唱教の比較研究――渡辺伸夫「椎葉神楽発掘」
渡辺伸夫「椎葉神楽発掘」(岩田書院)を読む。宮崎県東臼杵郡椎葉村一帯に伝わる神楽を取り上げた論考集である。椎葉神楽は国の重要無形民俗文化財に指定されている。元々は村の広報誌に連載された記事を元に一冊の本に構成されたもの。元が広報誌だから平易な記述かと思ったら、そうでもなくて読了まで時間が掛かった。
特に唱教(神の本地を説く唱え言)に力を入れており、他所の地域の神楽歌や和歌、歌謡などとの比較を行う。博覧強記と言えるだろう。九州の神楽は江戸時代に唯一神道流の詞章改訂を受けたところが多いのだけど、椎葉神楽には詞章改訂の影響を受ける前の形のものが保存されており貴重な史料となっている。
その唱教なのだけど、基本的には口伝で伝えられる性質のものであって、それを何かの時に書物として記録するのだけど、詞章が崩れている箇所が多々あって、意味が通じるようで通じない消化不良感がある。不明な箇所は他所の神楽の詞章などと比較することで意味が通じるようになる場合もある。
「宿借り」は特徴のある神楽である。暗くなって一人のみすぼらしい旅人が宿にやって来る。破れ笠に蓑を負い、腰に刀を帯び、破れ草鞋を履き、竹杖をついている。旅人は「御宿申し候」と一夜の宿を乞う。宿の主人は「御宿なるまじく候」と断る。それから宿借り問答が始まりとなる。旅人の正体はどうやら村に祝福をもたらす山人(山の神)らしい。この後に仲裁役が出て宿の主人と旅人にお神酒を注ぎ盃ごととなる。最後に主人は「どうぞゆっくり泊っていって下さい」と言い、旅人は宿に上がらず、一礼をして神楽宿を去る。旅人は宿を借りることになった……という内容。
他の地域では宿を借りず、祝福の杖と隠れ蓑を渡すという内容のものがある。祝福の杖は志官杖という杖だが、これは荒平の持つ死繁昌(死反生)の杖と繋がっているだろう。なでれば老人も若やぎ、反対側でなでれば死人も生き返るという魔法の杖である。
椎葉神楽では、ある舞の途中に見物衆が突如乱入することがある。芝入れといい、榊やご幣を手に乱舞する。そして見とがめられると「樽一本で許して下さい」といって酒を注いで回る。これは次の曲の「芝荒神」にかかるものである。
芝荒神は荒神が神主と問答をする。荒神の出自、神道に関すること、榊のいわれなど。問答の後に荒神は金剛杖を神主に譲り与える……という内容。荒神と神主が問答する神楽は九州各地に残されていて、唯一神道流に改訂されたものでは、荒神が神主と神道の知識を競い合う的な内容となっている。芝荒神の祖父は荒平という詞章が残っているとのことである。
椎葉神楽にも将軍舞があり、多くは「森」という。弓通しという信仰行事があって、舞子二人が向きあって坐し、弓をつき立てて互いに相手の弓弦を引っ張り合って輪形を作る。この弓輪の中を幼児や赤児や祈願者をくぐらせる。弓をくぐり抜けることで災厄を祓うという。また椎葉神楽の将軍舞には御酒の宝渡しがあるといった特徴がある。太夫が先地の舞子に焼酎を渡すと、舞子はそれを矢とともに道化の衆に渡す。お宝の焼酎は道化の衆が飲む……といった内容である。
また、神楽せり歌が多数収録されている。これについても和歌や歌謡と比較を行っている。ゴヤセキ(囃し)とは、老若男女問わずよく歌い、讃辞や風刺恋情を歌に表現して騒ぎ明かすことである。せり歌は神楽に寄せる心情や男女の恋情を内容としている。昔は神楽がきっかけで結婚した者もいたとのこと。
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