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2019年9月22日 (日)

六調子と八調子で出自が異なる――恵比須

◆はじめに
 石見神楽の演目「恵比須」は奉納神楽で舞われるだけでなく、目出度い席でも舞われる演目だ。その恵比須だが、校訂石見神楽台本を読むと、口上があった。普段舞われるときは省略されていることが多いのではないかと思うが、結構なボリュームの口上がある。内容は出雲の美保神社を尋ねた大人(たいじん)が美保神社の宮人から当社の由緒を聞き、後半、恵比須神が顕現するというものである。このパターンは謡曲ではよくあるもののようだけれど、生憎と知識がないため、何ものというのかは分からない。

両谷社中・恵比須さま登場
両谷社中・恵比須さま登場
両谷社中・これから釣をする恵比須さま
両谷社中・これから釣をする恵比須さま
両谷社中・うまい棒を撒く恵比須さま
両谷社中・うまい棒を撒く恵比須さま
両谷社中・見事、鯛を釣り上げた恵比須さま
両谷社中・見事、鯛を釣り上げた恵比須さま

 校訂石見神楽台本の注釈に、八調子の恵比須は出雲の事代主命で、六調子の恵比須は蛭子神であると出自が分かれていた。八調子に改正した時に変更されたのだろうが、なぜ事代主命に変更されたのだろう。出雲と石見、同じ山陰というところからくる親近感だろうか。

◆実演
 2018年夏の帰省時に、浜田市の三宮神社で催されている夜神楽の定期公演で「恵比須」を見た。三隅の両谷社中のもの。両谷社中の恵比須さんは掌を口元に当ててウププと笑いを表現しているのが可愛らしかった。

◆恵比須(八調子)
「恵比須」の台本を口語訳してみた。

出掛「国を始めて急ぐには 国を始めて急ぐには 四方(よも)こそ静かに釣すなり」
 (大人舞あり)
歌「八雲たつ出雲の国に隠(かく)り事知らせる神の宮ぞ貴き」
歌「隔り事知らしたまへる大神の御子にぞおはする美保の御神は」
歌「み吉野の御狩の時に現はれていたつきませし事代の神」
歌「美保の崎恵比須神の大前を拝(をろが)みまつる今日の嬉しさ」
大人(たいじん)「自分は未だ杵築の宮(出雲大社)に詣でたことがないので、この度思い立って大宮の参り、またよい序(ついで)なので、美保の御崎にも参詣しようと思います」
歌「はるばると参り来にける宮人に頼りてきかん神の伝へを」
大人「急いだので美保の御崎に着いたので、この処の宮人に頼って、当社のご神伝を承りたく思います。もしもし当社の宮人、お出でくだされ」
宮人「宮人宮人とお尋ねなさるのは、どこからどこへお通りのお方でしょう」
大人「私は始めて当社に参詣した旅人でございます。なにとぞ当社のご神伝を聞きたいので、詳しく物語りしてください」
宮人「当社にお仕えしておりますが、詳しい事は中々に語り尽くし難いものです。そうは言うものの、当社のご神伝をざっと申し述べますので、大人殿はそこにお座りになってお聞きくだされ」
大人「承って候」
宮人「そもそも当社に鎮座する恵比須の大神と申すのは津美波八重事代主(つみはやえことしろぬし)の命でございまして。杵築の大社に鎮座する大国主命の御子でございます。大国主命がこの豊葦原の中つ国をご支配なされた時、八重事代主の命は百八十もの神の尾と先となって天下の政(まつりごと)をお知らせになった功績(いさお)の尊い神でございます。また釣り漁(すなどり)をお好みになって、杵築の里からこの美保の御崎に通い、釣り猟の業(わざ)をお始めになりました。また商いの道をお教えになった。これによって猟人(れうど)商人(あきうど)の祖神と斎(いつき)祭られる次第を聞いております」
大人「左様でございますか」
宮人「さて大国主命は顕露事(あらはごと:現世に行われる全ての事)を皇孫の命(ニニギ命にお譲りになり、杵築の宮に鎮座して隠り世(幽界)の事をお執りになる、これによって事代主の命もともに、この美保の御崎に鎮座して隠り世の事をお執りになりました。この二柱の大神は顕(うつ)し世(現世)に功績をお立てになり、仕事を終えて隠り世(幽界)の事をお執りになるので、天の下の人民(おほみたから)の家毎に恵比須大黒と申して斎(いつ)き祭り、またこの神は商いの道をもお始めになった神なので、浦毎に猟恵比須の神と斎き、専ら尊敬し差し上げることでございます。さてこの大神は顕(うつ)し世(現世)にいらした時にこのように釣り漁(すなど)りをお好みになったので、隠り世(幽界)にお入りになって後、今も折々波風が静かな時は磯辺に現れ釣りをなさる事があって、顕(うつ)し世(現世)の人もお姿を拝(をろが)み祭る事があると聞きますので、大人殿は遥々ご参詣の事なので、当浦に二三日もご滞留なさって、釣りをなさるお姿を静々と拝みなされませ」
大人「畏まって候」
大人「嬉しいかな、いざさらば、この宮の辺に旅居(旅先で泊まること)して、神のお姿を拝みましょう」
掛歌「八雲たつ出雲の国や美保の崎恵比須の宮と人に知らせん」
 (ここで恵比須現れ舞う。大人もついて舞う)
恵比須「我はこれ、大国主命の御子と生まれ出で、青人草(あをひとぐさ:人民)を加護しようと、この浦に止まったり」
大人「実に実に聞けば有難や。青人草を恵みます神の心の尊さよ」
 (大人入って、恵比須の舞あり。鬼ばやし。)

