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2020年11月22日 (日)

ノート:オンライン公開講座「島根の日本遺産 神々や鬼たちが躍動する神話の世界~石見地域で伝承される神楽~」(2020年11月15日配信)

オンライン公開講座「島根の日本遺産 神々や鬼たちが躍動する神話の世界~石見地域で伝承される神楽~」(2020年11月15日)をアーカイブ配信で視聴した。講師は俵木悟・成城大学文芸学部教授。

↓以下ノートを取った。プレゼ資料とメモ(要約)が混在して区別がつかないが、ご容赦願いたい。

■生きられる伝統としての石見神楽

 石見神楽躍進のきっかけとなった大阪万博での「大蛇(オロチ)」の上演ヒストリーなど。

■日本遺産 神々や鬼たちが躍動する神話の世界~石見地域で伝承される神楽~

石見神楽の日本遺産認定を記念した講演。

アニメ「鬼滅の刃」が人気となっている。鬼滅は鬼たちが躍動する世界。石見神楽も神と鬼が躍動する世界である。地方の文化に目を配ってくれることになれば。鬼滅人気にあやかってか、今日も多数の受講者がいる。

石見神楽を実際に見たことがある人、約100名(オンライン上の受講者は200人超くらいか)。

■日本遺産とは?
》日本遺産(Japan Heritage)
 地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として文化庁が認定

 ストーリーを語る上で欠かせない魅力溢れる有形や無形の様々な文化財群を地域が主体となって総合的に整備・活用し、国内だけでなく海外へも戦略的に発信していくことにより、地域の活性化を図ることを目的とする

・日本遺産とは
 2015年に第一回認定
 2019年に石見神楽が認定。

 文化財保護法ができるだけ昔の形を保ったまま保護・保存することを主眼にしているのに対し、日本遺産では総合的に今の時代に活かしていくこと(地域の活性化)を眼目にしている。

 文化財保護法が個々の文化財を点として保存していたのに対して、日本遺産では文化財群をストーリーで結び付け面として把握・発信。外国の人へも発信

 石見神楽だけでなく関連する様々な遺産もひっくるめて認定

 点から面へ。ストーリーとして活用。

》神々や鬼たちが躍動する神話の世界~石見地域で伝承される神楽~

・神楽
 大元神楽、石見神楽、井野神楽、有福神楽、三葛神楽、久城神楽舞、種神楽舞二題、三谷神楽、丸茂神楽、匹見神楽、道川神楽、多根神楽、宅野子ども神楽、都賀西神楽、都神楽、梶尾神楽、雪田神楽、座敷神楽、柳神楽、抜月神楽、黒渕神楽、白谷神楽など

所在地
 浜田市、益田市、大田市、江津市、川本町、美郷町、邑南町、津和野町、吉賀町

・有形民俗資料・工芸(品)
 神楽木彫面、石見神楽面(長浜面、市木面)、長浜人形、石州半紙、石州和紙、石見神楽蛇胴、石見神楽衣装(刺繍衣装)、勝地半紙、甑、鏝絵、柳神楽の面と衣装
・建造物(群)
 列女お初の碑、温泉津町重要伝統的建造物群保存地区、大元神楽伝承館、市山八幡宮、松尾山八幡宮、三渡八幡宮、太鼓谷稲荷神社、剣玉神社
・古文書・典籍
 紙本墨書神楽台本、紙本墨書藤井宗雄著書、御花の目録、年中祭祀之儀式
・史跡・名勝
 鏡山、丸山城跡、蟠竜峡
・天然記念物
 八戸大元神社のムクの木、オロチカツラ、愛宕神社の社叢
・食
 角寿司(箱寿司・押し寿司)

神楽に関する民俗資料・工芸、建造物、古文書、名勝、食文化など。ストーリーとしてまとめる

■石見の神楽の歴史的変遷
 いつ頃始まった?
 →実は分からない。古い時代の史料が残っていない
  日本中にある様々な神楽の中である種のタイプの神楽が石見に伝わった。
  伝えられる過程でも変化している

■神楽の種類と石見神楽の位置
》神楽とは? なぜ「かぐら」と呼ぶのか
・語源は「神座(かむくら)」 神様がましますところ。山の上とか海の彼方、人間の生活圏から遠く離れたところにいる
 カミを降ろし、依り付かせる場所やものを「かむくら」と呼ぶ
 転じて、神座にカミを迎えて行う鎮魂(たましずめ/たまふり)の行事のこと

