体制転覆的――シェクナー「パフォーマンス研究 : 演劇と文化人類学の出会うところ」
「パフォーマンス研究 : 演劇と文化人類学の出会うところ」(リチャード・シェクナー, 高橋雄一郎/訳, 人文書院, 1998)を読み終える。
パフォーマンスというと演劇におけるパフォーマンスなどが狭義の意味でそうである。一方で、広義にとると、我々は日常生活において家庭では家庭人として、職場では職業人としてパフォームしているということになり、パフォーマンスは極めて広範囲な領域をカバーするのである。
また、演劇においては上演だけをパフォーマンスとするのではなく、稽古、上演、上演後のクールダウンに至るまで全ての過程がパフォーマンスだとしている。
演技と儀式に関する論考。演技も通過儀礼も<私>から<私でないもの>へと円環的に変化していくという点で共通しているとする。ギリシャ悲劇を手本として発展してきた西洋演劇に対して東洋の演劇を研究することで新風を吹き込もうとしている。
演技の場合、円環的にまた元の<私>にクールダウンされるのであるが、通過儀礼の場合は子供から大人の成員として変化を遂げることとなる。また、西洋の演劇ではクール・ダウンの方法論が確立されていないとしている。
インドのラーマーヤナの劇を大きく取り上げていて、日本の能についても触れられている。ラーマーヤナの劇は数十日にもおよぶ長大な内容を複数の劇場で移動しながら上演するという形式で、数万人もの観客がそれに従って移動するのである。一種の巡礼に近い。西洋演劇は三幕構成法によって物語のうねりが作られているが、インドの劇はそれとは異なり複数の筋が絡まり合いながら進行していく。
インドのラーマーヤナの事例の次はジャワ島の影絵劇(ワヤン)についてだった。オランダの植民地支配が長く続いた土地で(オランダ人はジャワ人に広く教育を施さなかった)、オランダの影響を受けて古典への回帰が図られたが(規範的期待)、シェクナーはそれは白人から見た古典としてお墨付きを与えるもので、構築主義的観点から異論を述べている。
最後の章では、トランス状態に入ることを目的とした研究者のワークショップの事例が紹介される。その宗教の内面を信じるのではなく、あくまで体のポーズ等にトランス状態に入り易い姿勢があるとのこと。トランス状態に入ることで一種の神秘体験をすることになる。神秘体験を経ることでそれまでの自分とは異なる自分となる。ただし、ここではそれは宗教的信仰とは結び付かない。
巻末の訳者あとがきでパフォーマンス理論について触れられていた。以前は演劇というと大学の文学部で学ぶもので、それも戯曲の解釈が中心だったという。その限界を超えたところでパフォーマンス理論は発展してきた。また、英国のカルチュラル・スタディーズと結びつき、内容を深化させてきた。ジェンダー理論などもそうである。東洋の演劇には植民地主義による支配-被支配の問題があるとしている(ポストコロニアル)。故にその内容は体制転覆的でもあるという。いわば既存の価値観を破壊的に乗り越えるのである。そういう点では日本では受け入れ難いのかもしれない。僕が感じたところだと、1980年代頃から盛んになってきた構築主義が根底にある。そういう意味では何でもありなのである。
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