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2019年10月13日 (日)

神剣幽助と小鍛冶

◆はじめに
 2019年9月に横浜市港北区大豆戸町の八杉神社で加藤社中による奉納神楽を見る。その中に「神剣幽助」があった。謡曲「小鍛冶」を題材にした作品で、帝から勅命で刀を打つよう命じられたが相方がいない三條宗近が稲荷大神の助力を得て名刀・小狐丸を打つという内容。

加藤社中・神剣幽助・三條宗近
加藤社中・神剣幽助・三條宗近
加藤社中・神剣幽助・もどきが刀を打つ道具を用意する
加藤社中・神剣幽助・もどきが刀を打つ道具を用意する
加藤社中・神剣幽助・刀を打つ用意が整う
加藤社中・神剣幽助・刀を打つ用意が整う
加藤社中・神剣幽助・三條宗近、稲荷明神に祈誓する
加藤社中・神剣幽助・三條宗近、稲荷明神に祈誓する
加藤社中・神剣幽助・稲荷明神登場
加藤社中・神剣幽助・稲荷明神登場
加藤社中・神剣幽助・稲荷明神と刀を鍛える三條宗近
加藤社中・神剣幽助・稲荷明神と刀を鍛える三條宗近
加藤社中・神剣幽助・刀が打ちあがった
加藤社中・神剣幽助・刀が打ちあがった
加藤社中・神剣幽助・刀が打ちあがった
加藤社中・神剣幽助・刀が打ちあがった
加藤社中・神剣幽助・打ちあがった刀を三條宗光に渡す
加藤社中・神剣幽助・打ちあがった刀を三條宗光に渡す