・二つの神楽
 御神楽
  賢所(内侍所)で12月中旬(本来は旧暦11月新嘗祭前日の鎮魂祭)に催される宮中儀礼
 里神楽
  民間の祭祀などに演じられる神楽の総称
  神社祭礼に奉納されるものも、土地や集団で独特のカミを祀る民間信仰に基づくものもある

神楽とは「神座(かむくら)」が転訛したもの。
 神様を依り憑かせる場やもの
 鎮魂(タマシズメ、タマフリ)が目的。魂、人間の生命力は一定期間で衰える
 衰えた生命力を定期的に奮い起こさせ体内に定着させる
 旧暦の十一月に宮中で鎮魂祭が催されていた。御神楽
 巫女、猿女(さるめ)君(アメノウズメ命の子孫)らが奉仕
 冬至に近い時季に太陽の再生を願う
 御神楽に対して民間の里神楽
 霜月(旧暦十一月)冬至に近い日に全国で神楽が行われる
 総称として里神楽

》里神楽の種類(本田安次の分類による)
1.巫女神楽(巫女舞)
2.採物神楽
   手に榊・鈴・扇・剣・鉾などさまざまな採物を持って舞う
   後に直面の採物舞(神事舞)の余興として、神話や説話を題材にした着面の舞(神楽能)が組み合わされるようになり、一般化した
3.湯立神楽
4.獅子神楽


・巫女神楽:巫女の清まった身体に神を降ろす
・採物神楽:採物を依代と考える。儀式的な神事舞と神話や説話を題材にした神楽能
・湯立神楽:釜で湯を沸かして、湯気が立つ。それを目印にして神さまが降りて来る
・獅子神楽:獅子という想像上の霊獣の頭(かしら)に神さまが降りて来ると考える

石見神楽は採物神楽の一つ
 採物は芝居の道具ではないか?
 神話や説話を物語にした芝居を舞うようになったのは、後の時代の話
 直面の儀式舞に加えて余興として神楽能が演じられるようになった。それらが一体化したものが採物神楽
 出雲の佐太神社の佐陀神能が採物神楽の源流と考えられていたが(出雲流神楽)、現在ではこの説はほぼ否定されている。江戸時代の改革の結果、整理されたという説が有力になったため

邑智郡の大元神楽が石見神楽の源流
 大元神は姿も性格もはっきりしないが、自然の一切を取り仕切る根源的な神とされる
 一定期間の式年に行われる
 ござ舞などの儀式舞と神楽能
 神がかりの儀式が残されている
 儀式が終わった後、大元神の化身である藁蛇は樹に巻きつけられる
 一年経って藁蛇が腐ると、神様が元の世界に戻ったと考える

 ビデオ:胴の口、塵輪など再生。塵輪にはゆったりしたテンポではあるものの平舞いがある
 神がかりの儀式は本来ビデオで見せる類のものではない

》「古態」としての大元神楽
  島根県邑智郡(現江津市)を中心に伝承される、中国地方の神楽の古態を残す代表例
  採物舞と神楽能による構成
  神がかりの託宣儀礼を伴う式年神楽(数え7年ごと)を行う

・六調子神楽
 囃子のテンポが穏やかな、神楽能の古い様式
 明治の神楽改正の影響をあまり受けなかった神楽(演目)を六調子と呼ぶことも

  勇壮で派手な調子の八調子
  六調子と八調子の違いは実はよく分からない
  テンポの緩急はどちらの調子にもあるので、それだけを以て分類するのは難しい
  近代の神楽改正の影響を強く受けた神楽を八調子と考える説あり

■石見神楽の近代化への変遷
・神職演舞禁止令?(明治初年頃)
   実際にこの名称で禁令が出たかははっきりしない
   ←近代化の影響 神職が神楽を舞うのがはばかられるようになる
 →農民神楽へ
   神楽が崩れる心配が出てくる
・八調子神楽の誕生
 明治10年代、浜田市周辺の神職を中心に「神楽改正」。台本ができる「神楽の声」
 「見て楽しむ」神楽の成立。
   神楽能の普及 一般の人に神楽が広がる素地ができる
・昭和29年「校訂石見神楽台本」作成
   これは今でも普通に入手できる台本
   →勇壮に華麗にパフォーマンスが洗練された

