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2019年8月10日 (土)

黄泉醜女とイザナギ命の逃走

◆はじめに
 黄泉の国に赴いたイザナギ命の逃走劇は石見神楽では神楽化されていないが、関東の里神楽では「黄泉醜女」という演目がある。また、動画投稿サイトYouTubeで検索したところ、山口県岩国市の神楽で「黄泉醜女」という演目がアップロードされていた。

◆イザナギ命の逃走
 妻のイザナミ命が亡くなってしまったが、妻に会いたいと思ったイザナギ命は黄泉(よみ)の国へと向かう。そうしてイザナミ命と再会したのだが、イザナミ命は自分は既に黄泉の国の食物を食べてしまった。が、帰ろうと思うので黄泉の国の神と話す。しばらく待っていよと告げる。待ちきれなくなったイザナギ命が櫛の歯に火を灯してみたところ、イザナミ命の身体には蛆が湧いて、雷神たちがその上にいた。驚いたイザナギ命は逃げ出す。「恥をかかされた」と怒ったイザナミ命は黄泉醜女(よもつしこめ)に後を追わせる。髪飾りを投げると山ぶどうとなったので、醜女がそれを食べている隙に逃げた。また、右のみづらに差した櫛の歯を投げると竹の子となった。これも竹の子を食べている隙に逃げた。その後、雷神と黄泉の国の軍勢が追って来た。黄泉(よもつ)ひら坂の麓まで逃げて来たところで、そこに生えていた桃の木の実を三つとって投げたところ、雷神と軍勢は逃げた。その後、イザナミ命が追って来た。イザナギ命は巨大な岩で黄泉ひら坂の出口を塞いで相対して離別の言葉を述べた。イザナミ命は「これからは一日に千人殺しましょう」と言ったので、イザナギ命は「それならば一日に千五百人生まれることにしよう」と言った。それでこの世では一日に千人死んで、千五百人が誕生することになった……というお話。

◆動画
 YouTubeで山口県岩国市錦町の上沼田神楽保存会の「黄泉醜女」を見る。山代神楽共演大会とあった。まず女神が登場して舞う。それから男神が登場して連れ舞する。それから女神が退場し、男神が一人で舞う。男神が退場し、着物を被った女神が登場する。女神は面を付け替え鬼女となる。その様子を男神が覗いている。気づいた鬼女は鬼女(黄泉醜女)を三人呼び、鬼女が男神を取り囲む。男神は剣を抜いて対抗する。鬼女三人が斬られて退場すると、女神の変じた鬼女が登場する。鬼女と男神の立ち回りとなる。鬼女はくもを投げる。そうして戦った後に鬼女は退場し、男神が舞う。ドライアイスを使った演出もなされていた。

 山口県の神楽には石見神楽の影響を受けたものも存在するとのことで、山代神楽とあったが、この能舞は石見神楽の影響を受けた演目かもしれない。

◆関東の里神楽

 埼玉県坂戸市の大宮住吉神楽には「醜女八人の座」という演目がある。生憎と未見だが、台本が入手できた。

 醜女は姫(イザナミ命)の持つ鑑が欲しい。次第にその気持ちが強くなり鏡を奪い取ってしまう。イザナギ命が鏡が無いのに気づきイザナミ命に問うと「鏡は醜女に奪われた」と返す。{久那戸|くなど}神が登場、醜女に鏡を返す様に説得するが、醜女は応じず戦いとなる。鏡を奪い返した久那戸神は姫に鏡を返す。姫は久那戸神に礼を言い、神前を拝して幕に入る。醜女は無念の有様で姫を追いかけ幕に入る。久那戸神は神前を拝し幕に入る……といった内容となっている。

 「伝統と革新」を掲げる垣澤社中の新作神楽で「IZANAMI」byカミクラナノメというものがある。垣澤社中三代目家元の娘さんが、自分で演奏し、打ち込んだ音源を元に舞が披露される。

 イザナギ命と離縁したイザナミ命が黄泉の国から解放されて地上に戻ってくる。そして自分が生み為した世界や森羅万象の神々のために幸の舞を授ける……という内容。お神楽というよりは創作舞踊という印象だった。舞は順調に進んだが、最後にクモを投げるところが失敗したとのこと。

