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2022年6月

2022年6月30日 (木)

どぶの主――モチーフ分析

 昔ある村に長い間住職のいない荒寺があった。あるとき一人の侍がこの村を通りかかって、茶店の主人にあの荒寺はどういう訳であんなに荒れているのか尋ねた。すると主人はあの寺には夜になると化物が出るので誰も住む者がいない。それで荒れているのだと答えた。それを聞いた侍はそれでは自分が退治してやろうと言った。主人が無事に帰った者はいないと引き留めたが侍は荒寺へ入っていった。

 侍が本堂に上がってみると、足の踏み場もないほど荒れていた。真夜中になると、何ともいえぬ鬼気が迫ってきた。sのうちに激しい邪気を催してきた。侍は眠気をこらえてじっと見張っていると、何ともつかぬさまざまな形をした化物がぞろぞろと現れた。

 侍は出てくる化物をかたっぱしから斬った。が、化物は後から後から出てくる。そのうちに化物がお待ちくださいと言った。侍が刀を引くと、化物は訳を話しだした。この寺の住職と家内が物を粗末にし、茶碗や皿、箸、しゃもじその他の道具や品物を少し使ってはどぶに流し込んだ。我々はどぶに流されたので、きたない泥水の中で長い間苦しんでいる。それを知ってもらうために変化になったのだが、誰もすぐ逃げ出してしまい、話を聞いてくれるものがいないと。

 侍が承知すると化物たちはすっと消えてしまった。夜が明けると侍はお寺の裏に出てみた。裏には台所から流しの水の出るところに小さなどぶ池があって、ぶつぶつと阿波だって嫌な臭いがする。ここだと思って棒きれでまぜ返すと、椀や杓子などが沢山でてきた。侍は人々に訳を話し、どぶ池をさらって埋まっている道具類を引き上げて焼き捨てた。それから化物は出なくなった。

◆モチーフ分析

・昔ある村に住職のいない荒寺があった
・一人の侍が村を通りかかり、荒寺の訳を聞く
・化物が出る戸知った侍は自分が退治すると乗り出す
・村人の制止にも関わらず、侍、荒寺に入る
・夜になると邪気が襲ってくる。化物登場
・侍、化物を斬る。化物が待ってくれと言う。
・化物、事情を話す。住職たちが家財をどぶに捨てていた
・夜が明け、侍はどぶを浚う
・やってきた村人たちに事情を話し、出てきた家財を焼却する
・それで化物は出なくなった

 荒寺のある村に侍が<訪問>する。化物の<噂>を聞く。化物を<退治>することにした侍、荒寺に入る。化物<登場>、侍、化物を<斬る>。その内、化物が事情を<打ち明ける>。了承した侍は<剣を収め>、どぶを<浚う>。道具類が<出てくる>。道具類を言われたとおり<焼却>する。化物は<出現>しなくなる。

 荒寺に化物が出るパターンのお話です。化物が<登場>し、侍は<応戦>します。その内に化物が事情を<告白>し、了承、どぶを<浚った>ところ道具類が出てきて<焼却>、化物は<出現>しなくなるという形です。

 化物の<出現>と<消滅>というペアですが、その間に人間が原因を引き起こしたと語られるのが特徴でしょうか。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.49-51.

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2022年6月28日 (火)

蛤姫――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、一人の若い漁夫がいた。毎日海へ出て魚を獲って、それを町で売って生計を立てていた。ある日、いつもの様に舟で漁をしたが、一尾もかからなかった。もう一度釣ってかからなかったら今日はやめようと思って最後の糸を投げ込んだ。

 しばらくすると手応えがある。やっとのことで引き上げてみると、見たこともない様な珍しい蛤(はまぐり)だった。びっくりして見とれていると、蛤が二つに割れて中からきれいな女の子が出てきた。漁夫は喜んで家へ連れて帰り、蛤姫と名をつけて大切に育てた。

 姫は大きくなるにつれてますます美しくなった。そして姫は機を織ることが大変上手で、その織物は何ともいえぬ美しさだった。漁夫はそれからは漁をやめ、姫の織った反物を町に売りに出て、たくさんの金を儲け、楽しく暮らした。

 姫は美しい反物を織るばかりでなく、機を織る音がまるで美しい音楽のようだった。それを聞いた人たちが姫の機を織る様子を見ようと漁夫の家に押しかけてきたが、姫はなぜか一室に閉じこもって、戸を固く閉め、機を織る姿を誰にも見せなかった。

 ある日、漁夫はいつも通り、反物をもって町へ出かけた。ある一軒の大きな家で呼び止められ、たくさんの金で買い取られた。よい物を買った。お礼にと座敷に上げ、ご馳走やお酒でもてなした。漁夫はよい気分で酔い潰れてしまった。

 家では蛤姫が今日も一人、一室で美しい音をたてながら、とんとんからりと機を織っていた。すると近所の人たちがやって来て、今日は漁夫が帰っていない阿から、戸を開けてみようではないかと相談して、部屋へそっと近寄るといきなり戸をあけてのぞき込んだ。

 蛤姫はびっくりして機を織る姿を見られたら、もうここにいることはできない。蛤の中へ帰ると言って消えてしまった。

◆モチーフ分析

 「蛤姫」は蛤女房が艶笑譚なのを子供向けに改作したものと考えられます。
・昔、一人の若い漁夫がいた
・漁に出た漁夫だったが不漁だった
・これで駄目なら引き返そうと釣り針を海に入れたところ、珍しい蛤が釣れた
・蛤の中から可愛い女の子が出てくる
・蛤姫と名づけられる
・蛤姫は機を織るのが得意で美しい反物を織った
・また、機を織る音は美しかった
・だが、機を織る姿は誰にも見せなかった
・漁夫は反物を売りに町へ出かける
・反物が高く売れる
・反物を売ったお屋敷で漁夫は宴席によばれる
・漁夫は酔い潰れてしまう
・漁夫がいない隙に近所の者たちが蛤姫がいる部屋の戸を開けてしまう
・機を織る姿を見られた蛤姫はもうここにはいられないと消えてしまう

 漁夫が<漁>に出る。<不漁>だが遂に珍しい蛤を<釣り>上げる。蛤の中から可愛い女の子が出てくる。女の子は蛤姫と<名づけ>られる。蛤姫は機を<織る>。しかし、織る姿は誰にも見せない。<禁止>。漁夫、蛤姫が織った反物を売りに<外出>する。その隙に近所の人たちが蛤姫が機を<織る>姿を見てしまう。<露見>。蛤姫、もうここにはいられないと<消滅>してしまう。

 基本的には<禁止>の<侵犯>による<婚姻>の<破綻>です。姫は機を織っているところを他人に見られてしまいますが、特に変わった様子はありません。ただ見られたから、ここにはいられないとなるのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.46-48.