◆恵比須(六調子)
「恵比須」の台本を口語訳してみた。

神主「国を始めて急ぐには四方こそ静かなるらん
 このような者は雲州蘇我の里御歳の宮の神主でございます。私はこの程不思議な霊夢を蒙り(見た)ので西宮蛭児(兒)明神へ参ろうと思います」
「私は頼む。蓬が島へ急ぐには国々迫る春の日も光り和らぐ西の海蛭児の宮に着いたことだ」
「急いだので蛭児明神へ着きました。暫くここで休み里人をも近づけ当社の次第を詳しく尋ねようと思います。もしもし里人よ入りなさい」
「里人とお尋ねになったのはどの国からお出でになったお人でしょう」
神主「抑(そもそ)も自分は雲州御歳の社の神主で当社へ始めて参詣する者でございます。もし当社の宮人でいらっしゃるなら当社の次第とご神秘などを委しく物語ってください」
里「さようでございます。この所に住んでおり当社にお仕え申すけれども元来身分が貧しく学問を修める暇もなく委しいことは存じません、併せて古人の語り伝えた山の端をざっと申しますので先ずそなたも暫くそれにお座りになってください。そもそもこの西の宮蛭児明神と申すのは中殿は蛭児命東殿は大己貴命西伝は㕝(こと)八十神です。これを西の宮の三所と申します。倩(つらつ)ら惟(おもいみ)るに神代巻に曰く諾册(なぎなみ)の二尊が列国(くにつち)山河草木をお生みになった。次に一女三男の神をお生みになった。一女は天照大神次男月読命両神は御徳勝れ光りが甚だしいため天上(あめ)に上げなさった日神月神がこれである。三男蛭児四男素戔嗚尊なり。中でも蛭児命は三歳になるまで脚が立たず天の盤櫲樟(くす)船に乗せて風のままに放ち捨てたと見える。爰(ここ)の奥理を考えるにこの神は蛭の様で骨がない故に脚が立たない様に聞こえるけれども全くそのようではなく、惣じて神明(神)に限らず人民に至るまで智仁勇の三つの徳が無くては国家を治めることが難しい。そうしたところ、この神は物を恵むのに仁徳だけ厚く智勇の徳が疎く国家を治めることはできないとお思いになり海上の事をお授けになったと見えます。この御船は摂津国西の宮の浦に着き長くここに留まってある時は浦に出て釣を垂れ楽しんでいらっしゃる。今恵比須と申すのがこれである。この神は仁徳が厚く物をお恵みになる神なので、浦では浦恵比須、家内では棚ゑびす、商人は商ゑびすと所々に尊敬するのがこの謂れである。すなわちここへ蛭児命が降臨しようとする間にゆるゆると神のお姿を拝みなされ」
神主「嬉しいかな。いざさらば。この宮かげに旅居(旅で泊まる)して風も嘯く寅の刻神の告げをも待って見よう。神の告げをも待って見よう」
神「津の国やむしおの里や須麻の浦蛭児の宮と人に知らせよう。
 我はこれ伊弉諾(いざなぎ)伊弉册(いざなみ)の子と生まれ蒼海原を譲られ青人草(人民)を加護しようとこの浦に止まったのである」
神主「謂れを聞くと有難い。人間万民様々に諸願成就なるでしょうか」
神「そもそも祈れ祈れただ正直正路(本道)を先として祈ればどうして聞かないことがあろうか」
神主「実に実に聞けば尊い和光の仁(めぐみ)ます鏡」
神「千早振(ちはやふる)神の遊びを今爰(ここ)に青海原の風もなく糸を打ちはえて魚を釣ろうよ」
 舞
切「自現而(しこう)して神徳有難く、自現而して神徳有難く福禄(幸い)が普く西の海深い仁徳(みのり)は有明の月諸共に照り渡る、神徳福徳智恵の海願いも満ちる西の海恵比須の加護こそありがたい」