石見神楽といえば「大蛇(オロチ)」というイメージがあるが、大蛇(オロチ)が石見神楽のシンボルとなったのはそう古いことではない

■石見神楽を変えた大阪万博
 大阪万博での「大蛇」上演を機に石見神楽は全国的に知られるようになった

■大阪万博のお祭り広場
》大阪万博
 日本万国博覧会:1970年3月15日~9月13日開催:アジア初の万博 千里丘陵で開催された
 統一テーマ「人類の進歩と調和」
》催し物の場としてのお祭り広場 →万博のシンボル、調和を表現
 会期中、27万人の出演者と1000万人を超える観客
・世界各国からの催し物(おまつり)
 「世界の花まつり」「アジアのまつり」「象まつり」「子供まつり」「老人のまつり」「あなたとわたしのまつり」等々
 お祭り広報担当プロデューサー:渡辺武雄(宝塚歌劇団郷土芸能研究会主宰)
  →万博の数年前に石見神楽の調査に来ていた

 大阪万博を見たことのある人→100人近い数字

 日本のお祭りと西洋の広場の精神と性格をかねそなえて、世界の人々が交歓し、演技し、同時にそこに参加して観賞する場所である。(中略)完成すれば、このお祭広場こそ日本万国博のテーマを表現する象徴的なモニュメントとなるであろう。
(日本万国博ニュース別冊 日本万国博覧会会場基本計画」)

 様々なイベントが企画された

■「日本のまつり」というイベント
「日本のまつり」は、お祭り広場最大の呼び物として企画された催し物のメーンエベントであった。主催国日本のナショナル・デー「日本の日」にタイミングを合わせて開幕、6シリーズに分けて、60種類に及ぶ全国の代表的な郷土芸能が上演された。“民俗の心のふるさと”“芸術の母体”といわれる祭りの独特のリズム感と、祭りにつきものの踊りと歌、衣装や道具を通じて、日本人の美的表現を求め、多様性を再発見し、加えて未来の「進歩と調和」への原動力にしようというのがこの企画のねらいであった
(「日本万国博覧会公式記録」第2巻)

全6シリーズのプログラム。60件ほどの郷土芸能が披露された。四十七都道府県全てから出演した。第四シリーズに大蛇が出演。元々は松江のホーランエンヤが候補だったが、参加が難しくなったため石見神楽の出演となった。決まったのは万博前年の10月

日本のまつり(4)
7月28~30日 19:00
制作:原浩一
 1.プロローグ
 2.天神祭(大阪)
 3.松江のどう行列(島根)
 4.大海のほうか(愛知)
 5.十津川の大踊(奈良)
◎6.石見神楽・大蛇退治(島根)
 7.太地の鯨踊り(和歌山)
 8.淡路島の船だんじり、つかいだんじり(兵庫)
 9.白石踊(岡山)
 10.那智の大祭(和歌山)
 11.勝山の左義長(福井)
 12.二本松の提灯祭(福島)
 13.フィナーレ

■石見神楽の「日本のまつり」出演
・「オロチ退治」の出演 オロチ退治というタイトルで、出演者が「石見神楽20人」とされていた
 石見神楽20人の出演
 (昭和44年10月13日)
・なぜ「石見神楽20人」?
 会場の広さをカバーするため、プロデューサーの原浩一が大蛇を8頭出すというアイデアを出した
 大会場で一対一の鬼退治では迫力がない。大蛇でなければならなかった

当時、団員を20名抱える社中はほとんど無かったはず。

》「石見神楽20人」がもたらしたもの
・ひとつの社中ではまかなえない人数
 →複数の社中が合同で演じる
 →演技の相違の調整
 (一緒に稽古できる、比較的近い社中)
・「浜田市石見神楽社中」の結成
 有福神楽、上府社中、長澤社中からの合同メンバー35名(囃子は3団体からそれぞれ4人)
  ちなみに有福社中と上府社中は旧国分町の社中。万博前年の合併で浜田市となった

・総計11頭の大蛇
 8頭+花道に2頭+姫とりの場面に1頭 上府社中によると13頭
 通常より長い蛇胴
 頭(口)に火を吐く装置 それ以前でもあったが、普及したのは万博後
演技の工夫
 「巻立て」「胴合わせ」「大車輪(全頭巻き)」

■地域資源としての石見神楽
■石見神楽ブームと多様な展開
・新しい神楽社中の創立と活躍
・子供神楽の隆盛
 上府子ども神楽団(昭和47年)、有福子ども神楽社中(昭和48年)、佐野子ども神楽社中(昭和50年)等々
・神楽競演大会の定着
 西日本神楽大会(浜田市、昭和46~53年)、陰陽神楽競演大会(邑南町、昭和51年~)、陰陽選抜神楽競演大会(吉賀町、昭和51年~)等々