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2022年6月27日 (月)

当てが外れる

国会図書館に行く。お目当ての博士論文はどちらも関西館所蔵で当てが外れた。江戸里神楽公演のパンフレットからアンケートのページをコピーする。七回以降は掲載されていないのが意外だった。

梅雨が明けた。真夏の様な暑さだった。

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えんこうの手紙――モチーフ分析

◆あらすじ

 明治の中頃、大田市の鳥居村に喜三郎という魚商人がいた。ある日出雲の国との境の邑智郡の奥へ行って、帰りに小原村の江川のほとりを通ると、手ぬぐいを深く被った女がなれなれしく声をかけてきた。静間を通って大田へ帰るのかと訊くので、その通りと答えると、手紙を渡して、それを静間の神田の渕へ投げ込むように頼まれた。魚商人は手紙を受け取った。魚商人は川合の町まで帰ると、岩谷屋という店で酒を一杯飲んだ。そして主人に先ほどのことを話すと、静間川の神田の渕はえんこう(河童)の住処だと言って、その手紙を見せろとなった。そこで手紙を開くと、人間の文字ではなくみみずののたくった痕のようなものが書いてあった。これは江川のえんこうが化けたもので、魚商人をとるようにと神田の渕のえんこうに合図したのに違いないとなった。震え上がった魚商人は店主に相談して手紙を焼いてしまった。魚商人は川合から道をかえて長久を通って家へ帰った。それからは用事があっても静間川の方へは決して行かなかった。

◆モチーフ分析

 これは「河童の手紙」で有名な伝説です。「石見の民話」では明治時代の話としていて、近代民話に属するものとなっています。

・大田市の鳥居村に魚商人がいた
・出雲の国の境まで商売に行く
・帰りがけ、江川のほとりを通りかかると、女と遭遇する
・女は手紙を渡し、静間川の渕に投げて欲しいと頼む
・承知した魚商人は再び帰る
・途中立ち寄った店で先ほどの話をする
・怪しんで手紙を開いたところ、河童の手紙だった
・あやうく静間川の河童にとられるところだった
・手紙を焼却する
・ルートを変えて帰宅する
・その後も静間川には近づかない

 魚商人が出雲の国との境の村に行って、帰りに江川のほとりを通ると、女と<遭遇>する。女は静間川の渕に手紙を<投棄>するよう<託し>て魚商人はそれを承諾します。中で店に寄って休憩した魚商人はそのことを店の主人に<話し>ます。主人はそれを<怪しみ>、手紙を開くと人の字ではなかったことが<露見>します。これは江川の河童が静間川の河童に魚商人をとる様に伝えた手紙だということになり、手紙を<焼却>します。魚商人は別ルートを通って<帰還>します。その後も魚商人は静間川を<忌避>した……という流れとなっています。

 女との<遭遇>からアイテムの<授受>、途中でそのことを他人に<話し>、河童の企みが<露見>する。結果、当初予定していたルートを<回避>するという構成となっています。各モチーフ素間の距離は適度に離れており、内容が具体的に描写されます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.44-45.

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2022年6月26日 (日)

弥兵衛の天昇り――モチーフ分析

◆あらすじ

 天保時代に石橋弥兵衛という人がいた。ある日大風が吹いて屋根の藁が飛んだたので屋根へ上がって繕っていた。すると海から竜が上がってきて弥兵衛の背中を撫でた。弥兵衛は竜の尻尾をつかまえると、竜と一緒に天に昇った。天には雷の家があった。弥兵衛は雷の家で使ってもらうことになった。弥兵衛は拍子木を打とうとすると、うっかり雲の端を踏んでしまい、海に落ちた。海では竜宮に行った。竜宮で使ってもらうことになった。竜宮のお姫様の坊やの世話をすることになった。しかし、果物はとってはならないと言われる。あまりに旨そうなので一つ取ると漁師の罠にかかった。弥兵衛は漁師に釣り上げられた。弥兵衛の身体にはウロコが一杯ついていた。人魚かと漁師の家へ連れて帰られた弥兵衛だったが、見物人の中に隣の爺さんがいた。弥兵衛は爺さんに声をかけて助けられた。南無阿弥陀仏と念仏を唱えると身体のウロコが落ちた。

◆モチーフ分析

・弥兵衛という人がいた
・大風が吹いて屋根の補修に上がったところ、竜がやってきた
・竜のしっぽにつかまった弥兵衛は天に昇る
・天には雷の家があった。雷の家で下男として働くことになる
・拍子木を鳴らそうとしたら雲の切れ端で足を滑らせ落下してしまう
・海に落下する。竜宮にいき下男となる
・竜宮のお姫様の坊を隣村に連れて行く
・途中にある果物はとってはならないと言われていたが、つい取ってしまう
・果物は漁の罠で弥兵衛は海上に引き上げられてしまう
・弥兵衛の身体にはウロコが生えていた。見物人がやってくる
・見物人の中に隣の爺さんがいることに気づいて、事情を話して解放してもらう
・念仏を唱えると、ウロコが落ちる

 これは幾つものお話が解決されることなく連続するお話です。<大風>が吹いて屋根の<補修>に上った弥兵衛の前に竜が現れ、弥兵衛は竜の尻尾につかまって<昇天>します。そこには雷の家があり、雷の下男として働くことになりますが、雲の端から<落下>してしまいます。海に落ちた弥兵衛は次に竜宮に行きます。竜宮の姫様の坊の面倒をみることになった弥兵衛ですが、隣村にいく際に「果物をとってはならない」という禁止を<破り>果物を<とって>しまいます。すると果物は漁師の罠で、弥兵衛は海上へ引き上げられます。弥兵衛の身体にはウロコが生えており、人でないと認識されますが、隣の爺さんを見つけ、説明してもらうことで<解放>されます。ウロコは<念仏>を唱えることで落ちます。

 地上―天―海―地上と舞台は移り変わります。三つのお話が連続し、それぞれが解決しないままに次の物語に移行しますので、モチーフ素は<昇天><落下>禁止を破る、罠に捕まる、陸に引き上げられ、元の人間に戻るといった形で継起します。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.41-43.

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2022年6月25日 (土)

寝てしまう――ゲキ×シネ『狐晴明九尾狩』

ゲキ×シネ『狐晴明九尾狩(きつねせいめいきゅうびがり) 』を港北ノースポートモールで見る。劇団☆新感線の作品。演劇を映画館で観劇するのは初めて。が、一幕、二幕とも睡魔に襲われて寝てしまった。このところ「犬王」「東京オリンピック2020 SIDE:B」と寝てしまっているので、三連続で寝てしまったことになる。調子が悪いのか。

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怪力尾車――モチーフ分析

◆あらすじ

 福光川の下流に岩根屋敷というところがある。昔ここに岩根という大金持ちが住んでいた。その家に尾車(おぐるま)という相撲とりがいた。大男ではなかったが力が強く、近辺には尾車に勝つものはいなかった。

 この話を聞いた上方の相撲とりが、ひとつ勝負をしてみようと思って、はるばる岩根屋敷へやってきた。尾車はその時下男の様な身なりで庭の掃除をしていた。尾車は不在だが、弟子の自分が力だめししましょうと言って大黒柱を一尺ばかり持ち上げた。これを見た上方の相撲とりは胆をつぶした。弟子でこれほどなら師匠の尾車とは勝負にならないと逃げ帰った。

 ある日、尾車が波打ち際にいると、沖の方から牛鬼がやって来て尾車を海へ引き込もうとした。尾車は逆に陸に引き上げてやろうと思って波打ち際で大相撲になった。どちらも力が強くて勝負がつかない。一晩中相撲をとったので、尾車も段々疲れてきた。海の方に惹かれそうになった尾車だが、そのとき、一番鶏が鳴いた。牛鬼は夜が明けると力がなくなるので、お前の様な力の強い人間に出会ったのは始めてた。この勝負はおあづけにしようと言って沖へ姿を隠してしまった。

◆モチーフ分析

・福光の岩根屋敷に大金持ちがいた。その家に尾車という相撲とりがいた
・尾車は大男ではなかったが力が強く、近所で敵う者はいなかった
・上方の相撲とりが噂を聞いて尾車と相撲を取りたいとやってくる
・下男の格好をしていた尾車は自身の弟子だと偽る
・尾車、大黒柱を一尺も持ち上げる
・上方の相撲とり、弟子でこれでは勝負にならないと逃げ出す。

・ある日、尾車が波打ち際にいると牛鬼がやってきて海へ引き込もうとする
・尾車は逆に陸に引き上げようと牛鬼と相撲をとる
・勝負が中々つかない。尾車は次第に疲れてくる
・そのとき一番鶏が鳴き、夜明けを告げた
・夜が明けると力を失う牛鬼は尾車を賞賛して退散する

 尾車の伝説は二つのパートからなります。尾車という力の強い相撲とりがいます。ある日、上方からやってきた相撲とりに<勝負>を申し込まれます。尾車は自分は弟子だと<偽り>ます。尾車は大黒柱を一尺も持ち上げ、それを見た上方の相撲とりはとても敵わないと<退散>します。

 波打ち際で牛鬼と<遭遇>した尾車は牛鬼と相撲をとります。<決着>が中々つきませんが、一番鶏が<夜明け>を告げます。朝になると力を失う牛鬼は尾車を<賞賛>して<退散>します。

 牛鬼の伝説として見た場合、牛鬼との<遭遇>から牛鬼の<退散>までが描かれます。また自身の弟子と<偽った>尾車は上方の相撲とりを<欺し>、怪力を<誇示>して相撲とりを<退散>させます。

 牛鬼との<遭遇>と<退散>のモチーフ素はペアになっています。両者の間は離れていますので、牛鬼との<相撲>がじっくりと描かれることになります。また、上方の相撲とりとの関係では身分を<偽り><欺き><退散>させるとモチーフ素が畳みかけられています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.39-40.

