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2019年8月17日 (土)

現在では舞われていない過去の演目――竹生島

◆はじめに
 2019年に江津市で18世紀半ばの神楽史料が発見された。多鳩神社のもので、将軍舞や竹生島など、現在の石見地方では舞われていない演目が記録されていたとのこと。このうち「竹生島」は謡曲の「竹生島」が元ではないかと思われる。天皇にお暇を申して竹生島詣でをした廷臣の前に弁財天や竜神が現れ、この世を寿(ことほ)ぐという目出度い内容である。

◆謡曲「竹生島」

ワキ:廷臣
ワキツレ:廷臣(二人)
ツレ:女
シテ:老人
アイ:社人
後ツレ:弁財天
後シテ:竜神

弁財天として、また竜神として、衆生済度の姿を示し、理想の世界である延喜帝の時代を神仏が守護したということによって、この世をことほぐ。

 (真の次第)
ワキ/ワキツレ(次第)「竹に生まれる鶯(うぐいす)の、竹に生まれる鶯の、竹生島詣でを急ごう」
ワキ「(名のり)そもそもこれは延喜の聖主(聖徳ある君主)に仕える臣下である。さても(ところで)江州(がうしう)竹生島の明神は霊神であるので、君主にお暇を申して、ただいま竹生島に参詣しました」
ワキ/ワキツレ{<上歌>四の宮や、河原の宮居(神が座すること)末早く、河原の宮居末早く、名も走り井(湧き出る清水)の水の月、曇らぬ御代に逢う逢坂の、関の宮居を伏し拝み、山越え近い志賀の里、鳰(にほ)の浦にも着いたことだ、鳰の浦にも着いたことだ」
ワキ「<着きゼリフ>急ぐ間に鳰の浦に着きました。あれを見ると釣舟が来ました。便船(都合よく出る船)を乞おう(乗せてもらおう)と思います」
ワキツレ「そうしてよいと思います」
 (一声)
シテ「<サシ>面白い。頃は弥生(三月)の半ばなので、波もうららか(穏やか)で湖の面(おも)」
シテ/ツレ「霞み渡る朝ぼらけ(あけぼの)」
シテ「<一セイ>のどかに通う舟の道」
シテ/ツレ「憂い(つらい)仕事に従っているけれど、憂くはない心かな」
シテ「<サシ>これはこの浦里に住み馴れて、明け暮れ運ぶ鱗(うろくず:魚類)の」
シテ/ツレ「数を尽くして身一つを助けよう(養おう)とすると詫び人(侘しく暮らす人)が隙(ひま)も波間に明け暮れて、この世を渡ることこそ物憂い(つらい)ことだ」
シテ/ツレ「<下歌>よしよし同じ仕事ながら、この世に越えた(風光明媚な)この湖の」
シテ/ツレ「<上歌>名所(などころ)の多い数々に、名所の多い数々に、浦と山にかけて眺めれば、志賀の都の花園、昔ながらの長等(ながら)の山桜、真野の入江の舟を大声で呼び、さあさし寄せて問おう、さあさし寄せて問おう」
ワキ「もしもし、ここの舟に便船(都合のよい舟)を申そう(乗せてもらおう)」
シテ「これは渡りの舟とお思いになったのですか。ご覧なさい釣舟でございます」
ワキ「こちらも釣舟と見えたので都合の良い舟と申したのだ。私は竹生島に初めて参詣する者である。誓いの(弘誓の)舟に(だから)乗るべきである」
シテ「実にこの所は霊地で、歩みを運ぶ人をとかく(色々)申せば、お心に違(たが)い(背き)、また神の意も図ることが難しいのです」
ツレ「ならばお舟を参らせよう」
ワキ「嬉しい、さては誓いの(弘誓の)舟(に乗ることができるのも)、法(のり)の力(仏法の功徳)と思ったことだ」
シテ「今日は殊更のどかで、心に掛かる(気がかりな)風もありません」
地謡「<下歌>名はささ波か、志賀の浦にお立ちになったのは、都の人か労しいことだ。お舟にお乗りになって、浦々を眺めなさいませ」
地謡「<上歌>所は海の上、所は湖の上、国は近江(あふみ)の入江に近い、山々の春だからか、花はさながら白雪が降るか残るか時を知らぬ、山(比叡山)は都の富士だろうか、なお冴えかえる春の日に、比良の嶺おろしが吹くとしても、沖を漕ぐ舟はよもや尽きまい。旅の習いの思わずに雲居の他所(何の縁も無い)に見た人も、同じ舟に慣れ衣、浦を隔てて行く程に竹生島も見えたことだ」
シテ「緑の樹々の影が沈んで」
地謡「(水中の)魚が木に登る気色(様子)がある。月は海上に浮かんでは、兎も波を走るか、面白い島の気色だ」
シテ「舟が着きました。お上がりください。この尉(じよう:老人)が道案内申しましょう。これこそが弁財天でございます。よくよくご祈念なさいませ」
ワキ「承って及んだ(聞き及んだ)よりもいや勝って有難いことです。不思議かなこの所は、女人結界(女人禁制)と聞いていましたが、あそこにいる女人はどうして参られたのか」
