魂を操作する呪術――津城寛文「折口信夫の鎮魂論 研究史的位相と歌人の身体感覚」
津城寛文「折口信夫の鎮魂論 研究史的位相と歌人の身体感覚」を読む。「レクイエム」が鎮魂歌と訳されたこと、また「鎮」という漢字が用いられてることもあって、鎮魂は葬送慰霊的なニュアンスで捉えられることがあるが、折口の言う鎮魂は魂の出入りを操作する術なのである。また、鎮魂が分からなければ神道は分からないとも言ったそうである。
魂の操作というとオカルト的であるが、要するに古代人はそう観念していたということである。
鎮魂は他界と現界との間を行き来自在な霊魂である外来魂を増殖させたり(たま殖ゆ)、現界の物体に憑依させたり(たま触り)、運動を制して一か所に固定させたり(たま鎮め)、結び留めたり(たま結び)するといった一連の操作過程である。つまり、職能者が携わる呪術である。
例えば、宮中の所作では、伏せた桶を矛で突く、糸を結んで箱に収める、帝の御衣を箱から出して振動させるといったことが挙げられる。
第一部では「鎮魂」を巡る学説が取り上げられる。まず江戸時代のものとして伴信友が挙げられる。信友は鎮魂に関して呪物を振るあるいは結ぶことで魂が鎮まると解釈する。続いて鈴木重胤が挙げられる。言及されていないが、折口の説は重胤の説を基礎としているようである。また、高皇産霊神と神産霊神を魂を振り交わして万物を生成する神、そして魂を人に降り下らせて人身に寄り添わせる神としている。「むすぶ」は霊魂を物に密着させることとなる。
霊魂が身体に附着してきたり、体内で増殖したり分割して外に出たりするという霊魂信仰があり、またそうした霊魂の運動を起こすよう機能する神の技術として「産霊(むすび)」が考えられた。また、その信仰に基づいて人間の側で行う呪術があり、それを鎮魂と呼んだということになる。
「あそび」とは文芸や芸能や儀礼的所作により「鎮魂」することである。手足を動かすことにより霊魂が操られ、あるいは歌うことでそこに内在する言霊としての霊魂が相手に移動していくと考えるのである。
また、近代の学説が取り上げられる。明治・大正期には目だった成果は無いようである。昭和期には折口説を踏襲してそれに修正を加えた説が見られる。また折口説にはよらない独自の説もある。が、いずれにしても折口説を塗り替える程のものはないようだ。
ここで鎮魂の定義を「鎮魂とは霊魂の操作にかかわる呪術的儀礼的行為一般である」とする。
また、鎮魂と絡めて大嘗祭における天皇霊の解釈も行われる。天皇の権威の根源となるものである。
第二部では、霊魂の入れ物となる身体について歌人としての折口の読んだ和歌から探っていく展開となる。ここでは身体境界の透過性と呼んでいる。和歌を詠むことが身体境界の透明性から生じる不安を和らげていたのではないかと仮説を立てるのである。
折口の鎮魂説の基盤には、何かが身体の外から内へ侵入してきたり、あるいは逆に内から外へ漏出していったりする特異な感覚があったとしている。
また、鎮魂には施術者と被術者と霊魂の三者が構成因子としてあるとする。
著者は一応の結論として折口の内面における水的なものをを媒介とした透過性の克服、水の治癒力を挙げている。
ちなみに、折口は潔癖症だったとのことである。
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