・「大蛇」の看板演目化
 各社中が大蛇の多頭化を進める。 →それまでは一頭か二頭だった
 蛇胴の製作の専業化。
 カラフル大蛇の出現。
 →「石見の顔」としての大蛇の定着
  石見に来たら、せっかくだから「大蛇」が見たい

■石見神楽の県外進出
 万博での評判から、万博終了後も、各地のイベントに継続的に出演
 万博出演の3社中が、「浜田市石見神楽社中」として、交替で当番を務める
 窓口は浜田市観光振興課
 →「神楽の浜田市」の定着

  関西テレビ「日本の祭り」で紹介された。宝塚祭りにも出演
  京都の祇園祭の八坂神社への出演など
  近年、大阪に常設館ができた(※騒音問題のため現在では閉鎖)

派手でダイナミックな「大蛇」は神楽をよく知らない人にも分かりやすい受けやすい、石見の顔として定着していった

外に出る(出張公演)から神楽で観光客を誘致するようになった

■神楽で人を呼ぶ試み
・石見観光振興協議会「なつかしの国石見」観光キャンペーン
 平成24年から
 石見の夜神楽毎日公演など、「自ら出て行く活動」から、「神楽で人を呼ぶ」活動へ
 →神楽の多面的な魅力の発信

》神楽による観光資源の広域化
・平成24年3月、中国地方神楽観光振興協議会設立
 神楽は石見を超えて、中国地方を代表する顔に
  国土交通省や観光庁も支援

日本遺産に認定されたが、広い視野をもって見て欲しい

■神楽と生きる石見の人びと
■神楽とものづくりの伝統
》地元の伝統産業・工芸との協業
・石州半紙(和紙) 国の重要無形文化財
 地場の原材料(楮、三椏など)と綺麗な水を利用した手すき和紙の技術
・長浜人形
 人形を作る粘土の型の技術が石州和紙で作る神楽面の造形に応用される
 紙製面によって、大きく複雑な造形の面が実現

  石見でも江戸時代までは木彫りの面だった
  軽い面でダイナミックな動きが可能になった

》神楽のものづくりにおける創造と展開
・神楽衣裳
 細川衣装店主の細川勝三が、農村歌舞伎の盛んな四国で修業し、改良を加えた独自の技術

 数少なかった衣装店は、神楽関係者のネットワークの結節点であり、情報発信拠点でもあった
 『校訂石見神楽台本』(S29)の刊行の拠点

 細川氏は戦前、松竹(歌舞伎の興行主)の衣装部に所属していた経歴あり
 簡単には真似できない技術

・神楽蛇胴
 提灯式蛇胴の誕生
  明治中期、浜田市の神官で神楽師であった植田(旧姓花立)菊市とその弟の花立万太郎によって考案
  兄弟で実演販売

植田蛇胴製作所
 長らく全国でほぼ唯一の蛇胴の製作所、注文は中国地方を中心に全国から
 神楽のみならず、地域を代表する工芸品として展示されたりしている
 また、人形浄瑠璃文楽など他の伝統芸能にも使用されている
  夫婦一組で全国の蛇胴を手掛けてきた

》神楽ものづくりと社会福祉
・いわみ福祉会の神楽関連事業
 佐野神楽工房・神楽ショップくわの木
  障がい者の自立を目指す職業訓練や自立支援の一環として、神楽衣装や蛇胴、神楽面などの製作・販売を行う

 近年ではその成果を神楽団に認められて使用されるようになっている

■未来に託す神楽
》若者の神楽への取り組み
・高等学校の部活動として
   事例:邇摩高校石見神楽部 他、郷土芸能部
 「体験」から文化の継承、持続的発展へ
 「神楽がやりたい」から地元に残る若者たち
 女性の神楽への進出の足がかりにも 多くの神楽団に囃子手として入団
・子ども神楽の隆盛
 「子どもたちの憧れ」としての神楽
   万博後、子供神楽団が多く結成された

 広島県では神楽甲子園が毎年開催されている。ドラマや漫画の題材にもなっている
 事例:土江子ども神楽団 海外公演もこなす

若年層の神楽が重要だと思うのは、これが更に下の小さい子供たちにまで神楽の魅力を伝えて世代を超えて持続的に神楽に関心を持つ若者を育てていくから。

伝統芸能というと年配者の長年の経験や知識に基づいて演じるものこそが正統だと思われてしまうかもしれないけれど、子供たちにはどんなに立派な演技であっても「何かよく知らない偉そうなオジサン」がやっているものでは中々魅力的に映らない。それに対して自分達よりちょっと年上のお兄ちゃんお姉ちゃんが一生懸命に芸能に取り組んでいるのを見たら、小さな子供たちもそれが恰好よくて、いつか自分も神楽やってみたいと思うようになるのでないか。