シテ「それは(物を)知らない人の申すことです。かたじけなくも(恐れ多くも)九生如来(きうしやうによらい)のご再誕なので、ことに女人こそ参るべきです」
ツレ「いや、それほどでもないものを」
地謡「<上歌>弁財天は女体で、弁財天は女体で、その神徳もあらたかである、天女と現じなさったので、女人だといっても隔てない、ただ(物を)知らぬ人の言葉である」
地謡「<クセ>(弁財天が)このような悲願を起こして(立てて)正覚(最高の悟り)を得て年久しい。獅子通王(ししつうわう)の古(いにしえ)から利生(りしやう:仏が衆生に利益を与えること)は更に怠っていません」
シテ「実に実にこれほども疑いも」
地謡「荒磯島の松陰を、頼りに寄せる海人(漁師)の小舟、自分は人間でないといって、社壇の扉を押し開き、御殿にお入になれば、翁も水中に入るかと見えたが白波の、立ち帰り我はこの湖(うみ)の主だぞと言い捨ててまた波にお入りになった。
アイ「(常座で)このような者は、江州(がうしう)竹生島の天女に仕える者でございます。さて、国々に霊験あらたかな天女は数多いらっしゃるけれども、中でも隠れない(広く知れ渡っている)のは安芸の厳島、天の川、箕面、江の島、この竹生島、いずれも隠れないとは申すけれども、とりわけ当島の天女と申すのは、隠れもしない霊験あらたかな事ですので、国々在々所々から信仰し、参って下向する人々は夥しい事でございます。それについて当今(今上天皇)にお仕え申した臣下殿、今日は当社へご参詣ですので、我らも罷り出で、お礼を申そうと存じます。どのようにお礼申しましょう。これは当島の天女に仕え申す者でございますが、ただ今のご参詣目出度くてございます。さて当社へ初めてご参詣のお方へは御宝物を拝ませて申しますが、そのようなお望みがございませんか」
ワキ「実に聞き及んだお宝物でございます。拝ませてください」
アイ「畏まって候。やれやれ一段(一層)のご機嫌に申し上げた。急いでお宝物を拝ませようと思う。これは御蔵(みくら)の鍵です。これは天女の朝夕看経なされる(経をお読みになる)数珠でございます。ちと(しばらく)ありがたいものと思って尊重しなさい。皆さんも尊重なさい。さて、またこれは二股の竹といって当島一の宝物でございます。よくよく拝みなされ。まずお宝物はこれまででございます。さて、当島の神秘において、岩飛(いはとび)と申すことがありますが、これをお目にかけましょうか。ただし何とございましょうぞ」
ワキ「それならば岩飛飛んで見せ給え」
アイ「畏まって候。さあさあ岩飛を始めようといって、さあさあ岩飛始めようといって巌の上に走り上がって、東を見れば日輪月輪が照り輝いて、西を見れば入日を招き、危なさそうな巌の上から、危なさそうな巌の上から水底にずんぶと入ったことだ。ハハア、クッサメクッサメ」
 (出端)
地謡「御殿がしきりに鳴動して日月光り輝いて、山の端に出たごとくで、現れ給うのが恐れ多い」
ツレ「そもそもこれは、この島に住んで衆生を守る、弁財天とは私の事である」
地謡「その時虚空に音楽が聞こえ、その時虚空に音楽が聞こえ、花が降り下る、春の夜の月に輝く乙女の袂を返す返すも(本当に)面白い」
 (天女ノ舞)
地謡「夜遊(夜の神事)の舞楽も、夜遊の舞楽も時過ぎて、月が澄みわたった湖の水面に波風がしきりに鳴動して、下界の竜神が現れたことだ」
 (早笛)
地謡「竜神が湖上に出現して、竜神が湖上に出現して、光も輝く金銀珠玉をかの稀人(まれびと:客人、ここではワキの廷臣)に捧げる気色(様子)有り難いことだ。奇特(殊勝)かな」
 (舞働)
シテ「もとより衆生済度の誓い」
地謡「もとより衆生済度の誓い、様々なので、あるいは天女の形となって現じ、有縁の(仏を信仰する)衆生の諸々の願いを叶え、または下界の竜神となって国土を鎮め、誓いを現わし、天女は宮中にお入りになったので、竜神はただちに湖水に飛行(ひぎやう)して、波を蹴立て、水を返して、天地に群がる大蛇の形、天地にむらがる大蛇の形は竜宮に飛んで入ったことだ」

◆余談
 出典として「謡曲叢書」に収録されたものを参照しようと思ったのだけど、謡曲叢書の該当箇所が欠損(というか元から無いように思われる)していたので、小学館の新編日本古典文学全集を使う。こちらは注釈も詳細で現代語訳もあるので、それを参照しながらの作業となった。

◆参考文献
・「謡曲集1 新編日本古典文学全集58」(小山弘志, 佐藤健一郎, 小学館, 1997)※「竹生島」pp.67-76

記事を転載→「竹生島

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