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2019年3月21日 (木)

案外、近代の産物――ホブズボウム「創られた伝統」

ホブズボウム「創られた伝統」を読み終える。多くの人に読まれてきたと見えて、本が大分痛んでいる。伝統とは案外近代になって創られたものであると発想の転換を迫る本。ホブズボウムの序論は抽象的で難解だった。それ以降の各論は高校で世界史を履修した程度の知識しかない自分にとっても比較的読み易かった。とはいえ、馴染みのない固有名詞も多かった。世界史履修といっても真面目に勉強したのは中国の清朝までで、西欧の近代はさっぱりだったので、あまり役に立っていないのは事実である。

スコットランドのキルトは近代になって創られたもので、それ以前はマント状の衣服をベルトで留めているという簡素な衣装だったらしい。それが現在ではキルトはスコットランドの象徴的衣服となっている。

ウェールズでは一部の人間が偽の独自の歴史をでっちあげ、幅広い支持を得た。文献学の発達によってそれらは偽物と看破されたのであるが。
儀礼も近代になって誕生した国民国家の国民をまとめ上げるための象徴として創られたものが意外と多い。英国だとヴィクトリア女王の時代以前は低調だったとしている。そして過去の儀礼の詳細が容易に分からないとしている。儀礼が儀礼としての荘重さをまとうようになった、そして国民の支持を得るようになったのはヴィクトリア女王の時代に入ってからだとしている。

インドでは大英帝国のインドとして臣民をまとめあげるため、それまでのムガル朝時代の儀礼が排され、新たに創造された儀礼や皇帝の新たな称号が導入されたとしている。

アフリカの部族社会もそうである。元から部族社会であったのではなく、植民地化した西欧人がそう見なしたからそうなったというのである。もっとも、これは訳者による解説がついているので、現在でも通じる議論かどうかは分かりかねる。

スポーツもそうである。十九世紀になって誕生したスポーツの多くは誕生してまもなく世界大会が催されるようになった。国民をまとめ上げる手段としても活用されていたことになる。また、当時は貴族・ブルジョワ階級のアマチュアリズムと労働者階級のプロフェッショナリズム(サッカー等)とが対立していたとのこと。

「創られた伝統」は構築主義の嚆矢となった本である。訳者の解説によるとマルクス主義の影響が多少伺えるとしているが、単純な下部構造決定論を取っている訳ではない。上部構造に当たる儀礼や衣装といった伝統文化が国民をまとめ上げる作用を果たすのであるから。

<追記>
ちなみに、岩竹美加子「民俗学の政治性―アメリカ民俗学100年目の省察から」によると(26P)ホブズボウム「創られた伝統」は構築主義に大きな影響を与えた本だが、その前段としてイギリスのマルクス主義学者ウィリアムスの歴史や伝統の意味を問い直す研究があり、そこから「創られた伝統」等の著作につながったとされる。東西冷戦が終わり、唯物史観は力を失ったと考えていたが、思わぬところで猛威を振るっていた。

◆参考文献
・「創られた伝統」(エリック・ホブズボウム, テレンス・レンジャー/編, 前川啓治, 梶原景昭 他/訳, 紀伊国屋書店, 1992)
・「民俗学の政治性―アメリカ民俗学100年目の省察から ニュー・フォークロア双書27」(岩竹美加子/訳, 未来社, 1996) 26P


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