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2020年2月23日 (日)

岩戸と天香具山

◆はじめに
 天の岩戸神話はスサノオ命の暴虐を恐れた天照大神が岩戸に閉じこもってしまい、世界が常夜となってしまった。そこで困った神々は相談して、鏡や勾玉、榊など様々なものを取り揃えて、天鈿女(うずめ)命が神がって踊り、半裸の姿となったので神々は笑う。岩戸の外が賑やかだと不思議に思った天照大神は岩戸をそっと開けて見る。すると鈿女命が鏡を出して、あなたより尊い神が誕生したのですと告げる。ますます不審に思った天照大神はもう少しだけ岩戸を開いてよく見ようとしたところを手力男命が岩戸を強引に開け、天照大神の手をとって外に出したので、世界に元の明かりが戻った……という内容である。ちなみに、岩戸には注連縄が張られ(結界)、天照大神が再び隠れることの無い様にされている。

◆神楽の源流
 天の岩戸神話は神楽の源流とされており、全国で神楽化されている。宮崎県の岩戸神楽が有名だが、夜明けの最後の段として岩戸を舞う。夜が明けるとともに神楽は終わるので、まさしく天の岩戸神話に相応しい締めくくりとなる。

 島根県石見地方でも「岩戸」は重要な演目であるが、まず岩戸から始めて能舞を舞っていく構成となっている。

◆鎮魂説
 神楽の本義を「鎮魂」と捉える見方がある。鎮魂説が多数説と言ってよいかと思われるが、鎮魂説に従うと天の岩戸神話の解釈は次の様になる。

 西角井正慶「神楽研究」は戦前の神楽本であるが、師である折口信夫の説に従って論旨を展開している。要するに神楽を鎮魂と解釈する説と言ってよいだろうか。天の岩戸神話の解釈に顕著である。天の岩戸神話を自然神話(戦前に既に日食説があったことが分かる)と葬祭説との解釈に別れるとし、一方で折口信夫の鎮魂論で解釈、古代の死の観念は生と死の境が曖昧なもので、一種の眠りと捉えていた。そして天照大神の身体から離れた魂を鎮魂(たまふり)で再び身体に付着させ蘇らせたとする。

◆神が神がかり?
 天の岩戸神話では天鈿女命が神がかって踊るのだが、よくよく考えてみると神が神がかるというのは自己矛盾ではないかとも思われる。まあ、日本の神様は遠いご先祖さま達のことでもあるから矛盾はないのかもしれない。

 では、どんな神が鈿女命に憑依したのかつらつら考えると
・天御中主神の様なより高位の神
・天照大神
・スサノオ命
といったところが考えられる。スサノオ説は岩田勝の悪霊強制説(悪霊を憑坐[よりまし]に憑依させ、悪霊として攘却するか、善神に転化させて祀る)がとる所であるけれど、自分にはアクロバティックな解釈としか思えない。

 岩田勝は「神楽新考」で、日本の神がかりは神がかる者と神がからせる者とのペアであると指摘し、神話では言及されないが、背後に奏楽を担当する神々がいた可能性を指摘している。だが、鈿女命は自ら桶を踏み鳴らして神がかったとある。単独で神がかったとも解釈可能なのだ。

 また、天鈿女命が女陰を見せて舞うことで神々の笑いを誘ったが、女陰は生命力の根源であり、悪霊を払う力があるのだとも指摘している。確かに、馬の蹄鉄を魔除けに飾る風習が欧米にはあったりする。

 しかし、悪霊であるスサノオ命を憑依させて攘却させるという発想はアクロバティックな解釈にしか思えない。

◆動画
 YouTubeで浜田商業高校の「岩戸」を見る。第三回神楽甲子園で演じられたもの。写真撮影は後方でしか許可されないのか、一貫して引いた画だった。天児屋根命に続いて太玉命が登場、さらに天鈿女命が登場する。そして鈿女命がひとしきり舞ったところで手力男命が登場、連れ舞となる。それから手力男命の一人舞となり天照大神を引き出して喜びの舞となる。見方によっては鈿女命の舞ではなく手力男命の舞に連れられて出て来た様な印象もある。

