快童丸から金太郎へ――鳥居フミ子「金太郎の誕生」
鳥居フミ子「金太郎の誕生 遊学叢書21」(勉誠出版)を読み終える。
坂田金時は源頼光の四天王として有名だが、その金時の幼少時を語る物語として金太郎の昔話がある。御伽草子の「酒呑童子」での鬼退治で坂田金時の名がクローズアップされる。
酒呑童子は江戸時代における新興の芸能である浄瑠璃で盛んに上演されるようになった。しかし、この時点では、金時の幼少時のエピソードは全く語られていなかったという。中世の能「山姥」にも山姥の子であるという発想は無いとのことである。
十七世紀に創作された「源氏のゆらひ」という演目に金時の父が登場する。そして十一歳の頼光と十五歳の金時という臣下の関係が誕生するとのことであるが、これはそれ以降発展することがなかったようである。
それから金時の子、金平というキャラクターが生まれ、好評を博する。そして金平の父である金時の出自を語る際に、山姥の子であり、山中で暮らしているという設定が生まれる。
「前太平記」では坂田金時は二十歳ばかり童形の姿であり、母の山姥が赤龍の子を孕んで誕生したとしている。それは「史記」で漢の高祖が龍の子であるとされている故事を援用したものとなっている。このとき金時を「くわいど」――つまり快童のことであろう――と呼んでいるのである。こうして金時の出生譚が広く民間に流布していくことになるのである。
この金時出生譚が近松門左衛門の「嫗山姥」で更に発展する。八重桐という遊女が信州の山中で山姥となり、夫の魂魄を孕んで快童丸が誕生したとするのである。ここで金時の幼名として快童丸の名が登場することになる。童子は全身朱色で、鹿・狼・猪を食い散らかす野生児として描かれている。そして頼光の家臣として召し抱えられることになるのである。
この快童丸が草双紙でイメージ化され流布することになる。そして同時に金時の幼名が快童丸から怪童丸へ、そして金太郎へと変遷していくのである。そこではマサカリを抱えた金太郎が熊に乗っているという図式で語られていくことになる。ここで、家来の獣たちを従えた足柄山の野生児である金太郎のイメージが確立される。
また、草双紙のみならず、浮世絵でも金太郎と山姥のイメージが広がっていくのである。ここでは山姥は美人として描かれ、美人画を規制されたことによる反動が見られる。
そしてこの金太郎のイメージは明治時代になっても引き継がれ、豆本という形式で児童の間に拡がっていく。そして厳谷小波が「金太郎」というタイトルの昔話で金時の幼少時のエピソードを再話することで、金太郎の昔話における地位は確固たるものとなっていく。折しも明治時代は富国強兵の時代であり、金太郎の持つ尚武のイメージが好感された。
以上のような形で坂田金時の幼少時のイメージは金太郎という野生児のイメージとして確立されていく訳である。野生児である金太郎が成長して源氏の家臣となり、鬼退治、妖怪退治のスペシャリストとして名を馳せていくというイメージはかくのごとく、様々な芸能、媒体で展開されることによって成立していったのである。
余談。
少年漫画である高橋留美子「うる星やつら」にも金太郎が登場する。金太郎のイメージそのものの児童であるが、面白いことに高橋留美子は、金太郎は結局は偉い人の家来で一生を終えたようですとギャグめいて語っているのである。活躍するも、一国一城の主とはなれなかったというところだろうか、面白い解釈である。
実は柳田国男の「桃太郎の誕生」を読む前は、「金太郎の誕生」のように、桃太郎のイメージの発生と展開を追いかけていく本だと思っていた。「金太郎の誕生」はそういう意味では期待に応えてくれる作であった。
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