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2019年10月 5日 (土)

狂言から神楽へ――棒縛

◆はじめに
 2019年8月に横浜市港北区大豆戸町の八杉神社で加藤社中の「棒縛」を観た。狂言「棒縛」を題材にした新作である。「棒縛」は海外でも人気の高い演目とのこと。

◆あらすじ
 酒をくすねて飲む奴がいて困っていた主人はあるとき太郎冠者と次郎冠者を呼びつける。次郎冠者に棒術を披露させたその隙に主人と太郎冠者は次郎冠者を棒縛りにしてしまう。更に主人は太郎冠者を後ろ手に縛ってしまう。安心した主人は外出する。一方、縛られた太郎冠者と次郎冠者はあの手この手で酒をくすねて飲む。ところがそこに主人が帰ってきて……という内容。

加藤社中・棒縛・主人登場
加藤社中・棒縛・主人登場
加藤社中・棒縛・主人、太郎冠者に酒を持ってこさせる
加藤社中・棒縛・主人、太郎冠者に酒を持ってこさせる
加藤社中・棒縛・酒を飲む主人
加藤社中・棒縛・酒を飲む主人
加藤社中・棒縛・次郎冠者登場、棒術を披露する
加藤社中・棒縛・次郎冠者登場、棒術を披露する
加藤社中・棒縛・主人と太郎冠者、次郎冠者を棒縛りにする
加藤社中・棒縛・主人と太郎冠者、次郎冠者を棒縛りにする
加藤社中・棒縛・棒縛りにされた次郎冠者
加藤社中・棒縛・棒縛りにされた次郎冠者
加藤社中・棒縛・主人、太郎冠者を後ろ手に縛る
加藤社中・棒縛・主人、太郎冠者を後ろ手に縛る
加藤社中・棒縛・後ろ手に縛られた太郎冠者
加藤社中・棒縛・後ろ手に縛られた太郎冠者
加藤社中・棒縛・主人、外出すると言いおく
加藤社中・棒縛・主人、外出すると言いおく
加藤社中・棒縛・次郎冠者、何とか酒を飲もうとする
加藤社中・棒縛・次郎冠者、何とか酒を飲もうとする
加藤社中・棒縛・次郎冠者、太郎冠者に酒を飲ませる
加藤社中・棒縛・次郎冠者、太郎冠者に酒を飲ませる
加藤社中・棒縛・太郎冠者、後ろ手に酒を次郎冠者に飲ませる
加藤社中・棒縛・太郎冠者、後ろ手に酒を次郎冠者に飲ませる
加藤社中・棒縛・次郎冠者、再び太郎冠者に酒を飲ませる
加藤社中・棒縛・次郎冠者、再び太郎冠者に酒を飲ませる
加藤社中・棒縛・太郎冠者、再び次郎冠者に酒を飲ませる
加藤社中・棒縛・太郎冠者、再び次郎冠者に酒を飲ませる
酔って舞う太郎冠者と次郎冠者
酔って舞う太郎冠者と次郎冠者
加藤社中・棒縛・そこに主人が帰って来て……
加藤社中・棒縛・そこに主人が帰って来て……

