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2019年7月21日 (日)

神楽では茶利だけど――八十神

◆はじめに
 石見神楽に「八十神」という演目がある。出雲の大国主命の大勢の兄くらいの意味だけど、兄まあ、弟まあのコンビが茶利としてユーモラスな会話を繰り広げる内容である。

 「校訂石見神楽台本」によると、因幡の八上姫に求婚した武彦が断られて八上姫を滅ぼそうとするが逃げられる。乙彦が登場して兄弟で大国主命を滅ぼそうとするが、大国主命に返り討ちに遭う……といった粗筋である。

 神楽ではユーモラスな茶利なのだけど、原典の古事記では八十神は狡猾で残忍な存在として描かれている。

◆動画
 YouTubeで石見神楽宇野保存会の「八十神」を見る。宇野小学校の体育館で催されたお祭りに奉納されたものらしい。マイクで拡声していて、八十神の口上は却って聞き取りづらく、何か面白いことを言っているなくらいにしか分からなかった。

◆関東の里神楽~八上姫、因幡白兎
 2019年11月に越谷市のこしがや能楽堂で梅鉢会の「八上姫」と「因幡白兎」を観る。

 「八上姫」は八上姫に大国主命の兄の八十神(ここでは三神)が求婚するも断られてしまう。おかめさんが、目隠しをして鈴の音を頼りに姫を捕まえたものが姫をお嫁さんにできると言うのでそうすると、八上姫はそこへやってきた大国主命とすり替わってしまう。大国主命を捉えた八十神は怒り、罰として八十神の荷物を持たせることになる。困り果てた大国主命の許に再び八上姫が現れる……という筋。

梅鉢会・八上姫・八上姫
梅鉢会・八上姫・八上姫
梅鉢会・八上姫・八十神その1
梅鉢会・八上姫・八十神その1
梅鉢会・八上姫・八十神その2
梅鉢会・八上姫・八十神その2
梅鉢会・八上姫・八十神その3
梅鉢会・八上姫・八十神その3
梅鉢会・八上姫・八上姫に求婚を断られる八十神
梅鉢会・八上姫・八上姫に求婚を断られる八十神
梅鉢会・八上姫・目隠しする八十神
梅鉢会・八上姫・目隠しする八十神
梅鉢会・八上姫・目隠しして八上姫を探す八十神
梅鉢会・八上姫・目隠しして八上姫を探す八十神
梅鉢会・八上姫・そこへやって来た大国主命
梅鉢会・八上姫・そこへやって来た大国主命
梅鉢会・八上姫・八十神、大国主命を捕まえる
梅鉢会・八上姫・八十神、大国主命を捕まえる
梅鉢会・八上姫・八十神に蹴飛ばされる大国主命
梅鉢会・八上姫・八十神に蹴飛ばされる大国主命
梅鉢会・八上姫・八十神の荷物を持つよう命じられた大国主命
梅鉢会・八上姫・八十神の荷物を持つよう命じられた大国主命
梅鉢会・八上姫・従者のもどきが荷物を持ち上げ得ようとするが、なかなか持ちあがらない
梅鉢会・八上姫・従者のもどきが荷物を持ち上げ得ようとするが、なかなか持ちあがらない
梅鉢会・八上姫・従者のもどきが荷物を背負う
梅鉢会・八上姫・従者のもどきが荷物を背負う
梅鉢会・八上姫・困り果てた大国主命の許に八上姫がやって来る
梅鉢会・八上姫・困り果てた大国主命の許に八上姫がやって来る
梅鉢会・八上姫・大国主命を慰める八上姫
梅鉢会・八上姫・大国主命を慰める八上姫
梅鉢会・八上姫・もどきをおかめさんが介抱する
梅鉢会・八上姫・もどきをおかめさんが介抱する

「因幡白兎」は隠岐の島に住む白兎がワニザメをだまして因幡の国へ渡るが、騙されたと知って怒ったワニザメたちに毛皮を剥かれ丸裸となってしまう。そこに八十神が現れる。八十神は塩水を白兎の身体に撒いたので白兎はいよいよ苦しんでしまう。そこに大国主命が通り掛かり、従者のもどきとおかめさんに真水を持ってきて掛けさせ、蒲の穂を身体に撒きつけると身体が元通りとなる(しかし、苦しんでいる白兎を他所に、もどきとおかめさんは物を運ぶときの舞を舞うのだった)。そして八神姫も現れ、大国主命と八上姫は連れ舞を舞う……という粗筋。

