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2020年12月 7日 (月)

越境する民族誌――山下晋司『観光人類学の挑戦 「新しい地球」の生き方』

山下晋司『観光人類学の挑戦 「新しい地球」の生き方』(講談社)を読む。観光人類学を謳っているが、海外留学する日本人女性や国際結婚と子供の国籍問題なども取り上げていて応用人類学的な側面も見られる本である。本書で取り上げられる統計データは2008年頃までのもので、それ以降の「観光立国」的なインバウンドの急激な伸びについては範囲外である。

グローバル化を象徴するキーワードとして「リゾーム(根茎)」を挙げている。現代は人の国境を超えたトランスナショナルな移動が増え、その結果ネットワークと結節点を結ぶ地下茎的な複雑な社会になっているとしている。本書ではその越境的な民族誌を書くことが主目的となっている。

ここで文化の観光資源化が取り上げられる。資源化とは、本来のコンテクスト、目的において「資源である」ものを、それとは別のコンテクスト、目的において使用することによって生じると定義している。誰が、誰のために、何を、何のために、文化を資源化するかという問題が生じてくる。

世界遺産についてもヘリテージツーリズムとして取り上げられる。バリの芸能は観光資源化され、更に国家的制度に組み込まれるようになっている。そのため、芸能が学校制度等で標準化されていると指摘している。岐阜県白川郷は世界遺産化で来訪客が倍増したが、訪問客は平均45分ほどの滞在に終わり、地元に金が落ちてこないと指摘される。中国雲南省麗江では古城地区から元の住人のナシ族が出ていくようになって住民の入替りが起きていると指摘している。

マレーシアのサバのエコツーリズムが取り上げられる。サバは元はアマゾンに次ぐ規模の熱帯雨林が広がっていたが、プランテーション化や材木の切り出しなどで、大きくその面積を減らした。そこで林業に代わる産業としてエコツーリズムに目をつけた。日本人の観光客も多いが、実はサバの材木の主な輸出先が日本であって、そうした意味では先進国が収奪した後の観光に日本人がやって来ていると言う図式にもなっている。

パラオは過去に日本の統治を受けた歴史がある。戦前、南洋と呼ばれたミクロネシア諸島は日本にとって開発の手を入れるべき土地だった。そのため日本型のオリエンタリズムが見られると指摘している。そのため第二次大戦の慰霊での訪問も多い。若者たちはそれには頓着せず、ダイビングを楽しんでいる。パラオでは日本人が伝えた彫刻が土産物として売られているとのこと。

またロングステイについても取り上げられている。退職者が第二の人生を物価の安い海外で暮らすことを指したものである。温暖な気候の海外の方がより質の高い暮らしが送れると考えるのである。現地では日本人会も結成されている。

日本でも近年、未来の超高齢化社会に備えて移民1000万人計画がぶち上げられたりしている。反対意見も根強いのでどうなるか見通しは立たないが、著者は多文化主義を受け入れるべきと提言している。世界は混じり合い、かつ混じり合わないというアンビヴァレントな枠組みを生きるのである。

「消滅の語り」「生成の語り」論も読んでみたかったのだが、それには触れられていなかった。

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