琴姫物語――モチーフ分析
◆あらすじ
栄華を極めた平家一門も源氏の軍勢に追われ、西海へと落ち延びていった。そして壇ノ浦の戦いに敗れ、海の藻屑となってしまった。都に住んでいた一門の姫君たちも故郷を遠く離れて西海の波の上に漂わねばならなかった。
今年十八歳の琴姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。父は琴の名人で琴姫に丹精をこめて秘曲を伝えた。姫はまもなく琴の名手となり、二人は琴の音で慰め合っていた。
琴姫も源平の戦いに追われて都を離れたが、混雑に紛れて父を見失ってしまった。二位の尼が海に沈んだとき、多くの人が従って死んだ。が、琴姫は運が尽きなかったのか、その翌日に家来に救われて、頼るところもなく広い海に漂った。船の中には姫が命と頼む琴が一張りあるだけだった。
三日目の朝、空がにわかに曇って酷い風雨になった。船は転覆しそうになった。琴姫と家来は波のまにまに流されていく他なかった。その内に船はとうとう砕けてしまった。力尽きた琴姫は琴を抱いて波に身を任せた。
それから何日か経って、家来とも離ればなれになって、遂に死んだ姫の亡骸は石見地方のある浜辺に漂着した。手には琴を堅く抱いていた。
村の人たちは浜を見下ろす小高い丘に懇ろに姫を葬った。
あくる日、静かな浦から美しい琴の音が響いてきた。村人たちは浜へ出てみたが、誰もいない。ただ琴の音がどこからともなく聞こえてくる。
砂が鳴る。人々が歩く度に琴の音は足下から起こるのだった。村人たちは時の経つのも忘れて耳を傾けた。これは、あの可哀想な女の人が弾いて聴かせるのだと皆が言った。
それからしばらく経ったある日のこと、杖を頼りに流れた盲いた老人がいた。浦の人からここは琴の音が聞こえる不思議な浜であることを聞くと、砂浜へ下りていった。老人が耳を傾けると夢のようにコロンコロンと琴の音が聞こえてきた。
これはまちがいなく琴姫が弾く琴の音だと老人は叫んだ。老人は琴姫の父親だった。流れ流れて遠い石見の海岸まで盲いた身で訪ねてきたのだ。琴の調べは老人が教えた秘曲だった。老人の目に平和な日々が浮かんできた。老人は全てを悟った。
老人は琴の音に誘われるように静かに水際へ下りていった。琴の音は海の中から波の向こうから聞こえてきた。老人は一歩一歩、静かに海へ入っていった。水は次第に深くなり、寄せてきた波は老人を吞んでしまった。
そしてここは何時しか琴ヶ浜と呼ばれるようになった。
……この伝説では琴姫は死んで琴ヶ浜に打ち上げられる。そして琴姫の父が登場するという話となっています。非日常から日常へ、そして日常から非日常へとお話は移り変わります。
◆モチーフ分析
モチーフ分析を行いますと、
・源平合戦で平家一門は西海に落ち延びた。壇ノ浦で敗れ、平家は滅亡する
・琴の名手の琴姫がいた。姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。
・琴姫と父は離ればなれとなってしまう
・壇ノ浦を生き延びた琴姫は海上を漂う
・三日目に波浪で船が砕けてしまう。姫は波に身をまかせる
・琴を抱いた姫の亡骸が琴ヶ浜に漂着する
・村人、姫を小高い丘の上に葬る
・すると浜から琴の音が鳴り響くようになった
・それは砂が鳴いているのだった
・これは琴姫が鳴らしているに違いないと村人たちは考える
・盲目の老人が琴ヶ浜にやって来る
・老人は浜の音を聞いて、これは琴姫が弾いたものだと言う
・全てを悟った老人は入水する
・浜は琴ヶ浜と呼ばれるようになった
形態素解析すると、
名詞:琴 琴姫 姫 浜 老人 これ ノ 壇 平家 村人 浦 父 音 三 それ もの 一門 上 丘 二人 亡骸 入水 全て 合戦 名手 波 波浪 海上 源平 滅亡 漂着 目 盲目 砂 船 西海 身 離ればなれ
動詞:いる なる まかせる やって来る 呼ぶ 弾く 悟る 抱く 敗れる 暮らす 漂う 生き延びる 砕ける 考える 聞く 落ち延びる 葬る 見える 言う 鳴く 鳴らす 鳴り響く
形容詞:小高い 違いない
琴姫/村人、村人/老人の構図です。抽象化すると、姫/村人です。琴姫―琴/音―村人、村人―音―老人の図式です。
源平合戦で落ち延びた琴姫だったが[脱出]、船が難破してしまった[難破]。琴を抱いた姫の亡骸[死]が浜辺に漂着した[漂着]。村人たちは姫を埋葬したが[埋葬]、それから浜で琴の音が鳴る様になった[鳴き砂]。老人がやってきた[来訪]。老人は琴の音を聞くと琴姫の音に違いないと悟り、海へと入っていった[入水][死]。
琴姫の亡骸を埋葬したところ、浜辺で琴の音が鳴るようになった。やって来た老人は琴姫の父だった……という内容です。
発想の飛躍は、姫を葬ったところ浜から琴の音が鳴り響くようになったというところでしょうか。琴ヶ浜の鳴き砂の起源を説明した由来譚となります。
父と琴姫の別離、流浪、難破、そして琴姫の死から、浜で砂が鳴るようになったことが語られます。そして琴姫の父が登場して、砂の音を琴姫のものだと悟って入水する……という様に分解できます。
ここでは老人が琴姫の琴の音だと叫ぶことで、老人が琴姫の父であることが明らかになります。そして全てを悟った老人が入水するという悲しい結末となっています。
琴姫の<死>のモチーフ素から<鳴き砂>のモチーフ素へと繋がり、老人の登場、老人の素性が明らかとなって、老人の入水、<死>のモチーフ素へと繋がります。<死>から<死>を繋ぐことで更なる悲しみを表現していると言えるでしょうか。モチーフ素の繰り返しでそのモチーフを強調していると見ていいでしょう。
『石見の民話』では琴姫は死んで琴ヶ浜に漂着しますが、他の本では生きて琴ヶ浜に漂着し村人と交流する筋立てとなっています。
なお、琴姫伝説は「まんが日本昔ばなし」でアニメ化されています。
◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.15-18.
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