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2022年6月24日 (金)

影ワニ――モチーフ分析

◆あらすじ1

 温泉津の辺りではサメのことをワニと言う。影ワニという怪物がいるという。船が沖を走っているとき、船乗りの影が海に映ることがある。その影を影ワニが呑むと、影を呑まれた船乗りは死ぬと言う。

 昔、ある船乗りが影を呑まれそうになった。気づいた船乗りは反対に影ワニを撃ち殺した。村に帰った船乗りは、ある日浜を歩いていると魚の骨が足の内に突き刺さった。その傷が元で船乗りは死んでしまった。後になって調べてみると、その骨は船乗りが殺した影ワニの骨であった。

 もし影ワニに見つかったら、むしろでも板でも海に投げて自分の影を消さなければならないと言う。

◆モチーフ分析

・温泉津の辺りでは影ワニという怪物がいる
・船乗りの海面に映った影が影ワニに呑まれると、その船乗りは死んでしまう
・影ワニに影を呑まれそうになった船乗りが逆に影ワニを撃ち殺した
・村に戻って浜を歩いていると船乗りの足に魚の骨が刺さった
・その傷が元で船乗りは死んでしまった
・その骨は船乗りが撃ち殺した影ワニだった

 影ワニと<遭遇>、影を呑まれそうになります。<反撃>、逆に影ワニを撃ち殺します。<殺害>。浜に戻ったある日、魚の骨が足に刺さってしまいます。<傷>を負います。傷が元で死んでしまいます。<死>。

 影ワニに<反撃>して<殺害>しますが、その影ワニの骨で<傷>を負い<死>んでしまいます。<殺害>が自身の<死>を招き寄せる結末となっています。

◆あらすじ2

 日祖の港の西側にアバヤという所がある。そこの岬に東から西に通り抜ける大きな洞穴がある。この東側の入口の沖で二人の漁師が漁をしていた。二人とも夢中になっていたが、突然一人が悲鳴を上げた。もう一人が驚いて振り返ると影も形も無かった。海に落ちたのかと、そこら中メガネで探したが見当たらなかった。後で村中総出で、やっと海の底から死んだ漁師の着物だけを拾い上げた。アバヤの洞穴には昔から影ワニが住んでいると言われている。

◆モチーフ分析

・アバヤの岬に洞穴がある
・洞穴の東側の沖で漁師が二人漁をしていた
・突然一人が悲鳴を上げ消える
・もう一人が探すが見つからない
・村中総出で探して消えた漁師の着物だけが見つかる
・アバヤの洞穴には昔から影ワニが住んでいるという

 洞穴の東で<漁>をしていた漁師の内、一人が突然消えます。<捜索>するも着ていた着物しか見つかりませんでした。洞穴には影ワニが<いる>と言います。

 着物しか見つからないことで漁師の<死>を暗示しています。そしてそれは影ワニによるものだと最後で明かしています。

 牛鬼の伝説では大抵の場合助かるのですが、影ワニの場合、犠牲者が出る場合もあり、話の色合いが多少異なっています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.37-38.

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2022年6月23日 (木)

うしおに――モチーフ分析

◆あらすじ1

 波路浦に一人の漁師がいた。ある日の漁は大量であった。喜んで帰りかけると、海の中から大きな牛の様な怪物が大きな声で「魚をくれ」と叫ぶので、恐ろしくなって投げてやった。ところが怪物はまたしても「魚をくれ」と叫ぶので、その度に少しずつ投げてやった。ようやく港へ着くと急いで家へ帰った。しばらくすると怪物がやってきて、どんどん戸を叩きながら「魚をくれ」と言った。漁師が「家の中へ入れ。魚をやろう」というと「お前はお仏飯を食べているから、家の中へは入られない」といって逃げていった。あくる朝戸をあけて庭へ出てみると大きな足跡が残っていた。足跡は牛の様でもあるし、牛とは違う様にもあるし、村人は不思議に思った。これは昔から言われている牛鬼だろうということになった。

◆モチーフ分析

・波路浦に漁師がいた。ある日の漁は大量だった
・帰りかけると。海の中から怪物が「魚をくれ」と叫ぶので魚をやる
・「魚をくれ」と叫び続けるので、その都度魚をやる
・港へつくと急いで家へ帰る
・家まで怪物が来て「魚をくれ」と言う
・「家の中へ入れ」と言うと「お前はお仏飯を食べているから中に入れない」と怪物が答え逃げていく
・あくる朝、戸をあけると足跡が残っていた
・これは牛鬼だろうということになった

 漁師が漁に出たところ<大漁>でした。帰りかけると牛鬼が<登場>し、魚をねだります。魚をやると着いてきます。家に<逃避>しますと戸の前まで牛鬼がやってきます。家の中に入れと言いますと、漁師はお仏飯を食べているから中には入れないと答え、牛鬼は<逃亡>する……というお話です。

 <大漁>が牛鬼の<登場>を促します。それから牛鬼に<追跡>されるので<逃亡>します。家の中に逃げ込むと、お仏飯を食べたものは<害>せないとなって牛鬼は<逃亡>します。

 全体的に見れば牛鬼の<登場>から<逃亡>までを描いています。お仏飯が牛鬼の<害>を防ぐ要因となります。

◆あらすじ2

 波路浦の大下(おおしも)という家の何代も前の主人が三人の仲間と一緒に四月のある晩釣りに出た。他の舟は沖へ出ていたが、この舟は温泉津の港と福光海岸の中程のシューキの岸近くで糸を下ろした。ここは秘密の釣り場で、その日もよく釣れた。夜が更けて岸の方から「行こうか、行こうか」と声をかけるものがあった。この辺りは断崖絶壁で人のゆける所ではない。狐が悪戯をするのだと思って「おう、来たけりゃ、来い」とからかい半分に言った。ところが「おう」と返事と共に何か大きなものが海にどぶんと飛び込んだ。舟に向かって牛鬼が泳いできた。真っ青になった四人は一生懸命波路浦に向けてこぎ出した。牛鬼も舟を追って来る。ようやく一里ばかり離れた波路浦の浜に着くと、一番近い大下の家へ飛び込んで戸を閉めた。牛鬼は戸をどんどん叩きながら「開けろ、開けろ」とどなる。四人は土間にへばりこんでさっぱり動こうともしない。家の者が火箸を囲炉裏で真っ赤に焼いて、大戸の鍵穴に口を寄せて「今戸を開けてやるから静かにせい」と怒鳴った。牛鬼は声のした鍵穴から中をのぞき込んだ。その時、焼き火箸を鍵穴へ突っ込んだ。目を焼き火箸で突き刺された牛鬼はたけり狂ったが、柱の上に張ってある出雲大社のお札に気づくと身震いしてもの凄い声をあげて逃げていった。この辺りの漁師はそれから必ず出雲大社のお札を戸口に貼るようになった。

