朝倉彦命神社と大飯彦命神社
◆はじめに
島根県石見地方には「彦」の名のつく神社がまだある。大田市朝山町朝倉の朝倉彦命神社と江津市松川町の大飯彦命神社である。
明治時代に活躍した国学者である藤井宗雄は「石見国式内社在所考」では、朝倉彦命神社について、「彦命」は後世の人が付け加えたものと考え、祭神は土佐国土佐郡朝倉神社と同一神としている。これに対し、「式内社調査報告 第二十一巻 山陰道4」では、これについて、式内社の考証が祭神を中央や遠隔地の有名神と関係づけることで事足れりとした一例として批判している。朝倉彦命神社なのだから朝倉彦でいいじゃないかと考えるのである。
大飯彦命神社について「石見国式内社在所考」では「彦命」の二字は三代実録に無いと指摘している。祭神は大飯寮の竈神八座の中たる大御食神としている。「式内社調査報告 第二十一巻 山陰道4」では祭神を大背飯三熊大人命としている。「石見八重葎」でこの神名は雲州飯石郡三熊谷に降臨したことによる。またの名を伊毘志都幣之命としていることについて触れている。天穂日命の子であることから出雲系の神と解釈するのである。
日本書紀の国譲り神話では出雲に派遣された天穂日命は三年経っても帰ってこず、またその子の大背飯三熊大人を派遣したところ、父に従って帰らなかったとしている。
◆余談
朝倉彦命神社は国道9号線を進み、富山入口の交差点で曲がり、すぐに右折する。するとその先が神社である。訪問時はちょっと先まで行ってUターンして、神社の境内脇に車を停めた。
大飯彦命神社は国道9号線、江川を渡ったところで県道261号線に入り南下する。採石場を過ぎて、最初の集落が目的地である。左折して集落に入ると細い道となる。適当なところに車を停めて歩いた。神社にいく参道には猪除けの鉄の柵が張られているので、紐を解いて中に入った。訪問時は前日の雨の影響か土砂崩れを起こしていた。
◆参考文献
* 『式内社調査報告 第二十一巻 山陰道4』(式内社研究会/編, 皇学館大学出版部, 1983)pp.804-806, pp.874-876
* 藤井宗雄「石見国式内神社在所考」『神祇全書 第5輯』(思文閣, 1971)p.340, p.348
記事の転載先→「広小路」
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