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2018年5月 8日 (火)

石見神楽における六調子と八調子に関する音楽的な分析

藤原宏夫「<塩祓い>のリズム構造―島根県石見神楽・美川西神楽保存会を事例として―」「民俗音楽研究」第26号、藤原宏夫「石見神楽における六調子と八調子―その定義と八調子の成立について―」「民俗芸能研究」第43号という論文を読む。コピーしたのはレシートを見ると1月で、4カ月近く放置していたことになる。

「<塩祓い>のリズム構造」はその名の通り、石見神楽の基礎的な演目である塩祓いのリズム構造についての論考。「石見神楽における六調子と八調子―その定義と八調子の成立について―」は石見神楽を分類する上で代表的な六調子と八調子についての論考。

明治時代に入り、神仏判然令が出され、神楽が修験道や陰陽道の色合いをもっていたことから神職が神楽に関わることが禁止された。それで神楽の担い手が神職から氏子に移ったのだけど、舞が崩れてしまったため、牛尾弘篤と藤井宗雄らが神楽改正に着手した。神楽改正の影響を受けたものが八調子石見神楽である。

「石見神楽における六調子と八調子―その定義と八調子の成立について―」(83P)によると神楽改正は次の五点である

一、一定の台本によって統一を保った
二、舞楽の中心点を神本位とした
三、歌詞の改正
四、太鼓の調子の改正
五、舞の振付

八調子は六調子から生まれたものであり、明治期の神楽改正の影響を受けたものを八調子、受けなかったものを六調子と分類している。八調子の中でも神囃子は六調子、鬼囃子は八調子に分類されるとしている。
井野神楽において、、六調子は神楽のなかで神が舞う場面で演奏される神囃子とも呼ばれる囃子を、そして八調子は鬼が登場し神と合戦をおこなう場面などで演奏される、鬼囃子とも呼ばれる囃子を指していることが分かった。
藤原宏夫「石見神楽における六調子と八調子―その定義と八調子の成立について―」
学者によって、神楽改正の影響を受けたものを八調子と解釈するものと、囃子のテンポの速さで六調子と八調子を分類する解釈に分かれる。

ここで、中上明「石見地方神楽舞の芸態分類に関する調査報告及び考察」「山陰民俗研究」第1号を読んでみる。中上論文では石見地方の神楽を
・邑智郡と那賀郡東部の六調子神楽
・那賀郡西部・美濃郡の六調子神楽から八調子神楽へ
・鹿足郡六調子神楽
と分類している。美濃郡の六調子神楽をみると、大太鼓のバチ数を増やすと八調子神楽へ移行していく連続性が見られるとしている。詞章も邑智郡・那賀郡東部のものと那賀郡西部のものでは異なると推察している。

那賀郡西部は明治の神楽改訂の影響を最も早く受けた地域であり、中上論文と藤原論文の主張には重なる部分が見られるのである。

◆8ビート
姫野翠「異界へのメッセンジャー」「ポリフォーン」9号という雑記記事を読む。「永遠のリズム 8(エイト)ビート」という項目がある。音楽とトランス状態の関係を考察したものだけど、

 ダンス・リズムの歴史を遡ってみると、実にさまざまなリズム・パターンが次々と展開されているのがわかる。しかし一九六〇年代に8ビートを中心としたロック・ミュージックが登場すると、ポピュラー・ミュージック界の価値観はがらりと変わってしまった。そして8ビートの王座は今日に至るまで揺るぎもしない一体どういうわけだろう?

 8ビートは最高に「のれる」リズムだ。8ビートにのってディスコ・ダンスを踊ると、疲れも知らずにいつまでもいつまでも続けられるような気がする。それはこのリズムが踊り手をトランスに引き込む「何か」を持っているからだ。実際長時間踊ってギネス・ブックの記録に挑戦した人は、最後にみな錯乱状態になってしまったそうだ。8ビートにのって踊るには、水平的な動きは当てはまらない。一拍一動作の垂直な動きがもっとも適している。この動きが踊り手を異次元へと誘うことは前にいった通りである。このことを念頭に置いてさまざまな呪術的舞踊を概観してみると、そのほとんどが8ビートと垂直な動きを内蔵していることがわかる。それだけではなく、クラシック音楽やポピュラー・ソングのジャンルにおいても、広く一般の人々に親しまれているものは、その奥底に8ビート的な要素を持っている。(32P)

神楽の舞は旋回動作で跳躍動作を伴う踊りとは区別されるが、石見神楽も8ビート的な要素を孕んでいると思われる。八調子石見神楽の舞手が神がかったという話は聞いたことがないが、重い衣装を着けて長時間舞うことができるのには、こういった理由が隠されているのかもしれない。

◆BPM200
 三上敏視「新・神楽と出会う本 歌・楽器・お囃子」(アルテスパブリッシング)という本で石見神楽が取り上げられている。大元神楽を取り上げた項なのだが、八調子石見神楽も取り上げられている。

 ちなみに「石見神楽」の「八調子」のお囃子は、やはり見せ場になるとBPMが200を超えるところが多いようだ。そしてシャッフルだが、この速さだと8ビートとの中間くらいのノリになる。これはロックンロールのノリに近いものであり、若い人に喜ばれる要素のひとつになっているのだろう。
三上敏視「新・神楽と出会う本 歌・楽器・お囃子」213-214P

◆余談
残念ながら、楽譜が読めず、音楽的なことはよく分からない。「トントコ」と「トコトコ」と言われれば何とか分かるけれど、その程度でしかない。

子供の頃、実家に電気オルガンがあって、習いたいと思ったのだけれども、音楽は女の子のするものという思い込みがあって言い出せなかった。まあ、小学校の学校音楽が身についていないのだから、習っていても早い段階で挫折しただろう。

Youtubeで匹見の三葛神楽の演じる「貴船」を見た。六調子の神楽を見たのは初めて。意外なことに、急調子の場面では八調子と変わらないくらいの激しい舞なのである。もっと関東のお神楽のようなゆったりとしたテンポだと思っていた。六調子と八調子の間には連続性があるというところだろうか。しかし、緩急をつけるという点では六調子の方が優れているようにも見え、なぜ八調子一辺倒になったのか疑問である。

◆参考文献
・藤原宏夫「<塩祓い>のリズム構造―島根県石見神楽・美川西神楽保存会を事例として―」「民俗音楽研究」第26号(日本民俗音楽学会, 2001)pp.41-52
・藤原宏夫「石見神楽における六調子と八調子―その定義と八調子の成立について―」「民俗芸能研究」第43号(民俗芸能学会, 2007)pp.80-96
・中上明「石見地方神楽舞の芸態分類に関する調査報告及び考察」「山陰民俗研究」第1号(山陰民俗学会, 1995)pp.39-52
・藤原宏夫「石見地方における諸神楽の比較音楽研究―大太鼓のリズム分析による神楽の系統分類序説―」「山陰民俗研究」9(山陰民俗学会, 2004)pp.35-49
・「新・神楽と出会う本 歌・楽器・お囃子」(三上敏視, アルテスパブリッシング, 2017)


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