眼は「違いがわかる」と言い表されている。昔、インスタントコーヒーのCMで「違いの分かる」というキャッチコピーがあった。CMの登場人物はいずれも四十代のクリエイター、アーティストであるとしている。違いが分かるためには上限から下限まで経験することが必要だとしている。また、老化で感覚の衰えは訪れるが、むしろ審美眼にはプラスに働くとしている。後半はゴッホの人生について語られている。ゴッホの伝記が読みたくなった。

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2022年7月27日 (水)

とりつこうかひっつこうか――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、あるところに爺さんと婆さんがいた。爺さんは山へ木こりに行った。婆さんは後から弁当を持っていった。松の木原を通りかかると「とりつこうかひっつこうか」と声がした。恐ろしくなった婆さんは急いで爺さんのところへ行った。帰りはどうしようかと婆さんが言うと「とりつかばとりつけ、ひっつかばひっつけ、黄金、白金、大判も小判もひっつけ」と言えと教えた。そこで婆さんが帰りに松の木原を通りかかると「とりつこうかひっつこうか」と声がしたのでは婆さんは爺さんに聞いた通りに言った。そうしたら大判、小判、白金が手も足も動かないほどに引っ付いた。婆さんはうんうん唸って家に戻って、身体にひっついた黄金、白金、大判、小判をむしりとって大金持ちになった。

 これを隣の婆さんが聞いて、爺さんを無理やり山へ木こりにやった。そして後から弁当を持っていった。松の木原を通りかかると「とりつこうかひっつこうか」と声がした。帰りにまた声がした。婆さんは「とりつかばとりつけ、ひっつかばひっつけ」と言った。すると婆さんの身体に松やにが一杯引っ付いた。そこへ六部さんが通りかかった。婆さんがうんうん唸っているので具合が悪いのか訊いたところ、「具合どころではない。松やにだらけで手も足も動かされん」と言った。そこで六部さんがこの松やにを取るには家へ帰って大火を焚いて焙(あぶ)れと言った。そこで婆さんは家へ帰って大火を焚いて焙った。そうしたら、婆さんの身体に火がついて、婆さんは焼け死んだ。人まねをして欲張るものではない。

◆モチーフ分析

・爺さん、山へ木こりに行く
・婆さん、弁当を持っていく
・途中で「とりつこうかひっつこうか」と声がした
・婆さん、爺さんにどうするか相談する
・爺さん、「とりつかばとりつけ、ひっつかばひっつけ、黄金、白金、大判も小判もひっつけ」と教える
・婆さん、爺さんに言われた通りにする
・大判、小判、白金が身体にひっつく
・爺さんと婆さん、大金持ちになる
・隣の婆さん、爺さんを無理やり木こりにやる
・隣の婆さん、弁当を持っていく
・途中で「とりつこうかひっつこうか」と声がした
・帰りに声がして婆さん、「とりつかばとりつけ、ひっつかばひっつけ」と言う
・松やにが隣の婆さんの身体につく
・通りかかった六部が火を焚いて焙れと教える
・焙ったら、松やにに火がついて隣の婆さんは死んでしまう

 山へ木こりに行った爺さんの許へ婆さん、弁当を<持参>する。すると不思議な<声>がする。「とりつかばとりつけ、ひっつかばひっつけ」と<応答>すると、黄金が身体中に<ひっつく>。婆さん、大金持ちになる。隣の婆さん、それを<真似>する。すると松やにが<ひっつく>。松やにを取るために火で<焙った>ところ、身体に<着火>して<焼死>する。

 隣の爺譚です。発想の飛躍は婆さんと隣の婆さんでひっつくものが違うというところでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.113-115.

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2022年7月26日 (火)

狸と狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 狐と狸が出会った。狐が狸に空死にするように言って、狐は猟師に化けて狸を背負って町へ出て狸を売った。狐は狸は空死にするものだから、しっかり縛り付けておくように言ったので買い手は狸をしっかり縛った。狐の猟師は狸を売った金で焼き餅を買って、吊されている狸のところへ行って、焼き餅を買ったから下りてこいと言った。しっかり縛られているので中々身体が抜けない。ようやく下りてくると狐は焼き餅を全部食べてしまった。狸は皆食ったとプンプン怒った。狸は仇をとってやるぞと思って翌晩狐のところに鮒(ふな)を持っていった。狐がどうして獲ったか訊くと、狸は夜に堤へ尻尾をつけているといくらでも食いつくと言った。狐は狸に案内されて堤へ行った。そして狸の言う通り尻尾を水につけてじっとしていた。狸がまだまだと言うので狐はじっと尻尾をつけていた。そうして夜中尻尾を堤につけていたので氷が張って尻尾がとれなくなった。夜が明けて動けなくなっているところを人に見つけられ、散々な目に遭った。

◆モチーフ分析

・狐と狸が出会った
・狸に空死にするように言い、狐は猟師に化けて狸を売る
・買い手、言われた通りに狸をしっかり縛る
・狐、狸を売った金で焼き餅を買う
・狐、狸に降りてこいと言う
・狸、しっかり縛られているため身体が抜けない
・ようやく下りてくると、狐は焼き餅を全部食べてしまった
・狸、狐が全部食べたと怒る
・狸、仇を取るために翌晩狐のところに鮒を持っていく
・狸、夜に堤に尻尾をつけていると食いつくと言う
・狐、狸に連れられて堤へ行く
・狐、狸の言う通り、尻尾を水につける
・狐、尻尾を水につけ続ける
・氷が張って、狐、動けなくなる
・夜が明けて人に見つかり、散々な目に遭う

 狐、狸と<会う>。狐、狸に<空死に>するように狸を<騙す>。狐、猟師に<化けて>狸を<売る>。狸、しっかり<縛られる>。狐、焼き餅を<独り占め>する。狸、<怒る>。狸、狐のところに鮒を<持参>する。狸、狐に堤で尻尾を水に<つけて>いると釣れると騙す。狐、尻尾を水に<つけ>続ける。水が<凍って>狐、<動けなくなる>。夜が明けて人に<発見>され、散々な目に<遭う>。

 狐と狸の化かし合いが発想の飛躍でしょうか。狐と狸が争うと狐が勝つ話の方が多いような気がするのですが、ここでは引き分けとなります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.110-112.

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2022年7月25日 (月)

猫と鼠――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、神さまが十二の干支(えと)を決めるため正月十二日朝、まっさきに来た者から順番を決めることにした。猫はその会議に差し支えがあって行けなかったので、鼠(ねずみ)に干支を決める日はいつだったか訊いた。鼠は猫を騙して十三日だったと答えた。鼠は十一日の晩、牛小屋の中で寝ていた。夜中頃、牛がごそごそ出始めたので、どこへ行くか訊いたところ、そろそろ出かけないと間に合わないと言った。鼠はずるい事を考えて牛の背中に乗った。そうして神さまの門口についた時、ぴょんと飛び降りて牛より先になった。そこで鼠が一番、牛が二番となった。十三日の朝、猫は一番になろうと早々に出かけていった。すると門番が何しに来たと訊いたので、今年は干支が決まるというのでやって来たt答えた。すると何を寝ぼけている。顔を洗ってこい。あれは昨日済んだと散々に笑われた。猫は鼠に騙されたと腹が立ち、その日から顔を洗うことを始めた。そして鼠を探しては捕る様になった。

◆モチーフ分析

・干支を決めるため正月十二日朝にまっさきに来た者から順番を決めることになった
・猫はその会議に行けなかった
・猫、干支を決める日を鼠に尋ねる
・鼠、十三日だと猫を騙す
・十一日の晩、鼠は牛小屋で寝ている
・牛が出発したので、その背中に飛び乗る
・牛が門口に到着した際に飛び降りて一番乗りとなる
・鼠、干支の一番目となる
・十三日、猫が神さまの門口に行く
・干支を決めたのは昨日だ。顔を洗ってこいと嘲笑される
・鼠を恨んだ猫はそれから顔を洗い、鼠を捕るようになった

 干支を決まる集まりが<開催>されることになった。猫は鼠にその日は何時か<質問>する。鼠は猫を<騙す>。鼠は牛の背中に乗り、<一番乗り>を果たす。鼠、干支の一番目の地位を<獲得>する。猫は鼠に騙されたことに<気づく>。鼠を恨んだ猫は顔を<洗う>ようになり、鼠を<捕獲>するようになった。

 発想の飛躍は鼠のずる賢い知恵でしょうか。猫が顔を洗い、鼠を捕るようになった由来譚ともなっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.108-109.

