えんこうの手紙――モチーフ分析
◆あらすじ
明治の中頃、大田市の鳥居村に喜三郎という魚商人がいた。ある日出雲の国との境の邑智(おおち)郡の奥へ行って、帰りに小原村の江川(ごうがわ)のほとりを通ると、手ぬぐいを深く被った女がなれなれしく声をかけてきた。静間を通って大田へ帰るのかと訊くので、その通りと答えると、手紙を渡して、それを静間の神田の渕へ投げ込むように頼まれた。魚商人は手紙を受け取った。魚商人は川合の町まで帰ると、岩谷屋という店で酒を一杯飲んだ。そして主人に先ほどのことを話すと、静間川の神田の渕はえんこう(河童)の住処だと言って、その手紙を見せろとなった。そこで手紙を開くと、人間の文字ではなくみみずののたくった痕のようなものが書いてあった。これは江川のえんこうが化けたもので、魚商人をとるようにと神田の渕のえんこうに合図したのに違いないとなった。震え上がった魚商人は店主に相談して手紙を焼いてしまった。魚商人は川合から道をかえて長久を通って家へ帰った。それからは用事があっても静間川の方へは決して行かなかった。
◆モチーフ分析
これは「河童の手紙」で有名な伝説です。「石見の民話」では明治時代の話としていて、近代民話に属するものとなっています。
・大田市の鳥居村に魚商人がいた
・出雲の国の境まで商売に行く
・帰りがけ、江川のほとりを通りかかると、女と遭遇する
・女は手紙を渡し、静間川の渕に投げて欲しいと頼む
・承知した魚商人は再び帰る
・途中立ち寄った店で先ほどの話をする
・怪しんで手紙を開いたところ、河童の手紙だった
・あやうく静間川の河童にとられるところだった
・手紙を焼却する
・ルートを変えて帰宅する
・その後も静間川には近づかない
形態素解析すると、
名詞:手紙 静間 ところ 商人 女 河童 魚 ほとり ルート 先ほど 出雲 商売 国 境 大田市 川 帰りがけ 帰宅 店 後 承知 村 江川 渕 焼却 話 途中 遭遇 鳥居
動詞:いる する とる 変える 帰る 怪しむ 投げる 渡す 立ち寄る 行く 近づく 通りかかる 開く 頼む
形容詞:欲しい
副詞:あやうく 再び
連体詞:その
魚商人/女の構図です。抽象化すると、男/妖怪です。男―手紙―女/えんこう、男―手紙―店の図式です。
魚商人が出雲の国との境の村に行って、帰りに江川のほとりを通ると、女が声をかけてくる[遭遇]。女は静間川の渕に手紙を投げる[投棄]よう託して[付託]魚商人はそれを承諾する[承諾]。途中で店に寄って休憩した魚商人はそのことを店の主人に話す[会話]。主人はそれを怪しみ、手紙を開くと人の字ではなかった[露見]。これは江川の河童が静間川の河童に魚商人をとる様に伝えた手紙だということになり[解読]、手紙を焼く[焼却]。魚商人は別ルートを通って帰宅します[帰還]。その後も魚商人は静間川に近づかなかった[忌避]。
女手紙を託されたところ、それはえんこうの手紙だった……という内容です。
発想の飛躍は、他所の河童に人をとるように書かれた河童の手紙でしょうか。男―手紙―女/えんこうの図式です。
女との<遭遇>からアイテムの<授受>、途中でそのことを他人に<話し>、河童の企みが<露見>する。結果、当初予定していたルートを<回避>するという構成となっています。各モチーフ素間の距離は適度に離れており、内容が具体的に描写されます。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.44-45.
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