◆モチーフ分析

・波路浦の大下の家の主人が仲間と共にある晩釣りにでかけた
・温泉津と福光の間のシューキの秘密の釣り場で釣りをする
・よく釣れた
・岸の方から「行こうか、行こうか」と声をかけるものがいる
・狐だと思い、「おう」と返すと牛鬼が海に飛び込み舟めがけて追いかけてきた

・焦った主人たちは波路浦に向けてこぎ出す。牛鬼も舟を追ってくる
・ようやく波路浦の浜につくと大下の家に逃げ込む
・牛鬼が「開けろ」と怒鳴る
・牛鬼が鍵穴をのぞき込んだところ、家のものが焼いた火箸を鍵穴に突っ込む
・目を突かれた牛鬼はたけり狂うが、出雲大社のお札に気づくと逃げていった
・それからこの辺りの家は出雲大社のお札を戸口に貼るようになった

 <漁>に出たところ、怪物が<声>をかけます。<応じる>とそれは牛鬼で、牛鬼の<追跡>がはじまります。家に逃げ込んだ漁師たちでしたが、焼けた火箸で牛鬼の目を突き刺します。<反撃>です。怒った牛鬼ですが出雲大社のお札に怖れをなして<逃散>します。それから各戸で出雲大社のお札を戸口に貼るようになったという起源が語られます。

 牛鬼の<追跡>と<逃走>、機転を利かせて牛鬼の目を突いて<反撃>します。出雲大社のお札が重要なアイテムとなり牛鬼は<逃散>します。

◆あらすじ3

 日祖(にそ)の漁師に友村清市という人がいた。ある晩一人で小舟に乗って沖へ出た。すると牛鬼が一匹、追いかけてきた。力が強く胆のすわった清市は舟中の綱をまとめて牛鬼が近づくのを待った。間もなく牛鬼は船べりにきて舟に上がろうとした。清市はこれに組み付き、舟へ引き上げて、がんじがらめに縛り上げた。清市は小二町(こふたまち)まで舟で帰り、そこから山越しに日祖まで牛鬼を担いで帰った。浜の舟小屋の前へ牛鬼を投げ出しておくと、日祖中の人がぞろぞろ見にきた。わいわい言っていると、一人の若者が櫂を持って牛鬼の頭を力任せに殴りつけた。すると変な音がして櫂は二つに折れた。近寄ってよく見ると、椿の木の古い根ががんじがらめに縛ってあった。昔から椿は化けるということで、椿の花は仏さまには絶対に供えない。

◆モチーフ分析

・日祖に漁師がいた
・ある晩、小舟に乗って沖へ出た
・牛鬼が一匹追いかけてきた。牛鬼は船べりまでやって来た
・漁師は組み付き、舟へ引き上げてがんじがらめに縛り上げた
・漁師は小二町まで舟で帰り、日祖まで牛鬼を担いで帰った
・浜の舟小屋の前へ牛鬼を投げ出しておくと、村中の人が見物にきた
・一人の若者が櫂で牛鬼の頭を殴りつけた。すると櫂は二つに折れた
・近寄ってよく見ると、椿の古い根ががんじがらめに縛ってあった
・昔から椿は化けるので、椿の花は仏さまには絶対に供えない

 牛鬼と<遭遇>した漁師が牛鬼を<捕獲>します。<捕獲>した牛鬼を村まで担いで帰ります。捕獲された牛鬼を<見物>に村人たちがやって来ます。一人が牛鬼を櫂で叩きますと、それは椿の根でした。正体の<露見>。椿は化けるので仏に供えないとその理由が語られます。

◆あらすじ4

 日祖である晩いわしの地引き網を入れた。ところがどうしたことか一尾もかからない。気をくさらせて皆は酒を飲んでさっさと引き上げた。そのとき小舟にいた一人の老人が家に帰ってから煙草入れを忘れたのに気がついて取りにいこうとした。家内は不吉な予感がすると言って行くのを止めたが、老人は振り切って行こうとする。そこで家内は仏壇に供えてあったお仏飯を食べさせて出した。煙草入れを探すのに夢中になっていた老人が騒がしい波の音に気がついてふとその方を見ると一匹の牛鬼が側まで来ていた。舟の中であり、もう逃げられないと思ったが、思わず櫂で殴ってやろうと身構えた。すると牛鬼は「お前はお仏飯を食っているから近づけない」と言って逃げていった。昔から子供が海や山へ行くときには怪我の無いようにといってお仏飯を食べさせる。

◆モチーフ分析

・日祖である晩いわしの地引き網を入れた。が、一匹もかからない
・漁師たちは酒を飲んでさっさと引き上げた
・小舟にいた老人が煙草入れを忘れて取りに行こうとした
・家内が不吉だと止めたが、老人は振り切ったので、お仏飯を食べさせる
・老人が煙草入れを探していると牛鬼が側までやって来た
・老人は櫂で殴ろうとする
・牛鬼は「お前はお仏飯を食べているから近づけない」と言って逃げた
・昔から子供が海や山に行くときは怪我の無いようにお仏飯を食べさせる

 <不漁>と<帰投>。老人が舟に置き忘れた煙草入れを取りに行こうとします。不吉なので家内がお仏飯を食べさせます。<食事>。舟で煙草入れを探していますと牛鬼が<接近>してきます。身構えますが、お仏飯を食べていたので牛鬼は<逃散>します。子供が海や山に行くときにはお仏飯を食べさせるとその由来の説明がなされます。

 ……まとめますと、おおよそ牛鬼の<登場>から<退散>までが描かれます。間に漁師の<逃走>が描かれます。牛鬼を退散させる手段は幾つかありますが、主にお仏飯と出雲大社のお札です。<漁>に伴う伝説でありますため、多くは漁師町で語られていた伝説と思われます。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.32-36.

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ごうろ坂の一ツ目小僧――モチーフ分析

◆あらすじ

 ごうろ坂は矢滝城山の中腹にある胸つき十八町といわれる急な坂道で、大森(銀山)へ行く難所だった。いつの頃からか、ここに一ツ目の化物が出て旅人をとって食うという噂が広がった。夕方になると道を歩く人もなくなってしまった。大森の代官所でも強い武士に化物を退治させようとしたが、その度に失敗した。

 ある夕方、温泉津から清水を通って西田に来た一人の武士がいた。その武士が西田の茶店で休んで出発しようとすると、もう夕方なので化物が出る。今夜は泊まって明日出立した方がよいと言われる。化物が出ると知った武士は退治してやろうと考える。武士は制止を振り切って出立した。

 坂の頂上辺りまで来たとき、若い女が一人道ばたで苦しんでいた。明日の朝温泉津を出る北前船に乗らなければならないのだが、急に腹が痛くなって動けないと女は答えた。闇に女の顔が白く浮かぶ。

 人間ではないと気づいた武士だったが、女を背負うと西田へと下っていく。歩く内に背中の女は次第に重くなり、とうとう歩けなくなった。武士は決心して女を道ばたの石に投げ下ろした。ぎゃっという悲鳴とともに女の姿は消えてしまった。

 あくる朝、矢滝の人々がいってみると、大石は血で染まり、側に狸の毛が一杯落ちていた。人々はそこに地蔵さまを祀った。それからはそういうことはなくなった。

◆モチーフ分析

・ごうろ坂は急な坂道で大森へ行く難所だった
・いつの頃からか坂に一ツ目の化物が出ると噂が立った
・夕方になると人気が絶えた
・代官所も武士に化物退治をさせたが、その度に失敗した
・ある夕方、温泉津から西田へ来た武士がいた
・武士が西田の茶店で休んでいると、もう夕方だから今夜はここに泊まっていけといわれる
・化物がでると知った武士は制止を振り切って出立する
・坂の頂上まで来たとき、若い女が一人道ばたで苦しんでいた
・明日の朝までに温泉津に行かねばならない
・闇に女の顔が白く浮かぶ。人でないと武士は見破る
・女を背負った武士、西田へと下っていく
・背中の女は次第に重くなり、歩けなくなってしまった
・思い切って女を道ばたの大石に投げ下ろした
・悲鳴とともに女の姿は消えた
・人々が行ってみると、大石は血で染まり、狸の毛がいっぱい落ちていた
・人々はそこに地蔵を祀った
・それから化物が出ることはなくなった