◆狂言
 狂言を口語訳してみた。

(主・太郎冠者登場。次郎冠者も続いて出て、狂言座に座る)」
主「これはこの辺りに住む者でござる。某(それがし)、ちと所用あって、山一つあちらへ参ろうと思う。さてそれにつき、いつも自分が留守になると、両人の者が酒を盗んで飲むのによって、今日はきっといましめてやろうと思う。まず太郎冠者を呼び出そう。やいやい太郎冠者、居(を)るか」
太郎冠者「はあーっ」
主「いたか」
太郎「お前に居りまする」
主「思いの外早かった。お前を呼び出したのはほかでもない。ちと事情があって次郎冠者をいましめる故に、そう心得よ」
太郎「お咎めの程は存じませぬが、あいつも幼少から召し使われる者のことでござりますので、何とぞ堪忍して下さい」
主「いやいや、別にそれほど深刻に考える必要はない。そうではあるけれども、あいつは日頃つねづね武術のたしなみがある者なので、そら行くぞ、討つぞ、ではなるまいが、何としたものであろうか」
太郎「されば何がようござりましょう。(思案して)いや、それならば、あいつはこの頃棒を稽古致します。その棒の中に夜の棒という流儀がございます。これをとご所望なされ、間合いを見て両人で棒に左右の手を縛りつけてやるのはいかがでございましょう」
主「それは一段とよかろう。それならば急いで次郎冠者を呼び出せ」
太郎「畏まってござる。(次郎冠者に向かい)いやのうのう、次郎冠者、召すぞ」
次郎冠者(立って)「や、何を召されるのです」
太郎「いかにも」
次郎「召すならば召すと早く言われたらよいのに」
太郎「さあさあ、急いでお出になれ」
次郎「心得た」
太郎(主に)次郎冠者、出ました」
次郎「次郎冠者、お前に」
主「思いの外早かった。お前を呼び出したのは他でもない。聞けばお前はこの頃棒を稽古するとやらいうが、今日は私の前で使って見せよ」
次郎「いや、それは私ではござりますまい。たぶん人違いででもございましょう」
主「隠すな。太郎冠者が告げたぞ」
次郎(太郎冠者に)「よう、そなた申し上げたか」
太郎「その通り。我が申し上げた」
次郎「こいつはまあ。これを申し上げるということがあるものか」
太郎「それでも申し上げた」
次郎「申し上げたものならば、是非には及びません。一つ二つ使ってお目にかけましょう」
主「早く使って見せい」
次郎「まずその棒を取って参ります」
主「それがよかろう。(次郎冠者、舞台後方へ行く。主、太郎冠者に)必ず抜かるな(うっかりして失敗するな)。(用意のひもを渡す)」
太郎(受け取って)「抜かることではござらぬ」
次郎(棒を持って出て)「いや申します。すなわちこの棒でございます」
主「ほおーん」
次郎「まず、これをこのように致して参りますと、向こうから狼藉者が打ってかかれば、と、これで受けます。(仕形を見せる)打った太刀ならば引かねばなりませぬ。引くところをつけ込んで参り、胸板を勢いよく突き、たじたじとしたところを、(棒を)さっと持ち直して、両臑(もろずね:左右のすね)をともに打って打って打ち据える(動けなくなるまで激しく打ちたたく)ことでございます」
主「さてさて、激しい技じゃなあ、太郎冠者」
太郎「左様でございます」
主「とてものことに、夜の棒とやらも使って見せい」
次郎(太郎冠者に)「よう、これも申し上げたか」
太郎「その通り。これも申し上げた。
次郎「とんでもない奴だ。これは私の秘密の技じゃ。これを申し上げるということがあるものか」
太郎「でも申し上げた」
次郎「申し上げたものならば、是非には及びません。夜の棒をも使ってお目にかけましょう」
主「早く使って見せよ」