梅鉢会・因幡白兎・白兎
梅鉢会・因幡白兎・白兎
梅鉢会・因幡白兎・鰐鮫
梅鉢会・因幡白兎・鰐鮫
梅鉢会・因幡白兎・鰐鮫を飛び越える白兎
梅鉢会・因幡白兎・鰐鮫を飛び越える白兎
梅鉢会・因幡白兎・実はお前たちを騙したのだと白兎
梅鉢会・因幡白兎・実はお前たちを騙したのだと白兎
梅鉢会・因幡白兎・怒った鰐鮫に毛皮を剥かれてしまう
梅鉢会・因幡白兎・怒った鰐鮫に毛皮を剥かれてしまう
梅鉢会・因幡白兎・通りかかった八十神に塩水を撒かれてしまい苦しむ
梅鉢会・因幡白兎・通りかかった八十神に塩水を撒かれてしまい苦しむ
梅鉢会・因幡白兎・そこへ通りかかった大国主命一行
梅鉢会・因幡白兎・そこへ通りかかった大国主命一行
梅鉢会・八上姫・おかめさんが柄杓を持ってくる
梅鉢会・八上姫・おかめさんが柄杓を持ってくる
梅鉢会・八上姫・もどきが桶を持ってくる
梅鉢会・八上姫・もどきが桶を持ってくる
梅鉢会・八上姫・もどきとおかめさんが白兎を助け起こす
梅鉢会・八上姫・もどきとおかめさんが白兎を助け起こす
梅鉢会・因幡白兎・真水をかけて傷を癒す
梅鉢会・因幡白兎・真水をかけて傷を癒す
梅鉢会・因幡白兎・蒲の穂を身につけて傷を癒す
梅鉢会・因幡白兎・蒲の穂を身につけて傷を癒す
梅鉢会・八上姫・白兎、一旦退場
梅鉢会・八上姫・白兎、一旦退場
梅鉢会・八上姫・もどき、おかめさんに水をかけてプッと笑う
梅鉢会・八上姫・もどき、おかめさんに水をかけてプッと笑う
梅鉢会・因幡白兎・戻ってきた白兎・大国主命に面会する
梅鉢会・因幡白兎・戻ってきた白兎・大国主命に面会する
梅鉢会・八上姫・そこに八上姫もやって来る
梅鉢会・八上姫・そこに八上姫もやって来る
梅鉢会・因幡白兎・連れ舞を舞う大国主命と八上姫
梅鉢会・因幡白兎・連れ舞を舞う大国主命と八上姫
梅鉢会・因幡白兎・八上姫と大国主命
梅鉢会・因幡白兎・八上姫と大国主命
梅鉢会・因幡白兎・復活した白兎
梅鉢会・因幡白兎・復活した白兎

◆関東の里神楽~根之堅州国
 2018年3月に東京の間宮社中が催した「江戸里神楽を観る会」に行く。「根之堅州国」が演じられる。根の国に赴いたオオナムジ命が須佐之男命から試練を課されるが、娘のスセリビメの援助で切り抜けるという粗筋である。

根之堅州国:須勢理毘売
根之堅州国:須勢理毘売
根之堅州国:大己貴命
根之堅州国:大己貴命
根之堅州国:須佐之男命
根之堅州国:須佐之男命
根之堅州国:須勢理毘売からヒレを受け取る大己貴命
根之堅州国:須勢理毘売からヒレを受け取る大己貴命
根之堅州国:炎にまかれる大己貴命
根之堅州国:炎にまかれる大己貴命
根之堅州国:抱き合う大己貴命と須勢理毘売
根之堅州国:抱き合う大己貴命と須勢理毘売

◆古事記の八十神
 因幡の八上比売に求婚した八十神だったが、(途中、因幡の白兎の神話を挟む)八上比売に大穴牟遅(オホナムジ)神と結婚すると断られる。大穴牟遅を憎んだ八十神は謀って、赤く焼いた石を猪だと偽って大穴牟遅神に狩らせて焼き殺してしまう。母神が高天原に参上して神産巣日(かみむすび)之命の知恵で命を救ったところ、今度は大樹に挟んで殺してしまう。再び蘇った大穴牟遅神は大屋毘古(おおやひこ)命の許に身を寄せるが、八十神が追いついて大穴牟遅神を引き渡せと要求する。そこで大穴牟遅神は根の国の須佐之男命の許に赴く。娘の須勢理毘売と結婚した大穴牟遅神は須佐之男命の課した試練を乗り越え、須佐之男命の許から弓矢を取り須勢理毘売を連れて逃げる。須佐之男命の力を手に入れた大穴牟遅神は八十神を討伐して大国主命となり出雲の国の王となった……という内容。