石見では他の地域の神楽の継承者が知ったら羨むのではないかと思う程、こうした持続性ができている

浜田市世界こども美術館で子供が触れて遊べる神楽コーナーがあって、衣装を着たりして神楽の真似事をして遊べるようになっているが、結構さまになっている

(神楽展のポスターを示して)地域の真正な伝統文化だとか神事としての宗教的な意義だとかいった難しいことではなく、鬼や大蛇に立ち向かうかっこいいヒーローという姿。健全な親しまれ方

そうやって神楽の世界に踏み込んで、いずれ成長すれば、その先にある深淵な神話の世界や伝統の芸や技術の奥深さに目覚めていくかもしれない

多くの伝統芸能はどうしても奥深さを初めからアピールしてしまうためにハードルを上げてしまって裾野を広げることに失敗しているのではないか。

この地域の神楽に取り組む若者や子供の活動は、神楽と共に生きる石見の人たちの最もベーシックな神楽への関心のあり方を示しているようで興味深い

 実際に神楽をやってみたいと思う人→60名くらいが挙手

■まとめ:生きられる伝統としての石見神楽
・神楽は芸能だけではない
 生業、教育、福祉など、様々な側面で地域の生活と関わる文化である
  生活の中で生きられてきた全体を見て欲しい
・神楽は伝統だけではない
  古くからあるものが形を変えずずっと残っているのではない
 時代に合わせた改革や工夫(の蓄積)が、現在の石見神楽の隆盛につながっている
  生きられる伝統と言う性格がよく現れている文化
 石見で神楽を見ることで、その多面的な魅力に触れて欲しい

質問:
Q.なぜ全国的に神楽が舞われていないのでしょうか?
A.全国にたくさん神楽はある。北海道にも本州から伝わった神楽がある。神楽が無いのはおそらく南西諸島だけ。
  神楽はヴァリエーションが豊富
  中国地方は神話劇の神楽。関東だと舞、セリフもない。特段物語もはっきりしない。東北だと権現舞、獅子頭を被って舞う。伊勢の太神楽は演芸化している。門付け芸。正月に染太郎・染之助が「おめでとうございます」というが、彼らは神楽師。神楽といってイメージするものが異なるのであって、実際には色々な神楽がある

Q.どこで行われている神楽にもストーリーがあるのでしょうか
A.中国地方には多いけれども、セリフが無くて舞で表現する神楽が他地域には多い。無いものの方が多い
  神楽は舞が基本。そこに能という芝居がくっついて今の神楽となった

Q.「鬼滅の刃」でも必殺技で神楽の舞が使われていますが、武術的要素としての神楽は現実性がありますか?
A.技術的に使えるかと言われると多分まったくない
  様式化された芝居である
  刀剣類を象徴的に使う舞が多い
  戦うための武具としてではなく、神様を依りつける祭具として使われている
  島根県では古代の祭具としての武具が多く発掘されている
  刀剣類を使うことについては修験の山伏の影響が強いのではないか

「鬼滅の刃」に関連しては、島根県奥出雲町の奥出雲たたらと刀剣館に所蔵されている黒刀「月下の笹」が主人公の刀にそっくりとのこと。玉鋼も所蔵されている
 鬼の下震「鬼の試刀岩(しとういわ)」

Q.現代において神楽はどのような役割がありますか
A.石見地方は戦後、過疎・高齢化に悩まされているけれど、全国に石見と言えばこれがあるとアピールしていく、近年では実際に石見に見に来ていただく。観光資源
  神楽をやりたいから敢えて地元に残る若者がいる
  観光に終始してしまうかもしれないが、その周辺にある人々の生活をひっくるめて見て欲しい

俵木先生のコメント
 神楽は単純に見て楽しめる面白いもの。初めから歴史的な価値のある真正な(オーセンティック)な文化と思って見るよりも、まず純粋に子供のように面白がって見るのがスタート。はまるとその先に色々と奥深さがある。関心を集める、裾野を広げるために気軽に神楽に触れられる環境が必要


……俵木先生は結構早口で、発言をテキストに起こすのに何度も聞き返した。

俵木悟『八頭の大蛇が辿ってきた道―石見神楽「大蛇」の大阪万博出演とその影響―』という論文が「石見神楽の創造性に関する研究」(島根県古代文化センター, 2013)に収録されている。今回の講演で話したような内容が収録されている。

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