 ごうろ坂で一ツ目の化物が人を驚かすと<噂>になります。その<噂>を聞きつけた武士が坂に向かいます。坂にやってくると一人の女が腹痛で苦しんでいます。実はここで化物に<遭遇>しています。急用の女を西田まで送るために武士は女を<背負>います。が、女の身体は次第に重くなってしまうのです。決心した武士は女を大岩めがけ<投棄>します。すると女の姿は消え、跡に狸の毛が残っていました。人々はそこに地蔵をたてて祀った……という様な骨格です。

 化物の<噂>を聞いて間もなく女に化けた化物に<遭遇>します。この時点で女の正体は明かされていませんが、<噂>から間髪を入れずに<遭遇>しています。そして女を<背負う>ことで武士は危険を身に引き受けます。結果、重さに絶えかねた武士は女を大岩めがけ<投棄>します。そうすることで化物の正体が<露見>します。モチーフ間の接続に特に問題は見られません。<遭遇>から<露見>までがこの話の胆です。間には正体の<暗示>があります。<暗示>がお話を効果的に盛り上げます。<遭遇>から<露見>の間の距離は少し離れています。その間に状況の進行を説明するのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.29-31.

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2022年6月22日 (水)

足半踊り――モチーフ分析

◆あらすじ

 馬路(仁摩町)の乙見神社は大国主命をまつっている。昔、大国主命が志賀美(しかみ)山(高山)を見て、あそこはとてもよいところだ。永くこの地にとどまって国造りをしようと言って船をこぎよせられた。神子路(みこじ)の浜は大国主命の子神が通ったと言われている。後に志賀見山に社を建てた。

 ある夏のはじめ、志賀見山に火事が起きた。火は社の近くまで迫った。願城寺に住んでいた婆さんがこれは一大事と神さまをお助けすることを近所の人たちに呼びかけたが、火事の中であり、うっかり神さまに触っては祟りがあるかもしれないと思って助けようとする者がいなかった。

 三年前に夫をなくした婆さんは自分ひとりでもと決心して足半(あしなこ)をもって山の上へ駆け上った。山は険しく、つまづいたりぶつかったり、こけたりまるげたりしながら煙の中に見える社にようやく駆けつけた。

 幸い社は無事だった。婆さんはお参りすると、どうして神さまをお連れしようか考えた。女は穢れのあるものとされているので直に身体に触ってはいけない。そこで履いてきた足半の表の土のつかない方を背中にあて、裏の土のついた方を神さまの方へ向け、ご神体を背負って急な坂を下りはじめた。

 火は路へは回っていなかったので、何度も滑って尻もちをつきながら、ようやく麓の乙見の里についた。

 村人たちは婆さんの勇敢な行いに感心し、さっそく新しい社をどこに作るか相談した。山火事でも危険の無いところにしようと東西に川のある今の所を選んで社を建て、乙見と名づけた。

 ある晩、婆さんが寝ていると、して欲しいことがあれば祈願せよと神さまのお告げがあった。婆さんは社にお参りして田畑の作物が枯れそうだ、雨を降らせて欲しいとお祈りした。すると、その願いを叶えようとお告げがあって、黒い雲が空を覆い、大粒の雨が降ってきた。田畑の作物は生気を取り戻した。これを見た村人たちは大喜びで仕事着に足半を履いたまま、婆さんを先頭に社へ参って踊りを踊って神さまにお礼を言った。

 それから日照りのときは婆さんやその子孫が願主になって雨乞いをすると、必ず雨が降るようになり、足半踊りを踊ってお礼まいりするようになった。有名な馬路の盆踊りの足半踊りはこれが始まりである。

◆モチーフ分析

・ある夏、志賀見山に火事が起きて、火は社の近くまで迫った。
・願城寺に住んでいた婆さんがご神体を避難させようと提案したが、村人たちは祟りを怖れ消極的だった
・婆さんは自分ひとりで足半を持って山へ登った。山は険しく苦労したが社に辿り着いた
・社は無事だった。女は穢れのあるものとされているので婆さんは足半を間に挟んでご神体を持ち出した
・何とか麓まで辿り着いた
・村人たちは婆さんの行いに感心、新しい社を乙見に建てることにする
・婆さんが寝ていると、夢のお告げがあった。婆さんは日照りなので雨を降らせて欲しいと祈った
・お告げがあって雨が降ってきた。田畑の作物は生気を取り戻した
・村人たちは足半を履いたまま踊り、神さまに礼を言った
・それから日照りのときは婆さんやその子孫が願主になって雨乞いをすると必ず雨が降った
・村人たちは足半踊りを神さまに奉納するようになった
・馬路の盆踊りの足半踊りの起源はこれである

 <火事>が起き、ご神体が危機に晒される。老婆が一人山に上がってご神体を麓まで<避難>させる。老婆に夢のお告げがあり、日照りなので雨を降らせて欲しいと願う。果たして雨は降ってきた。村人たちは<足半踊り>を踊って神さまに礼を言う。これが馬路の雨乞いと足半踊りの<起源>である。

 <火事>によるご神体の<避難>とその功徳による<雨乞い>の起源とに伝説は分割されます。足半が伝説の前段と後段とを結ぶのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.26-28.

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2022年6月20日 (月)

半年かかるか

未来社「石見の民話」のモチーフ分析、一日二話と考えていたが、これが案外苦しい。あらすじに起こすのが負荷がかかるのである。休憩を入れれば不可能ではないが、一日一話くらいが適正だろう。約150話あるのでだいたい半年ほど見積もることになる。

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姫野の池――モチーフ分析

◆あらすじ

 三瓶山の麓に姫野の池という小さな池がある。ほとりにはカキツバタが生えている。池の近くに長者がいて、お雪という娘がいた。薪を牛に載せて長者の家の前を通る若者がいた。娘と若者は互いに恋をした。その頃、野伏原に山賊がいたが長者の屋敷は襲わなかった。山賊の頭はお雪に目をつけていたのである。山賊の頭はある日屋敷を訪れてお雪を嫁に所望した。相手は山賊の頭で、お雪は若者と恋をしていたので長者は苦しんだ。長者はしばらく待って欲しいと答える。返事がないのに苛立った頭は手下を引き連れてお雪を奪いに長者の屋敷を襲った。そのことを知った若者は山刀をふるって山賊の群れに飛び込んだ。多勢に無勢で追われた若者は姫野の池のほとりまで来て斬り合ったが遂に斬り殺されてしまった。それを見たお雪は若者一人だけ死なせまいと池に身を投げた。池の底は深い泥で埋もれていたので娘が浮かび上がってくることはなかった。雨が降って昼と夜の気温の差の激しい夜には霧が池の辺りに下りてくる。そのときはお雪のすすり泣く声が聞こえるという。六月になると咲くカキツバタはお雪の生まれ変わりという。

◆モチーフ分析

・三瓶山の麓に姫野の池がある。池のほとりにはカキツバタが生えている
・池の近くに長者の屋敷があり、娘がいた
・牛に薪を積んで長者の家の前を通る若者がいた
・若者と娘は互いに恋をした
・野伏原に山賊がいた。山賊の頭は娘に目をつけていた
・山賊の頭は長者を訪ね、娘を嫁に所望した
・長者は事情を知っていたので、しばらく待ってもらう
・返事がないのに苛立った山賊の頭は長者の屋敷を襲った
・若者が加勢にかけつけるが、多勢に無勢で池のほとりに逃げる
・若者は斬り殺されてしまう
・跡を追って娘も入水してしまう
・池のほとりのカキツバタは娘の生まれ変わりという

 娘と若者が<恋>をします。一方で山賊の頭が娘に<横恋慕>します。娘を<奪おう>とした山賊の頭でしたが、若者が助けに入ります。多勢に無勢で若者は<殺害>されてしまいます。跡を追った娘は<入水>してしまいます。娘はカキツバタに<生まれ変わり>したとされています。

 <恋>と<恋>が衝突し、争いとなります。助けに入った若者は<殺害>されてしまいます。跡を追って娘は<入水>します……ということで<殺害><死>のモチーフ素の直後に<入水><死>のモチーフ素をもって来て、娘の悲しみを強調しています。冒頭に出てきたカキツバタは娘の生まれ変わりと結んで伝説の真実であると信じられている認識を補強します。また、<恋>が<死>に終わることで悲しみで物語を締め括っています。<恋>と<入水>のモチーフ素の間は離れています。これは全体的な話の基調を定めています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.24-25.

