原始への無意識的な回帰――石見神楽の中毒性
岩田勝という中国地方の神楽に詳しい先生の本を部分的に読む。起源譚となる物語を詠唱しつつ舞うことで呪力を発揮させるという思想が昔の神楽にはあったようだ。現在では備後の弓神楽や土佐の民間宗教であるいざなぎ流に残されているくらいで、通俗化した石見神楽では呪術性は失われている。トリの演目として五神をもってくるところに名残があるくらいか。ただ、より速く激しくなったビートやリズム、笛の独特なメロディに中毒性があり、本能に訴えかける原始的な要素を無意識的に取り戻しているのかもしれない。
五神(五郎王子)に関する記事を書きたいと思って、図書館でコピーした資料を少しづつ読んでいる。五郎王子譚は専門家が書けば一冊の書物になるくらいの内容の厚みがあって容易に手を出せないが、これは中間報告である。
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