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文学青年だった柳田――大塚英志「社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門」

大塚英志「社会をつくれなかったこの国がそれでもソーシャルであるための柳田國男入門」(角川EPUB選書)を読む。「ソーシャル」という英語には実は適切な日本語訳がないのではないかとしている。米国では結社がそうであるとのこと。

柳田がロマン主義の文学青年だった話は知らず、田山花袋との関係は勉強になった。文学を止め、官僚/農政学者の道をまず歩みはじめることになる訳だが、「経世済民」の思想はその後の民俗学、戦後の国語・社会科教育でも一貫しているとしている。また、自分で学んで自分で判断するという近代における個の確立を重視していたともする。周囲に流されるのでは自分で判断していることにならないのである。

著者は柳田の学問における手法をデータベース的、ハイパーテキスト的と指摘する。それは雑誌の運営において研究者個人の他に先駆けた発表を重視する方法論と齟齬をきたす。柳田がやろうとしていたことは現代になってWEBが発展することによってようやく機能する方法論だったのである。そういう意味で柳田の方法論はソーシャルなものだったのである。

基本的に漫画編集者/原作者でサブカル評論家であり民俗学に関しては学士でしかない著者が大学で民俗学の講義を行うことはアカデミック・ポストを一つ奪うものであり、いかがなものかと思っていたが、本書を読んでまあ許せるかという印象に変わった。

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2022年7月24日 (日)

ホトトギス――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、ホトトギスと雉子(きじ)がどちらがたくさん鳴くか自慢し合った。雉子が自分は秋の彼岸から春の彼岸までに一千一声鳴くと自慢した。ホトトギスは負けん気になって自分は一夏に八千八声鳴いてみせると自慢した。それでは見せてみよという話になった。さっそくホトトギスは鳴き始めたが中々八千八声は鳴けなくて、仕方がないから飛んでいるときも鳴いた。それでも八千八声には届かないので、今度は夜も寝ずに鳴いた。しまいには喉から血が出た。それでも雉子に約束した八千八声鳴かねばならない。困った。卵を産んでかえすときに鳴かなかったら八千八声にならない。そこで考えた。鶯(うぐいす)がいない時には鶯の卵を放りだして自分の卵を産んでおいた。そうと知らない鶯は一生懸命かえして育てた。ホトトギスの子は一人で飛べるようになると、他所へ飛んでいってしまうそうだ。そうしてホトトギスは八千八声鳴く。八千八声鳴くと喉から血を出して死んでしまうそうだ。

◆モチーフ分析

・ホトトギスと雉子がどちらがたくさん鳴くか自慢し合う
・雉子、秋の彼岸から春の彼岸までに一千一声鳴くと自慢する
・ホトトギスは負けじと一夏に八千八声鳴くと自慢する
・それでは見せてみよと実行を迫られる
・一日中鳴いても八千八声に届かない
・ホトトギス、鶯の巣に自分の卵を産み付ける
・鶯、ホトトギスの卵をかえして世話する
・ホトトギス、八千八声鳴いて喉から血を流して死ぬ

 ホトトギスと雉子が<自慢>し合う。ホトトギス、見栄をはったところ、それでは<実行>せよと<詰め寄られる>。一日中<鳴いて>も届かない。そこで鶯に<托卵>して<鳴き>続ける。約束を<達成>したら<喀血>して<死ぬ>。

 発想の飛躍は八千八声でしょうか。見栄を張ったばかりに実行せねばならなくなってしまいます。鶯に托卵させる理由づけとしても発想の飛躍が見られます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.107.

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サブカル談義ではない――大塚英志、東浩紀「リアルのゆくえ――おたく/オタクはどう生きるか」

大塚英志、東浩紀「リアルのゆくえ――おたく/オタクはどう生きるか」(講談社現代新書)を読む。サブカル評論家として知られている二人の対談なのでサブカル談義と思っていたら、政治的なもの、更に言えばもっと根源的なものに対する議論の応酬だった。お互いツーカーの仲の人が予定調和的に対談するよりは生産的なのかもしれない。

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第11回高校生の神楽甲子園 二日目

「第11回高校生の神楽甲子園」二日目をYouTubeのライブ配信で視聴する。高千穂神楽、備後神楽、豊前神楽、富山のおわら等普段見られない演目が鑑賞できた。全国大会のメリットである。石見神楽・芸北神楽は安定の出来だった。日芸選賞は賀茂北高校・備後神楽部「剣舞・折敷舞」だった。視聴者数は300人ほどだった。

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2022年7月23日 (土)

藁しべと炭と豆――モチーフ分析

◆あらすじ

 炭が囲炉裏から真っ赤になって逃げ出した。藁しべも囲炉裏から逃げ出した。鍋の中で煮えていた蚕豆も飛び出した。三人は一緒になって逃げたが、途中に小川があって渡れないので途方に暮れた。藁しべが橋になって炭と蚕豆がその上を渡ることになった。まず炭が渡りはじめたが、まだ身体が焼けているので橋の真ん中で藁しべを二つに焼き切ってしまった。藁しべは落ちて流れてゆき、炭は川に落ちてブクブクと沈んでしまった。それを見て笑った蚕豆だったが、あんまり笑ったので腹の皮が裂けてしまった。蚕豆の腹にある筋はその時医者に縫ってもらった跡である。

◆モチーフ分析

・炭が囲炉裏から逃げ出した
・藁しべも囲炉裏から逃げ出した
・鍋の中の蚕豆も逃げ出した
・三人は一緒に逃げた
・途中に小川があって渡れない
・藁しべが橋になった
・炭が橋を渡りはじめたが、藁しべが焼き切れてしまう
・藁しべは流れて落ちていった
・炭は川に落ちて沈んだ
・それを見た蚕虫は笑う
・笑い過ぎたので腹の皮が裂けてしまった
・蚕豆の腹にある筋はそのとき医者に縫ってもらった跡である

 炭と藁しべと蚕豆が<逃亡>した。逃げる途中、小川があって<渡河>できない。藁しべが自らを橋として<架橋>した。炭が通ろうとすると焼けて<切断>された。炭は<落下>して川に<沈んだ>。それを見た蚕豆は<嘲笑>した。笑い過ぎて腹が<割けた>。割けた腹を医者に<縫合>してもらった。

 発想の飛躍は炭と藁しべと蚕豆が一緒に逃げ出すところでしょうか。それぞれの特性通りの結末となります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.106.

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第11回高校生の神楽甲子園 一日目

「第11回高校生の神楽甲子園 ひろしま安芸高田」をYouTubeのライブ配信で視聴する。睡眠不足で前半は半分寝落ちしていた。良かったのは鳥取県の日野高校の「荒神神楽 大蛇」。普段と違う大蛇が見られた。浜田商業は「塵輪」から「八幡」に演目の急遽差し替えがあったようだが安定していた。日芸選賞は益田東高校の「鞨鼓・切目」だった。動画視聴者数は200人を切る水準だった。まだまだ伸ばせる数字だと思う。

去年は電子書籍の作業を優先して見なかったのである。

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時系列的には2章→3章→1章――東浩紀「ゆるく考える」

東浩紀「ゆるく考える」を読む。時系列的には2章→3章→1章と並ぶので、その順で読んだ方が良かったかもしれない。著者の考えは例えば東日本大震災を契機に変化しているが、グラデーション的に変化しているはずなのである。内容的には新聞や文芸誌に載った評論をまとめたもので、特に難しい概念もなくすらすらと読めるだろう。

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2022年7月22日 (金)

榎の木山の山姥――モチーフ分析

◆あらすじ

 清見の大掛と平田の田原との境に榎の木山という山がある。むかし榎の木山に山姥がいて大掛の川渕や田原の伊の木へ時々木綿を引きに出てきた。山姥は一日に糸巻きの管にやっと二本くらいしか引かなかったが、かせに巻くと不思議に巻いても巻いても糸が出てきて榎の木山の高さよりもっと長く出た。山姥の髪は真っ白だったが、山姥が米をとぐとぎ汁は榎の木川を白くしていつまでも流れた。その後榎の木山の持ち主が山の木を伐り払ったため、山姥は髪の白いのが恥ずかしくていることができず石見町の原山へ逃げていった。その時、清見の川渕と田原の伊の木の二軒だけは食物に不自由のないようにといって飯杓子を一本ずつ渡して、飯が少ないときはこの杓子でまぜるといくらでも増えると教えていった。ところが伊の木では父親が外から帰ってきてこんな汚い杓子はいらんと捨ててしまった。後からその杓子の有り難さを知って探しに行ったが、どこにも見えなかった。山姥が田原の金沢へ一度宿を借りに来た。気持ちよく宿を貸したところ、お礼に米のとぎ汁をあげるから、これからは水に不自由はせぬと言った。この水は濁っているが今でも絶えることはない。榎の木山の九合目には山姥のせんち石といって山姥がせんちにした跡という岩がある。

◆モチーフ分析

・昔、榎の木山に山姥がいて時々木綿を引きに出てきた
・一日に糸巻きの管に二本くらいしか引かなかったが、かせに巻くと巻いても巻いても糸が出てきた
・山姥が米をとぐとぎ汁は榎の木川を白くした
・榎の木山の木が伐り払われたため、山姥は恥ずかしがって原山へ逃げていった
・その際、二軒の家に飯杓子を渡した
・その飯杓子で混ぜると飯が幾らでも増えた
・伊の木では父親が汚いといって飯杓子を捨ててしまった
・後でありがたさを知って探したが見つからなかった
・山姥に宿を貸したところ、お礼に米のとぎ汁をくれた
・その水は濁っているが涸れることがない
・山姥が雪隠にしたという岩がある

 榎の木山の山姥に関する伝説を幾つかまとめたものの様です。発想の飛躍は糸巻き、飯杓子、米のとぎ汁でしょうか。怖い山姥ではなく優しい山姥です。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.104-105.

