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2019年10月 7日 (月)

関東の里神楽の課題

6月の橘樹神社から初めて10月まで横浜近辺の里神楽の奉納神楽を何軒か鑑賞した。色々な演目が実見できて楽しかったが(カメラの背面液晶越しに見ていて肉眼では見てないケースが多かった)、色々と課題も感じた。以下にそれを記したい。

関東の里神楽の難点として幕間、演目と演目の間に一時間くらい間が空いてしまうことが挙げられる。その間に観客が帰ってしまうのだ。

神社の境内で過ごす一時間は満員電車の中の一時間とは違って開放感があって、左程しんどくはないが、それでも待ち時間は短い方がいい。横越社中の様に次は何時からだと表示してくれると有難い。

間が空くのは着付けに時間が取られるかららしいが、いかにも惜しい。僕の出身地の島根県石見地方の石見神楽では観客がせっかちなこともあって、演目と演目の間に間を挟まずすぐ次の演目に取り掛かるらしい。

これは一つの演目を演じる間に次の演目の演者がスタンバイしていることになる。つまり、社中の団員に余裕があって初めて可能になるということである。その点で関東の社中には難しいのかもしれない。

対策として演目と演目の間に獅子舞やお囃子を演奏して繋ぐことを実施している社中がある。これだと奏楽の人の負担は高いが、受け手としては満足できる。

神楽を鑑賞しながら、チェックポイントとして観客の中の子供がどうしているかを観察した。関東だと親御さんが子供に神楽を見せる習慣があまりないようだ。島根県石見地方の子供たちは神楽のお囃子が聞こえると落ち着きがなくなると言われている。これも良し悪しだけど、幼い頃から神楽に接しているから、自然とそうなるのである。

もちろん、関東にも神楽に興味を示す子供はいて、舞いを真似する子もいたし、「神楽みたい」と親にせがむ子もいた(これも演目と演目の間に時間がかかるので親御さんは難色を示していた)。

神楽を見て育った子が親となり、その子に神楽を見せる。島根や広島ではそのサイクルが確立しているのだ。関東でもそのサイクルを何とかして構築できないものだろうか。

それと、関東の社中は情報発信に消極的な様子だ。もしかすると、ある程度信頼できると思われる人間くらいまでなのかもしれない。僕自身、たまたまSNSでフォローしていたから実見することができた。

<追記>
 ……というような内容を文教大学の斉藤先生にぶつけてみたところ、関東の里神楽はあくまで氏子のためにあるのですといった趣旨の返信を戴いた。僕自身、知らず知らずのうちに観光神楽目線になっていた様だ。

 

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