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2019年1月 3日 (木)

声と音による壮大な文化論――川田順造「口頭伝承論」

川田順造「口頭伝承論」(平凡社)上下巻を読む。上下巻合わせて830ページ以上ある大著。口頭伝承とあるが、文化人類学の棚に置かれていた。表題の「口頭伝承論」は西アフリカの無文字社会、ブルキナファソに暮らすモシ族のフィールドワークを行ったもので、題材はソアスガと呼ばれる夜に座を組んで語られる昔話や、語りと太鼓によって継承される王族の系譜(伝説的)であるが、記述が抽象的で、人類学や言語学の素養のない僕にとっては難しかった。範列という用語が用いられるが、辞書で調べたら余計に分からなくなった。

『発話における反復と差異――「かたり」の生理学のための覚え書き』は西アフリカのモシ族の昔話や伝説、日本の古典落語などを具体的に分析したもので、これは比較的分かりやすかった。

下巻はまず古典落語の分析からはじまり、続いて西アフリカのモシ王国(ブルキナファソ)とベニン王国(ナイジェリア)の比較分析がなされる。モシ王国が音声と言葉のみによって歴史を伝えるのに対し、ベニン王国では図像によって歴史を伝えている。ただし、ベニン王国の場合、イギリスの侵略によって王宮が破壊され、多数の図像が海外にバラバラに持ち出されたため、体系的な研究が困難らしい。

理論的な部分としては声による言述(ディスクール)の三層分類が挙げられる。
・情報伝達性
 例えばニュース。情報の真偽や新しさ/古さが問題となる。
・行為遂行性
 語る者の資格が問われる。例えば葬儀に際しての僧侶の読経。僧侶自身はともかく聴衆はお経の意味を理解していない。が、葬儀という場で読誦されることで意味を持つ。
・演技性
 落語が典型的であるが、語り手の巧みさが何より重視される。情報の真偽は問題とならない。

モシ族のソアスガと呼ばれる夜の昔話では話者に対して聴き手が相槌を打ち、時には言いよどんだり間違えたりした話者に言葉を添えて続きを促す役割を果たしている。

一方、モシ族の王族の系譜は専従の読誦者/奏者がいて、言葉が太鼓によるリズムに支えられている。口頭で王族の系譜を尋ねても、太鼓がないから答えられないという風に語りが音と密着しているのである。太鼓ことば(太鼓音で言語音の音調やリズムをなぞって言語メッセージを伝えるシステム 302P)とも呼ばれている。

暗黒大陸とも呼ばれたアフリカの無文字社会の歴史性に光を投げかける実に壮大な構想による文化論であり、日本、フランス、西アフリカを起点とした三角測量とも呼ばれている。

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