根強いアンチが――田丸久深「YOSAKOIソーラン娘」
田丸久深「YOSAKOIソーラン娘」を読む。札幌を舞台にぼっち女子だったヒロインがヨサコイソーランを始めることで変わっていくという物語。
某小説投稿サイトにアップしていたエッセイにコメントがついて、それがきっかけで「ヨサコイソーラン 批判」で検索したところ、朝日新聞の記事がヒットした。その記事の中で引用されていたのが「YOSAKOIソーラン娘」なのだ。
札幌のヨサコイソーランは観客動員数200万にも上る大規模な祭りだけど、実は札幌市民の間では複雑な思いが交錯しているようなのだ。
「ヨサコイなんて音楽がガンガンうるさいだけで、やる意味がわかんないです。当日も見に来てくれって言われてますけど、あたし、絶対行きません」(56P)「ヨサコイなんてうるさいだけじゃない。どうせ高知のお祭りのパクリだし、なんであんなのが毎年開催されてるのか、意味わかんない」(58P)
「そもそも、お祭りでもないわよね。ただのダンスコンテストでしょ? しかも参加者からお金取ったり、桟敷席も有料だったりで、ああいう商業色強いのってどうなんだろうと思う」(58P)
「踊り子が移動で地下鉄に乗ってるんだけど、マナーが悪いのよね。化粧とか衣装も品がないしヤンキーみたいじゃない? チーム名も漢字の当て字が多いし」(59P)
「友達なんて、ヨサコイのテレビ中継も見たくないからその時期には内地に旅行に行くのよ。私もお金があったらそうしたいわ」(59P)
「実際、騒音問題もひどいんでしょ? 野外フェスみたいにどこかの土地を借りてやればいいのにね」(59P)
「踊り子たちって、群れたら強いと思ってるじゃない? あれが気持ち悪いのよね」(59P)
彼曰く、ヨサコイの成り立ちのエピソードが気に食わないのだそうだ。桟敷席を有料化したり、流行の歌手にテーマソングを作らせたり、企業スポンサーがついているところばかりが活躍していることなど、商業色が強くなってしまったことを嫌っていた。(84P)
札幌人はヨサコイが嫌いなことをひとつのステータスにするふしがある。ヨサコイの話をすると田舎者として見られるのは、職場の洗礼で嫌というほど味わっていた。(85P)
YOSAKOIソーラン祭りは市民の祭りではない。ただの金稼ぎの手段だ。踊りもただのダンスコンテストだ。そんな声もあちこちで上がり、とある企業が行った『ヨサコイは好きか嫌いか?』というアンケートでは若干数ではあるが『嫌い』が上回る結果になった。(114P)
「ヨサコイとか、もう下火だろ。参加客から金とって観覧席も金とって? 芸能人呼んで公式ソングとか作らせてたけど、テレビの中継だって時間も減ったしさ」(270P)
アンチの発言に対するヒロインの言葉は、
「踊り子にも、気持ちがあることをわかってほしいの」(274P)
だ。気になってYouTubeでヨサコイソーランの動画を見てみたが、率直に言って現代的なダンスであり日本古来の踊りとは異なる印象だった。これ民俗学で取り上げる意味があるのかなと思った。「民俗芸能」とは何か定義せよと言われたら、それは民俗芸能で取り上げるに値するものが民俗芸能なのだという循環論法の様な定義があるのだけど、民俗芸能とは違うんじゃないかと思わされた。
もちろん、200万人も観光客を動員する祭りであり、またヨサコイソーラン自体は高知のよさこい祭りに刺激を受けて札幌の大学生が創始したというエピソードもあり、研究の対象にしない手はない。実際、矢島妙子『「よさこい系」祭りの都市民俗学』という研究書が出版されている。なお、高知のよさこい祭りも徳島の阿波踊りに触発されて戦後に始まったものである。
しかし、本書を読むとアンチ・ヨサコイソーランの声も根強いようである。本書のヒロインもアンチの声を恐れて自分がヨサコイソーランをやっていることを言いだせない。
高知のよさこい踊りも見てみたが、こちらは舞の要素が残っているかなという違いは感じた。高知のよさこいには正調踊りがあるが、札幌のヨサコイソーランには多分存在しない。
<2024.04追記>
YOSAKOIソーランの創始者である長谷川岳・参議院議員が札幌市職員に対するパワハラ言動を録音されて釈明に追われているというニュースを見た。巨大イベントを成功させることで国会議員まで成り上がったという事例である。おそらく初心を忘れてしまったのだろう。
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