◆小鍛冶
 謡曲「小鍛冶」を口語訳してみた。

前シテ:童子
後加藤社中・神剣幽助・稲荷明神と刀を鍛える三條宗近シテ:稲荷明神
ワキ:三條小鍛冶
ツレ:橘道成
處は:京都

三條小鍛冶神助を得て、加藤社中・神剣幽助・稲荷明神と刀を鍛える三條宗近勅命の御剣を打つ事を作れり。

大臣詞「是は一條の院にお仕えする橘(たちばな)の道成(みちなり)でござる。扨(さて)も(ところで)今夜帝に不思議のお告げがありましたので、三條の小鍛冶(こかじ)宗近(むねちか)を召して、御剣を打たせるべきとの勅命であるので、ただ今宗近の私宅へと急ぎます。いかにこの屋敷の内に宗近がいるか」
ワキ詞「宗近とは誰でございますか」
大臣「是は一條の院の勅使であるぞ。扨ても(ところで)帝に今夜不思議なお告げがあったので、宗近を召して御剣を打たせるべしとの勅命である。急いでお仕えせよ」
ワキ「宣旨は畏まって承ります。その様な御剣を献上すべきときには、自分に劣らない者が相槌を奉仕してこそ、御剣も成就するでしょう。是は兎に角お返事を申し兼ねたばかりでございます」
大臣「実にお前が申すことは道理であるけれども、帝に不思議のお告げがあったので、頼もしく思いつつ、早々と領掌(承知)申すべしと、重ねて宣旨があったので」
ワキ「この上は兎にも角にも宗近が」
地「兎にも角にも宗近が進退ここに極まって御剣の刃(やいば)の乱れる心だった。そうではありながら、政道(政治の道)が素直な今の御代なので、もしや奇特のことは有りはしないだろうか、そればかり頼む心かな、そればかり頼む心かな」
ワキ詞「言語道断。一大事を仰せになられたものかな。このような事は神の力を頼まなくてはと思います。某(それがし)の氏神は稲荷の明神なので、これから直ぐに稲荷に参り、祈誓申そうと思います」
シテ詞「のうのう、あれは三條の小鍛冶宗近でいらっしゃるか」
ワキ「不思議かな。なべて(一般に)尋常でない事を、我が名を指しておっしゃるのは、どのような人でいらっしゃいますか」
シテ「雲の上の帝から、剣を打って参らせよとあなたに仰せだったよのう」
ワキ「さればこそ、それに付けても猶も不思議な事かな。剣の勅もただ今のことだったのを、早くもお知りになっていらっしゃる事は返す返すも不審です」
シテ「実に不審とはそういう事だけれども、自分だけが知れば他所の人までも」
ワキ「天に声あり」
シテ「地に響く」
地「壁に耳、岩の物言う世の中に、岩の物言う世の中に、隠れもしない。殊に猶、雲上人の御剣の光は何が闇(くら)いだろう。ただ頼めこの君の、恵みによれば御剣も、どうして心に叶わないことがあろうか。どうして叶わないだろうか」
地クリ「それ漢王三尺(さんせき)の剣、居ながらにして秦の乱れを治め、また煬帝がけい(怪異か)の剣、周室の光を奪った」
シテサシ「その後玄宗皇帝の鍾馗大臣も」
地「剣の徳に魂魄は、君の周りにお仕えし」
シテ「魍魎鬼神に至るまで」
地「剣の刃(やいば)の光に恐れて、その寇(あだ)をなす事ができない」
シテ「漢家本朝(日本)に於いて剣の威徳」
地「申すに及ばぬ奇特とか」
クセ「また我が朝のその始め、人皇十二代景行天皇、詔(みことのり)の御名をば日本武(やまとたけ)と申した人が、東夷を退治の勅命を受け、関の東も遥かな東(あずま)の旅の道すがら、伊勢や尾張の海面(うみづら)に立つ波までも帰ることよと羨(うらや)み、いつか自分も帰る波の衣手にあれと、思い続けて行く程に」
シテ「ここやあそこの戦いに」
地「人馬巌窟(がんくつ)に身を砕き、血は涿鹿(たくろく:黄帝が蚩尤[しゆう]と戦った地)の川となって、紅波(紅色の波:血潮の流れ)が楯を流し、数度に及ぶ夷(えびす)も兜を脱いで矛を伏せ、皆降参を申した。尊(みこと)の御宇(御代)から御狩場(みかりば)をお始めになった。頃は神無月、二十日あまりの事なので、四方(よも)の紅葉も冬枯れの、遠い山にかかる薄い雪を詠(なが)めたところ」
シテ「夷が四方を囲みつつ」
地「枯野の草に火を懸け、餘焔(余炎:消え残りの炎)がしきりに燃え上がり、敵は攻め鼓(つづみ)を打ちかけて、火焔を放って懸ったので」
シテ「尊(みこと)は剣を抜いて」
地「尊は剣を抜いて、辺りを払い忽ちに炎も立ち退(しりぞ)けと、四方の草を薙ぎ払えば、剣の精霊嵐となって焔(ほのほ)も草も吹き返されて、天に輝き地に満ち満ちて、猛火(みやうくわ)は却って敵(かたき)を焼いたので、数万騎の夷(えびす)どもは、忽ちこごに失せてしまったことだ。その後四海治まって人家戸ざし(戸をさし固めること)を忘れたのも、その草薙の故だとか。ただ今お前が打つべきその瑞相(ずゐそう)の御剣も、どうしてそれに劣ることがあろうか。伝える家の宗近よ、心安く思って下向し給え」
ワキ詞「漢家本朝に於いて剣の威徳、時に取って祝言(祝い)です。扨ても扨ても(ところで)そなたはどのような人ですか」
シテ「たとえ誰であってもただ頼め、まずまず勅命の御剣を打つべき壇を飾りつつ、その時我を待っているならば」
地「通力の身を変じて、必ずその時節に参り会って御力をつけ申すだろう。待ち給えと、夕雲の稲荷山、行方も知れず失せたことだ、行方も知れず失せたことだ」
ワキ「宗近は勅命に随って、ただちに壇に上りつつ、不浄を隔てる七重の注連(しめ)、四方に本尊をかけ奉り、幣帛を捧げ、仰ぎ願わくば、宗近は時に至って人皇六十六代、一條の院の御代に、その職の誉れを蒙ることは、これ私の力ではありません。伊弉諾(いざなぎ)伊弉册(いざなみ)の天の浮橋を踏み渡り、豊葦原をお探りになった御矛から始まりました。その後南瞻(なんぜん)僧伽陀(かだ)国、波斯彌陀尊者(はしみだそんじゃ)からこの方、天国(あまくに)日継ぎの子孫に伝えて今に至りました。願わくば」
地「願わくば、宗近自身の高名ではない。普天率土(ふてんそつど:天下)の勅命による。ならば十万恒沙(がうじゃ:恒河沙の略)の諸神、ただ今の宗近に力を与えて賜び給えと言って、幣帛を捧げつつ、天に仰ぎ頭(こうべ)を地に付け、骨髄の丹誠(たんじやう:まごころ)を聞き入れ、納受させ給えや」
ワキ「謹上再拝」
地「いかにや(どうだどうだ)宗近。勅命の剣、勅命の剣、打つべき時節は虚空に知れた。頼めや頼め、ただ頼め」
後シテ「童男が壇の上にあがり」
地「童男が壇の上にあがって、宗近に参拝の膝を屈し、さて御剣の金(かね)はと問えば、宗近も恐悦の心を先にして、金を取り出し、教えの鎚をはっと打てば」
シテ「ちょうと打つ」
地「ちょうちょうちょうと、打ち重ねた鎚の音が天地に響いて夥しい」
ワキ詞「かくして御剣を打って、表に小鍛冶宗近と打ちます」
シテ「神体時の弟子なので、小狐と裏に鮮やかに」
地「打った御剣の、刃(やいば)は雲を乱したので、天の叢雲(むらくも)とも是なろうか」
シテ「天下第一の」
地「天下第一の、二つの銘の御剣で、四海を治めれば、五穀成就もこの時なろう。ただちにお前の氏神、稲荷の神体小狐丸を勅使に捧げ申して、これまでだと云い捨てて、また村雲に飛び乗って東山、稲荷の峯に帰ったことだ」

◆余談
 神楽「神剣幽助」では宗近の外にモドキが一名いて身の周りの世話をしている。弟子の様な存在かもしれないが、宗近の相槌を打つには足りないというところだろうか。稲荷明神が助けに現れるのである。

◆参考文献
・「謡曲叢書 第一巻」(芳賀矢一、佐佐木信綱/編, 博文館, 1914)※「小鍛冶」pp.733-738

記事を転載→「広小路

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