垣澤社中・IZANAMI
垣澤社中・IZANAMI
垣澤社中・IZANAMI
IZANAMI

◆古事記
 古事記の該当部分を直訳調ながら訳してみた。

 ここにその妻の伊耶那美命を見たいと欲して黄泉国(よもつくに)に追っていった。そうして御殿から戸を閉じて出迎えたときに伊耶那岐命が語って曰く「愛しい我が妻の命(みこと)よ、私とあなたで作った国は未だに作り終わっていない。そこで還るべし」と仰せになった。そうして伊耶那美命が答えて曰く「悔しいことです。(あなたが)速く来なかったので自分は黄泉戸喫(よもつへぐひ:黄泉国の食べ物を食べること)をしてしまいました。そうではあるけれども、愛しい我が夫の来ていらっしゃることは、恐れ多いことなので、還ろうと思う。しばらく黄泉神(よもつかみ:黄泉国の神)と相談しましょう。私を決して見ないように」とこのように申して、その御殿の内に還っていったその間が、実に長くて、待つことが難しかった。そこで、左のみづらに刺した湯津々間櫛(ゆつつまくし:神聖な頭部の側面に差す櫛)の男柱(をばしら)を一つ取り欠けて、火を一つ灯して入ってみたところ、蛆(うじ)がたかってゴロゴロうごめき、頭には大雷(おほいかづち)が居て、胸には火雷(ほのいかづち)が居て、腹には黒雷(くろいかづち)が居て、女陰には析雷(さくいかづち)が居て、左の手には若雷(わかいかづち)が居て、右の手には土雷(つちいかづち)が居て、左の足には鳴雷(なるいかづち)が居て、右の足には伏雷(ふすいかづち)が居て、併せて八(や)くさの雷(いかづち)の神が成っていた。

 ここで伊耶那岐命は恐れて逃げ還る時にその妻の伊耶那美命が曰く「自分に恥をかかせた」と言って、ただちに予母都志許売(よもつしこめ:黄泉の国の醜悪な女)を遣わして追わせた。そうして伊耶那岐命が黒いかずら(髪飾り)を取って投げうつと、たちまち山ぶどうが生った。(黄泉醜女が)これを拾って食べる間に逃げていった。また、その右のかずらに差した湯津々間櫛の歯をを引き欠けて投げうつと、たちまち竹の子が生えた。醜女がこれ引き抜いて食う間に逃げていった。また、後でその八くさの雷神に千五百の(大勢の)黄泉の国の兵士を添えて追わさせた。そうして腰に帯びた十拳(とつか)の剣(つるぎ)を抜いて後ろ手に振りながら逃げて来た。なおも追った。黄泉(よもつ)ひら坂の坂の下に到ったときに、その坂の下にある桃の実を三つ取って待って撃ったところ、(軍勢は)悉く坂を返っていった。そうして伊耶那岐命は桃の実に「お前は私を助けたように葦原の中つ国にあらゆる現世に生きる青民草(人民)が苦しい瀬に落ちて悩むときに助けるべし」と告げて、名を賜って意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと)と名づけた。

 この後、その妻の伊耶那美命が自ら追って来た。そうして千人がかりで引くほどの巨大な岩でその黄泉ひら坂に引いて塞ぎ、その岩を中に置いて各々が立ち向かって離別の言葉を述べたときに伊耶那美命が「愛しい我が夫の命(みこと)よ、こうするならば、あなたの国の青民草(人民)を一日に千人縊り殺しましょう」と言った。そうして伊耶那岐命が「愛しい我が妻の命(みこと)よ、お前がそうするならば、自分は一日に千五百人の産屋(うぶや)を建てよう」と仰せになった。これを以て(現世では)一日に必ず千人死に、一日に必ず千五百人生まれるのだ。そこで、その伊耶那美命を名づけて黄泉津大神(よもつおほかみ)と謂う。また曰く、その追いついたのを以て道敷大神(ちしきのおほかみ)と名づけた。また、その黄泉坂(よもつさか)を塞いだ岩は道返之大神(ちがへしのおほかみ)を名づけた。また、塞がり鎮座する黄泉戸大神(よもつとのおほかみ)と謂う。そこで、そのいわゆる黄泉ひら坂は今、出雲国の伊賦夜坂(いふやさか)と謂う。

◆日本書紀
 日本書紀の異伝では次のような件がある。直訳調ではあるが訳してみた。

<第十>一書に曰く(中略)その妻と泉平坂(よもつひらさか)で互いに(決別のために)戦うに至って、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が曰く「はじめは親族の為に悲しみ、また忍んだことは、これ私が意気地がないからだ」とおっしゃった。時に泉守道者(よもつちもりひと:黄泉の国の入口を守る人)が「(伊弉冉命の)お言葉があります。曰く『私はあなたとすっかり国を生みました。どのようにしてまた生きることを求めるのですか。私はこの国(黄泉国)に留まります。共に去ることはできません』とおっしゃいました」と申した。この時に菊理媛神(くくりひめのかみ)も申すことがあった。伊弉諾命はお聞きになって褒めてただちに退去した。(後略)

……菊理媛が何を言ったのか不明だが、伊弉諾尊を納得させる内容であったようだ。
◆参考文献
・「古事記 新編日本古典文学全集1」(山口佳紀, 神野志隆光/校注・訳, 小学館, 1997)
・「日本書紀1 新編日本古典文学全集2」(小島憲之, 直木孝次郎, 西宮一民, 蔵中進, 毛利正守/校注・訳, 小学館, 1994)
・「古事記講義」(三浦佑之, 文藝春秋, 2007)

記事を転載→「広小路

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