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2022年6月19日 (日)

浮布の池――モチーフ分析

◆あらすじ

 三瓶山の麓にある浮布の池はもとは浮沼池という。昔、池の原の長者の子ににえ姫という美しい姫がいた。古くから池に住む池の主がいつしか姫に思いを寄せるようになった。姫は池のほとりで美しい若者と出会った。姫は若者に心を惹かれた。姫は若者の誘いで池に行くと気を失ってしまう。そして空を飛ぶ夢を見る。気づくと一人で池のほとりに座っていた。着物は濡れていなかった。このようなことが度重なって、姫の顔に生気が無くなってきた。人々の心配を他所に姫は池のほとりを歩く。ある日、通りかかった武士が大蛇に巻き付かれた姫を見た。武士は弓で大蛇を射る。浮布の池はざわめいたが、池の主の姿はなかった。意識を取り戻した姫だったが、池に身を投げて死んでしまった。姫が着ていた衣の裾が白く帯のように池の中央に浮かんでいた。この日は六月一日で、それから毎年六月一日にはこの白い波の道が光って池の表に現れるところからこの池を浮布の池と呼ぶようになった。にえ姫を祀るにえ姫神社は池の東側の中ノ島にある。

◆モチーフ分析

・三瓶山のほとりに浮布の池がある
・昔、池の原の長者の子ににえ姫がいた
・池の主が姫に思いを寄せるようになった
・姫、若者と出会う
・姫、若者の誘いで池に行くと気を失ってしまう。空を飛ぶ夢を見る
・このような事が度重なって姫から生気が失われていく
・ある日、武士が大蛇に巻き付かれた姫を見つける
・武士は大蛇を射る。大蛇は姿を消してしまう
・気がついた姫は池に入水してしまう
・姫の着物の裾が池の真ん中に浮かんでくる
・それで浮き布の池と呼ぶようになった

 大蛇に魅入られた姫は大蛇が化けた若者と逢瀬を重ねる。が、あるとき大蛇の姿を人に見られてしまい、矢で射られてしまう。意識を取り戻した姫は入水してしまう、そしてそれが池の名の由来となる……という流れです。蛇に魅入られた娘の結末を表現しています。

 互いに思いを寄せ、逢瀬を重ねますが、姿を他人に見られてしまいます。<好意>が<愛情>に変わり<逢瀬>を重ねるが正体が<露見>することで大蛇は<逃亡>、<破綻>してしまいます。また破綻した結果は姫の<入水><死>となります。<破綻>から<入水>へと繋げ、それが池の名の<由来>となったとしている。

 モチーフ素自体は無理なく繋がっています。<破綻>から直に<死>へと繋げることで姫の悲しみを強調し、池の名の<由来>とすることで、由来の根拠となるところを補強しています。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.21-23.

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島根の伝説と対の本――日本標準「島根のむかし話」

日本標準「島根のむかし話」を読む。隠岐・出雲・石見の各地域からバランスよく昔話がセレクトされている。伝説に類する話も何話か収録されている。

この本は「島根の伝説」と対になった本である。むかし話は復刊されたが、伝説シリーズは復刊されていない。

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2022年6月18日 (土)

蛇島――モチーフ分析

◆あらすじ

 昔、温泉津の釜野の辺りに長者がいた。長者には美しい娘がいた。多くの若者たちは誰でもその娘を欲しいと思った。ところが近くに山の主と言われる大蛇がいた。大蛇も娘を欲しいと思って何度も長者に申し込んだが、長者は承知しなかった。

 蛇の頼みがあまりにしつこかったので、長者も断りきれなくなって、それでは釜野の沖にあの島を八回巻け。巻くことができたら娘を嫁にやろう。その代わり、巻くことができなかったら、この土地から出ていってもらうと言った。
 大蛇は大喜びで沖に出て島を巻きはじめた。そうして七巻き半まで巻いたが、どうしても後の半分ほどが足りない。大蛇は必死にぐいぐい締め付けたが、どうしても八回にならなかった。

 大蛇はくやし涙を流しながら長者との約束を守って、海を渡ってどこへともなく立ち去った。

 そのとき蛇が締め付けた跡が島に残った。それで蛇島と言うようになった。
◆モチーフ分析

・温泉津の釜野に長者がいる
・長者には美しい娘がいる
・多くの若者が娘に求婚したいと思う
・近所の山の主である蛇が求婚する
・断りきれなくなった長者は条件を出す
・蛇は実行する。島を身体で巻くが七巻き半しか巻けない
・どうしても八回巻けない
・あきらめた大蛇は約束を守って去る
・蛇が巻いた跡がついた島は蛇島と呼ばれる様になる

 要約しますと、蛇の<求婚>から<条件の提示>、実行するも<条件未達>。求婚を諦めて<去る>という内容です。条件の提示に当たっては長者に知恵が働いたか明確にされていません。<求婚>と<条件の未達>が、この話の骨子です。

 見方を変えると、<嫁>の欠落を埋めるべく求婚しますが、条件未達で欠落は埋め合わされません。更に失敗したときの条件として、その土地を去ることになるのです。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.19-20.

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琴姫物語――モチーフ分析

◆あらすじ

 栄華を極めた平家一門も源氏の軍勢に追われ、西海へと落ち延びていった。そして壇ノ浦の戦いに敗れ、海の藻屑となってしまった。都に住んでいた一門の姫君たちも故郷を遠く離れて西海の波の上に漂わねばならなかった。

 今年十八歳の琴姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。父は琴の名人で琴姫に丹精をこめて秘曲を伝えた。姫はまもなく琴の名手となり、二人は琴の音で慰め合っていた。

 琴姫も源平の戦いに追われて都を離れたが、混雑に紛れて父を見失ってしまった。二位の尼が海に沈んだとき、多くの人が従って死んだ。が、琴姫は運が尽きなかったのか、その翌日に家来に救われて、頼るところもなく広い海に漂った。船の中には姫が命と頼む琴が一張りあるだけだった。

 三日目の朝、空がにわかに曇って酷い風雨になった。船は転覆しそうになった。琴姫と家来は波のななに流されていく他なかった。その内に船はとうとう砕けてしまった。力尽きた琴姫は琴を抱いて波に身を任せた。

 それから何日か経って、家来とも離ればなれになって、遂に死んだ姫の亡骸は石見地方のある浜辺に漂着した。手には琴を堅く抱いていた。

 村の人たちは浜を見下ろす小高い丘に懇ろに姫を葬った。

 あくる日、静かな浦から美しい琴の音が響いてきた。村人たちは浜へ出てみたが、誰もいない。ただ琴の音がどこからともなく聞こえてくる。

 砂が鳴る。人々が歩く度に琴の音は足下から起こるのだった。村人たちは時の経つのも忘れて耳を傾けた。これは、あの可哀想な女の人が弾いて聴かせるのだと皆が言った。

 それからしばらく経ったある日のこと、杖を頼りに流れた盲いた老人がいた。浦の人からここは琴の音が聞こえる不思議な浜であることを聞くと、砂浜へ下りていった。老人が耳を傾けると夢のようにコロンコロンと琴の音が聞こえてきた。