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2022年7月21日 (木)

山姥の手つだい――モチーフ分析

◆あらすじ

 石見町矢上の原山にある岩窟は市木浄泉寺の下まで続いていると言われている。そしてこの岩窟には山姥が住んでいたという。昔、大石の田植えは分限者のことで大田植だった。毎年のように早乙女(さおとめ)を十四五人雇っていたが、田植えの日になると夜明けからきれいに身支度をした早乙女が集まって田に入る。苗取りのときはそんなにはっきりしないが、並んで植え始めるとどうも雇った人数より一人多い。ところが不思議なことに顔を見ても違った人は見当たらない。それが、数えてみると一人多いので、誰か手伝いに来てくれたのだろうと昼飯の準備は一人増やしておいた。昼になって早乙女は田からあがって食事をした。ところが済んでから見ると一人分残っている。変に思って午後田に出た早乙女を数えてみると、やはり一人多い。ますます変だと思いながら田植えが済んで田から上がった人数を数えてみると、間違いなく雇っただけの人数だった。それでいよいよ訳が分からなくなってしまった。明くる年もその明くる年も同じ様な事が続いて、結局一人増えるのは山姥が手伝いに来たのだろうということになった。

◆モチーフ分析

・矢上の原山にある岩窟は浄泉寺の下まで続いていると言われている
・この岩窟には山姥が住んでいたという
・昔、大石の大田植は毎年のように早乙女を十四五人雇っていた
・田植えをはじめて見ると、どうも雇った人数より一人多い
・ところが顔を見ても違った人は見当たらない
・一人多いので昼食を一人分増やしておいたが、済んでみると一人分余っている
・変に思って早乙女の数を数えるが、やはり一人多い
・田植えが済んで田から上がった人数を数えると、雇っただけの人数だった
・明くる年もその明くる年も同じ様なことが続いた
・一人増えるのは山姥が手伝いに来ているのだろうということになった

 大田植で人数を<数える>と一人多い。顔を<確認>しても違わない。昼食を一人分多く<用意>したが、一人分<余る>。田植えが終わって<数える>と雇っただけの人数である。毎年同じことが<継続>した。山姥が<手伝い>に<来訪>しているのだろうと<解釈>した。

 発想の飛躍はいつの間にか一人増えているということでしょう。座敷童と似たテイストでもあります。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)p.103.

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二十代の頃の仕事――東浩紀「郵便的不安たちβ」

東浩紀「郵便的不安たちβ」を読む。著者の90年代の評論をまとめたもの。二十代の頃の仕事となる訳だが、この時点で東氏はメタフィクショナルな構造というか仕掛けを好んでいる。また、サブカル評論の世界に足を踏み入れるきっかけはエヴァンゲリオンだったことが明らかとなる。やっぱりエヴァですかといった感想。セカイ系の到来を予知した様な記述もある。近年の東氏はサブカル評論を止め、政治思想的なものに軸足を移しているが、一貫性はあるのだということが分かる。

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2022年7月20日 (水)

丸瀬山の山姥――モチーフ分析

◆あらすじ

 平安時代のはじめ、唐から帰ってきた弘法大師は金剛杖をつきならしながら宇坂峠を越えて市木の里へ入ってきた。峠から真正面にあおぐ丸瀬山の気高い姿は若い弘法大師の心をとらえた。この山を開いて道場を建て、金剛峯寺を開基しようと思った。大師はいばらの茂みを分けて丸瀬山に入った。そして谷から峯へと調査して回った。調査も大体終わって谷の数も峯の数も開基に都合のよいことが分かってきた。ところがこの事を知ってこの山に住む山姥が気をもみはじめた。このままでおくと山は開かれ大勢の人が出入りするようになって住む所が荒らされてしまう。その様な事にならぬよう細工をしてやろうと言って山姥は谷を一谷隠してしまった。弘法大師が最後の調査をしてみると、開山には四十八谷なければいけないのに四十七谷しかない。不審に思ってもう一度数えてみた。しかしどうしても四十七谷しかない。遂に諦めるより仕方がなかった。しかし、せめてこの山へ入った記念にと、大師は三体の観音さまを刻んで山に留め、次の山をもとめて三坂を超え芸州路へ向かった。こうして丸瀬山は山姥の邪魔でついに開かれることなく終わった。今でも隠しが谷といってその時山姥が隠したという谷がある。

 大師はまたこのとき丸瀬山から日本海の激しい波風の有様を見て、行き交う船の安全を祈願して仏像を残された。その後丸瀬山には夜な夜な灯がともり、沖に出た船はこの灯を唯一の目印にした。ことに海の荒れる時は、どんな大荒れにも消えることのないこの灯を頼って帰れば難船を免れた。

 観音さまの一体は観音寺原に、一体は麦尾に飛んで行き、一体は山に残っている。山に残った一体は昔ある人が丸瀬山の頂きの岩屋で見かけたので、明くる日に迎えて帰ろうと思っていったが、どうしても見つけることができなかったという。

◆モチーフ分析

・弘法大師、市木の里へ入ってくる
・弘法大師、丸瀬山の山並みに惹かれる
・弘法大師、丸瀬山に道場を開基しようと考える
・弘法大師、開基のための調査を行う
・調査は順調に進む
・丸瀬山に住む山姥がこのままでは丸瀬山に人が増え、自分の住処が荒らされると懸念する
・山姥、谷を一つ隠す
・弘法大師が谷の数を数えると四十七谷しかない
・四十八谷に一谷足りないので諦める
・弘法大師、市木の里を去る
・弘法大師、丸瀬山に仏像を残した
・その後、丸瀬山の漁り火によって多くの船が難破を免れた
・仏像は二体が外に流出した
・残りの一体は頂きの岩屋で見つかったが、その後見た者はいない

 丸瀬山で<開基>しようと<調査>を開始した弘法大師だったが、丸瀬山に住む山姥が谷を一つ<隠蔽>してしまう。再調査したところ四十八谷に一つ<不足>し開基を<断念>する。弘法大師は市木を<去る>。弘法大師は去り際に三体の仏像を<残す>。それによって多くの船が<救済>される。三体の仏像は<離散>して今は無い。

 発想の飛躍は山姥が谷を一つ隠してしまうというところでしょうか。実際にそのような谷があるということも想像を膨らませます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.101-102.

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2022年7月19日 (火)

鏡が渕――モチーフ分析

◆あらすじ

 鳴美の堤から切り立った岩の上に登ると、小さな祠がある。竜の明神で、祠の前の岩角に立っている松を髪かけの松という。弘安(こうあん)正応(しょうおう)の頃、阿波麻生庄の領主小笠原長親は海辺防備の功によって村之郷に移封されて海を渡った。後に川本温湯城三原丸小城を中心にして十五代およそ三百年間この辺りを治めた小笠原氏の先祖である。長親は村之郷に来ると南山城を築いて根拠地とした。重臣に何々太夫宗利という武士がいた。まだ若年であったが優れた武士だったので軍師として重く用いた。足利の勢が攻め寄せた時、川を上って魚断(いおき)りに押し寄せると味方の軍勢は天嶮によってこれを防ぎ敵は意を断(き)って引き返したので魚断りというようになった。

 この戦いで最も手柄を立てたのは軍師の宗利だった。それで長親は宗利に自分の娘を妻に与えた。ところがしばらく経って疫病にかかり生まれもつかぬ醜い女になった。その頃小間使いに美しい女があって、宗利は次第に本妻を避けるようになった。本妻はこれを恨んで、ある日宗利を動かして小間使いを連れて魚断りの景色を見に出かけた。そして景色のよい明鏡台へいって、しばらく休息していると、小間使いは懐中から小さな鏡を取り出してほつれた髪をかきあげた。その時後ろから忍び寄った本妻はいきなり小間使いを岩の上から突き落とした。

 この時小間使いは手鏡に映った本妻の顔からそれと察したので、本妻の袖をしっかり掴んだ。それで、あっという間に二人の女は相重なって落ちていった。驚いた宗利が駆け寄ってみると、数十丈の岩壁を悲鳴をあげて落ちていく二人の黒髪はどちらも竜となって互いにもつれ争いながら途中の松の枝にかかって抜け、二人はそのまま遙か谷底の深さも知れぬ渕に呑まれてしまった。宗利は意外のことに驚くとともに、深く嘆き悲しんで蟇田まで帰り、自刃して果てた。二人の女を呑んだ渕を鏡が渕といい、以来二人は竜となって永遠に相戦ったと言われている。古くから三人を神に祀ってあったのを昭和九年の明神勧請のときに合祀した。
◆モチーフ分析

・足利との戦いで宗利、軍功を挙げる
・宗利、小笠原長親の娘を賜る
・宗利の本妻、疫病で醜い容姿になってしまう
・宗利、美しい小間使いに心を移してしまう
・本妻、宗利と小間使いを魚断りに誘う
・小間使い、髪のほつれを直そうとして背後に本妻が迫っていることに気づく
・本妻の裾を掴んだ小間使い、共に崖から転落する
・二人の髪が竜となる
・二人は渕に飲み込まれる
・衝撃を受けた宗利、自刃する
・本妻と小間使いは竜となって永遠に争った
・三人を祀った祠が建った

 <軍功>を挙げ、主君の娘を<賜った>宗利だったが、本妻が疫病で<醜女>となってしまう。小間使いに心を移した宗利だったが、<嫉妬>した本妻が小間使いを<殺そう>とする。本妻と小間使いは共に渕に<落下>する。宗利、<自刃>する。

 発想の飛躍は本妻と小間使いが共に渕に転落するところでしょうか。そこから更に二人が竜と化して互いに争うという形となっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.99-100.