 YouTubeで谷住郷神楽社中の「岩戸」を見る。天照大神は鏡を持って登場、照明の反射で鏡が光る演出となっている。天児屋根命と太玉命はいずれも翁の姿だった。古事記であれば思金神が取り仕切っているけれど、神楽には登場しないから老臣という姿になるのだろうか。

 出雲神楽・唐川社中の「山の神」をYouTubeで見る。途中、天の岩戸が閉じられて闇夜になったことを示すためか舞台の照明が消される。榊を持った神がしきりに山の神にちょっかいをかける。神と山の神が追いつ追われつとなって客席に乱入すると、観客がどっと沸く。最後に神が宝剣を山の神(大山祇命)に授けて悪斬りをする。

◆関東の里神楽
 垣澤社中と亀山社中の「天之磐扉」を鑑賞する。基本的なストーリーは神話と同じだが、手力男命が岩戸を強引にこじ開けようとするも岩戸は開かない。それを繰り返した後、小川の水を飲み、さわやかな気分となった手力男命は見事、岩戸をこじ開けた……という内容。天照大神がちらりと外を覗いた隙にではなく、強引に岩戸をこじ開ける印象だった。

亀山社中・天の岩戸・太玉命1
亀山社中・天の岩戸・太玉命
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命
亀山社中・天の岩戸・思金命
亀山社中・天の岩戸・思金命
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命の舞
亀山社中・天の岩戸・天鈿女命の舞
亀山社中・天の岩戸・手力男命
亀山社中・天の岩戸・手力男命
亀山社中・天の岩戸・暗闇の中、天鈿女命に手引きされる手力男命
亀山社中・天の岩戸・暗闇の中、天鈿女命に手引きされる手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸に跳ね返される手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸に跳ね返される手力男命
亀山社中・天の岩戸・手力男命、小川の水を飲むと力がみなぎってくる
亀山社中・天の岩戸・手力男命、小川の水を飲むと力がみなぎってくる
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けようとする手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けようとする手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けた手力男命
亀山社中・天の岩戸・岩戸をこじ開けた手力男命
亀山社中・天の岩戸・天照大神
亀山社中・天の岩戸・天照大神

 関東では天の岩戸神話は目出度い時にしか舞わないそうで、ちょうど去年が令和元年だったので、上演されたらしい。

◆岩戸神話の裏ストーリー:「山の神」と「天香山」

 出雲神楽に「山の神」という天の岩戸神話にちなんだ演目があり、神話の裏ストーリーとでも呼ぶべきものである。天照大神が天の岩戸に籠ってしまったので世界は闇にとざされる。天照大神を何とか復活させようとして八百万の神々は相談し、鏡や勾玉など様々なアイテムを並べてお祭りをする。その中に天香具山の榊もあるのだが、神が天香具山の榊を根こじにしようとして、それを見とがめた山の神が詰問する。そこで追いつ追われつとなるのだが、神が自分は何者で天照大神を天の岩戸から出すためにこうしているのだと説明し、山の神はひれ伏す。そこで代わりに宝剣を授けて、山の神は悪切、つまり四方を剣で薙ぎ払い、悪魔祓いをするという内容が「山の神」である。

 これは神事性の高いものだが、これを元にしたと思われる広島県の芸北神楽の新舞「天香山(あめのかぐやま)」では最後に魔神とのバトルが付加されており、蛇足と言わざるを得ない。

 YouTubeで中川戸神樂団の「天香具山」を視聴した。「中川戸神樂団 天香具山」でヒットする。視聴してみたのだが、結果は想像と異なっていた。調べてみると中川戸神樂団の「天香具山」は創作演目で、天照大神を天の岩戸から復活させるべくというところは同じだが、その後の展開が異なり、天の香具山に榊を取りにきた弥生姫を悪神が殺して榊を奪ってしまう(神が殺される)。そこで山祇神と娘のアタツ姫(コノハナサクヤヒメ)が榊を奪い返す、といった内容だった。内容が改変されている。

 中川戸神樂団はスーパーカグラなるものを主催する団体であり、創作神楽をよくする広島では有名な神楽団である。

 「天香具山」は芸北神楽の新舞では唯一神事性を感じさせる演目だが、肝心の悪切がカットされてしまっている。つまり神事性が損なわれてしまったということだ。元々あった神事性を失わせてしまうのだから改悪としか言いようがないのだけど、どうしてこんな内容になったのかとつらつらと考えるに、要するに元ネタを知らないからリスペクトのない内容にしてしまったというところか。よく取材している団体なので別の理由があるのかもしれない。

