悪霊鎮送的解釈――三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」
三村泰臣「中国地方民間神楽祭祀の研究」(岩田書院)を読み終える。神田神保町の古書店街のデータベースサイトで通販しているもの。約一万円と高価だったが、定価を確認すると8,400円で、Amazonのぼったくり出品に比べれば、ずっと良心的だった。本当は国会図書館に通って読もうかと思っていたのだけど、新型コロナウイルスが蔓延しているので、都心方面への遠征は避けた。
著者は広島県出身で広島在住の民俗学者。現役の先生である。地の利を活かし、安芸十二神祇や比婆荒神神楽、備後神楽、芸予諸島の神楽、周防地方の山代神楽などが議論の中心となっている。
中国地方の神楽祭祀について論じたもので、そういう点では専ら人に見せる演劇に特化した芸北神楽の扱いは非常に少ないものとなっている。
基本的な論調は、柳田・折口の神座鎮魂論―籠ることで善神を身に付着させ生命の再生を図るとするもの―の善神的な認識だけでは中国地方の神楽祭祀は説明できないとし、悪霊を依代に憑依せしめて攘却する悪霊鎮送的な認識で分析したものとなっている。
その点では悪霊強制説を展開した岩田勝に近い方向性である。後発ゆえの有利さもあって、広島県を中心とし、美作から周防にまたがる荒神信仰ベルトの神楽―これまであまり光が当てられていなかった安芸十二神祇、芸予諸島の名荷神楽、周防地方の山代神楽など―を紹介し、荒神神楽の意図するものを分析している。
例えば、神楽で天蓋は必須の舞台装置と言えるが(※修験との関係が薄いのか関東地方の里神楽では天蓋を使用しない)、元々は棺を覆うものだったとして、死霊鎮送的な意味を見出している。その点で荒神神楽の過去の資料を読み解き、今では無くなった浄土神楽はどのような内容だったのか考察している。
先に演劇に特化した芸北神楽については記述が少ないとしたが、なぜ中国地方の神楽はテンポが速く鬼退治を好むのかといった疑問に対し
このように中国地方の神楽には悪神・悪霊と関わる「悪神=鎮送」の神楽の伝統がある。悪神を鎮送するために激しいテンポの奏楽で悪鬼や大蛇などを退治する舞が展開されてきたのではなかろうか。この地方の人々が異常なまでに速いテンポの舞や悪鬼退治の舞を好むのは、中国地方の神楽が悪神・悪霊と密接に関わりながら展開してきたからに他ならない。(344P)
としている。祭祀から庶民の娯楽としての神楽の変遷を考えると、悪霊鎮送と現代の鬼退治人気をダイレクトに結びつけるのは短絡的な議論にも感じるが、とにかくそういう解釈がここではなされている。
しかしながら、島根県石見地方の海岸部について見てみると、大元信仰も荒神信仰もない。悪霊強制型とは無縁なのだ。故に死霊祭祀とは無関係と言えるだろう。それでも石見地方の海岸部では鬼退治の演目が人気である。つまり、三村氏の仮説は仮説に過ぎないことになる。
岩田勝の死後、神楽とは何なのか追及する研究の潮流は絶えたかに見えたが、三村氏が広島で継承していた。これは中国地方をフィールドワークした強みと言えるだろう。最近の若手研究者は神楽周辺の環境を取り上げた研究が多いようなので、一方で神楽の本質を追求する研究する路線があってもよい様に思う。
なお、出版元の岩田書院のサイトに書評が掲載されている。
神田より子
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1124.htm
藤原宏夫
http://www.iwata-shoin.co.jp/shohyo/sho1157.htm
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- グランドセオリー的スケール感――松村一男『神話学入門』(2022.05.12)
- 具体的事例多し――澤渡貞男『ときめきの観光学 観光地の復権と地域活性化のために』(2022.05.09)
- 5600ページもある(2022.04.04)
- 岩戸神楽に限らず――泉房子『<岩戸神楽>その展開と始原 周辺の民俗行事も視野に』(2022.04.01)
- AmazonのKindleストアで電子書籍をセルフ出版してます(2022.03.31)
「神楽」カテゴリの記事
- ひろしま神楽大阪公演をライブ動画配信で視聴する(2022.05.14)
- オープンフォーラム第6号が送られてくる(2022.04.15)
- 最悪のケースを想定(2022.04.10)
- これが最後のチャンスだったかもしれないが(2022.04.03)
- 岩戸神楽に限らず――泉房子『<岩戸神楽>その展開と始原 周辺の民俗行事も視野に』(2022.04.01)
「広島」カテゴリの記事
- ひろしま神楽大阪公演をライブ動画配信で視聴する(2022.05.14)
- これでお仕舞い――佐藤両々「カグラ舞う!」三巻(2021.10.29)
- 瞳舞う!――佐藤両々「カグラ舞う!」2巻(2021.10.03)
- ライブ中継の時代(2021.07.25)
- 休筆中だが(2021.06.20)