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2022年7月18日 (月)

賀茂神社の三重の塔――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、石見町中野の賀茂神社の三重の塔を建てた時のこと。この塔は有名な左甚五郎に頼んで建てた。甚五郎は日本一の大工だから、どんな力を持っているかと思って原山の山姥が様子を見にやってきた。山姥が甚五郎にこの塔を一夜で建てることができるか尋ねた。甚五郎は一夜で建ててみせると請け負った。すると山姥が甚五郎が一夜で建てるなら自分も一夜で機を織ってその布で原山を包んでみせると言った。勝負をすることになった。夕方から仕事にかかった甚五郎は一生懸命細工をしたが夜明け近くなったので、ふと原山の方をみると、一面に白い布らしいものが山を包んでいる。負けてしまったと思った甚五郎は道具を片付けて早々に逃げ出した。日和を通って川戸越しの月の夜という所まで逃げたが、夜が明けたので原山の辺りを見回すとどうしたことか別に白い布らしいものは掛かっていない。よく考えてみると、どうも月の光で白く見えたのを布で包んであると勘違いしたのだと気がついた。しかし、今更帰る訳にもいかないので逃げていった。「月の夜」という地名は今でも残っている。

◆モチーフ分析

・賀茂神社の三重の塔を左甚五郎が建てた
・様子を見に原山の山姥がやって来た
・山姥、塔を一夜で建てることが出来るか甚五郎に尋ねる
・甚五郎、一夜で出来ると請け負う
・山姥、ならば自分は一夜で機を織って原山を包んでみせると言った
・甚五郎と山姥、勝負することになる
・夕方から仕事を始めた甚五郎、夜明け近くに原山の方を見ると、一面に白い布が包んである
・負けたと思った甚五郎、道具を片付けて逃げ出す
・月の夜まで逃げたが、夜明けに原山を見ると白い布は掛かっていない
・月の光で白く見えたのを勘違いしたらしい
・今更帰る訳にはいかないので逃げていった

 三重の塔を<建築>していた左甚五郎の許に山姥が<来訪>する。甚五郎と山姥は一夜で塔を建てられるか、一夜で原山を布で覆えるか<勝負>する。夜明け近く、原山が一面布で覆われていると<認識>した甚五郎は<逃走>する。夜が明け月の夜までやってくると、それは<錯覚>だったと<判明>する。今更引き返す訳にもいかないので甚五郎は<逃走>する。

 発想の飛躍は一夜で山を布で覆うというところでしょうか。勝負は一旦負けたかに見えますが、それは錯覚だったと判明するのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.97-98.

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2022年7月17日 (日)

犬伏山の大蛇――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、邑智郡都賀村の都賀西に高橋備前守という城主がいた。備前守に仕える三十六人の小姓の中に松原千代坊師という十七八ばかりの勇士がいた。ある日集まって話をしていると年長の小姓が犬伏山の大蛇の話を持ち出して、誰か嘘かまことか見届けてくる者はいないかという話になった。返事をする者はいなかったが、千代坊が名乗り出た。千代坊は他の小姓たちから妬まれていたのである。大蛇を従えて帰ったら残り三十五人の大小を褒美として進ぜようという話になった。千代坊は褒美は断ったが、これは皆の企みだとすぐ分かった。

 千代坊は独り犬伏山に向かった。犬伏山に近い向山の出口に一軒家があって老人夫婦が住んでいた。夕方、そこに千代坊がやって来て水を一杯所望した。千代坊はこれから犬伏山を越えると告げた。老人夫婦はここから一里あまり奥に椿の大木があって、そこに年を経た雄雌の大蛇がいる。これまで夜に犬伏山を通って災難に遭った者は数え切れないと引き留めたが、千代坊は礼を言って山へ入って行った。

 だんだん暗くなり、山は次第に深くなった。椿の木の下で大蛇が出るのを待ち受けた。真夜中になって大蛇が下りてきた。千代坊は大蛇を真っ二つに斬った。次に雌蛇が下りてきた。これも一刀のもとに胴切りにした。夜が明けてきた。しかし、千代坊は大蛇の毒気を全身に浴びて身体が次第にしびれてきた。勇気を奮い起こして谷底へ下りて大蛇の耳を四つ切り取って元のところへ這い上がったが、毒が全身にまわり気を失ってしまった。

 夜が明けるのを待って老人たちが山へ登ってきた。そして倒れている千代坊を助け起こして家へ連れ帰って介抱をして城へ知らせた。千代坊が目を覚ましたときには乗り物で城中へ迎え入れられた後であった。

 千代坊の勇気に感心した備前守は三十五人の小姓たちを閉門にし、三十五の大小を改めて褒美に取らせた。千代坊は身体が回復すると暇を願い、都賀東の金東寺に入って坊さんとなった。そして名を教雲と改め仏道の修行にいそしんだ。その子孫は吾郷村に今も続いている。

◆モチーフ分析

・都賀西の高橋備前守に仕える三十六人の小姓がいた
・その中に千代坊という十七八の勇士がいた
・ある日、小姓たちが犬伏山の大蛇の噂をした
・千代坊が大蛇を退治しに行くという話になった
・残り三十五人の大小を賭ける話となった
・千代坊、犬伏山に向かう
・途中、老人の家に立ち寄る
・老人たち、千代坊を引き留めるが、千代坊、出立する
・犬伏山の椿の木の下で千代坊、大蛇を退治する
・千代坊、もう一匹の大蛇も退治する
・千代坊、証拠に大蛇の耳を切り取る
・大蛇の毒気に当てられた千代坊、意識を失う
・老人たちがやって来て千代坊を介抱する
・千代坊が目覚めたときには城中にいた
・備前守、千代坊の勇気を讃え、褒美を取らせる
・千代坊、暇を乞い、仏門に入る

 小姓たちが大蛇の<噂>をする。千代坊が<確認>することになり<賭け>をする。犬伏山に向かった千代坊、二頭の大蛇を<退治>する。証拠の耳を<獲得>する。<気絶>した千代坊を老人が<介抱>する。城中に戻った千代坊、褒美を<獲得>する。千代坊、仏門に<入る>。

 発想の飛躍は大蛇が二頭でることでしょうか。千代坊は難なく大蛇を退治しますが、毒気に当てられて気絶します。後に仏門に入ったのも大蛇退治と関係があるでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.93-96.

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2022年7月16日 (土)

虎の皮――モチーフ分析

◆あらすじ

 彦八が死んで閻魔さまの前へ出た。彦八は嘘ばかりついて人を騙していたから地獄だと閻魔は言った。彦八は鬼に向かって忘れ物をしたからちょっと帰らせて欲しい。来るときには虎の皮を土産に持ってくると言った。鬼は虎の皮が欲しいので許した。彦八が喜んで帰ると葬式の最中だった。柩の蓋を押し上げて生き返った彦八は心を入れ替え御法義者になった。今度死んで閻魔さまのところへ行くと成績がよいので極楽に行くことになった。そして地蔵さまに連れられて極楽へ行きかけると鬼が虎の皮を催促した。彦八はあれは嘘の皮だと答えて極楽へ行ってしまった。

◆モチーフ分析

・彦八、死んで閻魔の前に出る
・生前、嘘をついて人を騙していたから地獄行きだと言われる
・彦八、忘れ物をしたから一度戻りたいという
・鬼に虎の皮を土産にするからと許可を得る
・生き返った彦八、善人となる
・二度目に死んだ際、今度は天国行きだと告げられる
・鬼が虎の皮を欲しいと言う
・あれは嘘の皮だと言って極楽へ行ってしまう

 彦八、地獄行きを<宣告>される。猶予が欲しいと<言う>。虎の皮を土産にすると鬼を<騙す>。彦八、<復活>する。彦八、心を<入れ替える>。再び閻魔の前に立った彦八、極楽行きを<宣告>される。鬼が土産の虎の皮を<催促>すると<嘘>だったと<述べて>極楽へ<行って>しまう。

 地獄行きを<宣告>された彦八、鬼を<騙して><生還>する。心を」<入れ替えた>彦八、再び閻魔の前へ<出る>。善人だったので極楽行きを<宣告>される。鬼を<騙して>いたことを<告げて>極楽へ<行く>。

 彦八譚です。発想の飛躍は、あれは嘘の皮だったと言うところでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.83-84.

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2022年7月15日 (金)

三把の藁を十八把――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、爺さんと婆さんがいた。娘がいていい女房だった。多くの若者が我こそは婿にと思っていた。いい婿をとろうと思った爺さんと婆さんは門口に立て札をたてた。三把の藁を十八把に数えた者に娘をやると宣言した。若者が代わる代わるやってきて、どうにか十八把に数えようと思ったが、どうしてもできない。皆、諦めて帰った。そこへ村一番の頓知(とんち)の利く者が行って、「ちょいと来ると二把(庭)ござる。なかえの隅に九把(鍬)ござる。門に三把で十八把」と答えた。感心した婆さんはこの者が婿だといって娘をやった(十四把にしかならないが話はこのようになっている)。

◆モチーフ分析

・爺さんと婆さんにいい娘がいた
・多くの若者が娘を嫁に欲しがっていた
・爺さんは門に立て札をたてお題を出す
・誰も解けない
・村一番の頓知の利く者がお題を解く
・婆さんは娘を嫁にやった

 <求婚>のお題が<出題>される。誰も<解けない>。頓知の利く若者がお題を歌にかけて<解く>。若者、娘を<獲得>する。

 難題婿譚です。発想の飛躍はお題とその答えでしょうか。歌で解くというのが気が利いています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.81-82.