◆三葛神楽
 匹見町の三葛神楽の恵比須では大黒が登場し、恵比須に別れを告げるという内容であるため、目出度い席で恵比須を舞うことはないとブログ「長州住保頼塩焼」にあった。

恵比須「そもそも我は是、出雲の国の杵築の宮に住む事代主命とは我が事である。この釣竿に釣り糸を携え目出度く鯛を釣り上げようと思う」
 ※鯛釣り舞い
恵比須「暫く岩陰に身を潜め、沖の白波に魚(うお)の寄せ来るのを待ち受けよう」
 ※大黒登場し、舞う
恵比須「そこに見えるのは父大黒ではありませんか」
大黒「父大黒である。それに見えるのは我が子きよ。事代主ではないか」
恵比須「あなたの被った頭巾はどのような」
大黒「某(それがし)の被った頭巾は人々の繁栄をとくべき頭巾である」
恵比寿「あなたの携えた槌(つち)はどのような」
大黒「某が携えた槌は宝を降らす槌である」
大黒「この豊葦原の中つ国を天の神に献上するか否か、ここまでやってきた」
恵比須「この豊葦原の中つ国を天の神に献上して然るべきと思います」
大黒「某が神役ならば華どり仕ろう」
恵比須「畏まって候」
 ※舞い
恵比須「さらば、これより、いそいそとお別れ申そう」

◆関東の大黒天
 関東の里神楽では大黒天が福を撒くようである。「敬神愛国」という演目があるのだけど、奉納神楽鑑賞時は神社の祭り進行上の都合で上演されなかった。

番田神代神楽・御祝儀三舞・福銭を撒く大黒天
番田神代神楽・御祝儀三舞・福銭を撒く大黒天

◆敬神愛国
 2019年10月に五反田の雉子神社で萩原社中の「敬神愛国」を見た。恵比寿さまと大黒さまが登場する舞なので短い演目かと思ったら、もどきが大活躍して一時間を超える熱演となった。

 舞台は美保関。まず恵比寿さまが登場し、もどきが釣り竿を渡す。このとき扇に乗せて釣り竿を渡すのだけど、扇を裏返してしまい、竿を落としてしまうという滑稽な場面である。次に大黒さまが登場し、大黒さまと恵比寿さまそれぞれに従者のもどきがついている。二人のもどきが顔を見合わせ、互いに笑い合う。大黒さまの従者のもどき、口が尖がっていると恵比寿さまに笑われ、口を切り落とせ命じられる。慌てて拒否するもどき。恵比寿さまと大黒さまがお酒を飲む。この際、お酒を運ぶもどきの舞がある。それから、恵比寿さまが釣りをしたいが海が荒れているから、海を鎮めよと命じられたもどきが幣を持って祈祷する。もどきが烏帽子を斜めに被ってしまう。この際も二人のもどきがいて、一人のもどきが幣にぶつかってしまう。それから海を鎮める舞を舞うのだけど、一人のもどきが舞を真似て踊る。ようやく海が静まったので、恵比寿さまが釣りをする。何回か失敗した後で鯛を釣り上げる。今度はもどき二人が鯛を調理する。鯛に串を刺して焼く。その串を抜いてもどきが串の味見をする。それから大黒さまと恵比寿さまに鯛を献上、鯛を食す。その後で大黒さまが福を撒く舞を舞う……で終了。

萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま登場
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま登場
萩原社中・敬神愛国・従者のもどきが釣り竿を渡す
萩原社中・敬神愛国・従者のもどきが釣り竿を渡す
萩原社中・敬神愛国・大黒さま登場
萩原社中・敬神愛国・大黒さま登場
萩原社中・敬神愛国・互いの顔を見て笑い合うもどき二人
萩原社中・敬神愛国・互いの顔を見て笑い合うもどき二人
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さまに拝謁した大黒さまの従者のもどき、口が尖がっていると笑われる
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さまに拝謁した大黒さまの従者のもどき、口が尖がっていると笑われる
恵比寿さまに笑われ、首を傾げるもどき
恵比寿さまに笑われ、首を傾げるもどき
萩原社中・敬神愛国・もどき、酒を用意する
萩原社中・敬神愛国・もどき、酒を用意する
萩原社中・敬神愛国・大黒さま、酒を飲む
萩原社中・敬神愛国・大黒さま、酒を飲む
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま、酒を飲む
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま、酒を飲む
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さまに海を鎮めよと命じられたもどき、幣を振って祈祷する
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さまに海を鎮めよと命じられたもどき、幣を振って祈祷する
萩原社中・敬神愛国・振った幣がもう一人のもどきにぶつかってしまう
萩原社中・敬神愛国・振った幣がもう一人のもどきにぶつかってしまう
萩原社中・敬神愛国・何しやがると仕返しされる
萩原社中・敬神愛国・何しやがると仕返しされる
萩原社中・敬神愛国・もどき、今度は後ろに立つ
萩原社中・敬神愛国・もどき、今度は後ろに立つ
萩原社中・敬神愛国・もどき、今度は幣を自分の額にぶつけてしまう
萩原社中・敬神愛国・もどき、今度は幣を自分の額にぶつけてしまう
萩原社中・敬神愛国・もどき、荒波を鎮める舞を舞う。もう一人が真似する
萩原社中・敬神愛国・もどき、荒波を鎮める舞を舞う。もう一人が真似する
萩原社中・敬神愛国・もどき、今度は一人で舞う
萩原社中・敬神愛国・もどき、今度は一人で舞う
萩原社中・敬神愛国・もどき、荒波が静まったと恵比寿さまに報告する
萩原社中・敬神愛国・もどき、荒波が静まったと恵比寿さまに報告する
萩原社中・敬神愛国・釣り竿と鈴を持った恵比寿さま
萩原社中・敬神愛国・釣り竿と鈴を持った恵比寿さま
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま、釣りをする
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま、釣りをする
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま、鯛を釣る
萩原社中・敬神愛国・恵比寿さま、鯛を釣る
萩原社中・敬神愛国・釣った鯛をもどきが調理する
萩原社中・敬神愛国・釣った鯛をもどきが調理する
萩原社中・敬神愛国・鯛に打った串を舐めて味見をするもどきを、もう一人のもどきがたしなめる
萩原社中・敬神愛国・鯛に打った串を舐めて味見をするもどきを、もう一人のもどきがたしなめる
萩原社中・敬神愛国・焼き上がった鯛を大黒さまが食す
萩原社中・敬神愛国・焼き上がった鯛を大黒さまが食す
萩原社中・敬神愛国・今度は恵比寿さまが鯛を食す
萩原社中・敬神愛国・今度は恵比寿さまが鯛を食す
萩原社中・敬神愛国・大黒さまが立ちあがり舞を舞う
萩原社中・敬神愛国・大黒さまが立ちあがり舞を舞う
萩原社中・敬神愛国・大黒さま、福を撒く
萩原社中・敬神愛国・大黒さま、福を撒く

◆戸田小浜の衣毘須神社
 JR戸田小浜駅から歩いて10分ほどの海岸に衣毘須神社がある。この辺りの日本海は美しい景色である。東山魁夷が日本画のモデルとしたことでも知られている。

戸田小浜・衣比須神社
戸田小浜・衣比須神社
戸田小浜・衣比須神社
戸田小浜・衣比須神社
戸田小浜・衣比須神社
戸田小浜・衣比須神社・解説
戸田小浜・衣比須神社から見た日本海
衣比須神社から見た日本海
戸田小浜・衣比須神社から見た日本海
戸田小浜・衣比須神社から見た日本海

◆余談
 子供の頃、恵比須さんにお菓子を貰った記憶が無いのである。神楽鑑賞といっても共演大会で見ていたからかもしれない。何回かは近所の神社に行っているはずなのだが、いずれも記憶にない。2018年夏に鑑賞した両谷社中の恵比須ではうまい棒をくれた。

◆参考文献
・「校訂石見神楽台本」(篠原實/編, 1982)pp.116-122, 193-195
・「三葛神楽 (島根県古代文化センター調査研究報告書 21) 」(島根県古代文化センター/編, 島根県古代文化センター, 2004)
・「第二回かながわのお神楽公演解説プログラム」(馬場綾音, 江戸里神楽公演学生実行委員会, 第二回かながわのお神楽公演実行委員会, 2019)

記事を転載→「広小路

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