 これはまちがいなく琴姫が弾く琴の音だと老人は叫んだ。老人は琴姫の父親だった。流れ流れて遠い石見の海岸まで盲いた身で訪ねてきたのだ。琴の調べは老人が教えた秘曲だった。老人の目に平和な日々が浮かんできた。老人は全てを悟った。

 老人は琴の音に誘われるように静かに水際へ下りていった。琴の音は海の中から波の向こうから聞こえてきた。老人は一歩一歩、静かに海へ入っていった。水は次第に深くなり、寄せてきた波は老人を吞んでしまった。

 そしてここは何時しか琴ヶ浜と呼ばれるようになった。

 ……この伝説では琴姫は死んで琴ヶ浜に打ち上げられる。そして琴姫の父が登場するという話となっています。

◆モチーフ分析

 モチーフ分析を行いますと、

・源平合戦で平家一門は西海に落ち延びた。壇ノ浦で敗れ、平家は滅亡する
・琴の名手の琴姫がいた。姫は目の見えない父と二人で暮らしていた。
・琴姫と父は離ればなれとなってしまう
・壇ノ浦を生き延びた琴姫は海上を漂う
・三日目に波浪で船が砕けてしまう。姫は波に身をまかせる
・琴を抱いた姫の亡骸が琴ヶ浜に漂着する
・村人、姫を小高い丘の上に葬る
・すると浜から琴の音が鳴り響くようになった
・それは砂が鳴いているのだった
・これは琴姫が鳴らしているに違いないと村人たちは考える
・盲目の老人が琴ヶ浜にやって来る
・老人は浜の音を聞いて、これは琴姫が弾いたものだと言う
・全てを悟った老人は入水する
・浜は琴ヶ浜と呼ばれるようになった

 父と琴姫の別離、そして琴姫の死から、浜で砂が鳴るようになったことが語られます。そして琴姫の父が登場して、砂の音を琴姫のものだと悟って入水する……という様に分解できます。

 ここでは老人が琴姫の琴の音だと叫ぶことで、老人が琴姫の父であることが明らかになります。そして全てを悟った老人が入水するという悲しい結末となっています。

 琴姫の<死>のモチーフから<鳴き砂>のモチーフへと繋がり、老人の登場、老人の素性が明らかとなって、老人の入水、<死>のモチーフへと繋がります。<死>から<死>を繋ぐことで更なる悲しみを表現していると言えるでしょうか。モチーフの繰り返しでそのモチーフを強調していると見ていいでしょう。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.15-18.

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意外と採集話数が少ない――未来社「出雲の民話」

未来社「日本の民話 12 出雲の民話」(石塚尊俊/編)を読む。まえがきにもあるが、出雲の昔話は案外少なく「出雲の民話」一冊だけしか出版されていない。出雲弁で書かれているので石見人の自分にとっては注記なしでは意味がとれない箇所もあった。神話の宝庫でもあるので、神話に題材をとった話も多い。

出雲と言えば、民俗の宝庫とも言え、なぜ昔話の採集話数が少ないのか、これも謎のひとつである。

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昔話「手なし娘」は外国の昔話の翻案か

千野美和子「日本昔話『手なし娘』にみる精神性」という論文を読む。ネットに掲示されている。手なし娘のあらすじが書かれていたのだが、これは外国の昔話の翻案だろう。グリム童話にもあるようだ。外国の昔話では悪魔になっているのが日本では継母となっているところが大きな違いだが、モチーフの一致度が高い。

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2022年6月17日 (金)

はじめに――石見地方の昔話のモチーフ分析を行う

 これから未来社『日本の民話 34 石見篇』の民話を題材にモチーフ分析を行っていきたいと思います。約150話ほどあります。モチーフ分析を行うことで何か見えてくるといいのですが。

 民話とあるので昔話と伝説の両方が収録されています。当ブログではこれまで島根県石見地方の伝説に焦点を当てて解説してきましたが、これからは昔話に力を入れていきたいと思います。

 世間話は無いようです。案外、伝説が多い印象です。

 分析に当たっては、モチーフ間の接続に着目したいと考えています。普通のお話ではモチーフ間の接続に問題はありませんので、違和感のないお話となります。モチーフ間の接続によって面白みが出るのかもしれません。一方でモチーフ間の接続に難がある場合、違和感、不思議な感触をもたらします。

 モチーフ分析を行うということは、例えば、語り口の面白さ等を捨象してしまうということでもあります。そういう意味では十全な分析ではありませんが、モチーフ間の接続に注目してみたいと思います。

 角川書店『日本昔話大成』シリーズも読んで類話をチェックしたかったのですが、それには手元に置かねばなりませんし、それは色々な面で苦しいので、今回は行わないことにしました。

 類話との比較ではなく、対象のお話に没入して分析してみたいと考えています。

 アールネ・トンプソンのタイプ・インデックスは資料が入手できないので参照しません。『日本昔話通観』第28巻が昔話タイプ・インデックスとなっていますので、作業が終わりましたら参照してみたいと考えています。

 石見篇の編者である大庭良美は突出した話者には出会わなかったとしていますので、特定の話者に偏っていることはないでしょう。石東から石西までバランスよく採集されていると考えます。

 モチーフは一般的には、例えば「ウルトラマン」に登場するバルタン星人はセミをモチーフにデザインされたといった使われ方をします。ここではそうではなくて物語の単位としての意味を持ちます。

 モチーフについてはお話を分解した小単位としたいと考えています。古い論文ではお話の最小構成単位とする見解があるのですが、プロップの機能(ファンクション)やダンデスのモチーフ素といったより細かな単位が主張されているからです。

 お話をモチーフ単位に分解して、更にそこから<>とくくって重要な要素を抽出したいと考えています。これは記号論的な手法です。今となっては古い手法ですね。これをモチーフ素とみなします。ちなみにプロップは動詞が物語の機能(ファンクション)となるとしています。

 プロップの機能は採用しません。プロップの分類はあくまでロシアの魔法昔話についてであって昔話全体を網羅するものではないからです。

 お話の最小単位をツーク(Zug)と分類する見解もあります。モチーフは幾つかのツークで構成されます。が、ツーク(フィーチャー)は日本の昔話の分析においてあまり用いられないようなのでここでは使用しません。

 モチーフへの分解は我流になります。異論もあるかと思います。むしろツーク単位で分解していると言った方が正しいかもしれません。ありきたりな分析で終わる可能性も多々あります。

 物語分析、ナラトロジーと言い換えていいでしょうか、は高度に複雑に発展しており、一読では理解が困難です。ナラトロジーの入門書を読んだのですが、これは誰もがなんとなくは分かっていることで、強いて憶えようとは感じませんでした。当ブログでのモチーフ分析はダンデスの理論の実践という形となるでしょうか。

◆参考文献
・大庭良美「石見の民話―その特色と面白さ―」『郷土石見』8号(石見郷土研究懇話会, 1979)pp.58-71
・小澤俊夫「モティーフ論」
https://ko-sho.org/download/K_009/SFNRJ_K_009-01.pdf

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更に上をいく――博労と狐

◆あらすじ

 昔、博労(ばくろう)がいた。牛や馬を売ったり買ったりするのが商売で、なかなか悪賢い男であった。近くによく化ける狐がいた。ある日博労が狐にお前は何変化知っているか尋ねた。狐は七変化していると答えた。すると博労は自分は八変化知っていると答えた。狐がひとつ押してくれんかと言うと、博労は自分は博労だからお前が良い牛に化ければ教えてやる、お前より一変化多いから狐がなんぼ変化しても見れば分かると答えた。