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東アジアで注目の思想家――東浩紀「哲学の誤配」

東浩紀「哲学の誤配」を読む。誤配の哲学について解説するのかと勘違いしていた。内容はインタビューと講演、訳者解説などである。一般意志2.0やゲンロンなどについてである。東氏は韓国で注目されている思想家らしい。

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2022年7月14日 (木)

脱線≒発想――Tak.「書くためのアウトライン・プロセッシング~アウトライナーで発想を文章にする技術」

Tak.「書くためのアウトライン・プロセッシング~アウトライナーで発想を文章にする技術」を読む。電子書籍。アウトライン・プロセッサでまずアウトラインを構築し、そこから文章に落とし込んでいくプロセスが分かり易く解説されている。書いている内に脱線することがままあるのだが、その脱線は発想であるともしている。その点でフリーライティングの重要性についても説かれている。

僕自身は(いい意味で)煮詰まったらお風呂に入るようにしている。そうするとアイデアがポコポコと湧いてくるのだ。人によっては散歩でもいいだろう。リラックスしている状態だと脳はデフォルトモードネットワークという状態になり、発想が浮かびやすくなるのだそうである。

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ポストモダンはよく分からん――東浩紀「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか+」

東浩紀「サイバースペースはなぜそう呼ばれるか+」を読む。著者の東氏はメタフィクション的な構図のある創作物を好む傾向にある。本書でもそれは表出していてSF作品が多数引用される。ポストモダン的な議論については予備知識がないため、よく分からなかった。

まあ、言ってしまえば、外国の偉い学者が定義した世間には馴染みのない概念/用語を駆使して己の思うところを述べるといったスタイルで貫かれているため、そういう作法に不案内なものにとっては何が言いたいのか訳が分からんということになってしまうのである。

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2022年7月13日 (水)

静間の狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 静間に引迫(ひきさこ)坂といってとても淋(さび)しい坂があった。ここはよく化物が出ると言われていた。ある日、雨の降る夕方に大浦の三四郎という人が坂を通りかかった。萱(かや)みのを着て、寒いので下に狐の皮を着ていた。そこへ向こうから三人若い者が来て出会った。若い者はこの辺りには化物が出るというがこやつだ。今日は三人いるから退治してやろうと相談して三四郎を捕まえた。三四郎は自分は大浦の者で大田に用事に行っての帰りだと説明しても若者たちは放そうとしない。その内に一人が三四郎の後ろに尻尾がぶらさがってのを見つけた。三四郎は幾ら言っても駄目だと覚悟を決めた。そこまで見られては仕方がない。自分はこの坂にいる狐だ。助けてくれる代わりに守り銭を一文ずつあげようと言って、これは福の銭だから大事に持っていよ。これを廻して手を叩くと金が出るともったいらしく一文ずつ渡した。若い者たちはようやく手を放したので三四郎は家へ帰った。

 若い者はそれぞれ家へ帰った。一人は得意になって帰る途中で狐を捕まえて守り銭を貰ったと話した。そして三四郎の言った通りに一文銭を廻して手を叩いた。しかし幾らやっても銭は出てこない。ただの一文銭だとなった。他の若い者の家でも同じことだった。段々その話が広がって三人の若い者は三四郎に騙されたのだと笑われた。

 その話が大森の代官所の耳に入ったので、代官所では三四郎を呼び出した。三四郎はどうなることかと恐る恐る代官の前へ出た。近頃評判の一件は事実かと訊かれたので三四郎は事情を詳しく話すと、代官は三四郎の知恵で四人の命が助かったと褒美をくれた。

◆モチーフ分析

・大浦の三四郎が引迫坂を通りかかった
・雨なので萱みのを着け、寒いので狐の皮を着けていた
・三人の若者と出会った
・若者たちは三四郎を狐だと責める
・三四郎、事情を話すが聞き入れてもらえない
・三四郎、一文銭を狐の守り銭だと言って渡す
・若者たち、三四郎を解放する
・若者たち、家に帰る
・若者たち、三四郎に言われた通りにするが何も起きない
・ただの一文銭だとなる
・他の若者も同じ経験をする
・三四郎に騙されたと評判になる
・三四郎、代官所から呼び出される
・三四郎、事情を説明する
・代官所は三四郎の知恵を褒め、褒美を渡す

 三四郎、狐であると<疑われる>。三四郎、事情を<説明>するが<信じてもらえない>。三四郎、<嘘>をついて<解放>される。その後、三四郎の話が嘘だったと<判明>する。<評判>となる。三四郎、代官所で<聴取>される。三四郎、事情を<解説>する。三四郎、知恵を<賞賛>される。

 三四郎→若者→三四郎と視点が切り替わります。発想の飛躍は一文銭を狐の守り銭だと嘘をつくところでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.77-80.

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2022年7月12日 (火)

個人的には紙の本と電子書籍に差を感じない――大山賢太郎「デジタル読書のすすめ:深層読書があなたの脳を拡張する」

大山賢太郎「デジタル読書のすすめ:深層読書があなたの脳を拡張する」を読む。電子書籍だとハイライトした部分をクラウドにシームレスに保存できる。そうして溜まった知識群を外部脳とし、そこから発想の飛躍を得るというものである。従来あったKJ法といった発想法では紙ベースなため手間が多く、実際には手をつけられないとしており、デジタル化された情報で深層読書を行うことのメリットを説いている。

直感やひらめきは感性と直結しており、無意識との関連性が強い。本書では無意識のレベルを外部脳として可視化することで発想を容易にさせると主張している。

例として挙げられているのがEvernoteで、クラウドに一括保存でき、検索性も高いとしている。現代的なツールである。

ソクラテスは口承を重視し、紙の文化に懐疑的だったというのが本書を読んで得られたトリビア。弟子のプラトンが紙に書き残すことでソクラテスの哲学は後世まで残ったとのこと。

僕自身は老眼になったこともあり、紙の本と電子書籍の読書にそれほど差異を感じていない。適当にペラペラとめくって遊ぶことなどはできないが。

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ペーパーバックを寄贈する

拙書「石見の姫神伝説」をペーパーバック化して石見地方の全図書館と出雲・隠岐の主要図書館に寄贈した。大赤字であるが、これは紙の本として長期保存したかったからである。

「石見の姫神伝説」はブログで書いた記事をリライトして電子書籍化したものである。ブログは僕が死んだら消えてしまう。電子書籍もAmazonがなくなる可能性だって皆無とは言えない。後に同じ興味を抱いた人向けに「ここまでは分かった」という記録を残したかったのである。

「石見の姫神伝説」は島根県石見地方の神社にまつわる伝説をまとめたものである。その点で郷土資料としての性格を持っている。おそらく郷土資料コーナーに置かれるだろう。そういう意味では除籍の可能性も低いはずである。

「石見の姫神伝説」は売れない本だけど、売れ筋のハウツーものではできないことができる本でもある。

ちなみに、本の寄贈は

・レターパックを用意する
・本を濡れないようにダイソーで買ったビニールバッグで包装する
・悪筆なので宛先をラベルに印刷する
・寄贈したい旨、書いた送り状を添えて発送する

……という流れである。送り状の書式はネットにサンプルが多数掲示されている。「献本 送り状」などのキーワードで検索する。寄贈すると図書館からお礼状が届く。

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2022年7月11日 (月)

政治的無意識を探る――東浩紀「一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル」

東浩紀「一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル」を読む。ルソーが提唱した政治的な概念である一般意志には全体主義に繋がる欠点があるとして、現在の情報技術の進展を考慮に入れつつ一般意志2.0を提唱する。

一般意志2.0とはグーグル民主主義、ツイッター民主主義と言えるかもしれない。現在では膨大な個人情報が集積されている。それらを民衆の言わば無意識と見なし、政治へフィードバックすることを想定するのである。それは理性による熟議の限界を指摘するものでもある。

とはいえ、グーグルもツイッターもスパムとの戦いの歴史である。例えばタグクラウドからデータを読むとしても、それ自体はそれほど重要な指標とはなり得ないと思う。

また、現在のツイッターは自由に書ける訳ではない。ツイートの内容によってはアカウントを凍結されることもあり得る。

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お松狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 浄福寺が鳥越(とりごえ)にあった頃、ここではお松狐に化かされる者が沢山いた。鳥居村迫(さこ)の原政四郎が魚商人をしていた、ある日魚を売っての帰りがけ、日の暮れぬ時刻に浄福寺の後ろを通りかかるとにわかに暗くなった。政四郎は自分を化かそうとしても叶わない。お松は七変化しか知らないだろうが自分は九変化できる皮をもっているからと叫んだ。すると元の様に明るくなった。そしてお松狐が出てきて政四郎の九変化の皮と自分の七変化の皮を換えてくれと頼んだ。政四郎は家へ連れて帰って座布団にしている猫の皮を出して、七変化の皮と取り替えた。そして近いうちに宮脇で婚礼があるから、この皮を被ってご馳走をよばれるとよいと教えた。さて、宮脇の婚礼の晩になると、お松は九変化の猫の皮を被ってのこのこと座敷へ上がっていった。宮脇ではこの狐めとよってたかって殴りつけた。お松はやっとのことで逃げて帰った。政四郎に騙されたと気づいたお松は七変化の皮を返して欲しいと頼んだ。政四郎はもう人を化かさないと約束させて返してやった。それから浄福寺のところで人が化かされることはなくなった。