◆漫画
 佐藤両々「カグラ舞う!」という四コマ漫画がある。広島県に引っ越してきたヒロインの神楽が高校で神楽部に入部する。初めての舞がデイサービスでの「岩戸」で天照大神役だったのだけど、トップバッターなので緊張して舞がぎこちなくなってしまう……という様な内容。

◆宮崎県の狭野神楽
 「本田安次著作集 日本の伝統芸能 第三巻 神楽Ⅲ」より「弐拾四 龍蔵うた」260-261Pをピックアップしてみる。

 宮崎県の狭野神楽「弐拾四 龍蔵うた」では、天照大神と須佐之男命が国を争い、天照大神が先に生まれたけれど、女子に生まれたので、日本のソシと成り給う。スサノオ命は男にて以後に生まれたけれども男子なので、日本の総社となる。その時天照大神は女子が男子に劣ること遺恨なりとお考えになり、日月の光を奪い取り、天の岩戸に籠ったので、天下は昼夜の闇となった……という風に中世日本神話風の一風変わった異伝となっている。

貮拾四 龍蔵うた

一只今是にけんしたるハ、いか成神とやおほしめせ、紀(の)国かんのくら、龍蔵権現とハミつからが事也
一いすゝ川 神よの鏡かけてよ いつも曇らん冬の夜の月
一其時天照大神殿ハ、そさのをのミことと国をあらそい玉ふて、天照大神ハ先に生れさせたまへとも、女子にて生れさせたまへハ、日本のそしと成玉ふ、そさのおのミことは以後にて生れさせたまへとも、男子に而ましませハ、日本のさう社と成玉ふ
一其時天照大神ハ、女子か男子におとる事いこん成よとをほしめし、日月の光をむばい(取り)、天の岩戸にとちこもらせたまへハ、天下は昼夜のやみと成(後略)
※旧字体は直した

◆古事記
 古事記の該当部分を直訳調ではあるが現代語訳してみた。

 そうして、速須佐之男命は天照大神に「我が心が清く明らかな故に、自分が生んだ子は手弱女(たわやめ)を得た。これで言わば、自ずから自分が勝った」と言って勝者らしく振る舞い、天照大神の作った田の畔を壊し、その溝を埋め、またその大嘗(おほにえ)をなさる神殿に糞を排泄して散らした。そこで、そうだけれども、天照大神はとがめずに「糞の様なものは酔って吐き散らしたと、私の弟の命はこのようにしたのだろう。また、田の畔を壊し、溝を埋めたのは、土地を惜しんで、我が弟の命が、このようにしたのだろう」と仰せ直したけれども、猶もその悪しき仕業は止まらず一層甚だしくなった。天照大神は忌服屋(いみはたや)に居て、神の着る御衣(みそ)を織っていたときに、その服屋(はたや)の頂(天井)に穴を開けて、天の斑馬(ふちうま)の皮を逆さまに剥いで落とし入れたところ、天の服織女(はとりめ)が(これを)見て驚いて、梭(ひ:機織りの際に機の横糸を通すための舟型の器具)で女陰を突いて死んだ。