 狐は良い牛に化けるからひとつ教えて欲しいと頼んだ。それではずっと良い牛に化けよと博労が言い、狐は一変化多く教えて貰おうと思って良い牛に化けた。博労はそれをあれこれ言って猶させて良い牛にこしらえてお金持ちの百姓のところへ連れていった。百姓の旦那はとても良い牛なので沢山の金を払った。博労は金を沢山貰って帰った。

 狐は駄屋へ入れられた。藁を与えられたが少しも食べられない。仕方ないので二三日いて抜けて帰った。

 狐は博労のところに来て、やれ苦しかった、二三日ほど何も食わないで戻ったから早く変化を教えてくれと頼んだ。博労はそういう約束だったから教えてやるから大きな袋をひとつ持ってこいと言った。

 狐が袋を持ってくると、お前に親類や子供や兄弟がいれば皆呼んでこい。そうれば皆習われる。お前一人習ってもつまらん、皆連れて知らねばいかんと答えた。狐は親兄弟、一家親類みな連れてきた。お前の兄弟親類は他にはおらんかと博労が尋ねると、狐はこれほどだと答えた。それじゃあ、この袋に入れと博労が言った。

 狐が皆袋に入ると、博労は口をしっかり縛って、教えるからよく習えよと言って大きな棒を持ってきて、袋に入っているのを「一変化」といってぶん殴った。狐は痛いので、こんなことをしてはいけない、変化を教えよと言った。博労はこれが変化だ、二変化といって叩いた。コンコン狐が言うのを三変化、四変化と言って、とうとう七変化と言って七つ叩いたときには狐はもう皆死んでしまった。

◆モチーフ分析

 上記あらすじをモチーフに分解してみた。

・悪賢い博労がいた
・よく化ける狐がいた
・博労、狐に何変化知っているか尋ねる
・狐が七変化知っていると答えると、博労は八変化知っていると答える。嘘
・狐、一変化教えて欲しいと頼む
・博労、狐に牛に化けさせる
・博労、牛に化けた狐を百姓に売って大金を得る
・狐は牛小屋に入れられるが、食べるものもないので二三日で抜けてくる
・狐、博労に一変化教えて欲しいと頼む
・博労、狐に大きな袋を持ってこさせる
・博労、狐に親兄弟、親類を呼んでこさせる。嘘
・博労、狐たちに袋に入らせる
・博労、袋の口を縛って逃げられないようにする
・博労、変化と言って袋を棒で叩く
・狐、痛い、早く変化を教えよと言う
・博労、これが変化だと言って袋を叩く
・七回叩いたところで狐は皆死ぬ

 博労の悪知恵が狐の悪知恵を上回る話である。博労は自分は狐より一変化多く知っていると言って狐をだます。だまされた狐は牛の姿で百姓に売り飛ばされる。しんどい思いをして抜け出てきた狐だが、だまされたと気づかない。一変化教えよと博労に言うと、今度は袋を持ってこさせる。ここでも嘘でだましている。更に一族の者を連れてこさせて袋に皆入れさせられる。博労がこれが変化だと言って狐を叩く。ここでも狐はだまされたことに気づかない。博労が七変化分叩くと狐は皆死んでしまう。

 博労の<嘘>でだまされる狐だが、酷い目に遭ってもだまされたと気づかず、更に次の<嘘>でだまされてしまう。<嘘>でだまされた狐はそこに<欠落>があると感じてしまうのである。物語的に欠落は<回復>されねばならない。狐は博労の罠にまんまとはまってしまうのである。

・<嘘>でだまされる
・だまされたことに気づかずに更なる<嘘>でだまされる

と二度の嘘にだまされることが面白みを出している。

◆余談

 牛馬を売り買いする博労が登場するので、邑智郡でも阿須那の話だろうかと思ったが、出典は大和村のものである。大和村は美郷町のはずである。阿須那とは結構離れている。

◆参考文献
・『日本の民話 34 石見篇』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.227-229.

記事を転載→「広小路

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2022年6月16日 (木)

ようやく通読する――未来社「日本の民話 34 石見篇」

未来社「日本の民話 34 石見篇」を通読する。第一集と第二集の合本。編者は大庭良美。十年以上前に買った本だが通読していなかった。

民話なので昔話だけではなく伝説も収録されている。他の本とも被るお話も少なからずある。

さて、これで石見地方の昔話を一通り読んだと言えるだろうか。ここから何かが見つかればいいのだが。

読んでいて面白いと思ったのは「博労と狐」。牛馬市のあった阿須那の昔話かと思ったら、大和村で美郷町の話のようだ。「日本昔話大成」にも収録されているので、特に島根の昔話という訳でもない。

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2022年6月12日 (日)

浜田商業高校・郷土芸能部の神楽ライブ動画配信を視聴する

浜田商業高校・郷土芸能部の神楽動画ライブ配信を見る。

https://www.youtube.com/watch?v=RpRat2qo5wM

演目は「八幡」「岩戸」「頼政」「大蛇」の四演目。大蛇は八頭だて。頼政の猿といい、できるだけ部員を登場させようとした配慮と思われる。ライブで視聴していたのは「大蛇」の時点で40人ほど。時間帯が悪いのかもしれないが、集客に課題を残しているか。

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2022年6月 7日 (火)

いつになったら読み終わるか

オースランダー「ライブネス」を電子書籍でマウスオーバー辞書を引き引き読んでいる。全然進まない。今やっと20%くらい。読み終えるのに何ヶ月かかるか。

この本、ライブパフォーマンスはメディア化の進んだ現代ではテレビでの鑑賞と違わないと主張している。

例えばスポーツの鑑賞では、テレビではクローズアップ、リプレイ、スローモーションなどの技法があり、現地で見るよりも便利かもしれない。オースランダーは一等席にいるのと変わらないとしている。

しかし、実感として、プロ野球の中継は数え切れないほど見たが、現地の野球場で見た記憶には勝てないのだ。夏の夜の爽やかな空気までは再現できないのである。ドームはそういうの無いけれど。

どんなに立派なホームシアターを構築したとしても、ライブの実感とは異なるのである。

ライブ性を巡るオースランダーとフェラン(フィーラン)の論争は日本でも知られているけれど、「ライブネス」自体は日本語訳されていない。日本は海外の書籍の翻訳が盛んな国でもあるのだけど、翻訳されていないということは、オースランダーの主張に価値があると認められていないということだろう。

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2022年6月 6日 (月)

宛先を間違える

長野県の木曽町役場に「大豊」という神楽について問い合わせたら、上松町役場に問い合わせてくれと返信が帰ってきた。お手数をおかけしました。後で郵便局のサイトで確認したら、それだけでは判断できないものだった。

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2022年6月 3日 (金)

民俗学の方法論の特集――国立歴史民俗博物館研究報告第27集

国立歴史民俗博物館研究報告第27集を読む。民俗学の方法論の特集で斉藤修平先生に送っていただいたもの。個々の論文をコピーして読むことはあったが、通読するのは初めて。非売品である。

なぜ歴史民俗博物館なのかと思っていたが、考えるに、歴史は文字に記録された史料を元に考証する。一方で民俗学は言わば当然のこととして文字化されてこなかった口頭伝承を対象とする。そういう点で補い合う関係にあると言えるだろうか。

平成2年の発行なので30年以上が経過している。民俗学の場合、1930年代の創始の頃にあった民俗は現在では多くが消えてしまっている。民俗芸能は祭礼に伴う芸能だから命脈を保っているが、僕の周辺でも年中行事的なものはあまりない。正月のとんど焼きくらいである。新たに加わったものとしてハロウィンがあるか。

民俗学の存立基盤を揺るがす大問題なのだけど、どうなのだろう。現代の社会を対象にするとなれば社会学とも被ってくる。質的量的研究をよくする社会学に劣位となってしまう。

それはともかく、方法論に意識が向いてきたということは大分分かってきたということかもしれない。

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