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2021年12月18日 (土)

刀鍛冶の秘伝――手ぼう正宗

◆はじめに

 日本標準『島根の伝説』に名刀正宗にちなんだ刀鍛冶の伝説が残っている。刀鍛冶の秘伝を巡るお話である。

◆あらすじ

 今からおよそ六百六十年前(※2020年代では七百年前)のことである。相模の国の住人である岡崎五郎正宗(まさむね)が邑智郡に住む高弟の出羽(いずは)正綱(まさつな)の許を訪ねていた。正綱は出羽正宗の名が与えられる程の刀鍛冶であった。

 出羽正宗の弟子が邑智郡羽須美(はすみ)村の宇都井にいるのを聞きつけた五郎正宗は孫弟子の仕事ぶりを見るためにわざわざ訪れた。

 孫弟子は刀を仕上げるときの湯加減を知りたいと願っていた。それは刀鍛冶の秘密であった。ある日のこと、数日前から打ち続けていた太刀がいよいよ出来上がる日である、仕事場の四方には注連縄が張られ、辺りは塩で清められた。孫弟子が向こう槌(づち)を取った。刀身に小槌が触れると赤い火花が散った。

 最後の締めを終え、作業は終わった。そのとき、よろめいた向こう槌の孫弟子は「あっ」と叫んで、今まさに打ち終わった刀身をつけようとする湯の中へ右手を突っ込んだ。

 孫弟子のたくらみを悟った五郎正宗は火箸を炉に入れ、ふいごを二、三回動かしたかと思うと、赤くなった火箸を取り出し、孫弟子の右の手首を挟んだ。

 孫弟子は余りの痛さに気絶してしまった。気がついたときは布団の上であった。右手に巻かれた白い布は見るも痛々しいものであった。が、刀鍛冶の秘密である焼き入れのときの湯加減を身体で覚えたのであった。

 右手首の火傷の傷口が元で、右手は遂に使えなくなってしまったが、孫弟子はひるまなかった。左手で槌を持って刀が打てるように何年も修練した、そして長い間かかって、遂に左手を利き腕の様に使いこなせるようになった。

 人々は正宗流の名刀を作る孫弟子に感嘆して「手ぼう正宗」だと褒め称えた。手ぼうとは棒の様になった手という意味である。

 この孫弟子が刀鍛冶をしていた跡は今でも残っている。また剣が池という刀にちなんだ池の跡も残っている。

◆余談

 旧羽須美村の伝説です。この伝説は関連する写真が無かったので記事にしていなかったのですが、魅力的な伝説なので取り上げました。石見地方はたたら製鉄が盛んな土地柄で、刀鍛冶も多くいました。例えば、浜田市の長浜刀が知られています。

◆参考文献

・『島根の伝説』(島根県小・中学校国語教育研究会/編, 日本標準, 1978)pp.222-226.

記事を転載→「広小路

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