次郎「夜の棒と申しても、別に難しい技ではございません。我らが如き者が夜にお使いに参ると言って、見ての通り丸腰でございます。その時この棒が一本あればざっと済むことでございます」
主「ほおーん」
次郎(棒を首筋に当てて水平にし、左右の手を伸ばして支えて)「まずこれをこのように致して、夜お使いに参りますと、右から狼藉者が打ってかかれば、と、これで受けます。またある時は(棒をくるくると振り回しながら)このように致して参ることでございます。いや申す、ちと側を寄ってみられよ」
主「えーえ、危ないわい、危ないわい」
次郎「太郎冠者も、ちと側へ寄ってみぬか」
太郎「えーえ、危ないわい、危ないわい」
次郎(笑って)「それほど危ないとこわがるほどのことでもないよ。(以前のように棒を水平に左右の手で支えて)ただ、このように致して参れば、前後怖いことも恐ろしいこともございません」
主・太郎(次郎冠者の後ろから、ひもを持ってかかる)「こいつめ」
次郎「これは何とされる」
主「何をすると言って、おのれ、覚えがあろう」
次郎「私は何も覚えはございません」
主「覚えのないと言うことがあるものか」
次郎「太郎冠者、何をするか」
太郎「何かは知らぬが、ご主人さまのご意向じゃ。ご意向じゃ。(主・太郎冠者、二人がかりで次郎冠者を棒縛りにする)」
主「憎い奴め。それへ寄っていよ」
次郎「これは迷惑」
太郎(次郎冠者の姿を見て、笑って)「よいなりの、よいなりのまるで案山子を見るような。どうせ縛られるならば、これこうまともな形に(と両手を後ろにまわして)いましめられいでよ」
主(太郎冠者の後ろから、ひもを持ってかかる)「餓鬼め」
太郎「これは何と召さる」
主「何をすると言って、おのれこそ覚えがあろう」
太郎「私は何も覚えはございません」
主「覚えのないということがあるものか」
次郎(縛られた棒で太郎冠者を押えつけながら、主に)「きっといましめられい。きっといましめられい」
主(太郎冠者を後ろ手に縛り上げて)「憎い奴だ。おのれもそれへ寄っていよ」
次郎「これは迷惑」
主「さて、両人もの者よく聞け。自分はちと所用があって、山一つあちらへ行く故に、お前たちはよく留守をせい」
次郎「いや申します。こんな案山子の様な格好で、お留守がなるものでございますか」
太郎「ここを解いてお行きになられませ」
主(それには構わず)「頼むぞ頼むぞ」
次郎「盗人が入っても知りませんぞ」
太郎「盗人が入っても存じませぬぞ」
主「頼むぞ頼むぞ、頼むぞ頼むぞ(橋がかりへ行き、狂言座に座る)
次郎「いや、申します」
太郎「頼んだ人」
次郎「ほ、お行きになった」
太郎「まことに、さっさとお行きになった」
太郎「まず座れよ」
次郎「心得た」
次郎・太郎「えいえい、やっとな(両人、大小前に座る)
次郎「さて、何としてこのようにいましめられたものであろうか」
太郎「されば、何としてこのようにいましめられたものであろうか」
次郎「ははあ、我の思うに、いつも頼んだお方が留守になれば、お前が酒を盗んで飲むのによってのことじゃ」
太郎「いやいや、そなたが酒を盗んで飲むのによってのことじゃ」
次郎「いやいや。そちじゃ」
太郎「いやいや、そちじゃ」
次郎「そちじゃ」
太郎「そちじゃ」
次郎・太郎「そちじゃ、そちじゃ、そちじゃ、そちじゃ。(両人笑う)」
次郎「とにかく両人で盗んで飲むのによってのことじゃ」
太郎「その通りじゃ。(また両人笑う)」
次郎「さて、このようにいましめられたと思えば、いよいよ酒が飲みたくなった」
太郎「おっしゃる通り、ひとしお酒が飲みたくなった」
次郎「何かよい手立てはないか知らぬか」
