雪に閉じ込められる――なれあい観音
◆あらすじ
昔、匹見(ひきみ)町伊源谷の奥に高くそびえている安蔵寺山(あぞうじやま)に禅寺があった。そこで和尚が修行をしていた。
ある年の冬、雪が降り積もり、寺は雪に閉じ込められてしまった。とうとう食物がなくなったが、何せ高い山から大雪の中を麓の里へ下りることはできない。和尚はもう飢え死にするしかないと覚悟を決めていた。
そうして何日も物を食べることができず弱り切った身体を休めていたところ、和尚の前に突然一頭の鹿が現れた。
和尚は鹿に向かって、自分はもう長いこと何も食べていない。済まないがお前の腿(もも)の肉を少し食べさせてもらえないかと言った。すると、鹿はこくりと頷いた。
和尚は喜んで南無阿弥陀仏と唱えながら鹿の腿肉をもらい、それを煮て食べた。それでようやく命を繋ぐことができた。
春になって伊源谷辺りでは雪が解けた。その頃になると寺参りの人たちが麓の方から沢山やってきた。
村の人たちは長い雪の下で和尚さまはさぞかし困っているだろうと思って色々な食べ物を持ってきた。ところが和尚はことのほか元気だった。和尚は鹿の肉を食べて元気であったことを話した。
皆もひとつその鹿の肉を食べてみないかねと言って戸棚から出してきたものを見ると、鹿の肉はいつの間にか、こけら(木の皮)になってしまっていた。
和尚はびっくりして、ご本尊の観音さまの前に行って拝んだ。ところが不思議なことに観音さまの腿が切り取られていたようになっていて、そこから血がたらたらと流れていた。
あの鹿は観音さまだったのか、和尚はそのことに気づいて、余りのもったいなさに涙を流しながら震える手で、はよう、よう、なれあい(早くよくなってください)、なれあい、なれあいと唱えながら、観音さまの腿をさすると、元通りになった。それからは、なれあい観音といって祀られた。
◆余談
匹見町は今は益田市に編入されているが、行ったことはない。島根県西部にして雪深い地域であると聞く。山葵(わさび)が名産である。
安蔵寺山は県境に接しない山としては島根県最高峰とのことである。
◆参考文献
・『島根県の民話 県別ふるさとの民話(オンデマンド版)』(日本児童文学者協会/編, 偕成社, 2000)pp.159-161.
・「島根のむかし話」(島根県小・中学校国語教育研究会/編著, 日本標準, 1976)pp.227-229.
・『日本の民話 34 石見篇 第一集第二集』(大庭良美/編, 未来社, 1978)pp.352-353
記事を転載→「広小路」
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