武田正「日本昔話の伝承構造」(名著出版)を読む。昔話についてハードカバーの本を読んだのは初めて。
まず柳田国男と関敬吾が取り上げられる。柳田は昔話研究に民俗学的方法論を持ち込んだ。関は戦前から戦後にかけて昔話の収集を行い整理分類、600以上の話型タイプに分類した。角川書店「日本昔話大成」はその成果である。なお、本書では小松和彦の引用が多い。出版当時は気鋭の若手学者という立ち位置だったと思われる。
第一章では昔話の語りの座が取り上げられる。昔話は大別して動物昔話、本格昔話、笑話に分類されるが、まず昔話が語られた場として囲炉裏端、木小屋(若衆宿)、百物語、仕事の場での語り、年中行事での語り、庚申講などが挙げられる。そこでは語られる対象としての聞き手の年齢に応じた話し方がされる。動物昔話が幼児層に対して語られ、本格昔話は児童層に、笑話が少年から青年に対して語られるという分析である。若衆宿での語りでは世間話が多かったとされる。そして600もの昔話を管理する山形県の佐藤家にフォーカスが当てられる。これは著者のフィールドが主に山形県であることによる。佐藤家はその先祖を辿ると大名の御伽衆だったとされており家の長男に代々昔話を伝授していたとのことである。
第二章では昔話の語りの意味にフォーカスが当てられる。昔話の主人公は「日常→非日常→日常」もしくは「非日常→日常→非日常」という展開を生きる。その中で異界との接触が行われることになる。日常と非日常の境界が問題となるのである。また、異類婚姻譚、異常誕生譚、異郷譚などが分析される。
第三章では昔話の歴史的展開が分析される。これは昔話の担い手についてである。説教師、瞽女(ごぜ)などの語りが取り上げられる。昔話は神話から誕生したとする立場では神話から仏教説話、寺社縁起へと変化し、更にそこから昔話が誕生したとするのである。今昔物語や日本霊異記などの説話文学があり、そこから更に御伽草子が誕生、それらのモチーフを元にして昔話が発生したと考えるのである。
その中で猿神退治が今昔物語などを典拠とした昔話であることから分析される。また、狡猾者譚についても分析される。これは江戸時代の封建的な社会の中で支配層であった武家階級や庄屋などへの風刺を含んだものとして成立してきた。笑話の成立については泰平の世が到来、都市が発生し庶民文化が花開く中で都会の庶民と農村の庶民のとの落差を描いたものとなっている。また、世間話は噂話として誕生するが、それが伝説へと発展する場合と、そこまで至らず消滅してしまうことなどが挙げられている。
以上の様に昔話の語られる場、語る主体、語りの内容の主な三要素について分析されている。
この様に日本昔話についての概説書となっている。本書が出版されたのが1992年だから既に30年近くが経過している。昔話の収集・分類は大体昭和30年代から40年代にかけてで終わっているのである。それから構造主義が流行ったこともあり、構造分析的な視点が持ち込まれたところまでは分かる。一方で、昔話について90年代以降の展開を記した本があるのかどうかが分からない。口承文芸関係の本は図書館にもそれほど収蔵されていないし、ネット書店でもラインナップがあまりないのである。この間の研究の展開が分かれば、また一段道が開けるのだが。
昔話とは詰まるところ、因果関係を噛んで含めるものだと思う。こうすればこうなると追体験させ、道理をわきまえさせていくのである。