太郎「されば何がよかろうか」
次郎「いやのう、よい手立てがある」
太郎「何とする」
次郎「我らはこのようにいましめられてはいるけれど、これを見やれ、手首が動くわ。(手首を動かして見せる)」
太郎「まことに動くわ」
次郎「この分ならば、藏の戸が開けられないことはあるまい。まず開けて参ろう」
太郎「それがよかろう」
次郎「首尾よく開ければよいが」
次郎(舞台前方へ出て、棒縛りのままで身体を斜めにして藏の戸をあける)「ぐゎら、ぐゎら、ぐゎらぐゎらぐゎらぐゎら、開いたわ、開いたわ」
太郎「まことに開いたわ。開いたわ」
次郎「ははあーっ。おびただしい酒壺(さかつぼ)じゃ。してこれはどの酒に致そう」
太郎「それは亭主(その座の主)の好みに任せよう」
次郎「はや、自分を亭主にするか」
太郎「まずは、今日の亭主じゃ。(両人笑う)」
次郎「いや、それならば、ここに渋紙(しぶがみ)で覆いをしたのがある。これに致そう」
太郎「それがよかろう」
次郎「まず渋紙を除こう。(身体を斜めにして壺の覆いの紙を取る)ムリ、ムリ、ムリムリムリ、バッサリ。ははあ、よい香りがするわ」
太郎「この方までもよい香りがするわ」
次郎「まず汲むものを取って参ろう」
太郎「それがよかろう」
次郎(舞台後方から葛桶[かずらおけ]のふたを持って出て)「まず一つ汲もう。やっとな。(不自由な姿勢でやっと汲んで)さて、これをそなたに飲ませたくはあるけれど、これまでの骨折りに、まず自分から飲もう」
太郎「何とそんな(棒縛りになった)格好で酒が飲めるものか」
次郎「ええ、飲まないでおこうか。(いろいろ苦心し、はては身体をはずませて盃へ口を届かせようとするが飲めるはずがない)」
太郎「ああこれこれ、酒がこぼれるわい。酒がこぼれるわい」
次郎「さてさてやかましい。是非に及ばぬ。そちに飲ましてやろう」
太郎「何、自分に飲ましてくれるか」
次郎「いかにも」
太郎「それは思いがけないこと(で恐縮)だ。(次郎冠者の前に片膝をついて待ち受ける)」
次郎「(葛桶のふたを太郎冠者の口もとへつけて)「それ、それ、それそれそれ。(太郎冠者、飲む)何と、飲めたか、飲めたか」
太郎「飲めたわ、飲めたわ。殊のほかうまい酒じゃ」
次郎「ああ、うまそうに飲むわ。また汲んで参ろう」
太郎「それがよかろう」
次郎「やっとな。(汲んで)さて、この度こそは自分が飲もう」
太郎「何と、その躰(てい)で飲めるものか」
次郎「ええ、飲まないでおこうか。(また色々もがきまわるが飲めない)」
太郎「ああこれこれ、酒がこぼれるわい。酒がこぼれると言うに」
次郎「さてさて本当にせっかちだ。是非に及ばない。またそなたに飲ましてやろう」
太郎「また自分に飲ましてくれるか」
次郎「いかにも」
太郎「それは度々思いの外だ」
次郎「それ、それ、それそれそれ。(前と同様にして飲ませる。太郎冠者、また喜んで飲む)何と、飲めたか、飲めたか」
太郎「飲めたわ、飲めたわ。飲めば飲むほどうまい酒じゃ」
次郎「ああまた、うまそうに飲むわ。さてそなたばかり飲まして、自分は飲むことができないが、何としたものであろう」
太郎「されば何がよかろうか。(思案して)いやのう、よい手立てがある」
次郎「何とする」
太郎「まず汲んで渡せ」
次郎「心得た。(汲んで)して、何とする」
太郎「自分もこのようにいましめられてはいるが、これを見よ、手首が動くわ。(後ろ手の手首を動かして見せる)」
次郎「まことに動くわ」
太郎(立って)「この分ならば盃を持てないこともあるまい。さあさあ、持たしておくれ」
次郎「何はともあれ、心得た。(葛桶のふたを渡す)何と持てたか、持てたか」
