ユビキタス――河野眞「フォークロリズムから見た今日の民俗文化」
河野眞「フォークロリズムから見た今日の民俗文化」(創土社)を読む。フォークロリズムの嚆矢となるモーザーの論文を翻訳した著者の手になる本である。
平易に記述されているのだが、難読漢字/熟語が時折顔を出す。漢和辞典が手元にないので読み飛ばしてしまった。学者向けの論文だったらルビはいらないのだろうけど、書籍化されたら一般人や学生が手に取るようにもなるのだから、日常で用いない言葉には最低限ルビを振っておいて欲しかった。後、誤字脱字が結構あった。
フォークロリズムというのは神楽で例えれば、神社での奉納という本来の文脈を離れて、劇場のステージで舞う場合などを指す。本来の意義に加えて第二義的な意味が生じたものである。これをセカンドハンドと呼んでいる。
フォークロリズム概念の提唱者のモーザーは元々実証主義的な歴史民俗学者であり、彼がバウジンガーの「科学技術世界のなかの民俗文化」に刺激されて、フォークロリズムという概念を民俗学にもたらしたこと等が記されている。
フォークロリズム概念のもう一人の立役者であるバウジンガーはフォークロリズムの遍在を指摘している。すなわちユビキタス性である。
なぜフォークロリズムはセカンドハンドであるにも関わらず人を惹きつけるのかという疑問が湧いたのだが、それに対する回答は無かった。それともバウジンガーの言う内的エキゾチシズムだろうか。観光学的な観点から言うと、観光客の望むものを観光に適した利便性で提供しているからというところだろうか。アトラクションという言葉が用いられまる。ただ、それでは民俗学としての答えとは言えないと思う。
論考の部ではハイネが日本民俗学で高く評価されていることへの再考を促している。柳田が渡欧時にハイネの著作に触れたのが由来だそうだが、その当時既にハイネの民俗観は乗り越えられて新しい世代が生じていたとしている。柳田は既に持論を確立させており、欧米の最新の理論には関心が無かったのだろうと考察している。
モーザーの論文はドイツでキリスト教以前の上古から続くと思われていた伝統が文献等で実証的に研究すると実は近世近代に生まれたものが多いとしている。そういう意味ではホブズボウムの「創られた伝統」に先行するものではないか。
また、バウジンガーがフォークロリズムについて各国に送ったアンケートについても新たに訳出、収録されている。そういう意味で資料集としても読める本である。
なお、あとがきによると、河野氏と日本民俗学会との関係は必ずしも良好であるとは言えないようだ。「学術性に欠ける」という批判が向けられたそうだ。学術性がどういうものかよく分からないが、文系学問でそういうことがあるのだろうか。
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