西日本の神楽の概説書――石塚尊俊「西日本諸神楽の研究」
石塚尊俊「西日本諸神楽の研究」(慶友社)を読み終える。550ページ近くある大著だけど、記述が平易なので、速いペースで読めた。ただ、一次史料の漢文や古文などは何となく分かったような気がする程度である。また、神楽の専門家だけあって、執り物や衣装、舞ぶりに関する記述が子細で、門外漢の自分にとっては容易にイメージできない面もあった。
中国地方・四国・九州と西日本の神楽に関する概説書といってよいだろう。近畿地方に関しては巫女神楽が主体で男性主体の舞が少ないところから割愛されている。
神楽の分類として出雲流神楽というのがあり、佐陀大社で能楽の様式が取りいれられ神能が成立して周辺に影響を及ぼし波及していったというのがこの本の書かれた当時の通説的な見解だけど、本書ではそれに異を唱える。
古い史料を紐解き、出雲でも神楽といえば巫女神楽や湯立神楽であったことが実証される。石見地方でも神楽とは呼ばず舞と言うように、神能は神楽とは呼ばず神能であったのだ。そして、佐陀大社で神能が成立する以前から神楽の演劇化はある程度進んでいて、佐陀大社が神能の様式を確立することで定まったと論考している。
現在見る神楽は演劇性が濃く、石見神楽が典型だけど、神話劇といった印象が強い。が、歴史を紐解くと必ずしもそうでなかったことが明らかにされる。江戸時代に入り、両部神道から唯一神道への移行が始まり、仏教色のある詞章は改訂されていくのである。
石塚神楽理論の極意としては日向の米良神楽に見る神体出現の神楽だろうか。直面の者の舞に誘われて出て来た着面の在所の神の舞が披露される、いわば神体出現の神楽である。これが現在見られる里神楽の中で最も古態を残すものとして、演劇化の進んだ出雲神楽などと対比される。石塚は出雲の社家の出身だけど、日向の米良神楽などといった南九州の神楽へと構想が赴くのである。
そういう意味では石見神楽は演劇化が進んでいるけれど、大元神楽では託宣といった古態を未だに残しているのである。
まず、神楽の古い態様として在所の神の神体出現の神楽があり、その後、修験の山伏が伝えた「将軍」といった演目が重視されるようになる。その後、伊勢の影響もあって「岩戸」が演目として重視されるようになる。記紀神話の神々が神楽に登場するようになるのである。今でも九州では「岩戸」を演目の最後に置き、最も重視するという姿勢をもっているのである。そして、修験の山伏が伝えた五行神楽(五郎王子)が重視されるようになる。これは備後、備中などが典型である。将軍→岩戸→五行神楽と波及して行くのである。
なお、石見神楽では「岩戸」から初めて、トリに五行神楽を持って来るという折衷的な構成となっている。
また、神楽を伝えた人の要素として巫女や陰陽師、山伏の存在が取り上げられる。対馬の神楽が典型的なのだが、男性の法者(ほしゃ、ほさ)が囃子を奏で、女性の命婦が舞うといった形態が古態を残すものとして注目される。元々神楽では巫女が舞い手として重要な役割を荷っていたが、時代が下るに連れて、男巫の舞が主流になってきたとしている。
法者は陰陽師の流れを汲むという面にも注目する。中央から地方に散逸した陰陽師が食べていくために神社の神人として神楽を担う人材となっていった事例が対馬に見られるのである。また、東日本ほどではないが、西日本においても修験の山伏が神楽に深く関わっているとのことである。
以上のように、西日本の諸神楽を概観する上で適当な書であると言えるだろう。まず「西日本諸神楽の研究」から読みはじめて、それから岩田勝や牛尾三千夫などの著作に進んでいくのが神楽を理論的に学んでいく上で無理のない流れであると思われる。
一人の学者が見て回れるのは日本の半分くらいまでが限界なのだろうか。他の研究者だと一県+αくらいがテリトリーという感もあり、最大限回れるだけ回った感もある。その分、視野の広い内容となっている。できれば「西日本諸神楽の研究」の東日本バージョンが欲しいところである。
なお、「里神楽の成立に関する研究」は横浜市立図書館に所蔵されていなかった。記憶違いか。調べてみたところ、浜田市立三隅図書館に所蔵されている。
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