◆モチーフ分析

・浄福寺ではお松狐に化かされる者が大勢いた
・魚商人の政四郎が魚を売っての帰りがけに浄福寺の辺りを通りかかる
・急に暗くなる
・政四郎、自分は九変化の皮を持っているから化かされないと叫んだ
・お松狐が現れ、自分の七変化の皮と交換して欲しいと頼む
・政四郎、座布団にしていた猫の皮を七変化の皮と交換する
・近い内に婚礼があるから九変化の皮を被ってご馳走をよばれるといいと教える
・お松狐、九変化の皮を被って婚礼の席に出たところ、狐とばれて散々な目に遭う
・政四郎に騙されたと悟ったお松狐は七変化の皮を返して欲しいと頼む
・政四郎、これから先は人を化かさないと約束させて皮を返す
・それから浄福寺で人が化かされることはなくなった

 狐に<化かされる>者が大勢<存在>した。政四郎が浄福寺の辺りを<通り>かかると急に暗くなった。政四郎、自分は<九変化>の皮を持っているから<化かされない>と<叫ぶ>。お松狐が出てきて<九変化>の皮と<七変化>の皮を<交換>する。お松狐に<九変化>の皮を被って婚礼の席に<出る>よう<騙す>。婚礼の席に出たお松狐、<正体>が<露見>する。散々な目に<遭った>お松狐、<七変化>の皮を<取り返し>に<来訪>する。政四郎、人を<化かす>ことを<させない>と<約束>させる。それから狐に<化かされる>者が<不存在>となった。

 <存在>から<不存在>へとおおまかに流れます。九変化の皮と<騙す>ことで政四郎は七変化の皮を<入手>します。お松狐は正体が<露見>することで散々な目に<遭い>ます。お松狐はもう人を化かさないと<約束>することで七変化の皮を<回復>します。

 「博労と狐」と同じモチーフを持ったお話です。<七変化>より上回っていると<騙す>ことで優位に立ちます。最後はもう人を<化かす>のを<止める>よう<約束>させるところが「博労と狐」と異なっています。

 発想の飛躍は九変化の皮でしょう。七変化の皮を上回る魔法のアイテムと騙すことで七変化の皮を手に入れ優位に立つのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.73-74.

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2022年7月10日 (日)

嫁と姑――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、仲の悪い姑と嫁がいた。姑は毎日文句ばかり言っている。嫁は姑を殺してしまえば家は無事に治まると思って医者のところへ行って姑を殺す毒薬を作って欲しいと頼んだ。医者はさっそく薬を作った。渡す際にこの薬を飲むと長い間はもたない、その間は精一杯懇ろにせよと言った。嫁は喜んで薬を貰って帰ると、そっと姑に飲ませて、それからは姑を大切にした。姑は喜んで金も着物もお前にやると言った。姑がこれまでとうって変わって優しくするので、嫁はこんないい姑を殺しては済まないと急いで医者に相談して、毒を消す薬を作ってもらうよう頼んだ。すると医者は前の薬は毒ではないと安心させた。それからは嫁と姑はとても仲よく暮らした。

◆モチーフ分析

 仲の悪い嫁と姑がいた。嫁は姑を<毒殺>しようとして医者に<依頼>する。医者は毒薬を嫁に渡す。嫁はそれを姑に<服用>させる。嫁、最後だからと姑に<よくする>。姑の気持ちが<変化>する。それを知った嫁は<解毒>するよう医師に頼む。医師はあれは偽薬だったと<告げる>。嫁と姑、仲良くなる。

 <毒殺>のための毒薬を<依頼><服用>させる。<優しくする>と姑の態度が<変化>、<解毒>を<依頼>するが偽薬だった……という流れ。

 毒薬を盛るが、それは偽薬だったというところが発想の飛躍でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.71-72.

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赤ば牛の金玉――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、たくさんの財産をもった親父さんがいた。財産をどの子にやったらいいか迷っていた。そこであるとき三人の子供にお前たちはこれから先どうしようと思っているか聞こうとした。長男におまえはどういう考えか聞くと、長男は吉田の田部さんのような長者になりたいと答えた。次男は隠岐の島一の長者になりたいと答えた。そこで三男に聞くと赤ば牛の金玉が二つ欲しいと言った。びっくりした親父さんは訳を聞くと、三男は兄貴のような大馬鹿者に一つずつ分けてやるのだと答えた。赤ば牛の金玉をわけたらどうなるのか聞くと、なんぼ一生懸命働いても一生のうちに田部さんや隠岐のすけくのような日本で何番という長者になれるものではない。それを求めるのは夢の様な話だから、そんな馬鹿たれには赤ば牛の金玉くらいがちょうど良いと言った。親父さんは三男が一番利口なので家の財産を皆三男に譲ることにした。

◆モチーフ分析

・親父は財産をどの子に継がせるか迷っている
・三人の息子にこの先どうするか聞く
・長男は吉田の田部みたいな長者になりたいと答える
・次男は隠岐島一の長者になりたいと答える
・三男は赤ば牛の金玉が二つ欲しいと答える
・驚いた親父は三男に理由を聞く
・三男は二人の兄に一つずつ分けてやると答える
・親父、分けたらどうなるのか聞く
・一生懸命に働いても一生の内で日本有数の長者になることはできない。故に大馬鹿者には金玉で十分と答える
・親父、三男が一番利口と認め、財産を三男に譲ることにする

 相続で<迷う>。三人の息子から<聴取>する。長男、長者になりたいと<回答>する。次男、長者になりたいと<回答>する。三男、金玉が欲しいと<回答>する。<驚いた>親父、三男に訳を<訊く>。三男、理由を<述べる>。親父、三男に相続させることに<決定>する。

 <聴取>から意外な<回答>、<決定>という流れです。

 ツークを再確認すると、赤ば牛の金玉と回答するところが発想の飛躍でしょう。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.69-70.

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自分は線形な思考――千葉雅也「メイキング・オブ・勉強の哲学」

千葉雅也「メイキング・オブ・勉強の哲学」を読む。僕はアウトライン・プロセッサは普通に使えるが(使えない人いるか?)、マインドマップは上手く使えない。図解するのも苦手である。ここら辺、線形な思考ということらしい。

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2022年7月 9日 (土)

今夏も中止か

東京都の新型コロナウイルス感染者が8000人/日を超えた。おそらく8月にピークが来るが、今年も神楽は中止かな。

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情弱の戦法――高田明典「情報汚染の時代」

高田明典「情報汚染の時代」を読む。僕自身は英語はできないしスマホも持ってないで情弱に分類される訳である。情報=データ+意図だそうで、この意図をどう読み解くかが胆となる。

この先生、ナラトロジーの研究者かと思いきや、現代思想や情報学の本も上梓していてかなり幅の広い研究者である。

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2022年7月 8日 (金)

吉田の田部――モチーフ分析

◆あらすじ

 吉田の田部(たなべ)の先祖は綿売りで綿屋と言っていた。ところが綿売りで失敗したので吉田には帰らず、大阪へ出た。住吉さまに参詣したが、賽銭をあげようとすると一両小判が一枚あるだけである。そこで初めてのことだからと小判を賽銭箱に投げ入れた。懐には一文もなくなった。ところが、そこに旦那が二人参っていて、田部が一両小判を投げるのを見て驚いた。商人らしいが並みの者ではないと感心した。それは鴻池(こうのいけ)の旦那が番頭を連れて来ていたのだった。

 鴻池の旦那は番頭に言って田部に今晩自宅に泊まって貰うよう頼んだ。田部は泊まることにした。田部は山や田畑の売り込みにくるのを見ては毎日ぶらぶらしていた。田部は旦那の碁打ちの相手もした。田部は碁が強く、旦那はやはり並みの者でないとますます田部に惚れ込んだ。

 ある日、七里四方の山を買う話が持ち上がった。旦那が番頭に入札に行かせた。大抵の場合なら取って戻れとの指示であった。田部は旦那があれほど欲しがっているからにはきっと儲かる。ここだと思って自分も同道することにした。入札したところ田部に落札した。番頭が雲州の客に落札したと報告した。旦那は雲州の客ならよいと答えた。

 帰る気になった田部は引き留められたが吉田へ帰った。帰りの旅費は旦那が出してくれた。

 大きな買い物をした田部は吉田へ戻ってきた。そして吉田の家々に少しずつ金を分けてやって家にも土蔵にも提灯にも(綿)に印を入れさせた。七里四方の山を買った田部は大勢の木こりを入れて山稼ぎを始めた。月日が流れて三年経った。