 そこでここに天照大神は恐ろしいと見て思い、天の石屋の戸を開いて、さし籠った。そうして高天原は皆暗く、葦原の中つ国も悉く暗くなった。これによって常夜の状態が続いた。ここに数多くの神の(騒ぐ)声は群がる五月頃むらがるハエの如くに満ち、全ての災いが悉く起こった。これを以て八百万(やおよろず)の神は天の安の河原に集って、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)の子である思金神(おもいかねのかみ)に思考させて、常世の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせ、天の安の河の河上の天の堅石(かたしは:堅い岩石)を取って、天の金山の鉄(くろがね)を取って、鍛冶の天津麻羅(あまつまら)を探し求めて、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)に仰せになって鏡を作らせて、玉祖命(たまのおやのみこと)に仰せになって、八尺(やさか)の勾玉(まがたま)で五百もの沢山の珠が集まっているその珠を作らせて、天児屋命(あめのこやのみこと)と布刀玉命(ふとだまのみこと)を召して、天(あめ)の香山(かぐやま)の牡鹿の肩をそっくり抜いて、天の香山のははか(カニワ桜)の皮を取って焼いて占いをさせて、天の香山の五百もの真榊を根こじに掘り取って、上の枝に八尺の勾玉の五百もの珠が集まっているその珠を取り付けて、中の枝に八尺(やあた)の鏡を取り掛けて、下の枝に白幣と青幣を垂らさせ、これらの種々の者は布刀玉命がたちまち幣を取り持って、天児屋命がたちまち祝詞を寿いで、天手力男神(あめのたぢからをのかみ)が岩戸の脇に隠れて立って、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が襷に天の香山の天の日影(ヒカゲノカヅラ)を掛けて天の真析(まさき:蔓草)をかずら(髪飾り)として手草(採り物)として天の香山の笹の葉を結って、天の石屋の戸に桶を伏せて踏み轟かせ神懸りして、胸の乳房をかき出して、裳(も:スカート)の紐を女陰に押し垂らした。そうしうて高天原はどよんで、八百万の神は共に咲(わらっ)た。

 ここで天照大神は怪しいと思い、天の石屋の戸を細く開いて、内側から告げて「我が籠り居ることによって天(あま)の原は自ずと暗く、また葦原の中つ国も皆暗いと思うのに、どういう訳で天宇受売は歌舞音曲を奏し、また八百万の神は皆咲う(笑う)のだ」と仰せになった。天宇受売が曰く「あなたに増して貴い神がいらっしゃる故に皆喜び咲い(笑い)遊ぶのです」とこう言う間に天児屋命と布刀玉命はその鏡を差しだし天照大神に示し奉るに、天照大神は一層怪しいと思って次第に戸から出て臨んだところ、その隠れ立つ手力男神がその御手を取って引き出すと、ただちに布刀玉命は注連縄でその後方(石戸)に引き渡して曰く「これより内に還り入ることはできません」と申した。そこで、天照大神のお出ましになった時に高天原と葦原の中つ国は自ずから照り明るくなることができた。

◆日本書紀
 日本書紀の該当部分を現代語訳してみた。

 また、天照大神の方に神の衣を織って斎服殿(いみはたどの:神聖な機織りの御殿)にいらっしゃるのを見て、ただちに天斑駒(あまのふちこま)の皮を逆さに剥いで、御殿の瓦に穴を開けて投げ入れた。そのときに天照大神は驚いて梭(ひ:機織りの道具)で身体を傷つけた。これによって怒ってただちに天石窟(あまのいはや)にお入りになる、磐戸(いわと)を閉ざしてお籠りになった。

……とある。日本書紀では天照大神自身が傷を負ってしまうのである。傷を負った天照大神が岩屋に籠るというのは太陽神の死を連想させる。

◆余談
 天の岩戸神話の天照大神の死と復活を描いたとも読める。死と再生のモチーフである。もともとは冬至の日にまつわる神話だったのかもしれない。

◆参考文献
・「古事記 新編日本古典文学全集1」(山口佳紀, 神野志隆光/校注・訳, 小学館, 1997)
・「日本書紀1 新編日本古典文学全集2」(小島憲之, 直木孝次郎, 西宮一民, 蔵中進, 毛利正守/校注・訳, 小学館, 1994)
・「校定石見神楽台本」(篠原實/編, 石見神楽振興会, 1954)pp.107-116
・「口語訳 古事記 完全版」(三浦佑之, 文芸春秋, 2002)
・「古事記講義」(三浦佑之, 文藝春秋, 2007)
・「本田安次著作集 日本の伝統芸能 第三巻 神楽Ⅲ」(本田安次, 錦正社, 1994)pp.260-261「弐拾四 龍蔵うた」
・「神楽新考」(岩田勝, 名著出版, 1992)pp.17-69, pp.96-165, pp.166-205
・「歴史民俗学論集1 神楽」(岩田勝/編, 名著出版, 1990)
・「神楽研究」(西角井正慶, 壬生書院, 1934)
・「現代語訳 古語拾遺」(菅田正昭, KADOKAWA, 2014)pp.33-58
・「出雲神楽 出雲市民文庫17」(石塚尊俊著, 出雲市教育委員会, 2001)

記事を転載→「広小路

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