 直訳調だが、該当部分を訳してみた。

 そこで、この大国主神の兄弟には多数の神(八十神:やそがみ)がいた。そうであるけれど、皆国を大国主神に委ねた。委ねた理由は、その八十神は各々が稲羽(因幡)の八上比売と結婚したいと思う心があって、共に因幡に行ったときに大穴牟遅神(おほあなむじのかみ)に袋を負わせて従者として率いて行った。

 ここで、気多之前(けたのさき)に到った時に、赤裸の兎が伏せっていた。八十神はその兎に「お前はこの海水を浴び、風が吹くのに当たって高い山の尾根に伏せよ」と言った。そこで、その兎は八十神の教えに従って伏せていた。そうしたところ、その塩が乾くままに、その身の皮が悉く風に吹かれて避けた。そこで痛み苦しんで泣き伏したところ、最後に来た大穴牟遅神がその兎を見て「どうして泣き伏せているのか」と問うた。兎が答えて「自分は隠岐島(淤岐島)にいて、この地に渡ろうと欲したけれども、渡る術がありませんでした。そこで、海のワニを欺いて、自分とお前たちと比べて一族の多さ少なさを計ろうと思います。そこで、お前たちは一族のありのままに悉く率いて来て、この島から気多(けた)の前(さき)に至るまで皆列になって伏して渡りなさい、そうして自分がその上を踏んで走りつつ数えて渡りましょう。これで自分の一族といずれが多いか知りましょう」と言いました。このように言いましたので、欺かれて列になって伏すときに、自分はその上を踏んで数えて渡って、気多の地に下りようとしたときに、『お前は自分に欺かれたのだ』と言い終わると、たちまち最も端に伏せていたワニが自分を捕らえて、悉く自分の衣服(ころも)を剥いだ。これで泣いて憂えていたところ、先に来た八十神の命が教えて『海水を浴び風に当たって伏せよ』と告げました。自分は教えのとおりにしたら、身体が赤く裂けました」と言った。

 ここで大穴牟遅神はその兎に教えて「今速やかにこの河口に行って、水でお前の身を洗って、ただちにその河口の蒲(がま)の穂を取って敷き散らしてその上に横たわって転べば、お前の身は元の肌のように必ず癒えるだろう」と告げた。そこで、教えの様にしたところ、その身は元通りになった。これが因幡の白兎(素兎)だ。今は兎神(うさぎかみ)と謂う。そこで、その兎は大穴牟遅神に「この八十神はきっと八上比売を得ないでしょう。袋を負った低い身分だけれども、あなたが命を獲るでしょう」と申した。

 ここで、八上比売は八十神に答えて「私はあなた達の言葉を聞きません。大穴牟遅神と結婚しましょう」と言った。そこでこうして八十神は怒って大穴牟遅神を殺そうと思い、共に謀って伯耆国(ははきのくに:伯岐国)の手間(てま)の山の麓に至って「赤い猪がこの山にいる。そこで、我らが共に追い下るので、お前は待って獲れ。もし獲らなかったら必ずお前を殺そう」と言って火で猪に似た大きな石を焼いて転ばして落とした。そうして追い下り、獲るときにたちまちその石に焼き付けられて死んだ。そうして、命の母神が泣き憂いて天に参上して、神産巣日之命(かむむすひのみこと)に請うた時、ただちに?貝比売(ささかひひめ)と蛤貝比売(うむかひひめ)とを遣わして作り生かさせた。そうして、?貝比売は焼けた身をこそげ取って、蛤貝比売が待ち受けて母の母乳を塗ったところ、麗しい壮夫(おとこ)となって、出て遊び歩いた。

 ここで八十神が見て、また欺いて山に率いて入り、大きな樹を切り伏せて、氷目矢(木を割るとき割れ目に挟むくさび)をはめてその樹に打ち立てて、その中に入らせて、ただちにその氷目矢を打ち放って打ち殺した。そうしてまた命の母神が泣いて探し求めたところ、見つけることができて、ただちにその樹を割いて取り出して生かし、その子に告げて「お前はここにいたら、終いには八十神が滅ぼしてしまうでしょう」と告げて、ただちに木国(きのくに)の大屋毘古神(おほやびこのかみ)の所に(八十神に)会わせないようにして遣わした。そうして八十神が求め到って、弓に矢をつがえて(大穴牟遅命を引き渡すように)乞うた時に、木の股の隙間をくぐり抜けさせて逃がして「須佐之男命(すさのをのみこと)のいらっしゃる根堅州国(ねのかたすくに)に参向するべし。きっとその大神が謀ってくれるでしょう」と言った。