 鴻池ではあれから三年になるが金を送ってこぬし便りもない。一つ様子を見てこいと番頭が旦那の命を受けて吉田へやって来た。見ると村中(綿)の印なので驚いて、こんな大家に金の請求をすれば鴻池の恥じになると何も言わずに帰って旦那に報告した。旦那も番頭を褒めた。それから十年稼いで田部は大金を儲け、鴻池に返した。こうして田部家は今日の様に栄えた。

◆モチーフ分析

・吉田の田部は綿売りで綿屋と言った
・綿売りで失敗して大阪に出た
・住吉さんに参詣する
・一両小判を賽銭にする
・その姿をみていた鴻池の旦那と番頭が今晩泊まるように言う
・田部、泊まることにする
・ぶらぶらして数日が過ぎた
・田部、碁が強かった
・鴻池の旦那、ますます並みの者でないと感じる
・七里四方の山を買う話が持ち上がる
・鴻池の旦那、番頭を入札に行かせる
・儲かる話だと思った田部、同行する
・田部、落札する
・鴻池の旦那、雲州の客ならと諦める
・田部、引き留められるにも関わらず吉田へ帰る
・吉田に戻ってきた田部、吉田の家々に金を配り、(綿)印を入れさせる
・七里の山に木こりを入れ稼ぎはじめる
・三年が経過、鴻池の番頭が様子を見にやってくる
・見ると村中、(綿)の印だった
・大家に金を請求すると鴻池の恥になると番頭、引き返す
・十年稼いだ田部は大金を儲け、鴻池に返す
・田部家は栄えた

 田部、事業に<失敗>して、大阪に<出る>。住吉神社に<参詣>して、一両小判を賽銭に<寄付>。その様子を見ていた鴻池の旦那と番頭が<宿泊>するよう<要請>する。<宿泊>した田部、<無為>に過ごす。七里四方の山の<入札>話が持ち上がった。田部が<落札>する。吉田へ<帰還>した田部、家々に(綿)を<印字>させる。それから山で<稼ぎ>はじめる。吉田へやって来た鴻池の番頭、村中に(綿)の印があることに<驚き>、<請求>せずに<帰還>する。十年稼いだ田部は鴻池に金を<返済>する。

 吉田を出た田部が大阪へ行き、吉田に帰還する話です。発想の飛躍は一両小判を賽銭にすることと吉田の家々に(綿)の印を入れさせることでしょうか。豪商との繋がりを作り大家と見せかけるのです。しかし、その後田部は鴻池に借金を返済します。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.65-68.

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2022年7月 6日 (水)

値上げする

「石見の姫神伝説」「石見の伝説」「神楽と文芸」を500円に値上げする。最低価格で売れないなら利益の確保を計るべし。

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猟師徳蔵――モチーフ分析

 昔、徳蔵という猟師がいた。毎日山へ入って生計を立てていた。ある日山から帰りがけに友達に会った。友達は変わった話として、どこぞの女房が他所の男と親しくなって自分の夫を殺すらしいという話をした。特に疑問に思わなかった徳蔵は女房に鏡を買って帰った。家へ戻ると女房が間男と徳蔵を殺す算段をしていた。その場に踏み込んだ徳蔵は女房にこの鏡は権現さまから授かった鏡で良い事悪い事が分かる鏡だとかまをかけた。間男は逃げた。驚いた女房はこれまでのことを白状して詫びた。

 そんな事があって徳蔵の鏡でみるとどんな事も分かると評判になった。その頃、村の庄屋で四百両が無くなった。そこで庄屋から徳蔵に呼び出しがかかった。庄屋はケチでろくに給金を払わないと評判が悪かったので、誰かが盗んだのではないかと噂がたった。引き受けた徳蔵は夜中にこっそり権現さまに参詣して、かくかくしかじかの事情で嘘をついているが、どうか願いを聞いて欲しいと祈った。すると、誰かがきざはし(段)を上ってきた。隠れてみていると庄屋の女中であった。女中は徳蔵には気づかず、掃除をしていて大金を見つけた。給金を払ってもらってないが老母を養わねばならないので、つい盗んでしまった。どうか自分が取ったということは分からぬように庄屋のところに戻る様にして欲しい。金はきざはしを上り詰めた所の椎の木の穴の中に入れておくと頼んで帰った。徳蔵はあくる朝庄屋へ四百両のありかを伝えた。そして給金の払いがよくないから先々よくないことが起きると話した。庄屋は心を入れ替え、これまでの給金を払った。

 無くなった四百両が無事戻ってきたので徳蔵の評判はますます高くなった。そこへ代官から呼び出された。徳蔵は自分がでたらめなことを言っているのでお叱りを受けるのではないかとびくびくしながら出頭すると、代官も失せ物があるという話だった。請け給わった徳蔵だったが、今度は権現さまの機嫌を損じたものか、誰も現れなかった。

◆モチーフ分析

・昔、徳蔵という猟師がいた
・ある日、友達と会う
・友達からどこぞの女房が夫を殺そうとしているらしいと聞く
・徳蔵、鏡を買う
・家に帰ったところ、女房が間男と一緒にいた
・間男、逃げる
・徳蔵、魔法の鏡と嘘をつき、女房を謝罪させる
・このことが評判となる
・ある日、庄屋から盗まれた四百両のありかを探して欲しいと頼まれる
・徳蔵、権現様に参る
・すると、四百両を盗んだ女中が現れ、四百両のありかを漏らす
・それを聞いた徳蔵、庄屋に話す
・無事、四百両がみつかる
・ケチだった庄屋の給金払いがよくなる
・ある日、徳蔵は代官所から呼び出される
・嘘をついていることを叱られるのかと思いビクビクする
・代官から失せ物の相談を受ける
・請け負った徳蔵、権現様に参る
・しかし、誰も現れなかった

 噂を<聞いた>徳蔵が家に<帰る>と女房と間男が一緒にいるところを<目撃>する。間男は<逃走>する。徳蔵、鏡を魔法のアイテムだと女房を<欺す>。女房は<謝罪>する。このことで評判が<立つ>。庄屋から盗まれた金のありかを探す様<依頼>される。<承知>した徳蔵は権現様に<祈願>する。すると犯人の女中が現れ罪を<告白>して去る。金のありかを<把握>した徳蔵は庄屋に<説明>し、問題は<解決>する。ある日、徳蔵は代官所から<召喚>される。嘘がばれたのではないかと徳蔵は<畏怖>する。代官が徳蔵に失せ物の捜索を<依頼>する。徳蔵、権現様に<祈願>する。が、何もなかった。
 偽の魔法のアイテムで<千里眼>を得たと<欺し><謝罪>される。後日、仕事を<依頼>され<承知>、権現に<祈願>したところ<成功>する。二度目は何もおこらず<不発>に終わった。

 <依頼>から<承知>、<祈願>から<解決>という型を繰り返しますが、二回目では未解決のまま終わります。あっけない結末と言えます。

 この後、徳蔵は代官から叱られたという結末を想像することも可能です。が、そこまで描かれていないのは何故かという問いかけも大切でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.58-61.

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2022年7月 5日 (火)

一度は体験したいKJ法――川喜田二郎「発想法」

川喜田二郎「発想法」(中公新書)を読む。KJ法は現在で言えば質的研究にあたるもので、収集した大量のデータを一行要約的に細かく分解、カード化して脱文脈化したものを、親近感のあるカード同士をまとめて小グループにし、更に中グループにまとめて……として図解化、データの傾向を読み取り、更に文章化して再文脈化する……という説明でいいだろうか。小から大へというところがミソだそうである。

中には孤立したカードも出てくるそうだが、それは必ずしも失敗ではなく、むしろ発想の元となる可能性が高いそうである。

発想とその統合は未開拓の分野であるとして取り組んだその結晶がKJ法である。

KJ法って一度体験してみたいのだが、経験したことがない。絵心がなくて描画ソフトも使えない。図解するのが苦手である。基本、紙ベースで行うものだが、現在はソフトウェア化されているようだ。

KJ法は理性による思考ではなく情念による思考だとしている。脳科学的なことは分からないが、脳内でバックグラウンド的に連想、アナロジー的な思考が働いており、それを可視化する手法というところだろうか。

<追記>
ScrapboxというWEBサービスがKJ法の理念に近いかなという印象。Scrapboxはカードをまとめることはできないが、ページ間にリンクを貼ってリゾーム状の構造にできるのである。

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2022年7月 4日 (月)

しの田の森の白狐――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、炭焼きがいた。女房もおらず貧乏をしていた。ある日いつものように炭焼きをしていると、やせた狐がやってきたので炭焼きはむすび飯の残りを与えた。それから四五日経って、美しい女房がやってきて嫁にして欲しいと頼んだ。炭焼きは貧乏だからと断ったが、女房が頼み込んだので嫁にした。女房はよく働き反物も織ったので暮らしも楽になり男児が生まれた。

 男児が三歳になったある日、母親が昼寝をしているのを見ると、着物の裾から尻尾が覗いていた。母親は誤魔化した。びっくりした男児は父親にそのことを話した。母親は書き置きを残して逃げた。父親は書き置きを読んでびっくりして子供を連れてしの田の森へいった。書き置きにあった返歌を読む。すると母狐の親の婆さんが出てきた。婆さん狐は人間の孫はお前一人だけだと懐かしがる。爺さん狐も母狐も出てきた。