太郎「持てたわ、持てたわ。さあさあこれへ寄って飲ませよ」
次郎「心得た。(太郎冠者の後ろへまわり、葛桶のふたに口をつける)」
太郎「それ、それ、それそれそれ。(次郎冠者、飲む)何と、飲めたか、飲めたか」
次郎「飲めたわ、飲めたわ。おっしゃる通りうまい酒じゃ。また汲んで参ろう」
太郎「一つ謡(うた)わさせ」
次郎「心得た。(汲みながら)浮かめ浮かめ水の花」
次郎・太郎「げに面白き河瀬かな、げに面白き河瀬かな。(両人笑う)」
次郎「この上ない酒盛りになった」
太郎「その通りじゃ。(また両人笑う)」
次郎「さて自分が盃の方は受け持ったので、そなたは何か肴をさせ」
太郎「何と、このような躰(てい)で舞が舞われるものか」
次郎「その躰(後ろ手に縛られた格好での舞)が所望じゃ。ぜひとも舞いなされ」
太郎「それならば、舞ってもみようか」
次郎「それがよかろう」
太郎「ところどころお参りゃって、疾(と)う下向召され、咎をばいちゃが負ひまんしょ。(謡いながら舞う)」
次郎「やんややんや」
太郎(笑って)「失礼をいたした」
次郎「今の骨折りに、またそなたへ飲ましてやろう」
太郎「何、また、自分に飲ましてくれるか」
次郎「いかにも」
太郎「それは度々思いの外である」
次郎「それ、それ、それそれそれ。(前と同様にして飲ませる。太郎冠者、飲む)何と、飲めたか、飲めたか」
太郎「飲めたわ、飲めたわ」
次郎「また汲んで参ろう」
太郎「また謡わさせよ」
次郎「心得た。(汲みながら)強者(つはもの)の交わり、」
次郎・太郎「頼みある中の酒宴かな。(両人笑う)」
次郎「次第次第ににぎやかになった」
太郎「その通りじゃ。(また両人笑う)さて、自分も一つ受け持ったので、そなたも何か肴をさせよ」
次郎「何と、この案山子のような体で舞が舞われるものか」
太郎「その、案山子が所望じゃ。なにとぞ舞っておくれ」
次郎「それならば舞ってもみようか」
太郎「それがよかろう
次郎「そなた、地謡を謡うておくれ」
太郎「心得た」
次郎「十七八は」
太郎「竿に干いた細布、取り寄りゃいとし、手繰り寄りゃいとし、糸より細い腰を締むれば、い、たんとなほいとし。(棒縛りにされたままの姿で舞う)」
太郎「やんややんや」
次郎「(笑って)失礼いたした」
太郎「今の骨折りに、またそなたへ飲ましてやろう」
次郎「何、また自分に飲ませてくれるか」
太郎「いかにも。さあさあ盃を持たせておくれ」
次郎「心得た」
太郎「それ、それ、それそれそれ。(前と同様にして飲ませる。次郎冠者、また喜んで飲む)何と、飲めたか、飲めたか」
次郎「飲めたわ、飲めたわ。(汲みながら)ざざんざ」
次郎・太郎「浜松の音はざざんざ。(両人笑う)」
主(立ち、一の松まで出て)「ようやく用のことを片づけてござる。両人の者をきっといましめてはいるけれども、不安なので、急いで戻ろうと思う」
次郎「さて、頼んだお方はこのようなこととはご存じなくて、両人ともいましめておいたと思い、ゆるりと慰んで戻られるであろう」
太郎「まずは、そんなところだろうよ。(両人笑う)」
主(本舞台に入り)「いや何かと申す内に、はや戻った。ははあ、大層内が騒がしい。何事じゃ知らん。これはどのようなこと、また留守の間(ま)に酒を盗んで飲んでいる。さてもさても腹の立つことじゃ。これはまず何と致そう。いや、致しようがござる。(二人の後ろへ行き、立っている)」
太郎「さて、またそなたに飲ましてやろう」
次郎「何、また自分に飲ませてくれるか」
太郎「いかにも。さあさあ盃を持たせておくれ」