 そこで命令のままに須佐之男命の許に参って到着したところ、その娘の須勢理毘売(すせりびめ)が出て見て、目配せして結婚した。還り入りてその父に「とても麗しい神が来ました」と言った。そうして須佐之男命(大神)は出て見て「これは葦原色許男命(葦原中つ国を統治するのにふさわしい神)と謂うぞ」と告げて、ただちに召し入れて、蛇の室(むろ:出入り口だけあって窓がない)で寝させた。ここで、その須勢理毘売は蛇のひれをその夫に授けて「蛇が噛もうとしたら、そのひれで三度振って打ち払いなさい」と言った。そこで、教えの通りにしたところ、蛇は自ずと静まった。そこで無事に寝て出た。また来た日の夜は百足(ムカデ)と蜂の室(むろ)に入れた。また百足と蜂とのひれを授けて前の様に教えた。そこで無事に出てきた。

 また、鏑(かぶら)矢を広い野の中に射て、その矢を探させた。そこでその野に入った時に、ただちに火を放って、その野のぐるりを焼いた。ここで出る所が分からずいたところ、鼠が来て「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言った。そこで、そこを踏んだところ、(穴に)落ちて籠っている間に火は燃え過ぎた。そうしてその鼠はその鏑を咥えて持って出て来て奉った。その矢の羽はその鼠の子らが皆食ってしまった。

 ここでその妻の須勢理毘売は喪(も)の道具を持って泣いて来たところ、その父の大神は既に死んでしまったと思って、その野に出で立った。そうしてその矢を持って奉ったときに家に率いて入って、八田間(やたま:多くの田)の広い大きな室に召し入れて、その頭の虱(しらみ)を取らさせた。そこでそうして、その頭を見たところ、百足が数多くいた。ここでその妻は椋(むく)の木の実と赤い土をとって、夫に授けた。そこで、その木の実を食い破って赤い土を含んで吐き出したところ、その大神は百足を食い破ったと思って心の中で愛しく思って寝た。そうして、須佐之男命の髪を取ってその室に椽(たるき:屋根を支える為に棟から軒に渡す材)ごとに結いつけて、五百引(いほびき:五百人がかりで引く)の岩でその室の戸口を塞いで、妻の須勢理毘売を背負って、ただちに大神の生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)と天の沼琴(ぬこと)を取り持って逃げ出した時に、その天の沼琴が樹に触れて土がどよんで鳴った。そこで寝ていた大神は聞き驚いて、その室を引き倒した。けれども、椽(たるき)に結った髪を解く間に遠く逃げてしまった。

 そこでそうして、黄泉(よも)つひら坂に追い至って、遥かに望んで大穴牟遅神に呼んで曰く「そのお前が持った生太刀と生弓矢でお前の腹違いの兄弟を坂の裾に追い伏せて、河の瀬に追い払って、おのれ、大国主神(おほくにぬしのかみ)となり、宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)となって、我が娘の須勢理毘売を正妻として、宇迦能山(うかのやま)の山の麓で底の岩の根元に宮柱を太く建て、高天原(たかあまのはらに)に千木を高く上げて住め。こ奴め」と言った。そこで、その太刀と弓で八十神を追いやった時に坂の裾ごとに追い伏せ、河の瀬ごとに追い払って、初めて国を作った。

 そこで、その八上比売は先の契りの様に寝所に通わせた(夫とした)。そこで、その八上比売は連れて来たけれども、正妻の須勢理毘売(すせりびめ)に遠慮して、産んだ子を木の股に差し挟んで帰った。そこでその子を名づけて木俣神(きまたのかみ)と云う。またの名は御井神(みゐのかみ)と謂う。

◆余談
 大国主命の神話は代々の出雲王の記憶が神話化されたものだろう。その中では後継者争いがあり、実際に殺された王子もいたかもしれない。

◆参考文献
・「古事記 新編日本古典文学全集1」(山口佳紀, 神野志隆光/校注・訳, 小学館, 1997)
・「校訂石見神楽台本」(篠原實/編, 1982)pp.50-59
・「古事記講義」(三浦佑之, 文藝春秋, 2007)pp.290-312

記事を転載→「広小路

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