 孫に何かやりたいと婆さん狐が言ったので母狐が知恵と言えと子供に教えた。それで爺さん狐は耳とくをくれた。耳にかけると鳥や獣の言葉が分かる、三里先のことでも聞こえる便利なものだった。

 子供はその耳ときを得たので世の中のことが何でも分かる様になる評判となった。

 ある時天子が病気になったとき、この子供を召して病気を治させた。子供は大層なご褒美を得た。

◆モチーフ分析

・昔、炭焼きがいた。独身で貧乏だった。
・いつものように炭焼きをしていると、やせた狐が寄ってきた
・狐にむすび飯の残りをやる。狐、喜んで去る
・四五日後、女房がやってきて嫁にして欲しいと頼む
・炭焼き、一旦は断るが、断りきれず嫁にする
・女房は働き者で反物を織った。暮らしも楽になる
・男児が生まれた
・三歳になった子供がある日、昼寝していた母の尻尾を見てしまう
・母親、誤魔化す
・子供、そのことを炭焼きに話す
・母親、書き置きを残してしの田の森に逃げる
・炭焼き、子供を連れてしの田の森へ行く
・炭焼き、書き置きにあった返歌を読む
・婆さん狐が出てくる。婆さん、人間の孫はお前だけだと懐かしがる
・爺さん狐、母狐も出てくる
・婆さん狐、孫に何かやりたいと言う
・母狐、子供に知恵と言えと教える
・子供、知恵が欲しいと答える
・子供、耳ときを得る
・耳ときを使うと動物の言葉が分かるようになった
・子供、世の中のことが何でも分かる様になり評判となる
・病気となった天子が子供を召した
・子供は耳ときを使って天子の病気を治した
・子供、褒美を得た

 炭焼きがむすび飯を<飢え>ていた狐に<贈与>すると、狐は女房の姿になって嫁にして欲しいと頼む。<婚姻>。暮らし向きは楽になり、子供が<誕生>する。子供が母親の秘密を知ってしまう。<露見>。母狐は歌を残し<去る>。炭焼きが子供を連れてしの田の森へ行くと<訪問>、婆さん狐が出てくる。母狐の<助言>で子供はアイテムを<獲得>する。そのアイテムは動物の声が聞き取れるようになるものである。そのアイテムの力によって子供は評判を<獲得>する。病気の天子に<召された>子供は天子の病気を<癒やす>。子供は褒美を<獲得>する。

 最後の天子の病気を癒やす件は、それ自体で一つのモチーフとなっています。

 <贈与>がきっかけとなり<婚姻>、男児が<誕生>します。が、秘密が<露見>、母狐は<去り>ます。<返歌>が再会の鍵となります。母狐に<再会>した子供は母の<助言>で知恵を<獲得>して評判になる……という流れです。

 <贈与>は<婚姻>と結びつきますが、全体としては知恵の<獲得>と結びつくとも解釈できるでしょうか。

 異類婚姻譚です。しの田と表記されていますが、信太の森とすると、安倍晴明の伝説とも関わりを持ってきます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.55-57.

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2022年7月 3日 (日)

アナログの時代の悪戦苦闘――梅棹忠夫「知的生産の技術」

梅棹忠夫「知的生産の技術」(岩波新書)を読む。知的生産とあるので、カードを使った発想法についてだろうかと考えていたが、案外、形式的な側面が強かった。手帳、カード、スクラップブック、ファイルキャビネット、タイプライターといったツールについて語られる。これらは現在ではデジタル化されて利便性が格段に向上している。アナログ、紙ベースでしか処理できなかった時代の悪戦苦闘の記録が現代に伝えられているといった読み方をすべきだろうか。例えば、タイプライターの時代では漢字廃止論が根強くあったことが窺える。

また、手紙、日記、原稿、文章の書き方にもページが割かれているが、これも形式的な側面が強い。文章作法的なことが書かれているのだ。一方で、カードを並べ替え組み替えて文章を生成するこざね法についても触れられている。これが唯一発想法的だろうか。

発想法について知りたい人は、川喜田二郎「発想法」(中公新書)を当たった方がよさそうだ。

メモをとることの大切さも強調されている。僕自身、自分の内にあった思いを言語化しなかったことで後悔したことがあるので身につまされる。

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炭焼き長者――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、分限者の酒屋があった。娘がいたが大層な酒好きで朝から酒ばかり飲んでいた。旦那は色々言って聞かせたが一向に効き目がない。とうとう娘に大判小判を持たせて追い出してしまった。

 追い出された娘は江戸へ上り、日本橋でぶらぶらしていると易者に呼び止められた。娘の手相と人相をみた易者は娘の縁談は佐渡の国の何村の何兵衛に決まっているから訪ねるよう勧めた。

 娘は喜んで佐渡へ渡った。何日も探してようやく炭焼きのことだと分かった。炭焼きの家へ行って一晩泊めて欲しいと頼むと、あなたの様な人をこんな家には泊められないと断られた。無理に頼むとようやく泊めてくれた。

 夜が明けても米がないので娘は炭焼きに大判を一枚渡し、これで米を買ってくるように言い付けた。ところが炭焼きは途中でサギに大判を投げてしまった。もう一度渡すと今度は犬に投げて帰ってきた。あれは大判といって米でも何でも買えるのだと説明すると、炭焼きはあんなものは幾らでもあると答えた。行ってみると本当に黄金がごろごろ転がっていた。炭焼きもこれが黄金だと理解し、それから黄金を掘り出して大金持ちになって娘と夫婦になって楽しく暮らした。

◆モチーフ分析

・昔、分限者がいた。大酒飲みの娘がいた
・分限者、娘を諭すが効き目がない。娘に金をやって放逐する
・娘、江戸へ上る
・日本橋で易者と出会う。手相と人相を占った結果、佐渡に婿がいると予言される
・娘、佐渡へ渡る。あちこち探しまわって炭焼き小屋に辿り着く
・娘、炭焼きに一夜の宿を頼む。炭焼き、初めは拒否していたが、止むなく迎える
・朝、朝食の米がない。娘、炭焼きに大判を渡して買い物にいかせる
・炭焼き、サギに大判を投げてもどってくる
・娘、再び大判を渡す
・炭焼き、今度は犬に大判を投げて帰ってくる
・娘、炭焼きに大判の価値を説明する
・炭焼き、そんなものは裏にあると答える
・果たして黄金があった
・黄金を掘り出した炭焼きは金持ちとなり、娘と夫婦になった

 佐渡の金山の由来を説明する昔話でもあります。

 分限者が大酒飲みの娘を<追放>、娘は江戸へ<上り>ます。易者と<遭遇>した娘は<占い>をしてもらい未来の夫が佐渡にいると情報を<獲得>します。佐渡で<探索>、炭焼きと<出会い>ます。炭焼きに大判を与え<買い物>に行かせたところ<無駄>にしてしまいます。炭焼きはそんなものはいくらでもあると答え黄金を<発見><結婚>するという形です。

 <追放>が<結婚>に転換される点でユニークな話型です。大判を<無駄>にしたところ黄金の<発見>につながる、また<占い>が黄金の<発見>に結びついたとも読み取れます。

 <追放>から<帰還>へと着地しない点も挙げられるでしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.52-54.

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2022年7月 1日 (金)

現在では乗り越えられるべき存在――福田アジオ「日本民俗学方法序説」

福田アジオ「日本民俗学方法序説」を読む。これは民俗学の理論に全面的な検討を加えた本で、当時、柳田国男が確立した民俗学の方法論を金科玉条のごとく守っていた彼の弟子たちに対して痛烈な批判を浴びせたものとなる。

検討内容は多岐に渡るが、主な批判は民俗学の資料操作法、つまり重出立証法と周圏論について理論的検討を加えたものとなる。

重出立証法は比較研究とも呼ばれ、民俗学者たちが全国で収集した資料を比較検討することで分類し系統づけ、その分布状況から個々の変遷を推測するというものである。

福田は重出立証法に対し、差異を比較することでは歴史的な変遷までをも明らかにすることはできないのではないかと批判する。

周圏論は本来は方言周圏論、つまり方言は中央(近畿)から同心円状に分布するとしたものである。これはある面で地域の隔絶具合によって方言の変遷の早い遅いを示すもので、その変遷を一系統上の変化と見なすものである。

本来は周圏論は方言研究に限定されていた。が、やがて民俗全般に適用されるようになっていったと批判するものである。

柳田の中央集権的な方法論(地域の研究者は資料の提供者として限定されていて、理論構築からは疎外されている)を批判した本でもある。

また、収集した資料が(カード化されること等によって)脱文脈化されることで、その地域との繋がりを失った根無し草となるのではないかと疑義を呈している。

他にも批判は多岐に渡るのであるが、一読ではまとめきれない。

読んでみた感想として、これは民俗学の核心的な内容にメスを入れた本であるが、特に難解ということはなかった。そういう意味では自分に合っていた学問は民俗学だったのかなと考えさせられた。

2020年代の現在では福田アジオは逆に乗り越えられるべき存在と見なされていることも付け加えておこう。

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