次郎「心得た。(葛桶のふたを取ろうとするが、そのとき主がうつむくので、酒の表面にその顔が映る。次郎冠者、驚いて)よーう。太郎冠者、盃の中を見られよ」
太郎「盃の中がどうかしたか」
次郎「まず見られよ」
太郎「心得た。(覗き込む。主またうつむいて顔を映す。太郎冠者も驚いて)よーう」
次郎「何と何と、頼んだお方のお姿ではないか」
太郎「まことに、頼んだお方のお姿じゃ」
次郎「何としてこれへ映らせたものであろうか」
太郎「されば、どうして映らせたものであろうか」
次郎「ははあ、自分が思うには、両人ともいましめておいてはあるけれど、また留守の間に、酒を盗んで飲みはしまいかと思う執心が映らせたものであろう」
太郎「どのみちそのようなことであろう」
次郎「この分ならば、酒壺の中にもあらん故に、行って見て参ろう」
太郎「それがよかろう」
次郎「静かに渡せよ」
太郎「心得た。(両人、舞台前方まで行き覗き込む。主もそっと寄り添い、上から覗き込む)
次郎「ああ、おられるわ、おられるわ」
太郎「まことに、おられるわ、おられるわ」
次郎「何と何と、しかめっつらではないか」
太郎「おっしゃる通り、にがりきった渋面じゃ。(大小前へ戻る)」
次郎「さて、自分は、これについて謡(うたひ)を思いついた。謡うたならば心得るであろう。そなたも一緒に踊っておくれ」
太郎「心得た」
次郎「月は一つ」
太郎「影は」
次郎・太郎「二つ、満つ汐(しほ)の、夜の盃に、主(しゅう)を乗せて、主とも思わぬ内の者かな」
主(肩衣[かたぎぬ]の片袖を脱いで)「もはや堪忍ならぬ。何の内の者。(扇を振り上げる)」
次郎太郎「そうりゃお帰りじゃ」
主「やいやい、やいそこの奴」
太郎「えい、頼んだお方」
主「何の、頼んだお方」
太郎(笑って)「許させられよ許させられよ。(逃げ入る)」
主「おのれ、どっちへ行く。やるまいぞやるまいぞ。(もとへ戻って)また一人居(お)るはずじゃ。やいやい、やいそこの奴」
次郎(ぺたんと座り込んで)「へぇ、お帰りなさいませ」
主「何、お帰りだと。また留守の間(ま)に、酒を盗んで飲みおったな」
次郎「いや申しましょう。何とこの案山子の様な躰で、酒が飲まれるものでございますか」
主「まだそのようにしらばくれるか。おのれ打擲(ちやうちやく)して(打って)やろう。(扇を振り上げる)」
次郎「何、打擲だと」
主「いかにも」
次郎「打擲ならば、夜の棒で参ろう」
主「夜の棒とは」
次郎「やっとな、やっとな、やっとな(棒縛りのままの姿で打ちかかる)」
主「何をする、何をする、何をする。(あわててよける)」
次郎「やっとな、やっとな、やっとな(なおも打ちかかる)」
主「許してくれい、許してくれい。(逃げ入る)」
次郎「やっとな、やっとな、やっとな。(左右から打ちかかりながら追い入る)」

……とある。狂言の結末では次郎冠者が反撃するが、神楽では酒を飲んで酔っているところを見つかって終わるのが違うところ。

◆余談
 初見時は、太郎冠者、次郎冠者の両人がいずれも酒をくすねていたというのが面白かった。もどきは関東の里神楽で滑稽な仕草を演じる役だが、もどきらしさを活かした新作と言えるだろう。新作といえばバトル一辺倒の石見神楽・芸北神楽とは異なる方向性で興味深い。

 狂言は小学生のとき、狂言師の方たちが来校して実演してくれたことを憶えている。セリフは現代語に訳されていたはずだが、楽しかったことを憶えている。

◆参考文献
・「狂言集 新編日本古典文学全集60」(北川忠彦, 安田章/校注, 小学館, 2001)pp.138-155

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